AIセキュリティ

【AI法を作らない国】英国DUA Act第80条とAI Growth Lab ─ ライト・タッチ路線の現実

2026-05-20濱本 隆太

英国は2026年King's Speechで単独AI法(AI Bill)を見送り、Regulating for Growth Billに転換した。Data (Use and Access) Act 2025 第80条はUK GDPR Article 22を置換し、自動意思決定の「禁止+例外」を「許容+ガードレール」に反転。AI Growth Labのクロスエコノミー・サンドボックスも始動。EU AI Actと正反対の「規制を作らない規制」を解読します。

【AI法を作らない国】英国DUA Act第80条とAI Growth Lab ─ ライト・タッチ路線の現実
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株式会社TIMEWELLの濱本 隆太です。

EU AI Act が2026年8月の本格適用を控えてヨーロッパが緊張している間に、英国は 「AI法を作らない」 という選択を、King's Speech 2026 ではっきりと示しました。単独の AI Bill は議題に上がらず、代わりに登場したのが「Regulating for Growth Bill」という、規制を作るどころか 規制を緩めるための法案 です。

同じヨーロッパで、ドーバー海峡を挟んでこれほど違う道を選ぶのか——。私は2025年からの英国の動きを追っていて、何度かそう感じる場面がありました。EU はリスクベースの包括法で、英国はサンドボックスとセクター規制の組み合わせ。一見すると英国は楽な道に見えますが、日本企業にとっては「楽な道だから安心」とはなりません

DUA Act 第80条、AI Growth Lab、AI Security Institute——3つのピースを並べて、英国アプローチの本質と、日本企業の向き合い方を整理します。

要約

  • DUA Act 第80条:2026年2月5日施行。UK GDPR Article 22 を Articles 22A-D に置換し、ADM を「禁止→許容+ガードレール」へ反転
  • AI Growth Lab:2025年10月発表のクロスエコノミー・サンドボックス。既存規制を一時緩和してAI実証実験可能
  • Regulating for Growth Bill:2026 King's Speech で発表。単独 AI Bill は見送り、既存規制機関の横断調整に転換
  • AI Safety Institute → AI Security Institute に rebrand。「Safety」から「Growth/Security」への言語シフト
  • 日本企業の落とし穴:英国規制が緩いからといって EU AI Act の域外適用は逃れられない

DUA Act 第80条 ─ 「禁止」から「許容」への180度反転

英国の AI 規制を理解するために、まず押さえるべきは データ保護法の改正 です。AI 規制という看板を掲げていなくても、AI の運用を実質的に規定しているのは UK GDPR の改正だからです。

Data (Use and Access) Act 2025(DUA Act 2025)は2025年7月に成立し、第80条が 2026年2月5日に施行 されました。この第80条が何をしたかというと、UK GDPR Article 22 を完全に置き換え、新たな Articles 22A-D に差し替えたのです[^1]。

旧 Article 22 は、EU GDPR Article 22 とほぼ同じ建付けで、「自動意思決定からの保護」を中核に据えていました。

  • データ主体は、自動意思決定のみによる判断の対象とならない権利を持つ
  • 例外は3つ:契約上の必要性/同意/法令に基づく許可
  • 特別カテゴリ個人データに基づく ADM は原則禁止

要するに 「自動意思決定は原則禁止、例外的に許容」 という構造でした。

新 Articles 22A-D は、この構造を 180度ひっくり返した ものです。

  • ADM は 原則として許容
  • ただし4つのガードレール(決定情報の提供/反論の権利/人間介入の要求/決定への異議申立)が必須
  • 特別カテゴリ個人データに基づく ADM のみ、引き続き原則禁止

英国政府は、これを「ADM を可能にしつつ、データ主体の権利を保護する現代的なバランス」と説明しています。一方で IAPP や Herbert Smith Freehills といった主要法律事務所は、「実質的には ADM の自由化」 と評価しています[^2]。私の読み方も後者寄りです。

特に重要なのが、罰則の規模が UK GDPR 本体のまま で残されたこと。年商の4%または2,000万ポンドの大きい方——これが ADM のガードレール違反にも適用されます。「規制を緩めた」ように見えて、緩めた範囲を逸脱したときの罰則は GDPR フルパッケージ という、典型的な英国流の二段階設計です。

合わせて読みたい:EU側の動向は EU AI Act と Digital Omnibus 簡素化パッケージ でまとめています。EU が高リスクAI規制を一時停止する流れと、英国が ADM を解禁する流れは、同じ「規制緩和の波」が別の道で出現している と読めます。

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AI Growth Lab ─ 規制を一時緩和してAIを試させる仕組み

DUA Act 第80条と並んで、英国の AI 戦略の核心になっているのが AI Growth Lab です。

2025年10月21日、Times Tech Summit で Liz Kendall 技術相が発表したこの枠組みは、「クロスエコノミー・サンドボックス」 という新しい設計を採用しています[^3]。従来のサンドボックス(金融分野の FCA Regulatory Sandbox、医療分野の MHRA Innovation Office)は単一規制機関の所管内で運用されてきましたが、AI Growth Lab は経済全域を横断します。

仕組みは次の通りです。

  • AI プロダクト・サービスを展開したい企業が、既存規制と衝突する場合に申請
  • lead regulator(主管規制機関)が指定され、複数セクターにまたがる場合は regulatory consortium(規制機関合同体)が形成される
  • 一時的に規制適用を緩和し、real-world setting でテスト
  • 成功した実証は permanent regulatory reform(恒久的な規制改革)に繋がる

「実証して、効果が出れば法律のほうを変える」という、規制機関側の自己改革を組み込んだ設計です。私はこの構造を、米国 Utah の Regulatory Mitigation Agreement と並べて、「規制機関が学習する制度」の2大例 だと捉えています。

ただしレッドラインがあります。消費者保護、安全規定、基本的権利 に関わる規制は緩和の対象外。これは英国政府が EU や WTO との関係を考慮した結果で、「ライト・タッチでも譲れない領域」を明示する重要なメッセージになっています。

ターゲット業界は5つ。

業界 想定される AI 利用
医療 診断支援AI、薬剤推奨、リモートモニタリング
住宅 テナント審査AI、賃料予測
専門サービス 法務AI、会計AI、リーガルテック
輸送 自動運転、物流最適化
先端製造 生産ライン最適化、品質検査AI

日本企業の視点から見ると、英国市場進出の実証実験基盤 として活用余地が大きい仕組みです。たとえば日本のリーガルテック企業が、英国の Solicitors Regulation Authority(SRA)の規制と抵触する可能性のある AI サービスをローンチしたい場合、AI Growth Lab に申請すれば lead regulator として SRA が指定され、時限的な規制緩和の下で実証実験できます。

Call for Evidence は2026年1月2日に締め切られ、現在は政府が回答を整理して制度設計を詰めている段階です。本格稼働は2026年後半が見込まれています。

Regulating for Growth Bill ─ AI Billを作らない選択

2026年5月の King's Speech で、英国政府が打ち出した正式な法案リストには AI Bill が含まれていません[^4]。代わりに登場したのが「Regulating for Growth Bill」という、AI規制と一見無関係な名前の法案です。

中身を見ると、これがまさに英国の AI 規制の本体です。

  • 既存の sectoral regulators(Ofcom, CMA, ICO, FCA, MHRA)の AI 監督権限を法定で確認
  • これらの regulators の 横断的調整機構 を新設
  • AI Security Institute(旧 AI Safety Institute)に statutory backing(法定根拠)を付与
  • 単一の AI super-regulator は 意図的に作らない

統合的な AI super-regulator を作らない選択は、EU AI Act の AI Office、フランスの CNIL、ドイツの BfDI などとの対比で非常に対照的です。私はこれを「英国流の規制ポートフォリオ戦略」と呼んでいます。AIという技術が変化し続ける以上、特定の領域に縛られない柔軟性が必要だ、という判断です。

そして語彙の問題。AI Safety Institute から AI Security Institute への rebrand は、単なる名前変更ではありません。バイデン政権下の米国 AISI(AI Safety Institute)との連携軸が、トランプ政権の AI Safety 軽視(あるいは敵対的姿勢)を受けて、「Safety」という語自体を使いにくくなった 結果と解釈できます。

「Security」は中立的な語彙で、Trump 政権の AI 政策とも齟齬がない。同時に「Growth」というキーワードを Regulating for Growth Bill の名称に組み込むことで、ライト・タッチ路線との一貫性を確保する。政治的状況に応じた語彙の戦略的設計 が、英国流ガバナンスの一つの特徴だと私は見ています。

「英国規制が緩い」は罠 ─ EU AI Act 域外適用の現実

ここまで読んで「英国市場は楽そうだ」と感じた読者の方に、最大の罠 をお伝えしておきます。英国規制が緩いからといって、EU AI Act の域外適用は逃れられません。

EU AI Act は明示的に 域外適用 を規定しています。EU 市場に AI 製品・サービスを提供する事業者は、本社の所在地にかかわらず適用対象です[^5]。英国に本拠を置いていても、EU 加盟国の顧客に AI を販売・提供すれば、フルパッケージの AI Act 準拠が必要になります。

英国企業の実務感覚を確認したところ、ロンドンの大手金融機関のAIガバナンス責任者から、こんな話を聞きました。

「英国規制は柔軟になったが、フランクフルトやアムステルダムの拠点があれば、結局 EU AI Act のフル準拠を全社統一基準にせざるを得ない。英国だけ別仕様にすると運用が破綻する

つまり、英国規制とEU AI Act の 二重コンプライアンス ではなく、EU AI Act 準拠で全社統一する のが現実解になっているのです。これは日本企業にも同じことが言えます。EU 市場に AI を出す可能性が少しでもあれば、英国向けプロダクトも EU AI Act 仕様にしておくほうが、長期的にコストが安く済みます。

ではなぜ AI Growth Lab に意味があるのか。それは「英国市場 only の AI」や「EU市場に出す前の実証実験」に有効だからです。実証段階では英国規制(緩い)の枠で動かし、本格展開時に EU AI Act 仕様にアップグレードする——という戦略パスが描けます。

DUA Act・AI Growth Lab対応の優先順位 ─ WARP SECURITYの役割

英国の3つのピース(DUA Act 第80条、AI Growth Lab、Regulating for Growth Bill)をどう日本企業の AI ガバナンスに落とすか。私が経営層・現場担当者と一緒に整理してきた論点を、3層に分けて述べます。

第一に データ保護担当者向けのDUA Act対応 です。UK GDPR Article 22 が Articles 22A-D に変わったことで、これまで「自動意思決定は原則禁止だから人間レビューを入れる」設計だった社内プロセスは、書き換えが必要です。具体的には、AI による意思決定について、(a) データ主体への決定情報の提供、(b) 反論の権利、(c) 人間介入の要求、(d) 異議申立——この4つを整備するチェックリストの作成と、UK ICO の statutory code of practice(策定中)への準備が当面の作業になります。

第二に 製品開発・事業開発向けのAI Growth Lab活用検討 です。英国市場で AI サービスを展開する計画があるなら、AI Growth Lab を「既存規制とぶつかったときの避難先」として戦略マップに含めるべきです。lead regulator が誰になるか、レッドラインに触れないか、申請プロセスのタイミング——このあたりを事前に整理しておくと、英国上陸の判断が大幅に早まります。

第三に 経営層向けのEU AI Act域外適用の整理 です。「英国は緩い」という認識のまま EU 市場参入計画を進めると、二重コンプライアンスの破綻が起きます。EU AI Act 域外適用の射程と、英国規制との実質的な統合運用パスを、経営判断のレベルで決める必要があります。

TIMEWELLの WARP SECURITY では、この3層を「チェックリスト × 戦略マップ × 経営判断シナリオ」として、それぞれのレイヤーで使えるアウトプットに分解しています。ADM のガードレール4要素は、ICO の draft code of practice と自社のプロダクト設計書を並べて、項目別に「OK/改修必要/不明」を仕分けする実務作業です。AI Growth Lab の活用は、テンプレートの申請書ドラフトと lead regulator マッピング表を準備しておくことで、参入意思決定の速度が変わります。

英国市場の話だけで終わらず、EU 域外適用との接続点を含めて 1 つの判断フローに統合する。これが英国アプローチを日本企業の現実に落とす際の、最も重要な作業だと考えています。

まとめ

  • DUA Act 第80条 で UK GDPR の ADM が「禁止→許容+ガードレール」に反転(2026年2月5日施行)
  • AI Growth Lab は規制を一時緩和してAI実証実験できる、英国流クロスエコノミー・サンドボックス
  • Regulating for Growth Bill で単独 AI Bill は見送り、既存規制機関の横断調整に転換
  • AI Safety Institute → AI Security Institute への rebrand は、米英連携の再設計を反映
  • 「英国が緩いから安心」は罠。EU AI Act 域外適用は英国にいても逃れられない

英国は AI 規制を作らないことで、EU との差別化を図ろうとしています。けれども市場のロジックは、結局のところ EU AI Act のフル準拠を「実質的なグローバル標準」として押し付けてきます。規制を緩めた国の企業ほど、緩めたつもりが EU 規制に縛られる という逆説が、これから数年の英国 AI 業界の現実になるはずです。

ライト・タッチを選んだ国の知恵は、AI Growth Lab という「規制機関が学習する制度」に最も鮮明に表れています。私はこの仕組み自体は、日本の規制論議に持ち込む価値が十分にあると感じています。とくに AI 事業者ガイドライン v1.2 を控える日本にとって、英国の AI Growth Lab は 「もう一つの選択肢」 として参照する意味があります。

合わせて読みたい:EU AI Act と Digital Omnibus 簡素化パッケージ米国連邦AI政策2026イリノイ・ユタ・マサチューセッツ州AI規制

参考文献

[^1]: Data (Use and Access) Act 2025, Section 80 - Legislation.gov.uk [^2]: How much does the Data (Use and Access) Act reform UK GDPR? - Herbert Smith Freehills Kramer [^3]: AI Growth Lab - GOV.UK [^4]: King's Speech signals diffuse UK digital policy agenda, but no AI bill - IAPP [^5]: AI Watch: Global regulatory tracker - United Kingdom - White & Case

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