こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
ぶどうのシャインマスカット、福岡のあまおう、愛媛のかんきつ。日本の果物は、何十年もかけて品種を磨き上げ、いまや世界が認めるブランドになりました。ところが、そのブランドの「もと」である苗木や穂木が国境を越えて持ち出され、海外で勝手に増やされてしまう問題が、長く続いています。2026年6月には、愛媛県が開発した高級かんきつ「紅プリンセス」の苗木が中国に流出した疑いが浮上し、県知事が国に支援を求める事態になりました。
この問題を語るとき、半導体や先端技術のような「輸出を国が止める」イメージで捉えると、かえって核心を外します。果物の品種を守るのは、外為法のリスト規制ではなく、種苗法という別の法律であり、その効き目は国ごとに区切られているからです。私はふだん輸出管理や経済安全保障の実務に関わっていますが、農業の知的財産も、取引先を見極め、流出経路を管理するという点で、広い意味の貿易管理と地続きだと考えています。ここでは、何が起きているのかと、どの仕組みで守るのかを、一次情報をできるだけ確かめながら整理します。
紅プリンセスの流出疑いで、いま何が問われているのか
紅プリンセスは、愛媛県が開発した高級かんきつです。人気品種の「紅まどんな」と「甘平(かんぺい)」を掛け合わせて生まれたもので、県は2005年から開発を進め、日本では2022年に品種登録を完了させました[^nikkei-momiki][^yamagata]。一方、中国では品種登録を申請しているものの、まだ完了していないとされています。この「中国ではまだ権利が確定していない」という一点が、後で説明する流出問題の急所になります。
2026年6月22日、愛媛県の中村時広知事が農林水産省を訪れ、中国での品種登録から侵害対策までの長期的な協力と財政支援、そして実態解明に向けた連携した調査を要望したと、共同通信の配信記事や日本経済新聞が伝えています[^yamagata][^nikkei-momiki]。知事は「法律の範囲内でやれることは全てやってきたので残念だ」と述べたと報じられました。報道によれば、県は種苗を限定した企業にだけ供給し、海外からの視察を受け入れないといった対策を講じていたとされます。打てる手は打っていたのに流出が疑われている、というのが知事の言葉ににじむ悔しさだと、私は受け取りました。
国の側も反応しています。鈴木農林水産大臣は「新たな種苗の海外流出は深刻な問題」と述べ、中国での証拠収集や、訴訟になった際の県への支援といった方針を示したと、地元のあいテレビや愛媛朝日テレビが報じています[^itv][^eat]。あわせて農林水産省は、育成者権者に代わって日本の優良品種の海外での無断栽培を抑止し、ライセンスを通じた海外での収益化を支援する「育成者権管理機関」を、遅くとも2026年8月までに立ち上げる方針を示しています[^projectdesign]。個々の県や育種家が単独で海外と渡り合うには限界があるという、これまでの教訓を踏まえた動きだと私は受け止めています。ただし、肝心の「紅プリンセスを名乗る果実や苗木が中国の大手通販サイトで売られている」という部分は、現時点では報道ベースの情報で、販売者や流出経路といった確定情報は私の調べた範囲では未確認です。過去にも、愛媛の果樹研究施設で中国からの視察団が柑橘の枝などを無断で採取したという報道がありましたが[^newsweek]、これも具体的な立件や処分まで一次資料で追えたわけではありません。確かなのは「県が国に正式な調査と支援を求めた」というところまでで、流出の事実関係そのものはこれから解明される段階だ、という温度感を共有しておきたいと思います。
該非判定の属人化を、AIで解消する。
経産省2024年度データによれば、外為法違反の52%は該非判定起因。TRAFEEDなら、判定時間を約7割削減し、判定根拠を構造化データで保存できます。
育成者権という、品種を守るための知的財産権
そもそも、新しい果物の品種を「誰のものか」と決めているのは何でしょうか。答えは育成者権(いくせいしゃけん)という権利です。新しい品種を開発した人や組織に与えられる知的財産権で、特許でいう発明者の権利に近いものだと考えると分かりやすいかもしれません。一つの新品種を生み出すには、交配を繰り返し、何年も果実の出来を見ながら選び抜く、気の遠くなる作業が要ります。紅プリンセスが2005年の開発開始から品種登録まで十数年かかったように、新品種は研究開発の結晶です。その努力に報い、次の開発を促すために、一定期間その品種を独占的に増やし売る権利を与える。これが育成者権の考え方です。
この権利の国際的な土台になっているのが、UPOV条約(植物の新品種の保護に関する国際条約)です。1961年12月にパリで作成され、その後1972年、1978年、1991年に改正されてきました。事務局はスイスのジュネーブにあります[^jpo-upov]。日本の種苗法も、このUPOV条約と整合するように設計されています[^maff-seido]。新品種を育成者権という知財として保護し、開発を促して社会全体の利益につなげる、という目的を共有しているわけです。
ここで決定的に重要なのが、育成者権が「各国主義(属地主義)」で運用される点です。難しい言葉ですが、要するに「権利はその国の中でしか効かない」ということです。日本で品種登録をしても、その効力は日本国内に限られ、中国や韓国で権利を主張したければ、それぞれの国で別途、品種登録を取らなければなりません[^maff-seido][^alic-kaigai]。国境を越えると、日本のパスポートが現地でそのまま通用しないのと似ています。紅プリンセスが中国で登録未完了のために差し止めが難しい、という構図は、まさにこの属地主義から生まれています。日本で登録済みだから世界中で守られる、というのは誤解で、守りたい国の数だけ手続きを重ねる必要がある。ここを取り違えると、流出対策の議論そのものがずれてしまいます。
2020年改正の種苗法は、段階的に施行された
種苗の海外流出が問題になるなかで、日本は2020年に種苗法を改正しました。ニュースでひとくくりに語られがちですが、施行のタイミングが分かれているので、ここは丁寧に分けて押さえる価値があります。
改正法は2020年12月2日に成立し、同月9日に公布されました[^maff-revision][^maff-gaiyo]。そのうえで、中身が二段階で動き出しています。一つ目は、登録品種の海外持ち出し制限と、国内での指定地域外栽培の制限です。育成者権者が品種登録の際に「輸出してよい国」や「栽培できる地域」をあらかじめ指定でき、その指定に反する持ち出しや栽培を育成者権の侵害として差し止められるようになりました。この部分が施行されたのは2021年4月1日です[^maff-gaiyo]。農林水産省は、あまおうなどを海外持ち出し制限の対象としてリスト化する作業を進めたと報じられています[^nikkei-amaou]。二つ目は、登録品種の自家増殖を許諾制にする部分です。農家が収穫物の一部を翌期の種苗として使う自家増殖について、登録品種では育成者権者の許諾が必要になりました。こちらの施行は2022年4月1日で、海外持ち出し制限より1年遅れています。
依頼や解説でときどき見かける「2021年4月に一斉施行」という言い方は、正確ではありません。海外持ち出しと地域制限は2021年4月、自家増殖の許諾制は2022年4月、と分けて理解するのが正しい押さえ方です。もう一つ大事なのは、この改正が在来種や昔ながらの品種を縛るものではない、という点です。品種登録されていない、あるいは登録期間が切れた「一般品種」は対象外で、農家がこれらを自家増殖するのに許諾も許諾料も要りません[^alic-shubyo][^maff-revision]。改正のとき「農家が自由に種を採れなくなる」という不安が広がりましたが、対象はあくまで開発者が権利を持つ登録品種に限られます。私は、この線引きをきちんと伝えることが、制度への無用な反発を避けるうえで欠かせないと感じています。
流出がもたらした損失と、シャインマスカットの教訓
なぜここまで神経質になるのか。失われているものの大きさを見ると腑に落ちます。代表例がシャインマスカットです。農研機構(農業・食品産業技術総合研究機構)が約30年をかけて開発し、2006年に品種登録された品種で、いまや日本のぶどうの看板といえる存在です。ところがこの品種は、海外への持ち出し制限の仕組みが整う前に中国へ広がってしまいました。農林水産省の試算として、中国の生産者が正規に種苗を購入して栽培したと仮定した場合の許諾料に換算すると、少なくとも年約100億円が失われている、と2022年に報じられています[^nikkei-shine][^agri-shine]。本来なら日本に入るはずの対価が、丸ごと取り逃がされているという話です。
栽培の規模も桁違いです。報道ベースの数字ですが、中国の栽培面積は一時期、日本の30倍以上に達したとされ、韓国の面積も日本を上回ったと伝えられています[^nikkei-shine][^agri-shine]。逸失額の見積もりも、栽培の広がりとともに膨らんでいます。2022年時点では年約100億円と報じられていましたが、2026年6月22日の会見で鈴木農林水産大臣は、シャインマスカットの流出について許諾料換算で年間約200億円弱の損失が生じていると述べたと伝えられています[^projectdesign]。数年で見積もりがほぼ倍になった計算で、海外での栽培がそれだけ広がったことの裏返しでもあります。100億円(2022年の農水省試算)と200億円弱(2026年の大臣発言)は、試算の時点が違う別々の数字として押さえておくと正確です。
被害は果物だけではありません。いちごでも、章姫やレッドパールといった日本の品種をもとに韓国でソルヒャン(雪香)などが育成され、韓国のいちご栽培の大半が日本系統に由来するとされています。農林水産省の試算として、韓国への流出によって5年間で最大220億円、韓国のいちご市場での許諾料に換算して年16億円ほどが失われている、という数字が2017年ごろから報道で広く引用されてきました[^president-ichigo]。ただしこの220億円は韓国産いちごの輸出額全体をもとにした試算で、韓国が独自に育成した品種ぶんも含まれているとの批判があり、農水省の一次資料を直接確認できたわけでもないため、「報道で繰り返し引用される試算値」として幅をもって読むのが正確です。なお、2020年9月には農林水産省などでつくる植物品種等海外流出防止対策コンソーシアムの調査で、中国や韓国のネット通販に日本の登録品種と同じ名前の種苗が36品種、無断で流通していることが確認されています。これは令和2年度の食料・農業・農村白書にも記載されている数字です[^maff-whitepaper]。
こうした流出は、突き詰めれば「誰に種苗を渡すか」「どこへ持ち出されるか」を管理しきれなかったところで起きています。これは、私たちが輸出管理で取り組んでいる取引先審査や流出経路の管理と、構造がよく似ています。私たちTIMEWELLが開発しているTRAFEEDは、輸出する貨物や技術が規制に当たるかを判定し、取引相手や最終需要者が懸念先でないかを照合する、輸出管理と経済安全保障のためのAIエージェントです。種苗そのものを対象にした仕組みではありませんが、「相手を見極め、不適切な流出経路を断つ」という発想は、農業知財の保護にも応用が利きます。輸出管理の実務の全体像については、以前に書いた企業の輸出管理実務もあわせて読んでいただくと、該非判定(輸出する物が規制リストに当たるかどうかの判定)と取引先スクリーニングの基本がつかめると思います。
なぜ外為法の輸出規制では、種苗を止められないのか
ここで、いちばん誤解されやすい点を正面から扱います。「種苗の流出を、半導体のように外為法の輸出規制で止められないのか」という疑問です。結論から言うと、外為法のリスト規制では原則として止められません。法律の組み立てが、そもそも別だからです。
外為法(外国為替及び外国貿易法)のリスト規制は、輸出貿易管理令の別表第1などにもとづくもので、対象は武器や大量破壊兵器、通常兵器に関わる貨物と関連技術です。安全保障上の懸念がある物を、国が許可制で管理するための仕組みです。果樹の品種や種苗は、軍事転用が懸念される物資ではないので、このリストには載りません。つまり、半導体や工作機械を縛る輸出管理の枠組みと、シャインマスカットの流出は、そもそも別の制度の話なのです。ここを混同したまま「外為法で守れ」と論じても、現実の手段にはつながりません。私が冒頭で「半導体のイメージで捉えると核心を外す」と書いたのは、この理由からです。
では何で守るのか。実際の柱は三つあります。一つ目は、すでに述べた種苗法による育成者権と海外持ち出し制限。二つ目は、流出先の国での品種登録です。属地主義のため、これは権利を主張したい国ごとに必須になります。そして三つ目が、関税法による税関での水際差し止めです。関税法は育成者権を含む知的財産を侵害する物品を「輸入してはならない貨物」と定めており、育成者権者は税関長に対して輸入差し止めを申し立てることができます[^customs-bv][^customs-2502]。侵害品が国内に入ってくるのを、国境の検査で食い止める仕組みです。罰則も重く、故意の育成者権侵害には10年以下の懲役または1000万円以下の罰金が科され得ます。
ここで一点だけ補足します。外為法にも、リスト規制とは別に、輸出の承認や輸入割当といった品目別の手続きがあり、一部の植物や種苗がその対象になる場合はあります。ただしこれは安全保障目的のリスト規制とは別の制度で、シャインマスカットのような知財流出の問題とは無関係です。「リスト規制の対象外」という言い方と「外為法とまったく無関係」という言い方は、厳密には別物だという点だけ、正確を期して添えておきます。混同しやすいもう一つの法律が、植物防疫法です。これは苗や穂木、種子といった栽培用植物の輸出入を検査する法律ですが、目的は病害虫のまん延を防ぐ検疫であって、育成者権を守る知財の制度ではありません[^jetro-boueki]。検疫を通ったからといって、品種の権利が守られるわけではない。役割が違うのです。
産地と企業が、いまから備えられること
最後に、では現場で何ができるのかを考えます。流出は防げないものではありません。国内には、抑止が効いている実例もあります。2024年12月3日に農林水産省が公表した事例では、いちごの登録品種「桃薫(とうくん)」を育成者権者である農研機構の許諾なく増殖し、フリマサイトで販売したとして、2名が逮捕、9名が書類送致されました[^maff-touku]。これは海外流出そのものではなく国内の事案ですが、育成者権の侵害がきちんと刑事事件として立件されることを示した点で、意味のある一歩だと私は見ています。
産地の側でできることは、種苗を渡す相手を限定し、契約で増殖や転売を縛り、誰の手にどれだけ渡ったかを記録して追えるようにしておくことです。愛媛県が紅プリンセスで「限定企業にのみ供給」「海外視察を受け入れない」といった対策を取っていたと報じられたのも、この発想の延長にあります。あわせて、守りたい主要国での品種登録を、流出が起きる前に先回りして進めておくことが効いてきます。属地主義である以上、登録が間に合わなければ現地で差し止められないからです。種苗を扱う企業や輸出商社にとっては、輸出先や取引相手の素性をどこまで確かめられるかが、流出を止める分水嶺になります。社名だけを照合しても、その背後で誰が動いているかは見えません。取引相手を懸念先と突き合わせ、不自然な大量発注や用途の出し渋りといった兆候に気づける体制を、人手だけで維持するのは年々難しくなっています。
農業知財の保護は、品種を磨く技術と、それを誰にどう渡すかを管理する貿易管理の、両輪で成り立っています。後者の取引先審査や流出経路の管理を仕組みとして固めたい方、自社が扱う品目の輸出可否や相手の素性確認をどう設計すべきか具体的に詰めたい方は、個別相談から声をかけてください。種苗そのものへの直接の適用可否も含め、TRAFEEDで何ができて何ができないのかを、現実の業務に即してお話しします。流出が報じられてから慌てて動くより、守るべき相手と渡してよい相手の線引きを、先に引いておくほうが、結局は産地もブランドも守りやすくなります。
参考文献
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[^yamagata]: 紅プリンセス苗木流出の調査要望 愛媛の中村知事、農水省を訪れ — 山形新聞(共同通信配信)— 2026年6月22日
[^itv]: 県開発の高級かんきつ「紅プリンセス」中国に流出か — あいテレビ(Yahoo!ニュース掲載)— 2026年6月
[^eat]: 紅プリンセスの苗木が中国に流出か 鈴木農林水産大臣に緊急要望【愛媛県】— 愛媛朝日テレビ(EAT)— 2026年6月22日
[^newsweek]: 中国に流出する日本の高級果実、その手口 — ニューズウィーク日本版 — 2023年1月
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[^maff-gaiyo]: 種苗法の一部を改正する法律の概要(施行期日 令和3年4月1日ほか)— 農林水産省(PDF)— 取得2026年6月29日
[^alic-shubyo]: 種苗法改正の概要 — 農畜産業振興機構(alic)— 取得2026年6月29日
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[^alic-kaigai]: 海外における品種登録の推進について — 農林水産省・農畜産業振興機構 — 取得2026年6月29日
[^nikkei-shine]: シャインマスカットの中国流出、年100億円の損失と農水省試算 — 日本経済新聞 — 2022年6月
[^agri-shine]: シャインマスカット、許諾料逸失100億円 中国で栽培拡大 農水省試算 — 日本農業新聞 — 取得2026年6月29日
[^maff-whitepaper]: 令和2年度 食料・農業・農村白書 トピックス6「植物新品種の海外流出対策」— 農林水産省 — 2021年
[^president-ichigo]: 損失額は220億円 なぜ日本政府は「韓国イチゴ泥棒」を野放しにするのか — PRESIDENT Online — 取得2026年6月29日
[^customs-bv]: 権利別申立ての具体的手順(育成者権)— 税関(財務省関税局)— 取得2026年6月29日
[^customs-2502]: 2502 知的財産侵害物品の輸出規制 — 税関 — 取得2026年6月29日
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