株式会社TIMEWELLの濱本 隆太です。本稿は2026年3月公開の記事を、5月時点でアップデートしたものです。3月22日に星街すいせいが個人事務所「Studio STELLAR」を立ち上げ、翌日にカバー株式会社がNERDへの出資・共同事業契約を開示した一連の動きに加え、その半年前に動いていた「ホロライブFANCLUB」(2025年10月15日開設、年会費6,600円)の存在を踏まえて読み直すと、業界の構造変化はより立体的に見えてきます[1][2][22][26][27][28]。
「卒業」でも「単純な独立」でもなく、IP保有元・タレントマネジメント・コミュニティ運営という3つの層をどう設計するか。ここに、これからのVTuber事務所モデルの肝があると考えています。本稿ではその構造変化を整理した上で、最後に「個人事務所・クリエイター・専門家チームが自前のコミュニティをどう持つか」という実務的な論点まで踏み込みます。
Studio STELLAR設立の全貌
設立の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事務所名 | Studio STELLAR |
| 設立日 | 2026年3月22日 |
| マネジメント | 株式会社NERD(代表取締役社長:髙橋政記 / 代表取締役:大澤創太)[3] |
| レーベル | Sony Records(ソニー・ミュージックレーベルズ)※公式発表上の変更アナウンスなし |
| ホロライブとの関係 | 所属VTuberとしての活動は継続(コラボ・グループ活動は協議の上で継続)[1] |
| カバーとNERDの資本関係 | カバーがNERDに出資し、共同事業契約を締結(2026年3月23日 適時開示)[22] |
カバー株式会社は公式プレスリリースで、「星街すいせいのアーティスト活動強化を目的とした個人事務所『Studio STELLAR』の設立および新支援体制への移行」と発表。ホロライブプロダクション所属は継続し、グループ活動やコラボレーションは協議の上で実施される[1][2]。翌23日には東証適時開示にてNERDへの出資および共同事業契約の締結を公表[22]。
移管される活動範囲
Studio STELLARに移行されるのは以下の領域である。
- 音楽活動(楽曲制作・リリース・ライブ)
- 個人配信活動
- グッズ展開
- ファンクラブ「星詠み」の運営
- メディア出演
一方、ホロライブプロダクションとしてのコラボ・グループ活動・イベント出演は協議の上で継続される[1][2]。
発表と同時に打ち出された戦略
設立と同時に、以下の大型展開が発表された[4]。
- アリーナツアー「Once Upon a Stellar」(2026年9月〜11月、Kアリーナ横浜9/8-9・GLION ARENA KOBE 10/21・IGアリーナ名古屋11/7・マリンメッセ福岡A館11/12 全4都市5公演)
- Midnight Grand Orchestra ライブ(2027年2月11日、幕張メッセ)[3]
- 公式ファンクラブ「星詠み」開設(会員限定グッズ・チケット先行)
- ブランドロゴリニューアル & 新アーティスト写真公開
カバーのNERDへの出資 ── 「資本で繋がる独立」という新しい形
翌3月23日朝9時、カバー株式会社は東証の適時開示として「株式会社NERDへの出資および共同事業契約の締結に関するお知らせ」を公表した[22]。
これは極めて重要な情報です。星街すいせいの動きは「独立」と語られがちですが、より正確に言えば「『独立』ではなく『両立』」のための座組です。カバーがNERDに出資することで、資本的にも繋がりを維持する構造になっており、NERDの事業が成長すれば、出資者であるカバーにもリターンがある。星街すいせいの成功が、カバーの利益にもなる。そういう設計です。
適時開示では、2026年3月期への影響は「軽微」、2027年3月期への影響は「収益基盤およびポートフォリオの中で吸収可能な範囲」とされている[22]。ただし「今後精査し業績予想に織り込む」とも付記されており、中長期的な影響については今後の開示を待つ必要がある。
2026年5月時点の更新:Studio STELLAR と ホロライブFANCLUB の役割分担
3月のStudio STELLAR設立は単発のニュースではありません。実はその約半年前、2025年10月15日にホロライブ全体としての公式ファンクラブ「hololive FANCLUB」が立ち上がっています[26][27][28]。両者を並べて読むと、ホロライブが「事務所モデル」をどの方向に組み替えようとしているのかが見えてきます。
ホロライブFANCLUB(2025年10月15日開設)の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | hololive FANCLUB |
| 開設日 | 2025年10月15日[26][27] |
| 運営 | カバー株式会社 |
| 対象 | ホロライブプロダクション全体(推し別ではなく、ホロライブそのもの) |
| 年会費 | 6,600円(税込)[28] |
| 主な特典 | ライブチケット先行販売、限定コンテンツ、会員限定イベント告知、グッズ・キャンペーン優先案内など |
| 決済 | クレジットカード等の通常決済(年額一括) |
| 旧オフィシャルファンクラブアプリ | 2026年3月目処で提供終了の予告あり[27] |
公式ファンクラブの開設は、これまで個別タレントのメンバーシップ(YouTubeのチャンネルメンバー)やイベントごとの会員制で散らばっていたファン関係を、「ホロライブそのもののファン」として一本化し直す動きと読めます。
「個人事務所」と「全体ファンクラブ」を同じ図の上に置いてみる
Studio STELLARとホロライブFANCLUBを別々のニュースとして扱うと「独立」と「公式囲い込み」のように相反して見えますが、同じ図の上に置くとむしろ補完関係です。
| レイヤー | 機能 | Studio STELLAR | ホロライブFANCLUB |
|---|---|---|---|
| 個人ブランド | 楽曲・ソロライブ・グッズ・個人FC「星詠み」 | こちらが担う | 直接は触らない |
| グループブランド | ホロライブ全体のライブ・イベント・コラボ | 連携で参加 | こちらが担う |
| ファン関係 | 推し単位/グループ単位のコミュニティ運営 | 「星詠み」で個人ファンを束ねる | 「hololive FANCLUB」でグループファンを束ねる |
| 収益 | 個人活動由来(音源・グッズ・FC会費・ライブ) | Studio STELLAR / NERD 経由 | カバー(年会費・会員特典付き物販等)[28] |
つまり、星街すいせいは「個人ブランド層」を自前で握り、ホロライブは「グループブランド層」と「ファン関係の幹線道路」を握る。同じファンが両方のFCに入る前提の二階建てになっている、と捉えるのが自然だと考えています。
旧オフィシャルファンクラブアプリの提供終了が意味すること
ホロライブはこれまでスマホ向けの「オフィシャルファンクラブアプリ」を運用していましたが、hololive FANCLUBへの統合に伴い、2026年3月を目処に提供終了が予告されています[27]。
これは見落とされがちですが、運用面では大きな転換点です。アプリ単体で機能を抱える運用から、Webベースの会員サイトに集約する運用へ移行することで、決済・配信・チケット先行・限定コンテンツを一つの会員IDで束ねやすくなります。コンテンツのほうが、アプリよりも先に陳腐化するからこそ、「土台」を入れ替えに行ったと見ています。
ここまでを一文でまとめれば、「ホロライブは2025年秋にグループ単位のファン基盤を作り直し、2026年春に最上位タレントの個人ブランド層を切り出した」ということになります。順番として、足腰(FANCLUB)→屋根(個人事務所)という整備の仕方は、極めて手堅い設計だと考えています。
VTuberファンクラブビジネスモデルの新潮流 ── IP保有元・マネジメント・コミュニティの3層構造
これまでの「事務所モデル」と何が違うか
従来のVTuber事務所は、IP(キャラクター・名称・楽曲権利)の保有、タレントマネジメント、ファンとのコミュニティ運営をすべて自社内に抱えていました。配信プラットフォーム上のスーパーチャットやメンバーシップが「コミュニティ運営」の代替を担っていた、と言い換えてもよいかもしれません。
ところが2025〜2026年の動きを見ると、この3つの機能が分離・再結合されつつあります。
| 層 | 機能 | 例(ホロライブ/星街すいせい) |
|---|---|---|
| ① IP保有層 | キャラクター・名称・グループブランドの権利保有、グローバル展開 | カバー株式会社(hololive Production) |
| ② タレントマネジメント層 | 楽曲・ライブ・メディア出演・クリエイティブの実装 | Studio STELLAR / NERD(個人)/カバー(グループ) |
| ③ コミュニティ運営層 | 会員制ファンクラブ、チケット先行、限定コンテンツ、決済 | hololive FANCLUB(グループ)/星詠み(個人) |
3層構造として捉えると、①と②と③のどこを誰が握るかで事業の力学が大きく変わることがわかります。星街すいせいは②と③(個人分)を自分側に寄せ、①は引き続きカバーに残しつつ、カバーがNERDに出資することで②に資本的に関与する。一方で③(グループ分)はカバー本体が直接運営する。複雑に見えますが、3層モデルで読むと整理されます。
K-POP・アイドル業界との比較
似た構造はK-POPやアイドル業界に先行例があります。
- 大手レーベル(HYBE、SM等)が①IPと③ファンプラットフォーム(Weverseなど)を保有
- 個別アーティストやサブレーベルが②マネジメントを実装
- グッズ・チケット・限定配信は③のプラットフォーム側で集約決済
ホロライブFANCLUBは、まさにこの「③ファンプラットフォーム」のホロライブ版に位置づけられます[26][28]。Weverseのようなアプリ独立型ではなくWeb型ですが、機能としての立ち位置は近い。Studio STELLARは、この上に乗る「個別アーティスト事務所」として理解できます。
この3層構造の含意
3層構造で考えると、「卒業か残留か」という二分法はすでに古いと言わざるを得ません。
- IP層は手放さない(卒業を選ぶと①の権利関係が壊れる)
- マネジメント層は分離可能(個人事務所に切り出してもIPは残せる)
- コミュニティ層は重ねがけ可能(個人FCと全体FCの二階建てが成立する)
「『独立』ではなく『両立』」というフレーズは、この3層モデルを言い換えたものです。VTuberに限らず、ある程度のファンベースを持ったタレント・クリエイター・専門家にとって、この構造はそのまま参照可能だと考えています。
個人事務所設立の「真の狙い」 ── 5つの戦略的意図
「東京ドーム」という明確なゴールへの布石
カバーの公式発表では、星街すいせいが「自身の目標と語る東京ドーム公演の実現」を目指していると明記されている[1]。2025年2月1日の日本武道館ライブ「SuperNova」成功[5]、Forbes JAPAN「30 UNDER 30 2025」選出(2025年8月、Forbes JAPAN 2025年10月号で表紙を飾る)[6]を経て、次なるステージとして東京ドームを見据えた場合、事務所のスケールでは実現困難な意思決定スピードと専門性が求められる。
個人事務所設立は、「VTuber事務所の枠内では到達できない高み」への挑戦宣言である。
収益構造の自立化 ── レベニューシェアからの脱却
従来のVTuber事務所モデルでは、スーパーチャット・メンバーシップ・グッズ売上がタレントと事務所間でレベニューシェアされる。しかし、星街すいせいクラスのアーティストにとっては、以下の問題がある。
- 収益の天井:事務所への分配率が成長の足かせになる
- 意思決定の速度:大型企画の承認プロセスが企業組織のスピードに縛られる
- ブランド管理:個人のブランドイメージを自分自身でコントロールしたい
Studio STELLARでは、グッズ・ファンクラブ・ライブ収益を直接マネタイズできる体制が構築される。株式会社NERDという専門マネジメント会社との連携も、芸能・音楽業界の知見を取り込む戦略的選択だ。NERDの代表である髙橋政記・大澤創太の両名は、星街すいせいの「ビビデバ」や「晩餐歌」のMV制作(いずれもYouTube再生回数1億回超)にも携わっており、単なるマネジメント会社ではなくクリエイティブ面でも深い信頼関係を持つパートナーである[3][25]。
なお、カバーがNERDに出資しているという事実は、この収益構造の変化を「対立」ではなく「再配分」として設計していることを示唆している[22]。
「VTuber」から「アーティスト」へのポジション転換
Forbes選出[6]、武道館ライブ[5]、ソニー・ミュージックとのレーベル契約 ── これらは「VTuberとしての成功」を超え、「メジャーアーティストとしての地位確立」を示している。
個人事務所設立は、VTuberという枠組みを維持しつつ、音楽業界のメインストリームにポジションを確保するための戦略的行動だ。ホロライブとの関係を完全に断つのではなく、「所属VTuber」の看板を残しながら実質的にはソロアーティストとして活動する ── このハイブリッドモデルは前例がない。
リスクヘッジとしての法人化
VTuber業界では、事務所との方向性の違いによる「卒業」が相次いでいる。ホロライブでも2024〜2025年にかけて複数のタレントが卒業・離脱しており[7][8]、業界全体として避けられない課題となっている。
星街すいせいが卒業ではなく個人事務所設立という道を選んだことは極めて重要だ。
- 卒業=IPの喪失(キャラクター・名前・楽曲の権利関係が複雑化)
- 個人事務所=IPを維持しつつ自立(ホロライブの看板+個人の自由度)
これは「辞める」のではなく「関係を再定義する」という、より成熟した解決策である。
VTuberカルチャーの「次なるステージ」を切り開く使命
カバー自身が公式発表で「VTuberの活躍の場を広げることは、当社のミッションである『世界が愛するカルチャー』の実現に向けた大きな一歩」と述べている[1]。これは単なるリップサービスではなく、業界構造の進化を会社としても認めていることの表明だ。
VTuber業界の構造変化 ── 「事務所依存モデル」の限界
タレントの自立志向が示す構造的課題
2024〜2025年にかけてVTuber業界全体で卒業・離脱が増加している事実は、個々のタレントの事情を超えた構造的な課題を浮き彫りにしている[7][8]。
カバーのCEO谷郷元昭氏は2025年5月13日の決算説明会で以下のように語っている。
「VTuberというのもプロダクションの運営が始まってから期間がだいぶ経っている。2018年からホロライブ1期生が始まって、もう6年ぐらい経ってきている中で、やっぱりタレントさん各位のキャリアプランだったり、人生設計だったりというのが発生するタイミングなのかなと思っております」[10]
また、2025年6月の第9期定時株主総会では、より踏み込んだ表現で以下のように述べている。
「タレントデビューから年月が経つことで、タレントのライフステージやサポートニーズの変化・多様化が発生している。従来の体制では多種多様化したニーズに応えることができず、タレントと会社の間の進め方にギャップが発生することがあった」[11]
これは要するに、VTuberが成長すればするほど、既存の事務所モデルでは対応しきれなくなるという根本的なジレンマだ。
VTuber事務所の3つのモデル ── 進化の方向性
| モデル | 特徴 | 代表例 |
|---|---|---|
| 芸能事務所型 | 所属タレントの活動を統括管理 | ホロライブ、にじさんじ(従来型) |
| IP経営型 | IPを資産として多角展開 | Brave group |
| プラットフォーム型(新) | タレントの自立を前提に基盤を提供 | Studio STELLAR+ホロライブ |
星街すいせいのケースは、第3のモデル ── 「プラットフォーム型」の先駆けとなる可能性がある。事務所がタレントを「管理」するのではなく、タレントが事務所を「活用」する関係性への転換だ。
さらに、カバーがNERDに出資しているという事実は、この「プラットフォーム型」が単なる理念ではなく、資本構造として設計されていることを物語っている[22]。
VTuber市場規模と成長の行方
矢野経済研究所の調査によれば、VTuber市場は2023年度に前年度比153.8%の800億円規模に成長した(VTuber事務所運営企業の当該事業売上高ベース)[12]。カバー単体でも2025年3月期に売上高434億円(前年比+43.9%)を記録しており[13]、2030年3月期には売上高1,000億円を目標としている[13]。
しかし、成長の中身は変化している。
| 収益源 | 2025年3月期 | 構成比 | 成長率 |
|---|---|---|---|
| マーチャンダイジング | 205億3,900万円 | 47.3% | +64.6% |
| 配信/コンテンツ | 93億2,300万円 | 21.5% | +21.9% |
| ライブ/イベント | 77億9,300万円 | 18.0% | +39.1% |
| ライセンス/タイアップ | 57億4,400万円 | 13.2% | +29.4% |
出典:カバー株式会社 2025年3月期 通期決算説明資料 / PANORA (2025/5/13)[10][14]
配信収益の比率が低下し、物販(特にトレーディングカード)が成長を牽引している。これはVTuber産業が「配信エンターテインメント」から「IP総合ビジネス」へ移行しつつあることを意味する。
カバー株式会社の未来 ── 光と影
IP帝国としての成長ポテンシャル
カバーの強みは明確だ。
- 業界最強のIPポートフォリオ:チャンネル登録100万超のタレントを多数保有
- グローバル展開力:英語圏(hololive EN)、インドネシア(hololive ID)への展開
- 多角化の成功:トレーディングカード事業のヒット(「hololive OFFICIAL CARD GAME」2024年9月発売)[13]、hololive Dreamsの開発
- 大型イベント力:hololive SUPER EXPO、fesの動員力
中期目標の2030年3月期 売上高1,000億円・営業利益250億円は、現在の成長率を維持すれば射程圏内にある[13]。
配信収益の停滞と組織の課題
一方、注視すべきリスクも顕在化している。
配信コンテンツ売上の成長鈍化
- 2026年3月期Q3累計(9ヶ月)の配信/コンテンツ売上は69億7,900万円(前年同期比+3.8%)にとどまる[15]。通期で+21.9%だった前期と比較して明らかに減速している。
- Q3決算説明資料でも「配信およびEC収益の推移やタレント別トラフィックの構成比は調整局面」と表現されている[15]。
- なお、この傾向はカバーに限った話ではない。ANYCOLORのライブストリーミング売上も2025年4月期で50.6億円と横ばい傾向にあり[16]、VTuber業界全体で配信収益が飽和傾向にあることを示している。
タレント離脱に伴うコスト
- 2026年3月期上半期に、過去生産グッズの在庫評価減として約5.5億円を計上。これが上期の営業減益(前年同期比▲20.9%)の主因となった[9][17]。
組織の「成長痛」
- 人件費増を伴う組織拡大(先行投資期間)
- 2026年3月期の営業利益予想は82億円(前期比+2.5%)と増益幅が大幅に縮小[15]
市場の反応 ── 株価急落が突きつける問い
NERDへの出資と共同事業契約の適時開示が出た3月23日、カバーの株価は▲199円の1,411円(-12.36%)まで急落し、年初来安値を更新した[22][23]。安値は一時1,398円まで売り込まれ、2023年3月以来の水準に迫った。
この日の東京市場全体も大荒れだった。日経平均株価は前営業日(3月19日)比▲1,857円の51,515円と大幅続落[24]。週末にかけてイラン情勢が一段と緊迫し、東証プライムの9割超が値下がりするほぼ全面安の展開であり、市場全体がリスクオフに振れた日だった。
つまりカバーの急落には2つの要因が重なっている。第一に、イラン情勢の激化で日経平均が約3.5%下落するなど地合い自体が極めて悪かったこと。第二に、NERD出資という個別材料がグロース株への逆風の上に重なったこと。日経平均の下落率が約3.5%であるのに対し、カバーの下落率は12.36%と約3.5倍に達しており、地合い要因だけでは説明できない下落幅であることは明白だ。NERD出資への市場の懸念 ── 「トップタレントの収益がカバーの外に移る」 ── が、暴落相場の中でさらに売りを増幅させた格好である。
ここに、カバーの経営判断の難しさが集約されている。タレントの自立を支援し、「卒業」という最悪のシナリオを回避する ── これは長期的には正しい判断だろう。しかし株式市場は四半期ごとの数字で企業を評価する。「NERDへの出資を通じてリターンを得る」という設計が、従来のレベニューシェアと比べてカバーにどれだけの収益をもたらすのか。その具体的な数字が見えない限り、市場の不安は解消されない。
適時開示では2027年3月期の影響を「吸収可能な範囲」としているが、逆に言えば影響はゼロではない。Studio STELLARモデルが今後他のトップタレントにも適用されていくなら、カバーの収益構造は徐々に変化していくことになる。
カバーが取るべき3つの戦略的選択
選択肢A:「Studio STELLARモデル」の制度化
星街すいせいの個人事務所設立を例外ではなく新しいフレームワークとして制度化する。一定の実績を積んだトップタレントに対して、個人事務所設立+ホロライブ所属継続という選択肢を公式に用意することで、「卒業」以外の出口を提供する。
メリット:タレントの離脱防止、IPの維持、ブランドの持続 リスク:収益分配の変化、管理の複雑化
選択肢B:IP中心のプラットフォームカンパニーへの転換
タレント個人に依存するビジネスモデルから、ホロライブそのものをプラットフォーム/ブランドとして自立させる方向へ舵を切る。hololive Dreams(スマホゲーム)、トレーディングカード、Holoearth(メタバース)など、タレント個人に紐づかない収益源を拡大する。
メリット:タレント離脱リスクの軽減、スケーラビリティ リスク:タレントとファンの関係性が希薄化
選択肢C:芸能プロダクションとしての深化
K-POPの大手事務所(HYBE、SM Entertainment等)のように、タレントマネジメントのプロフェッショナリズムを極限まで高める。メンタルヘルスケア、キャリア設計支援、収益配分の見直し等により、タレントの満足度と定着率を改善する。
メリット:既存モデルの延長で実行可能 リスク:コスト増、業界構造の変化への対応遅れ
筆者の見立て ── カバーの最適解は「A+Bのハイブリッド」
現実的には、選択肢Aの「Studio STELLARモデル」の制度化と、選択肢Bの「プラットフォーム化」を並行して進めることが最適解だろう。
その理由は以下の通りだ。
- トップタレントの離脱は不可避な流れ:成長したタレントが自立を望むのは自然な進化であり、それを止めることは不可能。であれば、「卒業」ではなく「関係性の再定義」を制度化すべき
- IPの多面展開は既に軌道に乗っている:トレーディングカード事業の成功は、タレント個人に依存しない収益モデルの可能性を実証済み
- 「ホロライブ」というブランド自体がIPとして確立されつつある:個々のタレントの活動に加え、ホロライブという看板そのものがファンを惹きつける力を持っている。このブランド価値を維持・強化しながら、タレントの自立を支援する仕組みをどう作るかが鍵になる
株価の急落は気になるところだが、NERDへの出資という形でカバーが初日から資本的に関与していること自体は、「制度化の第一歩」として評価できる。問題は、この仕組みがカバーの株主にとっても十分なリターンを生む設計になっているかを、今後の決算で示せるかどうかだ。
VTuber業界の未来 ── 2026年以降の4つの予測
予測1:「卒業」ではなく「独立」が主流になる
星街すいせいのケースを皮切りに、トップクラスのVTuberが事務所所属を維持しながら個人法人を設立する「二重所属モデル」が一般化する。これは音楽業界における「レーベル所属+個人事務所」と同様の構造であり、VTuber業界の成熟を示す自然な進化だ。
予測2:VTuber×音楽の融合が加速
星街すいせいに続き、VTuber出身のメジャーアーティストが続出する。ライブ市場の拡大、ストリーミング収益の成長により、音楽がVTuberの主要マネタイズ手段の一つとなる。アリーナツアー、ドーム公演が「珍しいこと」ではなくなる時代が来る。
予測3:事務所の役割が「管理」から「インフラ提供」に変化
事務所は、3Dモデリング、配信技術、法務支援、マーケティングリソース等のインフラを提供する存在へと変化していく。タレントは自身のビジネスを自分で運営しつつ、必要な機能だけを事務所から調達する ── いわば「VTuber as a Service」モデルだ。
予測4:トップ層と新人の格差拡大
個人事務所を設立できるのは、一定以上のファンベースと収益力を持つトップ層に限られる。キャリアの浅いVTuberにとっては事務所のサポートが引き続き不可欠であり、二極化が進む。これは芸能界や音楽業界と同様の構造だ。
BASEで個人事務所・クリエイター・専門家チームのコミュニティを立ち上げる
ここまで読んでくださった方の中には、「自分の活動規模で、ホロライブFANCLUBのようなものを作るのは現実的なのか」と感じた方もいるかもしれません。結論から言えば、3層構造のうち「③コミュニティ運営層」は、いまや個人や小さなチームでも自前で持てる時代になっていると考えています。
弊社のBASEは、AIネイティブなコミュニティプラットフォームで、60秒で会員制ページを作れます。クリエイター・個人事務所・専門家チームが、自分たちの「星詠み」や小さな「FANCLUB」に相当するものを立ち上げる用途を想定しています。
具体的には、以下のような使い方が考えられます。
- 個人事務所・クリエイターチーム:年会費制/月額制の有料コミュニティで、限定コンテンツ・先行情報・オフライン会の優先案内を一元化
- 専門家・コンサルタント:受講生・クライアント向けの会員ページで、教材配信・Q&A・イベント告知を束ねる
- ローカルブランド・D2C:ロイヤル顧客向けの招待制コミュニティで、新商品先行・限定イベントを運営
もちろん、ホロライブのようなIPと比べれば規模は違います。ただし「ファンとの直接のチャネルを自前で持っておく」という意味では、規模に関わらず重要性はむしろ上がっているのが現在の流れだと考えています。プラットフォーム側のアルゴリズム変更でリーチが消える時代ほど、自前の会員リストは効いてきます。
すでに具体的な構想がある方、あるいは「まず話を聞いてみたい」段階の方も、お気軽にBASEのお問い合わせからご相談ください。30分のオンライン相談で、目的に合った設計の方向性を一緒に整理します。
なお、今回の星街すいせい個人事務所設立を「タレント側のキャリアパス」と「事業モデル」の両面から深掘りした姉妹記事を別途用意しています。事業モデル寄りの議論はStudio STELLAR と星街すいせいのビジネスモデル考察(2026年版)もあわせてどうぞ。
結論:星街すいせいが切り開く「第三の道」
星街すいせいのStudio STELLAR設立は、単なる個人の独立ではない。それは以下の3つの意味を持つ。
- VTuberの「キャリアパス」の新しいモデルの提示 ── 卒業か残留かの二択ではなく、「関係性を再定義して共存する」という第三の道
- VTuber文化の「メインストリーム化」の象徴 ── バーチャルの存在がリアルの音楽市場で対等に戦える時代の到来
- カバー株式会社にとっての「試金石」 ── この新モデルを制度化できるかどうかが、ホロライブの持続的成長を左右する
そして翌日の適時開示で明らかになった「NERDへの出資+共同事業契約」は、カバーがこの第三の道を経営レベルで承認し、資本構造に組み込んだことを意味する。株式市場の反応は厳しく、イラン情勢による全面安と重なって年初来安値を更新したが、「卒業」というIPの完全喪失と比較すれば、出資を通じて関係性を維持する方がはるかに合理的な選択だ。
カバーがこの変化に適応し、「タレントの自立を支援するプラットフォーム」へと進化できれば、2030年の売上高1,000億円は夢ではない。しかし、従来の「管理型モデル」に固執すれば、トップタレントの流出は止まらず、配信収益のさらなる停滞を招くだろう。
星街すいせいが選んだ道は、VTuber業界全体の未来を映す鏡である。
参考データ
カバー株式会社 業績推移
| 指標 | 2024年3月期 | 2025年3月期 | 2026年3月期(予想) | 2030年3月期(目標) |
|---|---|---|---|---|
| 売上高 | 302億円 | 434億円 | 525億円 | 1,000億円 |
| 営業利益 | 51億円 | 80億円 | 82億円 | 250億円 |
| 前年比成長率 | ー | +43.9% | +20.9% | ー |
出典:カバー株式会社 決算説明資料 / logmi finance[13] / gamebiz[14]
星街すいせい 主要マイルストーン
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2018年3月22日 | 個人VTuberとして活動開始[1] |
| 2019年 | ホロライブプロダクションに転籍(0期生) |
| 2021年3月 | 「Stellar Stellar」リリース / 1stアルバム「Still Still Stellar」リリース |
| 2023年1月 | YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」にVTuberとして初出演[18] |
| 2024年3月 | 「ビビデバ」公開、のちにストリーミング累計1億回再生突破[19] |
| 2024年11月〜12月 | ソロライブツアー「Spectra of Nova」(埼玉スーパーアリーナ他)[20] |
| 2025年2月1日 | 日本武道館ライブ「SuperNova」開催[5] |
| 2025年8月 | Forbes JAPAN「30 UNDER 30 2025」選出、Forbes JAPAN 10月号で表紙[6] |
| 2026年2月21日 | 武道館再演「SuperNova: REBOOT」Kアリーナ横浜[21] |
| 2026年3月22日 | 個人事務所「Studio STELLAR」設立[1] |
| 2026年3月23日 | カバーがNERDへの出資・共同事業契約を適時開示[22] |
| 2026年9〜11月 | アリーナツアー「Once Upon a Stellar」(全4都市5公演)[4] |
| 2027年2月11日 | Midnight Grand Orchestra 幕張メッセ公演(予定)[3] |
参考文献
[1] カバー株式会社. "VTuberカルチャーの「次なるステージ」へ。星街すいせいのアーティスト活動強化を目的とした個人事務所「Studio STELLAR」設立および新支援体制への移行に関するお知らせ." PR TIMES (2026-03-22). https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001231.000030268.html
[2] entamerush. "VTuberカルチャーの「次なるステージ」へ。星街すいせいの個人事務所「Studio STELLAR」設立." (2026-03-22). https://entamerush.jp/675244/
[3] NERD Inc. "星街すいせい、擬態するメタを擁する新たなアーティストエージェンシー「NERD」が本格始動." PR TIMES (2026-03-22). https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000180170.html
[4] nixie. "星街すいせい 8周年重大発表まとめ|Studio STELLAR設立・アリーナツアー「Once Upon a Stellar」." はてなブログ (2026-03-22). https://nixie.hatenablog.com/entry/2026/03/22/212311
[5] livefans. "Hoshimachi Suisei 日本武道館 Live 'SuperNova' 2025/02/01." https://www.livefans.jp/events/1736528
[6] KAI-YOU. "星街すいせい、ビジネス誌『Forbes』の「世界を変える30歳未満」に選出." (2025-08-25). https://kai-you.net/article/93228
[7] 電撃オンライン. "【VTuber卒業:2025年度総まとめ】ホロライブ所属がうる・ぐらさん、天音かなたさん、紫咲シオンさん." (2026-01-02). https://dengekionline.com/article/202601/60362
[8] ねとはぴ!. "卒業(活動終了・契約解除)したホロメン!理由とその後【ホロライブ】." https://www.netohapi.com/entry/yameholo
[9] @DIME. "「天音かなた」卒業の衝撃、人員拡充を急ぐカバーはマネジメントを改善できるか." (2025). https://dime.jp/genre/2061976/
[10] PANORA. "カバー・谷郷氏に聞く「ホロライブ、相次ぐ卒業についてどう思う?」" (2025-05-13). https://panora.tokyo/archives/108282
[11] note (karuta). "カバー株式会社 第9期定時株主総会." (2025-06). https://note.com/karuta54/n/n183692e3f7f4
[12] 矢野経済研究所. "VTuber市場に関する調査を実施(2023年)." (2023-07-25). https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3304
[13] logmi finance. "【QAあり】カバー、前年比売上高+43.9%、売上総利益+55.9%と大幅増で着地." (2025-05). https://finance.logmi.jp/articles/381579
[14] gamebiz. "カバー、25年3月期決算は売上高43%増、営業益44%増." (2025-05). https://gamebiz.jp/news/405589
[15] mogura VR. "カバー株式会社、2026年3月期第3四半期決算を発表。売上高は前年同期比20.2%増の346億円." (2026-02). https://www.moguravr.com/cover-2026-q3-financial-results/
[16] uyet.jp. "【にじさんじ決算分析】ANYCOLORの収益モデル・中期戦略・成長余地を読み解く." https://uyet.jp/media/vtuber-insights/anycolor-strategy/
[17] note (suikabatake). "【5253】カバー「ただのVTuber事務所」だと思ってない?" https://note.com/suikabatake/n/n832c1f8cc4fb
[18] リアルサウンド. "星街すいせい、「THE FIRST TAKE」史上トップの同時視聴数16万." (2023-01). https://realsound.jp/2023/01/post-1243197.html
[19] billboard JAPAN. "星街すいせい「ビビデバ」VTuber初のストリーミング累計1億回再生突破." (2024). https://www.billboard-japan.com/d_news/detail/145493/2
[20] ホロライブ公式. "Hoshimachi Suisei Live Tour 2024 'Spectra of Nova'." https://spectraofnova.hololivepro.com/
[21] ファミ通. "星街すいせい、武道館ライブ再演が2026年2月21日に開催決定." (2025-11). https://www.famitsu.com/article/202511/57939
[22] カバー株式会社. "株式会社NERDへの出資および共同事業契約の締結に関するお知らせ." 東証適時開示 / 日経適時開示 (2026-03-23). https://www.nikkei.com/nkd/disclosure/tdnr/20260323586039/
[23] トレーダーズ・ウェブ. "カバー-急落 所属VTuber星街すいせい氏が個人事務所設立." Yahoo!ファイナンス (2026-03-23). https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/5792cd13a252eef01a61d4f64e244a69a237545c
[24] IG証券. "日経平均株価 週間見通し(3/23週):海外中銀のタカ派傾斜、5万円割れ警戒も反転サインに注目." (2026-03-22). https://www.ig.com/jp/news-and-trade-ideas/japan-stock-markets-forecast-this-week-and-key-level-of-nikkei22-260322
[25] KAI-YOU. "星街すいせい、個人事務所「Studio STELLAR」設立 ホロライブプロダクション所属は継続." (2026-03-22). https://kai-you.net/article/94935
[26] hololive FANCLUB 公式サイト. https://hololive-fc.hololivepro.com/
[27] カバー株式会社. "「hololive FANCLUB」開設のお知らせ(2025年10月15日開設、旧オフィシャルファンクラブアプリは2026年3月目処で提供終了)." (2025-09-24). https://cover-corp.com/news/detail/20250924-01
[28] ORICON NEWS. "ホロライブ、新ファンクラブ『hololive FANCLUB』10月15日開設 年会費6,600円." (2025-09-24). https://www.oricon.co.jp/news/2408239/full/
[29] ITmedia News. "ホロライブ公式ファンクラブ『hololive FANCLUB』10月15日開設." (2025-09-24). https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2509/24/news117.html
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