こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。「地球の温室効果ガス排出の25%以上は、農業と食のサプライチェーンから出ている」——SusHi Tech Tokyo 2026のアグリフードセッション冒頭、StartLifeのマネージングディレクター、ニコラ・ハリソン氏が投げ込んだ数字に会場がざわつきました。「居住可能な土地の50%は農地」「2050年に都市が何を食べるかはこの10年で決まる」。数字が重い。あまりにも重いのです。
私はTIMEWELLで「挑戦の民主化」を掲げていますが、正直に言ってアグリフード領域は最も挑戦のインフラが未整備な領域の一つだと思っています。だからこそ、このセッションを絶対に聞きたかったのです。
この記事の要約
- 欧州のアグリフードイノベーションは「気候変動 × 食料安全保障 × 地政学リスク」という三重苦への解として、ディープテックと規制改革で食料システム全体を再構築するフェーズに入っている
- StartLife(ワーヘニンゲン大学発アクセラレーター)、Leviage(49拠点・3,000社・900社の共創プラットフォーム)、農林中金欧州——3機関が示した「日本×欧州」連携の具体的な接続点
- 欧州アグリフードテック投資は2023年時点で約35億ユーロ規模、5年で約3倍に成長。日本との投資ギャップは桁違いで、エコシステム参画姿勢の転換が急務
- 日本のアグリフード企業・社内起業家がいま動くべきアクションを、TIMEWELL代表が現場視点で整理
イベント紹介 — SusHi Tech Tokyo 2026が『食と都市』を結ぶ場に
SusHi Tech Tokyo 2026は、2026年4月27日〜29日に東京ビッグサイトで開催されているアジア最大級のグローバルイノベーションカンファレンスです。「持続可能な都市をハイテクノロジーで実現する」というコンセプトが示す通り、食・エネルギー・交通・医療といった都市機能全体が、スタートアップの実装対象として語られています。
アグリフードセッションは、このイベントの重要な1ピースでした。登壇者は農林中金欧州のシニアリサーチアナリスト、リック・フォード氏、オランダの農食テックアクセラレーターStartLifeのニコラ・ハリソン氏、そしてフランス発の共創プラットフォーム**Leviage(Agricol)**のエマニュエル・エテス氏です。欧州の最前線3機関が日本に直接語りかける場として、ほぼ他では実現しない貴重な布陣だったと感じます。
アグリフードは、日本では「農業×テック」という狭い文脈で語られがちですが、欧州では「食のサプライチェーン全体のイノベーション」として位置づけられています。生産者から加工、物流、小売、そして消費者のライフスタイルまで、一気通貫で再設計するという発想。この視野の広さが、欧州のスタートアップが急成長する土壌になっていると感じます。
同時期に行われた基調講演の論点については、SusHi Tech 基調講演レポートで都市・国家戦略レベルの整理を行いましたので、併せて読んでいただくと立体感が出ると思います。
StartLife — ワーヘニンゲン大学発の「スピンアウト装置」
ニコラ・ハリソン氏が語ったStartLifeは、オランダ・ワーヘニンゲン大学のエコシステムを背景に持つ、科学ベースの農食スタートアップに特化したアクセラレーターです。50人以上のメンター、複数の投資パートナー、そして何よりワーヘニンゲン大学という世界トップクラスの農学研究拠点が背後にあります。
ワーヘニンゲン大学は、過去20年以上にわたりQS世界大学ランキングの「農林水産学分野」で1位を保ち続けている、文字通り世界最高峰の農業研究大学です。オランダという国は国土が日本の九州程度しかないにもかかわらず、農業輸出額で世界第2位という驚異的な成果を上げています。その中核にこの大学とStartLifeがあるわけです。
ハリソン氏のメッセージは明確でした。「最新の科学的イノベーションを、市場に届く形にする橋渡しが決定的に重要です」。AI、ゲノミクス、精密農業、サプライチェーン効率化——これら次世代の領域を、研究室から市場へ移すためのインフラがStartLifeなのです。
私が印象的だったのは、StartLifeが2018年から「グローバルアクセラレーター」へと進化したという点でした。地元(オランダ)密着から、世界中のスタートアップ支援へ。ワーヘニンゲン大学に蓄積された知の資産を、グローバルに開放するアプローチです。これは日本の大学発スタートアップ支援にとっても参考になる視点だと感じます。東大発、京大発、東北大発のスタートアップが、日本国内で閉じるのではなく、世界に開かれたアクセラレーター機能に接続されるべきでしょう。
Leviage — 49拠点・3,000社・900社の「共創の橋」
続いて登壇したエマニュエル・エテス氏が紹介したLeviageは、StartLifeとはまた違うポジションを取っていました。Leviageは大企業とスタートアップの「共創」を仲介するプラットフォームです。
数字が圧巻でした。現在49拠点(フランス41、イタリア6、ルクセンブルク1、ベルギー1、スイス・ドイツにも拡張予定)。過去に3,000社のスタートアップを加速し、900社の企業パートナーと連携しています。フランスではほぼすべての農業系大手企業がLeviageのネットワークに入っていると言っても過言ではないそうです。
エテス氏は「我々は二つの世界の橋渡し役です」と繰り返しました。アグリフードの大企業は、社内インキュベーションに限界があります。市場変化に対応する「アジリティマインド」を社内に取り込むには、スタートアップとの共創が最も効率的な手段です。Leviageはそのマッチングを体系的にやるわけです。
私が特に膝を打ったのが、**「大企業の課題をスタートアップのアイデアに接続するのではなく、スタートアップのアイデアを大企業の課題に『翻訳』する」**という表現でした。この翻訳機能こそが、欧州の共創が日本より数段進んでいる理由だと思います。日本では「うちにこんな課題があるのでスタートアップ探してください」という逆方向の依頼が主流です。これだとスタートアップの独創性が削られます。Leviageのモデルは違います。
この「翻訳」の重要性は、私がパナソニック時代に社内新規事業や、その後のTIMEWELLでのオープンイノベーション伴走の仕事を通じて、痛感してきたところです。大企業側の課題言語と、スタートアップ側のプロダクト言語は、同じ業界でも別の言語と言っていいほどズレています。この橋渡し人材こそが、日本に決定的に不足しているのです。
農林中金欧州 — 日本との「橋」としての戦略的ポジション
司会進行を務めたリック・フォード氏(農林中金欧州シニアリサーチアナリスト)の存在は、このセッションの意義を何倍にも引き上げていました。日本のアグリファイナンスの中核である農林中金が、欧州に拠点を持ち、現地のイノベーションエコシステムと深く連携し、そして日本企業・日本スタートアップに橋渡しをする——この構図自体が、次世代の海外戦略の雛形だと感じました。
フォード氏が何度も強調したのは「共創」「橋渡し」というキーワードです。資金を出すだけではなく、エコシステムそのものに日本企業を接続しています。これはTIMEWELLが国内で目指している『挑戦インフラ』の国際版と言っていいと思います。
筆者所感 — 日本のアグリフードが世界と繋がる条件
セッション後半、ニコラ氏とエマニュエル氏の発言にハッとさせられました。彼らが口々に言ったのが、「AIを実際のビジネスケースに落とし込む段階に来た」ということです。5年前までAIはアグリフード領域でもバズワードでしたが、今は違います。精密農業、需要予測、食品ロス削減、遺伝子解析——具体的なユースケースで投資判断が下されているのです。
日本のアグリフードは、技術的には世界最先端です。垂直農業、植物工場、酒造のバイオテクノロジー、精密漁業。しかし、グローバルなアクセラレーター・共創プラットフォームへの接続が圧倒的に弱いのが現実です。会場でも、エマニュエル氏が「京都でワサビを垂直農業で育てているスタートアップと、会場の15分のネットワーキングで出会った」と興奮気味に語っていました。15分で世界に繋がる可能性があるのに、そのマッチングの場が日本には少なすぎるのです。
私は信州大学で特任准教授を務めており、地方大学の農学・食品工学領域の研究にも触れる機会があります。驚くのは、学内に素晴らしいシーズがあっても「海外のアクセラレーターに申し込む」という発想そのものが存在しない場合が多いことです。情報の非対称性、言語の壁、そして「日本でうまくやってから海外に」という保守的な順序思考。これらを一つずつ壊していく必要があります。
「食の挑戦インフラ」とは何か
私がTIMEWELLで日々考えているのは「挑戦する人がどうすれば挑戦し続けられるか」という問いです。これをアグリフードに当てはめると、答えは明確になります。資金調達の難しさ(長い投資回収期間)、規制対応の複雑さ(食品安全、農薬、GMO)、生産〜流通〜小売の分断、消費者教育の壁——これらすべてを、個人の才能と情熱だけで越えるのは不可能です。
StartLifeの50人のメンターと大学の知財、Leviageの900社の企業パートナー網、農林中金の金融ネットワーク——こうした「支援資源の集積」こそが、アグリフードの挑戦者を守ります。日本にこの水準のインフラを作れるか。J-Startupやスタートアップ5カ年計画の中で、アグリフード領域が抜け落ちないようにすることが、今後数年の勝負だと感じます。
具体的なアクションとしての『日本×欧州』連携
このセッションで明示的に言及された次のアクションは大きく3つありました。第一に、StartLifeグローバルアクセラレーターへの日本スタートアップ参加です。第二に、Leviageの49拠点網への日本支部設置の検討です。第三に、農林中金欧州経由での欧州VC・アクセラレーターとのディールフロー構築になります。
TIMEWELLとしても、日本の新規事業担当者や大企業内の社内起業家に、こうしたグローバルリソースを届けるチャネルを模索していきたいと考えています。単に「情報発信」ではなく、具体的なマッチングの場を作ること。これが、私たちの挑戦インフラに欧州というレイヤーを加える第一歩になると思っています。
日本のアグリフードテック投資ギャップ
数字で見ると欧州のアグリフードテック投資は2023年時点で約35億ユーロ規模に達し、過去5年で約3倍に成長しています。特に植物性タンパク、精密発酵、AgTech(精密農業)の3領域が成長の中核です。日本の同領域への投資は桁が一つ小さく、ここに追いつく必要があります。
日本は食の多様性、発酵文化、和食ブランドといった世界で戦える資産を持っています。しかし、それをスタートアップエコシステムとして結び付ける仕組みが不足しています。欧州のStartLifeのようなワーヘニンゲン大学発のスピンアウト装置に相当するものが、日本では十分に機能していません。つくば、北海道、鹿児島——食と農の研究拠点はありますが、研究成果を企業化する回路が細いのです。
| 観点 | 欧州(EU) | 日本 |
|---|---|---|
| アグリフードテック投資規模(2023年目安) | 約35億ユーロ | 桁が一つ小さい |
| 主要成長領域 | 植物性タンパク/精密発酵/精密農業 | 垂直農業/植物工場/発酵 |
| 大学発スピンアウト装置 | ワーヘニンゲン大学+StartLife等 | 散在・接続不足 |
| 大企業×スタートアップ共創プラットフォーム | Leviage(49拠点・900社) | 個別案件中心 |
| 金融機関の海外エコシステム連携 | 域内ファンド/公的VCが厚い | 農林中金欧州など限定的 |
日本企業に求められる『エコシステム参画姿勢』
欧州勢とのパートナーシップで成果を出すには、日本企業側の姿勢転換も必要です。「技術を買う」姿勢ではなく、「エコシステムに参加する」姿勢が求められます。具体的には、早期の実証参加、失敗許容度の高さ、知財の共同保有への柔軟性、この3点です。
この姿勢転換ができた企業から順に、欧州発のイノベーションが日本市場で実装されるはずです。TIMEWELLとしても、食品・農業分野の新規事業担当者の支援は今後注力したい領域の一つです。日本の食の未来は、日本人の胃袋を守るだけでなく、アジアの食料安全保障にも直結する大問題なのです。
なお、同じSusHi Techで議論された「Physical AI主権」「車載OSの国家戦略化」とも構造が重なります。詳細は自動運転ソフトウェア競争レポートで扱っていますが、「主権を持つべき領域」が食からモビリティまで広がっているというのが、2026年の最大のメッセージだと感じます。
まとめ — 食は国家安全保障、だからこそスタートアップが動くべき
セッションの最後、ニコラ氏が静かに言った言葉が残っています。「2050年に98億人が暮らす地球で、人類がまともに食べられるかどうかは、いま我々がこの10年で何をするかにかかっている」。
食は消費の対象であると同時に、国家安全保障の根幹です。温室効果ガスの25%以上が農食由来という数字は、気候変動対策の観点からも、これ以上先送りできないことを示しています。そしてこの巨大な課題を解く主役は、規制の重い大企業でも、動きの遅い政府でもなく、スタートアップと共創するエコシステムです。
日本のアグリフードスタートアップに、私は大きな期待を持っています。和食という世界が羨む食文化、水産・発酵・茶などのユニークな技術基盤、精緻なサプライチェーン。これらを世界のアグリフードイノベーションの文脈に接続できれば、日本発のユニコーンがこの領域から生まれる可能性は十分にあると考えています。SusHi Tech Tokyo 2026で生まれた欧州との接点が、日本のアグリフード挑戦者の背中を押す最初の一歩になることを、心から願っています。
ポイントを箇条書きで整理しておきます。
- 欧州アグリフードは「気候・食料・地政学」の三重苦に対し、ディープテックと規制改革で応答している
- StartLife・Leviage・農林中金欧州の3機関は、日本企業がいま接続すべき具体的な窓口
- 日本側に必要なのは「技術を買う」姿勢から「エコシステムに参加する」姿勢への転換
- 早期実証、失敗許容、知財の共同保有——この3点を握れる企業から順に、欧州発イノベーションが日本市場に流れ込む
TIMEWELLのAIコンサルティング WARP(AIコンサルティング)でも個別の相談を承っています。30分のオンライン相談から始められます。
参考文献
[^1]: YouTube. "The Frontlines of European Agri-Food Innovation." https://www.youtube.com/watch?v=46_waRZLStI [^2]: StartLife 公式サイト. https://start-life.nl/ [^3]: Leviage(Agricol) 公式サイト. https://agrico.co/ [^4]: 農林中金欧州. https://www.nochubank.or.jp/
