株式会社TIMEWELLの濱本 隆太です。
「EU AI Act?うちはEUに拠点ないから関係ないでしょ」——初版を書いた2026年5月ごろまで、日本企業の経営層の8〜9割からこの反応を受けていました。
その一般適用日が、2026年8月2日に到来しました。この日から 透明性義務(Article 50) と 欧州委員会によるGPAIプロバイダーへの制裁金権限(Article 101) が動いています。罰金の最大幅は €35Mまたは全世界売上の7%(高い方)。そして条文を丁寧に読めば、 日本に本社を置く企業も域外適用される3パターン が明確に存在します。
ただし、この日に高リスクAIの実体義務まで始まったわけではありません。 改正法 Regulation (EU) 2026/1744(いわゆるデジタル・オムニバス。2026年7月8日採択、官報 OJ L 2026/1744 掲載 2026年7月24日、2026年7月27日発効)により、Chapter III の 第1節・第2節・第3節(Article 6(5) を除く) の適用日が、Annex III型の高リスクAI(Article 6(2))は2027年12月2日、Annex I型(Article 6(1)=製品組込み型)は2028年8月2日 へ移されたためです。逆に言えば、遅延したのはこの3つの節だけで、Chapter III 第5節(Article 40〜49の整合規格・適合性評価・CEマーキング・登録)は8月2日から動いています。
「うちは関係ない」と言い切れる日本企業は、実は少数派です。本記事では適用タイムライン、日本企業が対象になる条件、そして今すぐ着手すべき5ステップを解説します。
要約
- EU AI Act は 段階的に適用中。禁止行為と AI リテラシー義務は 2025年2月2日から、汎用AI(GPAI)モデルと罰則規定は2025年8月2日から、 一般適用日は2026年8月2日(透明性義務 Article 50/欧州委員会のGPAI制裁金権限 Article 101 ほか)
- 高リスクAIの実体義務は Annex III型が2027年12月2日、Annex I型が2028年8月2日(改正法 Regulation (EU) 2026/1744 による)
- 日本企業が域外適用される3パターン:①EU市場に製品/サービス提供、②EU域内ユーザー向けAI出力、③EU子会社が利用
- 罰金は最大 €35M または全世界売上 7%(GDPR の€20Mを大きく上回る)
- 着手の現実解は ISO/IEC 42001 を骨格としつつ高リスク要件を満たす5ステップ
EU AI Act 適用タイムラインを正確に押さえる
EU AI Actは2024年8月1日に発効しましたが、規定ごとに適用時期が異なります(Article 113)。以下は改正法 Regulation (EU) 2026/1744 反映後の値です。
| 適用日 | 適用される規定 |
|---|---|
| 2025年2月2日 | Chapter I(総則・定義・Article 4 AIリテラシー義務)/Chapter II(Article 5 禁止AI行為)。職場での感情推定AI(Article 5(1)(f))はこの時点で禁止済み |
| 2025年8月2日 | Chapter III Section 4(通知機関)/Chapter V(GPAIモデル)/Chapter VII(ガバナンス)/Chapter XII(罰則 Article 99・100)/Article 78。※Article 101は除く |
| 2026年7月27日 | 改正法 Regulation (EU) 2026/1744 発効。同時に AI Act の Article 102〜110(他法令の改正条項)が適用開始 |
| 2026年8月2日(一般適用日) | Chapter IV(Article 50 透明性義務)/Chapter III Section 5(Article 40-49 整合規格・適合性評価・CEマーキング・登録)/Chapter VI/Chapter VIII〜XI/Article 101(欧州委員会のGPAI制裁金権限) |
| 2026年12月2日 | 新設の禁止行為 Article 5(1)(ba)(同意なき性的ディープフェイク)・(bb)(CSAM生成)と Article 5(1a)(1b)/新設 Article 111(4)=2026年8月2日より前に上市済みの合成コンテンツ生成AIのproviderは、この日までに Article 50(2) に適合すること |
| 2027年8月2日 | Article 111(3)=2025年8月2日より前に上市されたGPAIモデルの適合期限 |
| 2027年12月2日 | Annex III型 高リスクAI(Article 6(2)) に Chapter III Sections 1・2・3 が適用。Article 22(EU代理人)・Article 25(バリューチェーン)・Article 26(deployer義務)・Article 27(FRIA)もここで発動 |
| 2028年8月2日 | Annex I型 高リスクAI(Article 6(1)=製品組込み型) に同上が適用 |
| 2030年8月2日/2030年12月31日 | Article 111(2)(公的機関による利用)/Article 111(1)(Annex X 大規模ITシステム) |
すでに 「禁止AI」「AIリテラシー義務」「GPAIモデルの提供者義務」「罰則(Article 99・100)」 は適用済みです。2026年8月2日から加わるのは 透明性義務(Article 50)と欧州委員会のGPAI制裁金権限(Article 101)ほか であって、高リスクAIの実体義務ではありません。高リスクAIの実体義務は Annex III型が2027年12月2日、Annex I型が2028年8月2日 です。
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罰金構造 — GDPRより重い
EU AI Act Article 99 の罰則は、違反種別ごとに次のとおりです:
| 違反種別 | 上限 |
|---|---|
| 禁止AIの使用(社会的スコアリング等) | €35M または全世界売上の7%(高い方) |
| 高リスクAIシステムへの主要義務違反 | €15M または全世界売上の3% |
| 当局への虚偽情報提供 | €7.5M または全世界売上の1% |
GDPR の上限が「€20M または全世界売上 4%」だったのに対し、 EU AI Act の禁止AIへの罰金は €35M、売上7% とより重くなっています。EUは「AI規制で世界の規範を作る」という戦略を、罰金額で明確に示しています。
日本企業が域外適用される3パターン
EU AI Act 第2条で適用範囲が定義されています。日本に本社を置く企業が対象になる主なパターン:
パターン1:EU市場へのAI製品/サービス提供
EU域内の事業者・消費者にAIシステムまたはAIモデルを提供(販売、SaaS、API、無償含む)している場合。
日本企業の例:
- 化粧品メーカーがEU向け eコマースで AI画像レコメンドを使用
- 自動車部品メーカーが EU OEM 向け製品に AI 制御を組み込み
- SaaS企業が EU 顧客向けに生成AI機能を提供
パターン2:EU域内のユーザー向けAI出力が使われる
AIの出力(推論結果、分類、画像等)がEU域内で使用される場合。
日本企業の例:
- 日本の本社で動かしている採用AIで、EU子会社の従業員を評価
- 日本の信用スコアAIの結果を、EU子会社の取引判断に使う
- マーケティングAIの分析結果をEU向け広告に反映
パターン3:EU子会社がAIシステムの「導入者(deployer)」になる
EU 子会社が業務でAIシステムを利用している場合、子会社が 「導入者」 として義務を負います。本社のリスクマネジメントとは別に、子会社側で対応が必要。
日本企業の例:
- EU子会社で人事評価AIを利用
- EU子会社でCRM内蔵の生成AI機能を業務利用
- EU子会社でAIエージェントを社内文書要約に利用
「うちはEUに製品出していないから関係ない」と思っていても、EU子会社で日々使われるAIが規制対象になっているケースは多数あります。
4リスク区分とそれぞれの義務
EU AI Act はAIを4つのリスク区分に分け、それぞれ異なる義務を課します。
| 区分 | 内容 | 義務の重さ |
|---|---|---|
| 禁止リスク | 社会的スコアリング、潜在意識操作、職場/学校での感情認識など | 使用不可(2025年2月2日適用済。新設の禁止行為は2026年12月2日から) |
| 高リスク | 採用・人事評価、信用スコア、医療診断、教育評価、重要インフラ運用、法執行のAI等 | 適合性評価、技術文書、ログ、人間監督、データガバナンス等(Annex III型は2027年12月2日、Annex I型は2028年8月2日から) |
| 限定リスク | チャットボット、ディープフェイク、AI生成コンテンツ等 | 透明性義務(AI使用の開示等。Article 50=2026年8月2日から) |
| 最小リスク | AIスパムフィルタ、ゲーム内AI等 | 任意(自主行動規範推奨) |
**ほとんどの日本企業で問題になるのは「高リスク」と「限定リスク」**です。チャットボットやAI生成コンテンツを外部向けに使っている企業には、2026年8月2日から Article 50 の透明性義務 が適用されています。一方、採用・人事評価AI、信用スコアリング、医療診断補助 を業務に組み込んでいる企業は、Annex III型なら2027年12月2日、Annex I型(製品組込み型)なら2028年8月2日 までに義務充足の準備が必要です。
なお、2026年8月2日より前に上市された合成コンテンツ生成AIのプロバイダーには経過措置があり、2026年12月2日までに Article 50(2) に適合すること(Article 111(4))とされています。
ISO/IEC 42001 を経由した5ステップ実装ロードマップ
EU AI Act 本文だけを読んで実装しようとすると、抽象度が高くて手が動きません。現実解は、ISO/IEC 42001(AIマネジメントシステム、2023年12月公表)を骨格とし、EU AI Actの高リスク要件を上に乗せる アプローチです。
Step 1:AIシステム棚卸し(1〜2ヶ月)
社内で利用中・開発中のAIシステムをすべて洗い出します。
- 自社開発・SaaS利用・組み込み利用すべて
- 用途、利用部門、関与するデータ
- EU AI Actのリスク区分仮判定
成果物:AIシステム台帳(Excel可)
Step 2:高リスク・限定リスクの選別(2〜3週間)
棚卸しした各AIシステムを、EU AI Act Annex III(高リスク用途リスト)と照らし合わせて区分判定します。
特に注意:
- 採用・昇進・解雇に関わるAI → 高リスク
- 教育評価・受入判定AI → 高リスク
- 医療診断・治療判断補助AI → 高リスク
- 信用スコア・与信判定AI → 高リスク
Step 3:ISO/IEC 42001 AIMSの骨格構築(3〜6ヶ月)
ISO 42001 の主要要求事項を実装:
- AIガバナンス方針の策定(経営層承認)
- AIリスクアセスメント手順の文書化
- AI開発・運用ライフサイクルの定義
- インシデント管理プロセス
- 教育・リテラシーの計画
Step 4:高リスクAI個別の要件充足(3〜6ヶ月)
EU AI Act の高リスク要件(Chapter III, Section 2)を実装:
- リスク管理システム(Article 9)
- データガバナンス(Article 10)
- 技術文書の作成(Article 11、Annex IV)
- ログ保持(Article 12)
- 透明性と利用者への情報提供(Article 13)
- 人間監督(Article 14)
- 精度・堅牢性・セキュリティ(Article 15)
Step 5:適合性評価と継続運用(持続的)
- 高リスクAIシステムごとに適合性評価を実施(Article 43)
- CEマークの貼付(該当する場合)
- 重大インシデントの当局報告(Article 73)
- 監査ログの保持と定期レビュー
ISO 42001 認証取得まで踏み込めば、EU AI Actの「適切なAIマネジメント」の証跡として機能 します。これがPwC・EY・Deloitte が「ISO 42001 認証取得支援」を高額商品として売れている背景です。
経営層に必要な意思決定
EU AI Act 対応で、経営層が判断すべきポイントは次の通り:
- 対象範囲の確定:日本本社のAIで、EU域内に影響が及ぶものをすべて洗い出す
- 責任者の任命:CAIO(Chief AI Officer)またはCISO配下のAIガバナンスリードを明示
- 予算配分:ISO 42001 認証取得+EU AI Act 適合まで含めると、中堅企業で年間3,000万〜1億円規模
- タイムライン宣言:透明性義務(Article 50)は2026年8月2日、高リスクAIの実体義務はAnnex III型が2027年12月2日・Annex I型が2028年8月2日。どの期日に合わせて何を仕上げるかを、リスク受容と合わせて決断
- コンプライアンス vs ビジネス:EU向けサービスの一部撤退・縮小も含めた経営判断
既存の高リスクAIについては経過措置があります。Article 111(2) は改正により、既に上市済みの高リスクAIは Chapter III の適用日以降に設計へ重大な変更(significant changes in their designs)を加えた場合にのみ 対象となる建て付けになりました。基準日は固定の2026年8月2日ではなく、Chapter III の適用日(2027年12月2日/2028年8月2日)に連動 します。
WARP SECURITYでの位置づけ
TIMEWELLの WARP SECURITY 経営層コースでは、EU AI Act の適用タイムライン、罰金構造、ISO 42001との関係を 「自社のAIシステム棚卸し」ワークショップ で実体験できます。
参加企業には、Step 1のAIシステム台帳テンプレートと、ISO 42001 簡易ロードマップ診断を受講特典として提供します。
改正法 Regulation (EU) 2026/1744 を踏まえた整理(2026年8月1日時点)
デジタル・オムニバスと呼ばれた改正案は、Regulation (EU) 2026/1744 として成立済みです。2026年7月8日に採択、官報 OJ L 2026/1744 への掲載が2026年7月24日、発効が2026年7月27日。この改正により、高リスクAIへの Chapter III Sections 1・2・3 の適用日は、Annex III型が2027年12月2日、Annex I型が2028年8月2日 に定められました。一方、Article 113第2段落の「It shall apply from 2 August 2026」は無改正で、一般適用日は2026年8月2日のままです。
2026年8月2日からは、汎用AI(GPAI)プロバイダーに対する欧州委員会の監督・執行権限(Article 101)が発効し、GPAI関連の違反には最大1,500万ユーロまたは全世界売上高の3%という制裁が科されます(本文Article 99の罰金体系とあわせて確認しておきたいところです)。出典: Regulatory framework on AI(European Commission)。
透明性義務(Chapter IV / Article 50)は Article 113第3段落のどの例外にも列挙されておらず、2026年8月2日適用のままです。2026/1744 が改正したのは Article 50(7)(実践規範)のみで、実体義務にあたる (1)〜(6) は変わっていません。2026年12月2日に起きるのは、新設の禁止行為の開始と、Article 111(4) による既存システムの経過措置期限の2点です。
国内でも歩調を合わせる動きがあり、AI事業者ガイドラインは2026年3月31日に第1.2版が公表されました(本文で触れたv1.2はこれにあたります)。出典: AI事業者ガイドライン第1.2版(経済産業省, 2026年3月31日)。自社が域外適用のどのパターンに該当するかは早めに整理しておきたく、企業内でのAIエージェント統制の観点は統制されたエンタープライズAIエージェントの記事もあわせてご覧ください。
まとめ
- 2026年8月2日 はEU AI Actの一般適用日。この日から 透明性義務(Article 50) と 欧州委員会のGPAI制裁金権限(Article 101) ほかが適用開始
- 高リスクAIの実体義務は Annex III型が2027年12月2日、Annex I型が2028年8月2日(改正法 Regulation (EU) 2026/1744 による)。「2026年8月に高リスクが完全適用」は誤り
- 日本企業も 3つのパターン で域外適用される。「うちは関係ない」は危険な誤解
- 罰金は 最大 €35M または売上 7%——GDPR を超える
- 現実解は ISO/IEC 42001 を骨格にした5ステップ——棚卸し、リスク選別、AIMS構築、高リスク要件充足、適合性評価
- 経営層の意思決定なしには間に合わない
EU AI Act は「先進的すぎる規制」と見られがちですが、米国 Executive Order や日本の AI事業者ガイドライン v1.2 も、同じ方向に向かって動いています。今やるか後でやるかの違いだけで、いずれやる必要があります。






