こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
ここ数年、「経済安全保障」という言葉を新聞や役所の資料で見かける回数が、急に増えたと感じませんか。少し前まで「安全保障」といえば防衛省やミサイルの話で、自分の仕事とは関係のない遠い世界の用語でした。ところが今では、半導体の調達、クラウドの選定、政府案件への入札、病院の電子カルテの更新まで、ごく普通の企業活動の真ん中にこの言葉が入り込んできています。その震源地にあるのが、2022年にできた経済安全保障推進法という法律です。
正直なところ、この法律は初見だと相当とっつきにくいです。名前が長いうえに、中身が4つの別々の制度の寄せ集めになっていて、全体像がつかめないまま個別の話に入ると必ず迷子になります。この記事では、法律を初めて学ぶビジネスパーソンを想定して、正式名称から4本柱、2026年に加わった医療分野の追加まで、遠回りに見えても土台から順に組み立てていきます。自社の製品や技術が輸出管理の網にかかりそうか先に当たりをつけたい方は、読み進める前に輸出管理コンプライアンス診断で30秒ほど手を動かしてみると、この後の話が自分ごとになるはずです。
なお本稿は、経済安全保障を初めて学ぶ人向けの3部作シリーズの第1回にあたります。第1回で全体像をつかんだうえで、第2回では政府調達とセキュリティ認証、第3回では基幹インフラとセキュリティ・クリアランスへと具体に降りていく構成です。まずはここで、地図の全体を頭に入れてください。
経済安全保障推進法とは、4制度を1本に束ねた法律です
はじめに、正式名称を正確に押さえましょう。経済安全保障推進法は、正式には「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」といいます。令和4年法律第43号として2022年5月11日に成立し、5月18日に公布されました[^1]。読むだけで疲れる名前ですが、分解すると意味はまっすぐです。経済政策(経済施策)を、安全保障の観点からバラバラにではなく「一体的に」講じる。つまり、経済と安全保障を切り離さずにまとめて手を打つための法律だ、と宣言しているわけです。
この法律のいちばんの特徴は、性格の異なる4つの制度を1本の法律に同居させている点にあります。ふつうの法律は「一つのテーマに一つの法律」が基本ですが、経済安全保障推進法は供給網の話、インフラの話、技術開発の話、特許の話という毛色の違うテーマを、無理やり一つ屋根の下に集めた構造をしています。だからこそ、4つの制度を一斉には施行できませんでした。制度ごとに準備の重さが違うため、2022年8月から2024年5月にかけて、段階的に順番へ施行していったのです[^2]。この「段階施行」を知らないと、「もう始まっているのか、まだなのか」で社内が混乱します。
もうひとつ覚えておきたいのが、所管の構造です。制度全体を束ねるのは内閣府の経済安全保障担当ですが、実際の審査や指定は各事業を所管する大臣が担います。半導体なら経済産業省、医薬品や病院なら厚生労働省、通信なら総務省という具合に、窓口が分かれます。加えて、この法律には「施行後3年を目途に見直す」という宿題(附則第4条)が最初から書き込まれていました[^2]。この見直し規定が、後で触れる2026年の改正へまっすぐつながっていきます。生まれたときから「3年後に手を入れる」と予告されていた、成長途中の法律なのです。
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4本柱を、初心者向けにひとつずつ
では、1本に束ねられた4つの制度を順に見ていきます。役所の資料では「4本柱」と呼ばれ、それぞれ企業に求めることがまるで違います。
1本目が、重要物資の安定的な供給確保です。半導体や医薬品、重要鉱物のように、途絶えると国民生活や経済が立ち行かなくなる物資を国が「特定重要物資」に指定し、国内生産や備蓄、供給元の多様化を後押しします。企業側から見ると、供給確保計画を作って所管大臣に認定してもらえば助成金や低利融資を受けられる、いわば支援メニューの色合いが強い制度です。2本目が、基幹インフラ役務の安定的な提供確保。電気やガス、通信、金融といった社会の土台を支える役務について、重要な設備を導入したり保守を外部に委託したりする前に、あらかじめ国へ届け出て審査を受ける仕組みです。妨害行為のおそれが大きいと判断されれば、勧告や命令が出ることもあります[^3]。1本目が「アメ」なら、こちらは「事前チェックの義務」に近い性格です。
3本目が、先端的な重要技術の開発支援です。AIや量子、宇宙、バイオのように、将来の安全保障を左右しかねない機微な技術の研究開発に、国が資金を出します。実際の資金配分は科学技術振興機構(JST)や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が担い、官民の協議会で情報を共有しながら進めます[^2]。ここには守秘義務がついてくるので、研究者にとっては支援と規律がセットです。4本目が、特許出願の非公開。武器転用につながりかねない発明について、特許の内容をあえて公開しないでおく制度で、2024年5月に始まりました[^2]。通常の特許は出願から一定期間で公開されますが、核技術や高度な兵器に直結する発明は、特許庁と内閣府の二段階審査で「保全指定」し、外国出願を制限します。公開されないぶんの不利益には補償が用意されています[^3]。
4本柱の輪郭を、施行の時期と企業からの見え方でまとめると次のようになります。
| 制度(柱) | 施行時期 | 企業から見た性格 |
|---|---|---|
| ①重要物資の安定的な供給確保 | 令和4年8月 | 供給確保計画を認定すれば助成・融資が受けられる支援制度 |
| ②基幹インフラ役務の安定的な提供確保 | 令和5年11月(運用開始2024年5月) | 重要設備の導入・委託を事前届出し審査を受ける義務 |
| ③先端的な重要技術の開発支援 | 令和4年8月 | 研究開発への資金支援と守秘義務がセット |
| ④特許出願の非公開 | 令和6年5月 | 機微な発明の公開を止め、外国出願を制限(補償あり) |
こうして並べると、同じ法律の中に「支援してくれる制度」と「規制してくる制度」が同居しているのがよく分かります。私が初めてこの表を作ったとき、性格の違う4つがなぜ1本にまとまっているのか腑に落ちませんでした。答えは、どれも「重要な物・機能・技術を、有事に外へ流出させたり途絶えさせたりしない」という一点で繋がっているからです。守り方が違うだけで、守りたいものは同じなのです。4制度が企業に課す実務負担をもう少し踏み込んで知りたい方は、以前書いた「経済安全保障の基礎」も合わせて読むと、輪郭がさらにくっきりします。
特定重要物資は16物資、クラウドまで入っています
4本柱のうち、最初に動き出した重要物資の制度に、もう少し踏み込みます。ここで指定される「特定重要物資」は、実は身近な意外性のかたまりだからです。制度がスタートした令和4年12月、政府はまず11の物資を指定しました。抗菌性物質製剤、肥料、永久磁石、工作機械・産業用ロボット、航空機の部品、半導体、蓄電池、クラウドプログラム、可燃性天然ガス、重要鉱物、船舶の部品の11分野です[^4]。その後、令和6年2月に先端電子部品が加わり、令和7年12月には人工呼吸器、無人航空機、人工衛星、ロケットの部品が追加され、あわせて16物資になりました[^5]。抗菌薬や肥料のように、安全保障というより暮らしそのものを支える品目が入っているのが、この制度の面白いところです。
なかでも私が「なるほど」と思ったのが、クラウドプログラムが物資に入っている点です。クラウドは形のあるモノではありません。それでも、企業や役所の業務がクラウド上のソフトウェアで動いている以上、その基盤が海外事業者に依存しきっていると、有事に足元をすくわれかねない。だから「重要な物資」として位置づけられました。実例もあります。経済産業省は2024年2月20日、さくらインターネットの「さくらのクラウド」を特定重要物資クラウドプログラムの供給確保計画として認定しました。事業総額はおよそ18億円、最大約6億円の助成、補助率は3分の1という内容です[^6]。認定の背景として経産省は、基盤的なクラウドサービスの国内市場で国内事業者のシェアがおよそ3割にとどまっている現状を挙げています[^6]。国内に選択肢を確保しておきたい、という意思がにじむ数字です。
制度全体の広がりも、数字で見るとよく分かります。供給確保計画の認定は令和8年2月17日時点で143件にのぼり、支援の財源総額は2兆5,518億円に達しています[^2]。数百億円ではなく兆円の単位です。「重要物資を国内で作れる状態を保つ」という目標に、政府がどれだけ本気で予算を張っているかが伝わってきます。輸出管理の担当者から見ると、この16物資のリストは他人事ではありません。自社が扱う原材料や部品が特定重要物資に含まれていれば、供給網の見直しや調達先の点検が、そのまま安全保障の議論と地続きになるからです。
2026年改正で、医療分野が16番目の基幹インフラに
ここまでが土台です。そのうえに2026年、はじめての本格改正が乗りました。冒頭で触れた「施行後3年目途の見直し」の宿題を果たすかたちで、政府は推進法と国際協力銀行法(JBIC法)をまとめて手直しする改正法を用意し、令和8年(2026年)6月17日に公布しました[^7][^8]。閣法第30号として整理されたこの改正には複数の柱がありますが、初心者がまず押さえるべきは基幹インフラ制度への医療分野の追加です。
現行の基幹インフラ制度は、電気やガス、通信、金融など15の分野を対象にしてきました。改正でここに医療が加わり、16番目の分野になります。対象は大きく二つです。ひとつは、高度な医療提供能力を持ち、地域で「最後の砦」となる特定機能病院の医業・歯科医業。もうひとつは、社会保険診療報酬支払基金が担う医療DX関連の業務、具体的にはオンライン資格確認、電子処方箋管理サービス、電子カルテ情報共有サービスです[^3]。特定機能病院は厚生労働大臣が個別に承認する病院で、令和7年4月1日時点で全国に88病院あり、その多くが大学附属病院です[^3]。事前審査の対象となる設備は、患者の生命に直結する電子カルテ、手術部門、集中治療部門に関わるシステムから選ばれる方向で検討が進んでいます[^3]。この部分はまだ詳細が固まりきっていないため、確定情報として断定はしません。
なぜ病院がインフラなのか、と思うかもしれません。理由はシンプルで、病院を狙ったサイバー攻撃が現実の脅威になっているからです。電子カルテが止まれば手術も救急も回らなくなる。医療は、電気や通信と並ぶ社会の生命線だという認識が、制度に反映されたわけです。医療分野の追加は、公布日から起算して1年6月を超えない範囲で政令が定める日に施行される予定で、2027年末までには動き出す見込みです[^7]。実質的な所管は厚生労働省が担います。
改正の柱は医療だけではありません。重要物資の制度には、供給に不可欠な「役務」が新たに加わります。海底ケーブルの敷設や保守、人工衛星の打ち上げのように、モノそのものではなく、モノを支えるサービスまで支援の射程に入ってきました[^7]。ほかにも基幹インフラ制度の運用改善、JBIC法の改正による経済安全保障目的の出資、政府系シンクタンクの新設などが盛り込まれています。一方で、有識者会議の提言に含まれていたデータセキュリティの制度化は今回見送られました[^7]。改正の中身をもう一段細かく追いたい方は、2026年改正の論点を整理した記事にまとめてありますので、そちらへどうぞ。
なぜ、一般企業にも関係してくるのか
「うちは防衛産業でもインフラ事業者でもないから関係ない」。そう考える方は少なくありません。けれど、経済安全保障推進法の影響は、当事者に見えにくいところから静かに広がってきます。入り口は二つあります。
ひとつが、政府調達です。役所や独立行政法人がクラウドやシステムを調達するとき、セキュリティ基準を満たしたサービスかどうかが問われるようになりました。ここで登場するのがISMAP(政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)のような仕組みで、基準を満たさないと入札の土俵にすら上がれないケースが出てきています。自社が官公庁と取引したい、あるいは官公庁と取引する元請けの下請けに入っている、というだけで、経済安全保障の要求が実務に降りてくるのです。この政府調達とセキュリティ認証の話は、本シリーズの第2回で正面から扱います。
もうひとつが、基幹インフラのベンダーとしての波及です。届出や審査の義務を負うのは電力会社や通信会社、病院といった「特定社会基盤事業者」本人ですが、その事業者に設備やシステムを納める側の企業も無関係ではいられません。事業者が重要設備の導入を国へ届け出るとき、その設備を作ったのは誰か、部品はどこ由来か、保守を委託する先はどこかまで審査の目が及ぶからです。納入する側は、供給元や再委託先の情報を求められ、実質的に審査の一部を分担することになります。ここに、機微な技術や重要な部品を扱う企業ほど、取引先スクリーニングや該非判定の負担が増えていく構図があります。基幹インフラとセキュリティ・クリアランスの詳細は第3回で掘り下げます。
そして、この構図は輸出管理の実務とぴたりと重なります。経済安全保障推進法が「国内の重要な物・機能・技術を守る」制度だとすれば、輸出管理は「それを国外へ不用意に流さない」制度です。守る対象は同じで、向きが違うだけ。だからこそ、該非判定や取引先スクリーニングを担う現場は、両方を同じテーブルで見る必要があります。私たちが提供しているTRAFEEDは、まさにこの輸出管理・該非判定の負担をAIで軽くするために作ったサービスです。岡山大学との共同実証で判定精度95%以上を確認し(過去審査データにもとづく自社調べ)、特許第7862062号を取得、20を超える組織に導入いただいています。各国の法規改正も当日に反映する設計です。もちろん、最終的な該非判定はお客さま自身の輸出管理責任者が行うもので、AIはその判断を速く正確にするための道具にすぎません。押し売りするつもりはありませんが、経済安全保障と輸出管理を地続きで捉える発想の一例として、頭の片隅に置いてもらえればと思います。
まとめ
経済安全保障推進法は、正式名称こそ長いものの、要は「経済と安全保障をまとめて考える」ための法律です。最後に、この記事で押さえてほしい要点を整理します。
- 正式名称は「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」(令和4年法律第43号)。2022年5月成立、4制度を1本に束ねた構造です。
- 4本柱は、重要物資の安定供給、基幹インフラ役務、先端技術開発支援、特許出願の非公開。支援する制度と規制する制度が同居しています。
- 特定重要物資は令和7年12月時点で16物資。半導体や重要鉱物に加え、クラウドプログラムまで含まれます。
- 2026年6月公布の改正で、医療分野が16番目の基幹インフラとして追加され、2027年末までに施行される見込みです。
- 一般企業も、政府調達と基幹インフラのベンダーという二つの入り口から、この法律の要求に巻き込まれていきます。
まずは全体の地図を持つこと。それができれば、自社のどこが影響を受けるのかを冷静に見極められます。地図さえあれば、次に読むべき記事も、社内で誰に相談すべきかも、自然と見えてくるはずです。もし「自社は具体的にどこから手をつければいいのか」で立ち止まってしまったら、経済安全保障・輸出管理の個別相談から気軽に声をかけてください。制度の話は、抽象論のうちは遠くても、自社の一品目に落とし込んだ瞬間に一気に自分ごとになります。次回は、その「自分ごと」が最も早く訪れる政府調達の世界をご案内します。
[^1]: 内閣府「経済安全保障推進法」 https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/suishinhou.html [^2]: 参議院常任委員会調査室・特別調査室「立法と調査」No.483「経済安全保障の更なる推進に向けた法改正」 https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2026pdf/20260430003.pdf [^3]: 厚生労働省「基幹インフラ制度への医療分野の追加について」(第118回社会保障審議会医療部会 資料2) https://www.mhlw.go.jp/content/10801000/001565765.pdf [^4]: 内閣府「サプライチェーン強靱化の取組(重要物資の安定的な供給の確保に関する制度)」 https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/supply_chain/supply_chain.html [^5]: 時事通信「重要物資に人工呼吸器 経済安保、4品目追加―政府」(2025年12月19日) https://www.jiji.com/jc/article?k=2025121900783&g=pol [^6]: 経済産業省「特定重要物資『クラウドプログラム』の供給確保計画の認定について」(2024年2月20日) https://www.meti.go.jp/press/2023/02/20240220006/20240220006.html [^7]: 内閣府「経済安全保障推進法における特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する制度(説明会資料)」 https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/infra/doc/infra_setsumeikai.pdf [^8]: 内閣府「経済安全保障推進法の特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する制度について(2026年6月17日 注記)」 https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/infra/doc/infra_gaiyou.pdf [^9]: 内閣府「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度」 https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/infra/infra.html [^10]: 内閣官房「基幹インフラ制度への医療分野追加に係る論点」(経済安全保障法制に関する有識者会議 推進法改正に関する検討会合 第2回 資料7) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyohousei/r7_dai13/shiryo7.pdf [^11]: 内閣府「特定重要物資の主な支援措置の内容及び認定済計画数」 https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/supply_chain/doc/jisseki.pdf
