こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
FDE実践シリーズの5本目です。ここまで、聞く、見る、いる、構造にするの四つを書きました。今回は、見る技術の延長として、当社のエンジニアが最近始めた方法を書きます。現場の許可を得て作業を撮影し、後からAIで分析する方法です。
観察法は、その場で見る方法でした。だから、見落としがあり、数え間違いがあり、席を外した時間のことは分かりません。ビデオは、後から何度でも見直せます。そして、動画を読める機械が実用の水準になったことで、「見直す」作業の大半を機械に渡せるようになりました。ただし、撮る前に決めておくべきことが、撮ってから分かることより多い、というのがこの一年の実感です。この記事では、同意の取り方、撮り方、分析の型、そして受託の作業分析との違いを書きます。自社のチームが現場のデータをどこまで扱えるかを先に確かめたい方は、AIリテラシー診断を使ってください。
撮る前に決めること。同意は分析の前提であって手続きではない
最初に、いちばん大事なことを書きます。現場を撮影する前に、映る人の同意を取ります。これは手続きではなく、分析の前提です。同意なしに撮った映像は、法的に問題があるだけでなく、分析としても使えません。撮られていると知らない人と、撮られていると知って納得している人では、映る仕事が違うからです。
法的な枠組みを、実務に必要な範囲で書きます。顔が識別できる映像は、個人情報保護法の個人情報にあたります。取得にあたっては利用目的をできる限り特定し、本人に通知または公表することが求められ、目的の範囲を超えて使うことはできません1。従業員を撮る場合も同じです。総務省と経産省がまとめた「カメラ画像利活用ガイドブック」は、カメラ画像を事業に使う際の配慮事項を、企画、取得、保管、利用の段階ごとに整理しています2。もともと店舗や街のカメラを念頭に置いた文書ですが、目的の明示、映る人への事前の告知、保存期間の限定、第三者提供の扱いといった考え方は、現場の作業撮影にそのまま使えます。
当社が撮影の前に、映る本人と上長に書面で説明し、同意を得ている項目は次の六つです。目的(動くものを作るための作業分析であること)。範囲(誰の、どの作業を、どの時間帯に撮るか)。保存期間(分析が終わったら削除すること)。閲覧者(当社のエンジニアのうち誰が見るか)。使わないこと(個人の評価、勤怠、人事には使わないこと)。そして、AIに読ませる前に顔と名札をマスキングすること。六つ目は、法的な要請というより、当社の約束です。機械に読ませる映像から、人を特定できる情報を先に落とします。
もう一つ、現場で必ず起きることを書いておきます。撮影の話をすると、担当者は「監視されるのか」と感じます。当然です。だから当社は、撮る目的を「あなたの仕事を減らす動くものを作るため」と説明し、最初の分析結果を本人に最初に見せます。たとえば「承認待ちが1日に合計47分ありました。ここを縮める画面を来週作ります」という一言です。この一言で、監視は分析に変わります。撮ったものを本人に返さない撮影は、監視です。
撮り方。固定カメラ、画面録画、そして撮らない時間
撮り方は三つを組み合わせます。
一つ目は、固定カメラです。三脚に載せた小型のカメラを、担当者の斜め後ろ、観察法で座る位置に置きます。画面と手元の紙と、席を立つ動作が入る画角にします。顔は入れません。画角の設計で、マスキングの手間が減ります。固定カメラの利点は、観察者がいなくても撮れることです。観察者が席を外していた時間、昼休み前の駆け込み、終業前の締めが撮れます。
二つ目は、画面録画です。担当者が使うPCの画面を、本人の操作で録画してもらいます。固定カメラでは画面の文字が読めませんが、画面録画なら、どのシステムのどの画面を、どの順に開いたかが正確に残ります。ここには顧客データが映るので、録画の範囲と保存の扱いは、固定カメラより厳しく決めます。当社は、画面録画は顧客の端末から出さず、分析も顧客の環境の中で行う形を基本にしています。
三つ目は、撮らない時間です。電話、来客、休憩、そして本人が「ここは撮らないでほしい」と言った作業は撮りません。撮らない時間を先に決めておくと、担当者は安心して、撮っている時間の仕事を普段どおりにやってくれます。全部撮ろうとすると、全部が「見せるための仕事」になります。
撮影の長さは、一つの作業について、別の日に2回です。前回書いたとおり、見られていると人の動きは変わります。2回目は1回目より普段に近くなります。3回目まで撮ることはほとんどありません。2回で差分が見えれば十分で、それ以上は担当者の負担が勝ちます。
AIに任せる分析と、人が残す分析
撮った映像を、どう分析するか。ここが、この一年で変わったところです。主要なマルチモーダルモデルは動画を入力として受け取り、時刻を指定して内容を問い合わせたり、出来事の書き起こしを作ったりできるようになっています3。当社はこの能力を、観察記録の五列を機械に埋めさせることに使っています。
AIに任せている分析は四つです。第一に、時刻付きの動作の書き起こしです。「10:03:12 承認画面を開く」「10:03:40 紙の帳票を手に取る」「10:04:05 隣席に声をかける」。観察法で人が書いていた五列のうち、時刻、動作、画面の三列を機械が埋めます。第二に、計数です。承認待ちの合計時間、画面の切り替え回数、同じ画面に戻った回数、紙とキーボードの間で手が往復した回数。人の目では数えにくかったものが、正確に出ます。第三に、発話の文字起こしです。固定カメラの音声から、担当者が口にした言葉を起こします。第四に、ずれの候補出しです。インタビューの逐語録と映像の書き起こしを機械に並べて読ませ、「説明では課長承認だが、映像では係長が押している」のような矛盾の候補を挙げさせます。
人が残している分析は三つです。第一に、意味づけです。機械は「画面を3回切り替えた」と数えられますが、その3回が迷いなのか、習慣なのか、システムの仕様上そうせざるを得ないのかは、現場にいた人にしか分かりません。五列目の違和感は、人が書きます。第二に、評価に読める要約の禁止です。機械に映像を要約させると、「担当者Aの作業効率は」という文が出てきます。これは使いません。分析の単位は人ではなく作業で、出力は「この作業の承認待ちは」で始めます。第三に、マスキング前の映像を機械に入れないことです。顔と名札を落とし、画面録画からは顧客名を落としてから、読ませます。
この分担で、観察法との違いがはっきりします。観察法では、五列を全部人が書き、書きながら見るので、見落としが出ます。ビデオでは、三列を機械が書き、人は違和感の列に集中できます。前回、ずれに気づく目は違和感の列を毎日書くことで育つと書きましたが、ビデオはその列だけに人の時間を使える方法です。
撮ったものを、翌週の動くものに変える
ここで、FDEがビデオを撮る目的を明確にしておきます。作業分析のレポートを作るためではありません。翌週に置く動くものを決めるためです。
映像から出てくる数字は、KJ法の記事で書いた金曜の作業の材料になります。たとえば「承認待ち合計47分」「画面切り替え1日に212回」「紙とキーボードの往復1時間に18回」といった数字です。これらは、それ自体では動くものになりません。金曜に、インタビューの逐語録と観察記録と並べて束にし、名前をつけたときに、「承認待ちが長いのは、承認者が画面を見ないから紙で回っているから」という構造が見え、翌週に作るものが決まります。ビデオは、束の材料に数字を足す方法です。
そして、作ったものの効果も、同じ方法で測ります。動くものを置いた翌週、同じ作業をもう一度撮り、同じ計数をします。「承認待ち合計47分が12分になった」「画面切り替えが212回から96回になった」という差分が出ます。この差分が、担当者にとっての成果であり、当社にとっての「この型は製品に返す価値があるか」の根拠です。精度95%のような技術の指標ではなく、担当者の一日の指標で測ります。
受託の作業分析との違い
作業をビデオで撮って分析する方法は、産業工学の分野に古くからあります。動作研究として体系化され、製造業では改善活動の道具として使われてきました。受託開発やコンサルティングの現場でも、業務分析の一環として撮影が行われることがあります。動作だけ見ると同じに見えるので、違いを表にします。
| 観点 | 受託の作業分析 | FDEのビデオ分析 |
|---|---|---|
| 目的 | 現状の可視化と改善提案のレポート | 翌週に置く動くものの決定と、置いた後の効果測定 |
| 分析の単位 | 工程、標準時間 | 作業と、その中の待ち、切り替え、往復 |
| 出口 | 報告書、改善提案 | 動くものと、製品に返す型 |
| 効果の測り方 | 提案時の試算 | 置いた翌週に同じ作業を撮り直して差分を出す |
| 映像の扱い | 分析者が保有することが多い | 顧客環境から出さず、分析後に削除する |
いちばん大きな違いは、出口です。受託の作業分析は、報告書と改善提案で終わります。提案が実装されるかどうかは、別の契約の話になります。FDEのビデオ分析は、翌週に動くものを置き、その翌週に撮り直して差分を出すところまでが一つの工程です。分析と実装と効果測定が、同じエンジニアの手の中で回ります。
もう一つの違いは、効果の測り方です。受託の提案書には「年間○時間の削減見込み」という試算が載ります。FDEは試算ではなく、置いた翌週の実測を出します。47分が12分になったかどうかは、撮れば分かります。この実測があるから、「この型は製品に返す」という判断に根拠がつきます。a16zがFDEの型を見分けるテストに挙げた、成熟した顧客で工数が減っているかという問いも4、実測の積み重ねがあって初めて答えられます。
当社の実践と限界
正直に書きます。この方法は当社でも始めたばかりで、うまくいかない場面を前提にしておく必要があります。起きやすい失敗は三つです。固定カメラの画角を間違えて、肝心の紙の帳票が映らないこと。画面録画の停止を担当者が忘れて、撮らないと約束した時間まで撮れてしまうこと(この場合は、本人の前でその部分を削除します)。機械の書き起こしが、画面の切り替えを実際より多く数えること。どれも、撮る前に画角と停止の手順と見直しの担当を決めておけば防げることです。
限界も書きます。ビデオは、映ったものしか分析できません。担当者の頭の中の判断、電話の相手が言ったこと、隣の席の人が小声で教えたことは映りません。だから、ビデオは観察法とインタビューの代わりにはなりません。観察法で違和感の列を書き、ビデオで数字を足し、インタビューで頭の中を聞く。三つがそろって、束の材料になります。
そして、同意の重さです。撮影は、観察より深く担当者の仕事に入ります。当社は、撮影の同意を一度取ったら終わりにせず、撮るたびに口頭で確かめ、分析結果を最初に本人に見せ、分析が終わったら削除したことを本人に伝えています。この往復を省くと、次の撮影の同意が取れなくなります。同意は、分析の質を決めるだけでなく、次の現場に入れるかどうかを決めます。
まとめ
観察法が「その場で見る」方法なら、ビデオは「後から何度でも見る」方法です。撮る前に、目的、範囲、保存期間、閲覧者、使わないこと、マスキングの六つを書面で約束し、映る本人と上長の同意を得ます。撮り方は、固定カメラで画面と手元を、画面録画でシステムの操作を、そして撮らない時間を先に決めます。分析は、時刻付きの動作の書き起こしと計数と文字起こしとずれの候補出しを機械に任せ、意味づけと評価に読める要約の禁止とマスキングを人が持ちます。
FDEがビデオを撮る目的は、レポートではなく、翌週に置く動くものを決め、置いた翌週に撮り直して差分を出すことです。47分が12分になったかどうかは、撮れば分かります。この実測が、型を製品に返す判断の根拠になります。
現場のデータを扱えるエンジニアのチームを作りたい方、あるいは自社の現場を撮って分析し、動くものに変える相手を探している方は、WARPのプログラムをご覧いただくか、個別相談でお話ししましょう。次の記事では、ここまでで集めた名詞と動詞を、AIが辿れる意味の構造、つまりオントロジーに変える方法を扱います。
Footnotes
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個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(個人情報保護委員会)。個人情報の定義、利用目的の特定と通知・公表、目的外利用の制限は通則編による ↩
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カメラ画像利活用ガイドブック ver3.0(IoT推進コンソーシアム、総務省、経済産業省、2022年3月)。企画、取得、保管、利用の段階ごとの配慮事項は同ガイドブックによる ↩
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Video understanding(Gemini API ドキュメント、Google)。動画入力、時刻指定の問い合わせ、書き起こしの生成といった機能の一例として参照。当社がどのモデルを使っているかを示すものではありません ↩
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The Palantirization of everything(Marc Andrusko、a16z、2026年1月16日) ↩






