こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
「議論の段階は終わりました。私たちは実行のみです」——台湾環境省のポン大臣が、壇上でこう言い切った瞬間、会場がシーンと静まり返りました。政府のトップが「議論は終わった」と宣言するのは、相当な覚悟だと感じます。
SusHi Tech Tokyo 2026[^1]で行われた「Green Intelligence and a Circular Future」セッションは、気候変動・循環経済・AIという、2020年代後半の最重要アジェンダが重なる地点で展開されました。登壇者は台湾環境大臣のポン氏[^2]、東京大学准教授のコシウカ氏、東京大学情報学環のアナ・ヨコ・クボ氏、そして富士通のトモ・ナガノ氏[^3]です。日本と台湾という、AI・環境政策で異なるアプローチを持つ2国の知見が交差する、刺激的な1時間でした。
要約:このセッションの3つのポイント
- 台湾環境省は、AI利用率を10%から90%へ短期間で押し上げる「政府AIオールイン」戦略で、ドローン+LiDARによる全樹木マッピングやコーヒー粕リサイクル「Jan Jan」など具体的な政策実装を進めている。
- 富士通は2040年カーボンニュートラルに向けて、PACT基準[^4]に準拠したサプライチェーンCO2情報共有システムを構築し、Tier 2/Tier 3の中小サプライヤーまで巻き込む実装を進めている。
- 東京大学クボ准教授は、スマートシティを「市民の幸福度(ウェルビーイング)中心の都市設計」として再定義し、AIが「楽しさ」「喜び」を発見するアプローチを提案した。
SusHi Tech Tokyoは「気候×AI」の国際ハブ
SusHi Tech Tokyo 2026は、「Sustainable High City Tech Tokyo」の名前が示すとおり、持続可能性を中核テーマに据えたアジア最大級のイノベーションカンファレンスです。2026年4月27日〜29日に東京ビッグサイトで開催され、レジリエンスとAIの交差領域にあるサステナビリティ系セッションが多数企画されています。
このセッションは、そのサステナビリティ領域の核となる議論でした。会場は満員で、立ち見のビジネスパーソンや政策担当者も見かけました。気候変動対策が「環境省とNGOの議題」から「全産業の経営課題」に変わったことを、会場の顔ぶれそのものが物語っていたように感じます。
なお基調講演レポートは別記事SusHi Tech 基調講演にまとめていますので、こちらと合わせて読んでいただくと全体像がつかめるはずです。
衝撃の数字 — 台湾「政府AIオールイン」戦略
ポン大臣が提示した数字が驚異的でした。台湾環境省内のAI利用率は、導入前10%から導入後90%へと急上昇しています。AIツール導入による業務時間は25%削減されました。循環経済指数は日本16.5%、台湾9%、世界平均6〜7%です。
| 指標 | 台湾 | 日本 | 世界平均 |
|---|---|---|---|
| 政府AI利用率(導入前→現在) | 10% → 90% | 公表データ少ない | データなし |
| 業務時間削減率 | 25% | 部署単位の事例 | 5〜15%程度 |
| 循環経済指数 | 9% | 16.5% | 6〜7% |
| ETS(炭素税制度) | 2024年導入 | 2026年度以降検討 | EU等が先行 |
90%という利用率は、日本の政府機関では考えられない数字です。ポン大臣は自ら博士号取得後に起業し、24年間気象会社を経営してから政界に入ったというバックグラウンドを持っています。民間出身のテクノロジー理解者が環境大臣に就任し、政府組織をAIで変革しているわけです。
この人事の戦略性が、数字に如実に表れていました。日本でも、こうした「民間での実装経験を持つ人材が政府内でトップダウンに動く」人事配置が、次の10年のカギを握ると感じます。
「AIオールイン」の具体的中身
ポン大臣が紹介した台湾政府の取り組みは、極めて具体的でした。
1. ドローン+LiDARによる全樹木マッピング
台湾全土の樹木をデジタルデータベース化する大規模プロジェクトです。都市のヒートアイランド現象を緩和し、10年後の環境改善効果を測定可能にするというものでした。「植えただけでは終わらない、定量化できる環境政策」のモデルケースだと感じます。
2. コーヒー粕リサイクルプロジェクト「Jan Jan」
台湾セブンイレブンと協力し、使用済みコーヒー粕を回収→乾燥→高付加価値製品化する循環型ビジネスです。コンビニという巨大流通網を循環経済のインフラとして活用する発想が面白いです。日本でも応用可能なモデルだと感じます。
3. 2024年導入のETS(排出権取引制度)
台湾は2024年に本格的な炭素税制度を導入しました。EU、日本、韓国と連携する東アジア版ETSの先駆けになる可能性があります。ポン大臣は「今後5〜10年で、東アジア全体が連携した循環経済が構築可能です」と展望しました。
4. スポーツゲーム「スポーティ」で環境教育
ゴミ拾いをゲーム化し、市民の環境意識を自然に醸成する取り組みです。従来の「プラスチックを使うな」という命令型政策ではなく、市民が自発的に理解する教育アプローチへのシフトと言えます。
東京大学・クボ准教授 — ウェルビーイング中心のスマートシティ
クボ准教授は、スマートシティを「市民の幸福度(ウェルビーイング)中心の都市設計」として再定義しました。「Happiness Finder」のようなツールで、AIが市民の日常の中の小さな喜びを発見するというものです。
これは非常に興味深いアプローチでした。従来のスマートシティは「効率化」「最適化」を軸にしていましたが、クボ准教授の提案は「楽しさ」「喜び」の発見を中心に据えています。技術が人間の内面と向き合う時代への示唆として受け取りました。
富士通・ナガノ博士 — サプライチェーンのカーボンニュートラル
富士通のナガノ博士の発表が、企業実装の面で最も参考になりました。
富士通は2040年カーボンニュートラルを目標に掲げ、PACT基準に準拠したデータフォーマットで、サプライチェーン全体のCO2排出量情報共有システムを構築しています。特徴的なのが、Tier 2、Tier 3の小規模サプライヤーまで含めた報告を求めている点です。
これは簡単なことではありません。Tier 3サプライヤーの多くは中小企業であり、CO2測定のノウハウも人員も不足しています。富士通はそうした企業向けに測定ツールと教育プログラムをセットで提供しています。「大企業のCO2削減は、サプライチェーン全体の育成を伴います」という、サステナビリティの構造的真理がここにあります。
スコープ3対応の仕組みづくりは、製造業のCXOにとって最重要課題の一つです。詳細は別記事製造業のスコープ3対応とAI活用もご参照ください。
筆者所感 — 「実行の台湾」と「慎重な日本」
このセッションを聞きながら、私は台湾と日本の政策実装スピードの違いに、正直愕然としました。台湾環境省のAI利用率が10%から90%に上がった背景には、トップダウンの明確な意思決定があります。ポン大臣が「議論は終わった」と言える組織文化があるわけです。これは日本の霞が関では、なかなか実現しないことだと思います。
しかし、日本には日本の強みがあります。富士通のようなグローバル企業が、長期的視座でサプライチェーン全体の変革を進めています。これは短期的には「遅く」見えますが、10年単位では「深い」変革になります。
ポン大臣の台湾モデルを「広く素早く実装」、富士通モデルを「深く長期で構築」と整理すると、両者は補完的です。日本政府は台湾的なスピードを、日本企業は富士通的な深さを、それぞれ強化すべきだと感じます。
ETSが変える「企業の意思決定」
2024年に台湾が導入したETSは、本当に重要な政策変化です。炭素排出がコスト化されると、企業の意思決定が根本的に変わります。これまで「環境に優しい」という曖昧な価値判断に依存していた意思決定が、明確な財務指標で駆動されることになります。
日本も2026年度以降の本格的な炭素価格制度の議論が進んでいます。台湾のETS導入プロセスから学ぶべきことは多いはずです。早期に制度を導入し、企業が準備する時間を与える——これがソフトランディングの鍵になります。
「コーヒー粕リサイクル」に見る循環経済の本質
ポン大臣が紹介したコーヒー粕リサイクルの事例は、小さな成功体験のように見えて、循環経済の本質を突いているものでした。3つのポイントがあります。
- 既存インフラ(コンビニ)の流用で新しいインフラを作らない
- 地域分散型の収集で収集コストを最小化する
- 高付加価値化で廃棄物を利益源に変える
日本も同じアプローチで、コンビニ3万店舗を循環経済のインフラとして活用できます。例えば古繊維回収、小型電子機器回収、食品ロス対策など、コンビニ経由のマイクロサーキュラー事業は、まだまだ開発余地があると感じます。私はこの領域でスタートアップが多数立ち上がる未来が、はっきり見えています。
情報飽和時代の市民教育
ポン大臣が指摘した「台湾の2300万人に対して7,000万のFacebookユーザー」という情報飽和状態は、フェイクニュース対策と並行して考えるべき重要テーマです。情報過多の時代に、環境政策や循環経済の正しい知識をどう市民に届けるかが問われます。
「スポーティ」のようなゲーミフィケーション、参加型コンテンツ、コミュニティ主導型の学習——市民の能動的参加を誘発する情報設計が、今後の環境政策の成否を分けると考えます。
クボ准教授の「ウェルビーイング軸」の重要性
セッション後半、クボ准教授が提案した「市民の幸福度中心の都市設計」は、長期的には最も重要な視点だと思いました。循環経済もカーボンニュートラルも、最終的には人間の幸福のためにあります。指標だけを追いかけて、市民の生活の質を下げては本末転倒です。
「Happiness Finder」のようなAIツールは、都市のあらゆるセンサーデータから「この公園、夕方に人が多く笑っている」「この通り、買い物客の満足度が高い」といった幸福の痕跡を抽出します。これを都市設計のインプットにするわけです。サステナビリティと幸福度が統合された都市指標が、次の10年のメインメトリクスになるだろうと予感しています。
ASEAN諸国への波及効果
台湾のAI政策は、ASEAN諸国にも波及します。タイ、インドネシア、ベトナム——これらの国々は、台湾の政策パターンを参考にしながら、自国のAI×環境戦略を構築しつつあります。日本は台湾と協力しながら、アジア全体のAI環境政策のハブになれる可能性があります。
中国もこの領域で急速に動いていますが、データのオープン性、国際基準との互換性、民主的プロセスという点で、日本×台湾の連携のほうが国際社会から信頼されやすいポジションにあります。この地政学的優位を、日本はもっと戦略的に活用すべきです。
企業経営者への3つの問い
このセッションを企業経営者の視点で整理すると、3つの問いに集約できます。
| 問い | 確認ポイント | 着手の優先順位 |
|---|---|---|
| 自社のCO2排出量を、サプライチェーン3次まで把握できているか | スコープ3カテゴリ1〜15の測定整備状況 | 最優先 |
| AIを環境政策の実装ツールとして使いこなせているか | カーボン管理SaaS導入、AIによるエネルギー最適化 | 高 |
| 炭素価格が導入されたとき、自社のビジネスモデルは耐えられるか | 製品単位のCO2、価格転嫁シナリオ | 中〜高 |
この3つにYesと答えられる企業は、まだ日本でも少数派です。しかし今後5年で、この3つがスタンダードになります。準備できる企業から順に、グローバル競争で優位に立ちます。TIMEWELLのパートナー企業にも、この議論をこれから積極的に持ち込みたいと思っています。
なお、AIエージェント時代の経営観点については、姉妹記事AIエージェント先駆者たちもぜひ参考にしてください。
まとめ — AIは「環境政策の民主化ツール」になる
このセッションから持ち帰った最大のメッセージは、AIは環境政策の民主化ツールであるということです。整理すると4つの層があります。
- 政府内のAI利用が政策の質とスピードを上げる(台湾)
- 市民向けAIが環境意識の醸成を自発的にする(スポーティ)
- 企業向けAIがサプライチェーン全体の変革を可能にする(富士通)
- 都市向けAIが市民の幸福度を発見する(クボ研究室)
この4層で、AIは環境政策を民主化していきます。
TIMEWELLが掲げる「挑戦の民主化」も、こうした技術の民主化と同じ地平にあります。挑戦する個人、環境を守る市民、変革する企業——すべての層でAIが支援ツールとして機能する社会。そこに向けて、具体的に動き始めるべき時が来ています。
ポン大臣の言葉を借りれば、「議論の段階は終わりました。実行のみです」。この言葉を、日本の意思決定者全員が自分のこととして受け止める日が、一日も早く来てほしいと願っています。
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参考文献
[^1]: SusHi Tech Tokyo 2026 公式. https://sushitech-startup.metro.tokyo.lg.jp/ [^2]: 台湾環境部. https://www.moenv.gov.tw/ [^3]: 富士通 カーボンニュートラル戦略. https://www.fujitsu.com/jp/about/environment/ [^4]: PACT Framework(WBCSD). https://wbcsd.org/pact
