株式会社TIMEWELLの濱本です。
AI(人工知能)が私たちの社会やビジネスのあり方を根底から変えようとしている現在、その最前線では一体何が起きているのでしょうか?シリコンバレーを代表する名門ベンチャーキャピタル、Sequoia Capitalが開催したイベントの講演録は、まさにその疑問に答える貴重な洞察に満ちています。
本記事では、同社のパートナーであるPat Grady氏、Sonya Huang氏、Konstantine Buhler氏が語ったAIの現状分析、市場の可能性、そして未来予測を深掘りし、これからの時代を勝ち抜くための戦略を紐解きます。彼らの言葉は、単なる技術トレンドの解説に留まらず、AIがもたらす本質的な変化を理解し、具体的なアクションへと繋げるためのヒントとなるでしょう。本記事が、AI時代を生き抜くビジネスマンの皆様にとって、次なる一手を見出すための一助となれば幸いです。
AI革命の「So What?」 - 市場規模とビジネスチャンスの再定義 AIイノベーションの加速とエコシステムの変化 - 新時代の競争戦略 AI時代を勝ち抜くための羅針盤 - 注目すべき指標と未来予測 まとめ AI革命の「So What?」 - 市場規模とビジネスチャンスの再定義
Sequoia Capitalのパートナー、Pat Grady氏は、AIに関する議論の核心を突く問いかけからプレゼンテーションを開始しました。「So What?(それがどうした?)」これは、伝説的な投資家ドン・バレンタイン氏が常に問い続けた言葉であり、AIが単なる技術的進歩に留まらず、実際にどのような価値を生み出し、なぜ今重要なのかを問うものです。
Pat Grady氏はこのフレームワーク「What is it?(それは何か?)」「So what?(だから何なのか?)」「Why now?(なぜ今なのか?)」「What now?(では、どうする?)」を用いて、AI市場の現状と将来性を冷静に分析します。
まず、AIがもたらす市場の大きさを理解するために、Pat Grady氏はクラウド市場との比較を持ち出しました。クラウド市場は、その移行が始まった当初のグローバルソフトウェア市場全体の規模を既に上回る、約4000億ドルの収益を生み出しています。このアナロジーをAI市場に適用すると、AIサービスがターゲットとする市場の出発点は、クラウドのそれよりも少なくとも1桁大きく、10年後、20年後には想像を絶する巨大市場へと成長する可能性があると指摘します。これは、AIが単なるニッチな技術ではなく、経済全体を揺るがすほどのインパクトを持つことを示唆しています。
さらに重要なのは、AIが攻撃対象とするのはサービス市場だけではないという点です。Pat Grady氏は、AIがソフトウェア市場とサービス市場の両方の利益プールを侵食し始めていると強調します。多くの企業が、最初はソフトウェアとしてAIツールを提供し、それが徐々に賢くなり、コパイロット(副操縦士)のような役割を果たし、最終的にはオートパイロット(自動操縦)へと進化していく様子が見られます。この進化の過程で、企業は単なるツールをソフトウェア予算に販売するのではなく、具体的な「成果」を販売し、さらには「労働力」そのものを労働予算に販売するようになるのです。
つまり、AIは従来のソフトウェアの機能を拡張するだけでなく、これまで人間が担ってきた業務プロセスそのものを代替し、新たな価値提供の形を生み出す可能性を秘めているのです。これにより、ソフトウェアとサービスという二つの巨大なTAM(Total Addressable Market:獲得可能な最大市場規模)が、AIによって再定義され、新たな競争の舞台となるのです。この視点は、AIビジネスを展開する上で、自社のポジショニングや提供価値を根本から見直す必要性を示唆しています。AIは単なる効率化ツールではなく、ビジネスモデルそのものを変革する触媒となり得るのです。
AIイノベーションの加速とエコシステムの変化 - 新時代の競争戦略
AIの進化はもはや避けられない「不可避(inevitable)」な流れであるだけでなく、まさに「目前(imminent)」に迫った現実であると、Pat Grady氏は強調します。その根拠として、過去数十年にわたり積み重ねられてきた技術の波、すなわち「レイヤーケーキ」の概念が提示されました。このレイヤーケーキは、コンピュート能力の向上、ネットワークの普及、データの爆発的増加、効果的な流通チャネルの確立、そして優秀な人材の集積といった、AIが花開くための前提条件が全て整っていることを示しています。これらの要素が揃ったことで、AIは単なる理論や研究の段階を越え、実用的なアプリケーションとして社会に浸透し始めているのです。
さらに、これらの技術の波は加算的(additive)であり、先行する波の上に新たな波が重なることで、AIがもたらす機会は過去のどの技術革新よりも巨大になっているとPat Grady氏は指摘します。そして、その変化のスピードもかつてないほど加速しています。
では、なぜこれほどまでにAIの普及は速いのでしょうか?Pat Grady氏は、技術普及の物理法則とも言える3つの要素「認知(know about your thing)」「欲求(want your thing)」「購入可能性(be able to buy your thing)」に着目します。クラウド移行が始まった当初、セールスフォースの創業者マーク・ベニオフ氏が奇抜なゲリラマーケティングを展開しなければ注目を集められなかった時代とは対照的に、2022年11月30日にChatGPTが登場すると、瞬く間に全世界がAIに注目しました。
この背景には、RedditやX(旧Twitter)といったソーシャルメディアプラットフォームの存在が大きいとPat Grady氏は分析します。これらのプラットフォームは、クラウド移行開始時には存在せず、モバイル移行開始時にも黎明期でしたが、現在では12億から18億もの月間アクティブユーザーを抱え、新しい技術や情報を瞬時に拡散させる力を持っています。さらに、インターネット接続人口も、クラウド移行初期の約2億人から現在は約56億人へと激増し、事実上、世界のあらゆる家庭や企業がオンラインで繋がっている状況です。これらの「レール」が敷かれたことで、AIという列車はスタートの号砲と同時に、何の障壁もなく猛スピードで走り出すことができたのです。これはAI特有の現象ではなく、現代の技術普及における新しい現実であるとPat Grady氏は結論づけています。
このような急速な変化の中で、企業、特にスタートアップはどこで戦い、どのように勝つべきなのでしょうか?Pat Grady氏は、AIにおける価値創出の主戦場は依然として「アプリケーションレイヤー」にあるというSequoiaの信念を改めて強調します。過去の技術移行期において10億ドル以上の収益を上げた企業の多くがアプリケーションレイヤーに位置していたように、AIにおいても同様の傾向が見られると予測しています。しかし、そこには熾烈な競争が存在します。大規模な基盤モデル(Foundation Models)が、推論能力やツール連携、エージェント間コミュニケーションといった機能を強化することで、アプリケーションレイヤーにまで進出してきているのです。
この状況下で、垂直統合型のビジネスを構築していないスタートアップが取るべき戦略として、Pat Grady氏は以下の3点を挙げます。
顧客起点(Go from the customer back): 顧客の真の課題は何かを深く理解し、そこから逆算してソリューションを構築する。
垂直特化(Think vertical specific):特定の業界や業種に特化し、そのドメイン知識を活かした深い価値を提供する。
複雑な問題への対応(Deal with complex problems that might require a human in the loop): AIだけでは解決が難しい、人間の判断や介入が必要となる複雑な問題に焦点を当てる。
さらに、Sequoiaの伝説的パートナー、Doug Leone氏が40年かけて磨き上げた「Leone Merchandising Cycle」というフレームワークが紹介されました。これは、アイデアを顧客の手に渡る製品へと昇華させるためのバリューチェーン全体(アイデア→製品→エンジニアリング→市場投入・販売・サポート)を示したものです。
このバリューチェーン全体でモート(競争優位性、参入障壁)を築くために、顧客視点でのアプローチが重要となります。例えば、顧客がAIに何を求めているか曖昧な場合でも、企業側が明確な意見を持ち、単にツールを提供するのではなく、エンドツーエンドで問題を解決するソリューションを提案することができます。また、自社製品の利用データを活用してデータフライホイールを構築し、他社にはない独自の強みとすることも可能です。特定の業界に深く根ざし、その業界の言葉でコミュニケーションを取る(例:OpenEvidenceの医療業界、Harveyの法律事務所へのアプローチ)ことも有効な戦略です。
困難な道ではあるものの、顧客と密接に関わることで、大規模な基盤モデルでは真似できない強固な関係性を築くことができるのです。AIアプリケーション開発の最前線は、まさにこのような戦略的思考と実行力が問われる場となっています。
AI時代を勝ち抜くための羅針盤 - 注目すべき指標と未来予測
AI企業への投資において、Sequoiaは何を重視するのでしょうか?Pat Grady氏は、その95%は他の企業と同様の普遍的な要素(重要な問題解決、優れたチームなど)であるとしつつ、AI特有の5%の注目点を明らかにしました。
第一に「収益(Revenue)」です。特に「Vibe Revenue(雰囲気だけの収益)」には注意が必要だと警告します。見かけ上の収益に惑わされず、顧客が実際に製品をどのように利用し、それが持続的な行動変容に繋がっているのかを、導入率、エンゲージメント、リテンションといった具体的な指標で厳しく見極める必要があります。顧客との「良い雰囲気(Good Vibes)」、すなわち信頼関係も極めて重要です。製品そのものよりも、企業が製品を改善し続けてくれるという信頼が、サイクルの初期段階においてはより価値を持つとPat Grady氏は語ります。
第二に「マージン(Margins)」です。現在の粗利率の低さに一喜一憂するのではなく、将来的な健全なマージンへの道筋が見えているかが重要です。AIの計算コスト(COGS)は、トークンあたりのコストが過去12~18ヶ月で99%も低下したように、今後も低下し続けると予測されます。一方で、企業がツール販売から成果販売へと価値提供のレベルを上げていけば、価格設定も上昇させることが可能です。つまり、コスト削減と提供価値向上によって、将来的には高い粗利率を実現できるポテンシャルが求められます。
第三に「データフライホイール(Data Flywheel)」です。多くの企業がデータフライホイールの重要性を語りますが、Pat Grady氏は「そのデータフライホイールが、どのビジネス指標を動かすのか?」という本質的な問いを投げかけます。この問いに明確に答えられない場合、そのデータフライホイールは存在しないか、あるいは意味をなしていない可能性が高いと指摘します。データフライホイールは、ビジネス上の具体的な成果に結びついて初めて、強力なモートとなり得るのです。
続いて登壇したSonya Huang氏は、AIの現状について顧客視点と技術視点の両面からレビューを行いました。顧客視点では、AIネイティブアプリケーションのDAU/MAU比率(日間アクティブユーザー数/月間アクティブユーザー数)が劇的に改善し、ChatGPTがRedditに迫るエンゲージメントを示していることを「極めて良いニュース」として紹介しています。
これは、AIが単なる流行を超えて、人々の日常生活に価値を提供し始めている証拠です。広告コピーの自動生成、教育における概念の可視化、ヘルスケアにおける診断支援(OpenEvidenceの例)など、AIの応用範囲は急速に広がっています。特に音声AIの進化は目覚ましく、Sonia氏は、映画『her/世界でひとつの彼女』で描かれたような、人間と自然に対話できるAIの実現が近づいているとし、2024年を「音声の『her』モーメント」と表現しました。
そして、この1年で最も大きなブレイクスルーを見せた応用分野の一つがコーディングです。Anthropic社のClaude 3.5 Sonnetのような高性能なコーディングAIが登場し、ソフトウェア開発の風景を一変させました。熟練した10xエンジニアからプログラミング経験のない人まで、誰もがAIを活用して驚くほど短時間でソフトウェアを開発できるようになっています。例えば、あるユーザーはAIを使って自分専用のDocSend代替サービスを開発したといいます。Sonia氏は、AIがソフトウェア作成のアクセシビリティ、スピード、そして経済性を根本から変えていると強調します。
技術的な側面から見ると、事前学習(Pre-training)の進展はやや鈍化しているものの、研究エコシステムは新たなブレイクスルーを生み出し続けています。最も重要な進展の一つは、OpenAIによる「推論(Reasoning)」能力の向上です。これに加えて、合成データ(Synthetic Data)の活用、ツール利用(Tool Use)、そしてAnthropic社が提唱するMCP(Model Class Pre-training)のようなエージェント的スキャフォールディング(AIが他のAIやツールを連携させる枠組み)といった技術が組み合わさることで、AIの知能は新たなスケーリングの道を見出しています。
これらの要素、すなわち大規模なベースモデル、推論能力の向上、ツール利用の組み合わせは、AIがますます洗練されたタスクを実行できるようになることを意味しています。MMLUベンチマークのような定量的な指標もさることながら、03(GPT-3の進化版)、Operator、Deep Research、Sonnetといった最新モデルによって初めて可能になったタスクについて開発者たちと話すことの方が、その進化をより力強く感じさせるとSonia氏は述べています。
さらに、AIにおける最もエキサイティングな技術革新の多くは、研究と製品開発の境界が曖昧な領域で起きています。Deep ResearchやNotebookLM(現Hu)はその代表例であり、これらの製品開発者もイベントに参加していることが紹介されました。
最後に登壇したKonstantine Buhler氏は、AIの中長期的な未来予測として「エージェント経済(Agent Economy)」の到来を提示しました。これは、AIエージェント同士が単に情報を交換するだけでなく、リソースを転送し、取引を行い、互いを追跡し、信頼性や信用度を理解し、独自の経済圏を形成するという壮大なビジョンです。
このエージェント経済は人間を排除するものではなく、人間とエージェントが協調して機能する世界です。しかし、この未来を実現するためには、いくつかの重要な技術的課題を克服する必要があると指摘します。
第一に「永続的アイデンティティ(Persistent Identity)」です。エージェント自身が一貫性を保ち、かつユーザーのことを記憶し続ける能力が不可欠です。
第二に「シームレスな通信プロトコル(Seamless Communication Protocols)」です。TCP/IPがインターネットの基盤となったように、エージェント間の情報、価値、信頼の移転を可能にする標準プロトコルが求められます。
第三に「セキュリティ(Security)」です。顔の見えないエージェントとの取引においては、信頼とセキュリティの重要性が一層高まります。
これらの技術的進化は、私たちのマインドセットにも変化を促すとKonstantine Buhler氏は述べます。まず「確率論的思考(Stochastic Mindset)」です。コンピュータは確定的であるという従来の考え方から脱却し、AIの応答が常に一定ではないという不確実性を受け入れる必要があります。次に「マネジメント思考(Management Mindset)」です。AIエージェントの能力を理解し、適切に指示し、フィードバックを与えるという、人間に対するマネジメントと同様のスキルが求められます。これらの変化の結果として、私たちは「より少ない確実性で、より大きなレバレッジ(Way more leverage with significantly less certainty)」を得ることになります。
1年前のイベントで予測された「一人ユニコーン(One-person unicorn)企業」はまだ実現していませんが、かつてないほど少人数で急速にスケールする企業が登場しており、AIによるレバレッジは今後ますます高まると予測されます。最終的には、個々のエージェントやプロセスが融合し、巨大で複雑なニューラルネットワークの集合体となり、個人の仕事、企業のあり方、そして経済全体を再創造するだろうと、Konstantine Buhler氏は力強く締めくくりました。
まとめ
Sequoia Capitalのパートナーたちが描いたAIの未来図は、単なる技術的進歩の予測を超え、ビジネスと社会の構造的変革を示唆しています。AIは、クラウド市場を凌駕する巨大な市場機会を生み出し、サービスとソフトウェアの両領域で既存のビジネスモデルを破壊し再構築する力を持っています。その進化のスピードは、インターネットやソーシャルメディアといった普及のインフラによって加速され、もはや「不可避」かつ「目前」の現実となっています。
この変革期において、企業、特にスタートアップが価値を創出する主戦場はアプリケーションレイヤーにあり、顧客起点の発想、特定分野への深い特化、そして人間とAIが協調する複雑な問題解決が成功の鍵を握ります。データフライホイールの構築、信頼に基づいた顧客関係、そして将来的な高マージンへの道筋を描くことが、持続的な成長には不可欠です。
さらに未来を見据えれば、AIエージェント同士が経済活動を行う「エージェント経済」という新たなパラダイムが到来する可能性も示唆されています。これを実現するには、永続的なアイデンティティ、標準化された通信プロトコル、そして堅牢なセキュリティといった技術的課題の克服が必要です。そして、私たち自身も、不確実性を受け入れる確率論的思考や、AIを効果的に活用するマネジメント思考へとマインドセットをシフトさせ、AIがもたらす圧倒的なレバレッジを活かしていく必要があります。
Sequoiaの洞察は、AIがもたらすチャンスの大きさと同時に、変化への適応の緊急性を強く訴えかけています。今こそ、既存の枠組みにとらわれず、AIを最大限に活用し、新たな価値創造へと舵を切る時です。このAI革命の最前線で何が起きているかを理解し、自社の戦略に落とし込むことが、未来の勝者となるための第一歩となるでしょう。
