株式会社TIMEWELLの濱本です。
繊維業界に革新をもたらすCO2由来の樹脂を用いた糸の開発に取り組む、圓井仁志さん。教師から家業の跡取りへ転身し、スタートアップアクセラレータープログラム「始動」で最優秀賞を受賞しました。繊維産業の持続可能な発展を目指し、グローバルな視点で革新的な取り組みを進める圓井さんの挑戦に迫ります。
圓井仁志さんの自己紹介:ラグビー一筋から家業の繊維会社へ 変革への一歩:始動プロジェクトとの出会い 始動プログラムでの意識の変革:不正解を正解に変える事業化の仕事 圓井仁志さんの挑戦:今後のビジョンとメッセージ
圓井仁志(まるい ひとし)
圓井繊維機械株式会社所属
繊維機械製造販売事業: 繊維加工機械の製造販売 エンジニアリング事業:既存機械の改良及び特殊機械の設計・製造 特殊テキスタイル研究開発・試作・生産事業: 医療・航空宇宙・エネルギー残業等で使用される特殊繊維製品の設計・製造(R&D)
教育者としてのキャリアを歩んだ後、家業である圓井繊維機械株式会社へ入社。環境に配慮した繊維業界の革新を目指し、CO2由来の樹脂を用いた糸の開発に携わる。スタートアップアクセラレータープログラム「始動」に参加し、9期の最優秀賞を受賞。
圓井仁志さんの自己紹介:ラグビー一筋から家業の繊維会社へ
ーーーーー初めに簡単に自己紹介をお願いします。
圓井仁志と申します。90年10月13日生まれのてんびん座です。
元々はラグビー一筋のスポーツ馬鹿で、教師など様々な仕事を経て、今は家業の繊維会社、圓井繊維機械で新規事業の部長をしております。
ーーーーー幼少期や学生のころはどんな感じでしたか?
うちの親父はラグビー一筋の人間で、今は会社の社長をしています。その影響もあり、一般家庭から見たらうちは『巨人の星』みたいな家族だったと思います。家の前には大きな電柱が立っているのですが、『これを倒すまで帰ってくるな』なんて言われたりして。
小学1年生から大学卒業までずっとラグビーを続けていましたが、日本一を目指せるような大学でプレーしていたので、僕自身は本当に僭越ながら、プロになりたいという夢を持ってずっと頑張っていましたが、全然だめでした。
でも、ラグビーで培った体力や、目標を決めたら何がなんでもやり遂げたいというメンタリティは、ラグビーから学んだことかもしれません。
ーーーーー地元に戻って家業を継ぐきっかけは何かあったのですか?
もともと僕は家業を継ぐつもりはなく、中学校の恩師に憧れて教師になりましたが、病気で教師を辞めざるを得なくなりました。
そこから実家の会社に戻るのは情けないと思い、自分でいろいろビジネスに挑戦しましたが、勉強不足もあって全然うまくいかず、結局、このままほっといたらどうなるかわからないからと、周りに見かねられて家業に引き込まれたというのが最初のきっかけです。
▼「今も大阪の街を歩くとたまに教え子に遭遇する。」
変革への一歩:始動プロジェクトとの出会い
ーーーーー始動プロジェクトを知り、応募するきっかけは?
僕はビジネスのビの字も知らず、いろんな仕事で失敗ばかりしていましたが、向上心だけはあったので、いろんなところで学びを求めていた時期がありました。
そんな中、跡継ぎのコミュニティで、メンバーの方が、始動に参加して勉強になったからみんなにもおすすめだよ、という内容をFacebookに投稿されていて、こんなプログラムがあるんだと知り、思い切って応募してみたのが始動との出会いでした。
ーーーーー始動プロジェクトは、どんなプランで応募されたのですか?
繊維業界はポリエステルやナイロンのような素材が主流で、それらは全部石油由来です。
だから環境に悪いということで、国連からも長年お叱りを受けている業界です。
そんな中、うちではCO2由来の樹脂を使って糸を作ろうとしています。
面白いアイデアだと思い、小さな会社ながら研究開発を進めていましたが、
やはりお金も時間もかかる研究開発で、弊社のような小さな会社には難しい。でも、何とかしてこの技術を実用化したいと思い、プロジェクトに応募しました。
ーーーーー始動プロジェクトに応募してみていかがでしたか?
最初は場違いだと思いました。
募集要項を見たら、何百人の中から150人が選ばれて、その中でも頑張った上位30人はシリコンバレーに行けるという内容でしたが、シリコンバレーってアメリカだな、くらいの印象で、自分には縁がないだろうと思っていたのです。
初日の虎ノ門では会話の半分も理解できず、大丈夫かな、ついていけるかな、というのが始動の第一印象でしたね。
始動プログラムでの意識の変革:不正解を正解に変える事業化の仕事
ーーーーー始動プログラムに参加して、自分自身の変化はありましたか?
特に印象に残っているのは、第1回目の講義です。
フォースタートアップスの志水雄一郎社長の、「事業を始めればいろんな問題が起きるのは当たり前。でも、その不正解を正解に変えていくのが事業化の仕事なんだ」という言葉が心に響きました。
僕自身がいろいろ失敗をしてきたので、その不正解を全部正解に変えられるかもしれないと、都合のいいように勝手に解釈したのです。
始動のプログラムには、本当にすごい方々が講師やメンターとして参加されています。
最初はその方々の話す内容が半分も理解できませんでしたが、この言葉が全部わかるようになったら一人前なのかと勉強意欲が湧いてきて、絶対にここで成長してやるという気持ちになりました。
自分の意識が大きく変わった瞬間でした。
ーーーーーシリコンバレーはいかがでしたか?
シリコンバレーに行けたのは、本当に貴重な経験でした。シリコンバレーで得た学びは数え上げればきりがないのですが、現地の人々との出会いは特に印象に残っています。
現地の人たちはみんな優しくて、たくさんのことを教えてくれましたし、何より、人としての余裕を感じました。
僕は昔からラグビー選手や教師として、目標となる人物を設定して、そのためにはどうすればいいかを逆算して考える癖があるのですが、ビジネスマンとして、特にグローバルに活躍する起業家の『正解』がどんなものかは分かりませんでした。
そんな中、始動プログラムやシリコンバレーで出会った方々を見て、目指すべき方向性が見えたことが大きな学びでした。
ーーーーーシリコンバレーで出会った方々はどんな感じでしたか?
まず、話す金額のスケールが何桁も違います。それに、自分のアイデアをいかに実現するかという情熱も桁違いでした。
僕はシリコンバレーに行く前に、現地ですべてを吸収しようと決めていて、一緒に行くメンバーの中で最もすごいと思う人たちと常に一緒に行動することにしたのです。
その方が、「朝6時にロビー集合で一緒にランニングしよう」と言ってくれたので、もちろん「行きます」と即答し、それが毎日続いたおかげで規則正しい生活が送れました。
ただ僕は、昼間勉強したことを自分の中に取り込むのに時間がかかるので、夜中まで必死に復習していて、気づいたらもう朝の集合時間になり、あわてて部屋を飛び出したこともしばしばでした。
8日間のシリコンバレー滞在中は、平均睡眠時間1時間のような生活でしたが、それが本当に楽しく、得るものが多すぎて、寝るのがもったいないぐらいでした。
▼シリコンバレーでディープテックハードウェアを対象にしたVC(Playground社)での研修の様子
圓井仁志さんの挑戦:今後のビジョンとメッセージ
ーーーーー今後はどんなプランを考えていますか?
今後のビジョンとしては、やはりグローバル展開を実現しないといけないと考えていて、そのためにも、これから資金調達に挑戦し、社内体制を整え、研究開発を進めていく必要があります。
良いものを作り、世の中に日本発のサステナブルな素材を広め、世界に貢献する。
僕たちのような小さな会社でも、そういう役割を担えるようになりたいですね。
ヨーロッパはサステナブルな素材の主戦場になりそうなので、将来的にはヨーロッパ進出も視野に入れていますが、個人的には、シリコンバレーで受けた影響が非常に大きく、現地の方々にも『絶対にまた戻ってくる!』と宣言してしまったので、いつかはサンフランシスコにも拠点を作りたいと思っています。
ーーーーー最後に、これから始動プログラムを受けようと思ってる方々へ、メッセージをお願いします。
僕が偉そうに言うのも恐縮ですが、本当におすすめしたいプログラムです。
僕自身、ビジネスについて何も知らない状態で始動に参加しましたが、始動での学びは本当に多岐にわたっていて、自分の知識のなさを実感する毎日でした。
しかし、始動の良いところは、メンバーを含めてみんなが前向きです。何かにチャレンジしている人たちが集まっているから、その考え方に触れているうちに、自然と自分も頑張らなければ、と感化され、新しい前向きな気持ちを得られます。
僕は始動には感謝しかなく、このコミュニティに出会えて本当に良かったと思っています。
だから、悩んでいる方は、ぜひ勇気を出して飛び込んでみてください。きっと素敵な仲間に出会えるはずです。
▼始動プロジェクトの最終ピッチ大会(DEMO DAY)にて
担当ライター:木村ひとみ/本間由美子
