こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本隆太です。
ハリウッドは今、歴史的な転換期を迎えています。ストリーミングサービスの台頭により、映画やテレビの制作・流通の仕組みが根底から変わりつつあります。SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)では、「ニューガール」で知られる俳優・映画監督のジェイク・ジョンソンが登壇し、ハリウッド映画業界の未来について率直に語りました。
本記事では、セッションの内容をレポートするとともに、2023年のWGA・SAG-AFTRAストライキの結果と、それがエンターテインメント業界にもたらした変化を解説します。
セッション概要|ジェイク・ジョンソンの語るハリウッドの現在地
ジェイク・ジョンソンとは
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | マーク・ジェイク・ジョンソン |
| 代表作 | ニューガール(2011〜2018年、ニック・ミラー役) |
| 監督デビュー作 | Self Reliance(2023年、SXSW初上映) |
| 声優 | スパイダーバース(ピーター・B・パーカー役) |
ジェイク・ジョンソンは、Foxの人気シットコム「ニューガール」でニック・ミラー役を演じ、2013年にはクリティクス・チョイス・テレビジョン賞のコメディ部門最優秀主演男優賞にノミネートされた実力派俳優です。2023年には初の長編監督作品「Self Reliance」をSXSWで初上映し、俳優・監督・脚本家としてのマルチな才能を発揮しています。
セッションの主要テーマ
セッションでは、Varietyのシンシア・リトルトンとの対談形式で、以下のテーマが議論されました。
- ハリウッドのクリエイター組合(WGA・DGA)と大手スタジオとの契約交渉
- ストリーミングがすべてを変える時代の中での公正な報酬のあり方
- クリエイターとしての独立と自己表現
- 「ニューガール」のキャストに対するストリーミング残余金の問題
WGA・DGAの契約交渉|緊張の背景
セッション当時、ハリウッドではWGA(全米脚本家組合)とDGA(全米監督組合)が、大手スタジオとの契約交渉に向けて緊張した状況に置かれていました。
なぜ交渉が緊迫していたのか
| 争点 | クリエイター側の主張 | スタジオ側の立場 |
|---|---|---|
| ストリーミング残余金 | 視聴回数に応じた適正な報酬を | 従来の固定払いを維持 |
| ミニルーム(少人数脚本家チーム) | 十分な人数と期間の確保 | コスト削減のため最小限に |
| AI利用の規制 | AI生成の脚本を認めない | AIをツールとして活用したい |
| データの透明性 | 視聴データの開示を要求 | 企業秘密として非開示 |
ストリーミングプラットフォームの急成長により、従来のテレビ放送や映画興行とは異なる収益モデルが主流になりつつありました。しかし、クリエイターへの報酬体系はこの変化に追いついておらず、不公平感が高まっていたのです。
ジェイクの率直な想い
ジョンソンは、自身がWGAやDGAなど複数の組合に所属してきた経験から、「誰も仕事の中断を望んでいない」という現実を率直に語りました。ストライキは最後の手段であり、できれば避けたい。しかし、「公平な取引をしなければならない」という信念は揺るがないと述べました。
2023年ハリウッドストライキ|歴史的な大転換点
セッションで語られた懸念は、その後現実のものとなりました。2023年、ハリウッドでは歴史的なストライキが発生しました。
ストライキの経緯
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2023年5月2日 | WGA(全米脚本家組合)がストライキ開始 |
| 2023年7月14日 | SAG-AFTRA(俳優組合)もストライキに突入 |
| 2023年9月27日 | WGAストライキ終了(148日間) |
| 2023年10月9日 | WGA新契約を99%の賛成で批准 |
| 2023年11月9日 | SAG-AFTRAストライキ終了(118日間) |
WGAのストライキは148日間、SAG-AFTRAのストライキは118日間に及びました。両組合が同時にストライキを行ったのは1960年以来で、ハリウッド史上でも類を見ない出来事でした。
合意内容の主要ポイント
ストリーミング残余金の改善
WGAが勝ち取った新契約では、ストリーミング作品の国内および海外の残余金が大幅に増加しました。最大規模のストリーミングサービスにおける外国残余金は、3年間で76%の増加が見込まれています。
さらに、初の「ストリーミング成功ボーナス」も導入されました。サービスの国内加入者の20%以上が最初の90日間に視聴したプログラムには、追加の報酬が支払われます。
AI規制条項
ストライキで最も注目された成果のひとつが、AIに関する規制条項です。
- AIが脚本を書き換えることを禁止: AI生成の素材は契約上の「原作素材」とは認められない
- AIによる脚本家の削減を禁止: AIを理由にクレジットや報酬を減らすことはできない
- AI学習データとしての使用を規制: 脚本家の著作物をAIの訓練データとして使用することを制限
- デジタル再現の規制: 俳優の肖像・声のAIによるデジタル複製に対する保護
Brookings研究所は、この合意を「すべての労働者にとって重要な勝利」と評価しています。AIが創造的な仕事を脅かす中で、労働者が団体交渉を通じてAIの利用に歯止めをかけた世界初の事例として注目されました。
データ透明性の向上
ストリーミングプラットフォームは、作品の視聴データをクリエイターに開示することが求められるようになりました。これにより、クリエイターは自分の作品がどれだけ視聴されているかを把握し、公正な報酬を交渉する根拠を得られるようになります。
ストリーミング残余金問題|ニューガールの事例
セッションでは、ジョンソンが「ニューガール」のキャストが直面しているストリーミング残余金の問題にも言及しました。
従来のテレビとストリーミングの残余金の違い
| 項目 | 従来のテレビ | ストリーミング |
|---|---|---|
| 再放送の報酬 | 放送のたびに支払い | 固定の一括払い |
| 視聴データ | 視聴率として公開 | 非公開(改善中) |
| 海外展開の報酬 | 国ごとに支払い | 包括的な固定払い |
| 長期的な収入 | ヒット作なら安定 | 初期支払いのみ |
「ニューガール」はNetflixなどのストリーミングで継続的に人気を集めていますが、キャストへのストリーミング残余金は従来のテレビ再放送に比べて大幅に少ないとジョンソンは語っています。
この問題は、ストリーミング時代においてクリエイターが正当な報酬を受けるための仕組みづくりがいかに重要かを示しています。
クリエイターの独立と自己表現|Self Relianceの挑戦
セッションでは、ジョンソンが監督デビュー作「Self Reliance」について語る場面もありました。
なぜ自分で監督したのか
ジョンソンは、大手スタジオのシステムに頼らず、自分自身で作品を作り上げることの意義を語りました。彼はこの映画を「ジェイコブズ・ラダーに笑いを加えたもの」と表現し、従来のハリウッドの枠組みでは実現しにくい作品を、独立した制作スタイルで形にしました。
インディペンデント映画の可能性
SXSWはインディペンデント映画の祭典としても知られ、Kickstarterで資金を調達した作品がプレミアされるケースも増えています。大手スタジオを通さずとも、クリエイターが直接オーディエンスとつながり、作品を世に出す方法が多様化しているのです。
2026年現在のエンターテインメント業界|AI時代の新たな課題
2023年のストライキは終結しましたが、エンターテインメント業界が直面する課題は進化し続けています。
AI技術の急速な発展
ストライキの合意でAI利用に一定の歯止めがかかりましたが、AI技術の進化は止まりません。2026年現在、以下のような新たな課題が浮上しています。
- 生成AIの高度化: テキスト、画像、動画の生成品質が飛躍的に向上
- AIによる声の複製: 俳優の声をAIで再現する技術の精度が向上
- 脚本の自動生成: AIが一定品質のプロットや対話を生成可能に
- 合意内容の適用範囲: 3年契約の期限(2026年)に向けた再交渉の議論開始
ストリーミング市場の再編
ストリーミング市場も大きく変化しています。
- 収益モデルの転換: サブスクリプションから広告付きプランへの移行
- コンテンツ制作費の見直し: 大作偏重から効率的な制作へ
- グローバル展開の加速: 各国のローカルコンテンツへの投資増加
- ライブコンテンツの重視: スポーツやイベントの配信権獲得競争
クリエイターの権利とAI|日本のコンテンツ産業への示唆
ハリウッドの事例は、日本のコンテンツ産業にとっても重要な教訓を含んでいます。
日本が学ぶべきポイント
- AI利用に関するルール作り: クリエイターの権利を守りながらAIを活用する枠組みの構築
- データ透明性: コンテンツの消費データを制作者と共有する仕組み
- フェアな報酬体系: サブスクリプション時代における適切な著作権料の設計
- 団体交渉の力: クリエイター個人では交渉力に限界がある
WARP AIコンサルティングの視点
株式会社TIMEWELLが提供するAIコンサルティングサービス「WARP」では、AIの活用と人間の創造性の共存をテーマにしたコンサルティングを行っています。
エンターテインメント業界に限らず、あらゆる業界でAIの導入が進む中、「AIに何を任せ、人間は何を担うか」という線引きが経営上の重要課題になっています。WARPでは、各企業の事業特性に合わせたAI活用戦略の策定を、元大手DX・データ戦略の専門家が月次で伴走しながら支援しています。
コンテンツ制作の未来|テクノロジーとクリエイティビティの共存
ハリウッドのストライキが示したのは、テクノロジーの発展がクリエイターの権利を脅かす可能性がある一方で、適切な交渉と規制によって両者の共存が可能だということです。
テクノロジーがもたらすポジティブな変化
- 制作コストの低下: 独立系クリエイターが高品質な作品を制作しやすくなる
- グローバル配信: 世界中のオーディエンスにリーチできる
- AI活用による効率化: 事務的な作業をAIに任せ、創造的な活動に集中できる
- 新しい表現手法: VR、AR、AIを活用した新しいストーリーテリングの可能性
大切なのは「人間が中心」であること
ジョンソンがセッションで語った「公平な取引」の精神は、テクノロジーが進化してもなお重要です。AIはあくまでツールであり、物語の核にある人間の感情や経験を代替することはできません。
まとめ
SXSWセッション「ハリウッド映画業界の未来を占う」の議論と、その後の展開から得られるポイントを整理します。
- ストリーミング時代にクリエイターの報酬体系は追いついていなかった。WGA・SAG-AFTRAストライキはその是正を求めた歴史的な出来事
- 2023年のストライキでAI規制条項が初めて合意された。AI生成素材の脚本利用禁止は世界的な先例
- ストリーミング残余金は76%増加の見込み。データ透明性の向上も大きな成果
- ジェイク・ジョンソンはインディペンデントな制作の可能性を示した。大手スタジオに頼らない道がある
- 2026年のAI技術の進化は新たな課題を生んでいる。3年契約の再交渉が注目される
- 日本のコンテンツ産業もAI利用のルール作りが急務。ハリウッドの事例から学ぶべきことは多い
- テクノロジーとクリエイティビティの共存が、これからのエンターテインメント業界の最大のテーマ
テクノロジーの進化は止められませんが、その使い方は人間が決められます。クリエイターの権利を守りながら、AIをはじめとする新技術を活用して、より豊かなコンテンツを生み出していく。その両立こそが、エンターテインメント業界の未来を明るくする鍵ではないでしょうか。
参考文献
- SXSW 2023 - A Conversation with Jake Johnson
- SXSW 2023 - Jake Johnson among announced speakers
- Brookings - Hollywood writers' strike victory matters for all workers
- Variety - WGA New Contract: AI, Writers Room Staffs, Residuals
- Rolling Stone - Inside the Strike-Breaking WGA Contract
- Hollywood Reporter - Writers Guild Tentative Deal Details
- Wikipedia - Jake Johnson
