株式会社TIMEWELLの濱本です。
ビジネスの世界は常に変化し、予測不可能な出来事が次々と起こります。特に、人々の生命に直結するバイオテクノロジーの分野では、その変化のスピードと影響の大きさは計り知れません。このような厳しい環境の中で、企業を成功に導くリーダーには、卓越した専門知識だけでなく、変化に柔軟に対応する適応力、そして未来を見据えた大胆な決断力が求められます。今回ご紹介するのは、まさにそのような資質を体現する人物、Arasa社のCEOであるジョナサン・リム氏です。彼のキャリアパスは、一般的なビジネスリーダーのそれとは一線を画します。元々は人々の命を救う外科医としてキャリアをスタートさせ、その後コンサルティングファームを経て、わずか4人のスタートアップ企業にCEOとして参画。幾多の困難を乗り越えながら企業を成長させ、連続起業家としての道を歩んできました。現在は、がん治療薬開発の最前線に立つArasa社を率いる傍ら、幼い頃からの夢であった映画製作にも情熱を注いでいます。手術室から役員室へ、そして映画スタジオへ。リム氏の歩みは、一見すると脈絡のない跳躍に見えるかもしれません。しかし、その根底には、科学への情熱、人々を助けたいという強い思い、そして変化を恐れず挑戦し続ける起業家精神が一貫して流れています。
本記事では、ジョナサン・リム氏へのインタビューに基づき、彼のユニークな経歴、Arasa社が目指すがん治療の未来、そして彼がビジネスと人生から学んだ「適応」と「ピボット」の重要性について深く掘り下げていきます。不確実な時代を生き抜くためのヒントが、ここにあるはずです。
手術室から役員室へ:ジョナサン・リム氏の軌跡と起業家精神の源泉 がん治療の最前線:「がん撲滅」を目指すArasaの戦略と業界の未来 ダーウィニズムとピボット力:不確実な時代を生き抜く経営哲学と新たな挑戦 まとめ 手術室から役員室へ:ジョナサン・リム氏の軌跡と起業家精神の源泉
ジョナサン・リム氏のキャリアは、多くのビジネスリーダーとは異なる独自の道を歩んできました。その原点は、サンディエゴでの少年時代に遡ります。映画製作への憧れと同時に、科学への強い関心を抱き、科学の力で人々を助けたいという思いから医師を目指すことを決意しました。スタンフォード大学で医学部進学課程を修了後、故郷であるカナダ・モントリオールのマギル大学医学部に進学。卒業後はニューヨーク病院で一般外科医としてのキャリアをスタートさせました。手術に情熱を注ぎ、「幸せな外科医だった」と語るリム氏ですが、その探求心は医療現場だけに留まりませんでした。ボストンのダナ・ファーバー癌研究所での2年間の研究期間中、がん疫学の研究に従事するとともに、ハーバード大学公衆衛生大学院でヘルスケアマネジメントの修士号(MPH)を取得します。この「探求の期間」を通じて、彼は起業という新たな可能性に魅力を感じるようになります。「起業家精神は本当にクールだと思った」とリム氏は振り返ります。この気づきが、彼のキャリアにおける最初の大きな転換点となりました。
医師としての安定したキャリアから一転、彼は世界的なコンサルティングファームであるマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社します。「暗黒面への道」と冗談めかして語るこの選択は、ビジネスの世界への第一歩でした。マッキンゼーでは、ヘルスケア分野を中心に多様なクライアントを担当し、ビジネスの視点から医療業界を俯瞰する経験を積みます。外科医からマッキンゼーへの転身は、一見大きな飛躍に見えますが、リム氏にとっては比較的安全な選択肢だったのかもしれません。しかし、次なるステップは、彼のキャリアにおいて最もリスクの高い、そして最も運命的な決断となりました。
マッキンゼーでの経験を経て、リム氏は2003年、当時わずか4人の従業員しかいなかったバイオテクノロジーのスタートアップ企業、Halo(後のHalozyme Therapeutics)に参画します。しかも、驚くべきことに、彼はCEOとして迎え入れられたのです。この転機は、父親の患者の一人であり、ベンチャーキャピタリストのオードリー・ヴァービー氏との出会いによってもたらされました。彼女はリム氏の外科医とマッキンゼーでの経験を見て、「君はバイオテックのCEOになれる」と見抜いたのです。リム氏自身は当初冗談だと思っていたそうですが、数ヶ月後、サンディエゴへの移住とCEO就任のオファーを受けます。当時31歳、バイオテック業界の経験はマッキンゼー時代のクライアントワーク程度で、CEOとしての経験は皆無。「何を知らないのかさえ分からなかった」と語るように、まさに未知への挑戦でした。
Halo社は当時、前臨床段階にあり、手元資金はわずか3ヶ月分、ベンチャーキャピタルからの投資もゼロという状況でした。リム氏は、従業員番号5番として、この困難な状況に立ち向かいます。彼らが取った戦略は「リバースマージャー」でした。未公開企業であるHalo社が、すでに株式市場に上場している企業(パブリックシェルカンパニー)と合併することで、迅速に株式公開を果たす手法です。これにより、Halo社はOTCブリテンボード市場で取引を開始し、約1年後にはアメリカン証券取引所へ、さらにその2年半後にはNASDAQへと上場を果たしました。技術自体は有望でしたが、それを信じてもらい、投資を引き出す必要がありました。リム氏率いるチームは、技術のデリスク化を進め、2006年末にはわずか30日間で大手製薬会社ロシュとの大型契約を締結するという快挙を成し遂げます。この契約は、Halo社の技術に対する信頼性を飛躍的に高め、同社をウォール・ストリート・ジャーナルでその年の株価上昇率第4位に押し上げました。一躍注目を集めたHalo社は、その後バクスターなど他の大手企業とも提携を結び、リム氏が去った後も成長を続け、近年では年間1400億円規模の収益を見込める企業へと発展しました。リム氏のHalo社での経験は、ゼロから企業を立ち上げ、困難な状況を乗り越えて成功へと導く、彼の起業家としての原体験となったのです。
がん治療の最前線:「がん撲滅」を目指すArasaの戦略と業界の未来
Halozyme社での成功を経て、ジョナサン・リム氏は自身のファミリーオフィスファンド「City Hill Ventures」を設立し、ライフサイエンス分野での新たな挑戦を開始します。医療機器、ヘルスケアテクノロジー、そしてバイオテクノロジーと、幅広い分野で企業の設立や投資、経営に関わりましたが、最終的にバイオテクノロジーが自身の「スイートスポット」であると再認識します。Eclipse Therapeutics(Biogen Idecからのスピンアウト)、Ignite(後にBionomicsが買収)、Bonti(Allerganからの技術スピンアウト)など、複数の企業を成功裏に立ち上げ、売却するという実績を積み重ねました。これらの経験を通じて培われた知見とネットワークが、現在彼が率いるArasa社の設立へと繋がっていきます。
Arasa社の社名は、「Erase Cancer(がんを消し去る)」と「Eradicate RAS driven cancer(RAS遺伝子変異によって引き起こされるがんを根絶する)」という二つの意味が込められた造語(ポートマントー)です。この社名には、がんという難病に立ち向かう同社の強い決意が表れています。現在のがん治療は、過去と比較して目覚ましい進歩を遂げています。リム氏は、「5年前と比べても、現在の状況は格段に良くなっている」と指摘し、特に免疫療法の発展を高く評価しています。チェックポイント阻害剤などを用いた治療では、約20%の患者で長期的な寛解、すなわち治癒につながるケースが見られるようになりました。がん治療コミュニティ全体の目標は、この「ロングテール」と呼ばれる長期生存率を、現在の20%(5人に1人)から、40%(5人に2人)、60%(5人に3人)へと引き上げていくことです。そのために、既存の治療法と新しい治療法を組み合わせる「コンビネーション療法」の研究が活発に進められています。
また、標的療法においても、目覚ましいブレークスルーが起きています。例えば、抗体薬物複合体(ADC)の一種であるエンハーツ(Enhertu)は、HER2陽性の乳がん患者において驚くべき長期生存期間(OS)と無増悪生存期間(PFS)を示し、現在では組織型にとらわれない(tissue agnostic)治療を含め、5つの異なる適応症で承認されています。リム氏は、これらの進歩はまだ「表面を引っ掻いているに過ぎない」と考えており、様々な治療法の組み合わせによって、さらなる治療効果の向上が期待できると述べています。
しかし、がん治療の道のりは平坦ではありません。がんの多くはDNAの異常によって引き起こされると考えられており、近年のゲノムシーケンシング技術の進歩により、腫瘍の遺伝子情報を詳細に解析できるようになりました。これにより、がんのドライバーを特定し、その「アキレス腱」を狙い撃つ治療戦略の開発が進められています。しかし、リム氏が共同設立者の一人であるBoundless Bio社が取り組んでいるように、がんの生物学は常に私たちの想像以上に複雑であることが明らかになりつつあります。その一例が「染色体外DNA(extrachromosomal DNA、 ECDNA)」の発見です。これは、がん細胞が持つ円状のDNA断片で、がん遺伝子を大量に増幅させることで、がんの増殖、転移、再発を引き起こすメカニズムの一つであることが、ポール・ミシェル博士らによって近年明らかにされました。ECDNAの発見は、がんの遺伝的脆弱性を標的とする新たな治療戦略の可能性を示す一方で、がんがいかに巧妙に進化し、治療抵抗性を獲得するかを示唆しています。
このように、がんのメカニズム解明が進むにつれて、その複雑さも明らかになりますが、同時に、がんを攻撃するための「武器」も進化し続けています。モノクローナル抗体、T細胞療法(CAR-T療法など)、そしてArasa社やRevolution Medicines社が開発を進める新しいモダリティ(治療法)などが登場しています。リム氏は、これまで「創薬不可能(undruggable)」とされてきた標的、例えば活性型RASタンパク質に対する新しいアプローチに大きな期待を寄せています。Revolution Medicines社が開発した分子接着剤(molecular glue)であるRMC-6236は、活性型RAS(GTP結合型)を阻害し、G12D変異などを持つ腫瘍で効果を示しました。この成功を受けて、Arasa社も独自のサイクロフィリンA分子接着剤「RAS 15」を導入し、さらなる効果を目指しています。リム氏は、このような新しいモダリティの開発が、単独療法としても、既存の治療法との併用療法としても、がん治療の標準を前進させる鍵になると考えています。「今後5年間で、これらの新しいアプローチが大きな飛躍をもたらすだろう」と、リム氏は楽観的な見通しを示しています。
ダーウィニズムとピボット力:不確実な時代を生き抜く経営哲学と新たな挑戦
科学者としての探求心と起業家としての実践力を併せ持つジョナサン・リム氏。彼の思考の深さは、ビジネスの世界だけでなく、自然界の摂理からもインスピレーションを得ていることに表れています。この夏、リム氏一家はガラパゴス諸島への旅に出ました。ここは、若き日のチャールズ・ダーウィンが自然選択説の着想を得た、進化論の聖地ともいえる場所です。リム氏はこの旅で、ダーウィンが発見した「適者生存」の法則が、現代のビジネス、特に競争の激しいバイオテクノロジー業界にも色濃く当てはまることを再認識しました。
ガラパゴス諸島に生息する「グンカンドリ(frigot bird)」のエピソードは、その象徴です。多くの海鳥は、羽毛に油を分泌する腺を持ち、水中に潜っても沈まないようになっています。しかし、グンカンドリの油腺は退化しており、自力で魚を獲るために海に飛び込めば、溺れて死んでしまいます。彼らはどのようにして生き残ってきたのでしょうか?答えは「適応」です。グンカンドリは他の鳥よりも体を大きく進化させ、アオアシカツオドリやペリカンなどが苦労して捕らえた魚を、空中戦で横取りするのです。彼らは「クレプトパラサイト(盗み寄生者)」と呼ばれ、まさに力で獲物を奪う「いじめっ子鳥」のような存在です。また、植物の世界でも同様の現象が見られます。「スカレシア」と呼ばれる木は、一見するとドクター・スースの絵本に出てくるような奇妙な形をしていますが、遺伝子解析をすると、実はデイジー(ヒナギク)の仲間であることが分かります。草本植物であるデイジーが、なぜ木に進化したのか?これもまた、太陽光や限られた資源を巡る生存競争の結果です。他の植物よりも高く成長し、日光を独占するために、デイジーは木へと姿を変える道を選んだのです。
これらのガラパゴスでの観察は、リム氏にバイオテクノロジー業界の現実を改めて突きつけました。「適応するか、死ぬか(adapt or die)」。これが、彼が導き出した結論です。過去数年間、バイオテクノロジー業界は厳しい冬の時代を経験しました。投資家からの注目、パートナー企業との提携、優秀な人材の獲得競争(war for talent)は激化し、多くの企業が淘汰の波にさらされました。Arasa社も例外ではありませんでした。「非常にダーウィン的な環境だった」とリム氏は振り返ります。このような状況下で生き残り、さらに成長するためには、変化を受け入れ、迅速かつ柔軟に適応する能力が不可欠です。
リム氏は、起業家にとって最も重要な資質の一つとして「ピボット(方向転換)」を挙げます。彼が関わってきた全ての企業で、一度ならず複数回のピボットが行われてきました。Arasa社も例外ではなく、これまでに大きく3つのフェーズを経てきました。初期は新たなRAS標的薬の探索に注力し、次にERK阻害剤プログラムを中心に据えて株式公開を果たしました。その後、ノバルティスから導入したpan-RAF阻害剤「napabucasin(napleafanibib)」が臨床開発の中心となりました。この薬剤は、NRAS変異メラノーマというアンメットニーズ(未だ満たされていない医療ニーズ)に応える可能性が高い一方で、対象患者数は限定的でした。そこでArasa社は、より広範な患者層に貢献できる可能性を秘めた2つの新たなRAS標的プログラム(pan-RAS分子接着剤とKRAS選択的阻害剤)を導入するという、大胆なピボットを実行しました。この戦略転換は、投資家や市場関係者から高い評価を得ており、「現在、我々はスイートスポットにいる」とリム氏は語ります。
不確実な環境下で舵取りを迫られる起業家に対し、リム氏は以下のようなアドバイスを送ります。これは、彼の経験から得られた実践的な教訓であり、多くのビジネスパーソンにとって重要な示唆となるでしょう。
ピボットを恐れず、決断は迅速に:変化が必要だと判断したら、躊躇せず、素早く方向転換を実行することが重要です。遅れれば遅れるほど、機会損失やダメージは大きくなります。
創造性、回復力、決断力を武器に:不確実な状況だからこそ、既成概念にとらわれないアイデア(創造性)、困難に打ち勝つ精神力(回復力)、そして迷わず実行する力(決断力)が求められます。
リソースを集中させ、インパクトを示す:限られた経営資源(資金、人材、時間)を、最も重要で、かつ患者にとって最大のインパクトをもたらしうるプロジェクトに集中させることが肝要です。特に現在の市場環境では、具体的な製品や治療法が臨床現場でどのような効果を発揮するのか(安全性や有効性の証明)を示すことが、投資家やパートナーからの信頼を得る鍵となります。
好況時も危機意識を持つ:市場環境が良い時に資金調達ができたとしても、常に厳しい状況(ベアマーケット)にあるかのように、資金を慎重に管理・運用することが長期的な成功につながります。Arasa社が2021年のIPO直後から資金を節約する方針を取ったのは、将来の不確実性に備えるための賢明な判断でした。
そして、リム氏の「適応」と「挑戦」は、バイオテクノロジーの分野だけに留まりません。2018年、Ignite社の売却後に3ヶ月間の休息期間を取った彼は、長年の夢であった映画製作への情熱を再燃させます。「City Hill Arts」という会社を設立し、「人々、地球、そして視点を活性化する」というミッションのもと、感動的で希望に満ちた物語、人々を団結させる物語を映像化する取り組みを開始しました。現在公開中の『My Penguin Friend』は、ブラジルの漁師と、彼に救われ毎年何千マイルも泳いで会いに来たアルゼンチンペンギンの実話に基づいた作品です。本物のペンギンを多数起用し、種を超えた絆を描いています。また、『The Secret Art of Human Flight』という、死別した悲しみから立ち直ろうとする男性が飛行術を学ぶというユニークな物語も公開を控えています。
一見全く異なる分野に見えるバイオテクノロジーと映画製作ですが、リム氏は両者に驚くほど多くの共通点を見出しています。どちらも、一つのプロジェクトが成功するまでに長い年月(開発地獄/Development Hell)と多額の投資を必要とします。そして、最終的な成功(新薬の承認や映画のヒット)の確率は決して高くなく、予測も困難です。「ペンギンが嫌いな人はいないだろうが、それでも『My Penguin Friend』がどれだけヒットするかは分からない」とリム氏は語ります。そのため、どちらの分野においても、リスクを分散するための「ポートフォリオアプローチ」が不可欠となるのです。
まとめ
ジョナサン・リム氏のキャリアは、外科医、コンサルタント、バイオテックCEO、そして映画プロデューサーと、目まぐるしい変化を遂げてきました。しかし、その多様な経験を通じて一貫しているのは、現状に甘んじることなく常に新しい分野に挑戦し、変化を恐れずに自身と組織を「適応」させてきた姿勢です。ガラパゴス諸島でのダーウィニズムの再認識は、競争の激しいビジネス環境で生き残るための普遍的な法則を示唆しています。それは、変化を受け入れ、時には大胆な「ピボット」を決断し、限られたリソースを最も重要な目標に集中させることです。
リム氏が率いるArasa社は、「がん撲滅」という壮大な目標に向かって、最先端の科学技術と戦略的な事業展開を両輪で進めています。複雑化するがんのメカニズム解明に挑み、分子接着剤のような革新的なモダリティを開発・導入することで、アンメットメディカルニーズに応えようとしています。その道のりは決して平坦ではありませんが、リム氏のリーダーシップのもと、Arasa社は着実に前進を続けています。
さらに、City Hill Artsでの映画製作という新たな挑戦は、リム氏の多面的な才能と尽きることのない情熱を物語っています。バイオテクノロジーと映画製作、一見すると全く異なるこれらの分野に共通する「長期的な視点」「不確実性への対応」「ヒットへの依存」「ポートフォリオ戦略」といった要素は、現代のビジネスリーダーにとって多くの示唆を与えてくれます。
ジョナサン・リム氏の物語は、特定の業界に限らず、あらゆるビジネスパーソンにとって、変化の激しい時代を生き抜くためのヒントに満ちています。それは、専門性を深めるだけでなく、常に学び続け、異なる分野から知識やインスピレーションを得ること、そして何よりも、失敗を恐れずに挑戦し、状況に応じて柔軟に方向転換できる「適応力」と「ピボット力」を身につけることの重要性です。彼の歩みは、未来は予測するものではなく、自らの手で創造していくものであることを力強く示しています。
