こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
先日、中国の新しい出入国管理の規定について書きました。9月15日施行、国務院令第841号。輸出管理の観点から読んだ記事です。
公開したあと、社内で別の角度の指摘を受けました。「これ、中国に出張する人にも関係あるんじゃないか」と。たしかにそうです。ただ調べ直してみると、この話はかなり誤解されやすい形をしています。放っておくと「9月15日から中国出張は出国できなくなるかもしれない」という理解が広まりそうな気がしました。
結論を先に書きます。それは誤りです。
いちばん広まりそうな誤解から
841号の出国制限は第4条にあります。冒頭がこうです。
中国公民有下列情形之一的,不准出境1
中国公民、です。同条第3項の、輸出管理や技術輸出入管理の違反を理由とする出国不許可も、主語は中国公民です。日本人を含む外国人の出国を制限する条文は、841号の全19条のどこにもありません。商務部の公開版、新華社の全文、人民網の掲載版を突き合わせて確認しました1。
つまり、9月15日を境に日本人出張者の出国が止まるようになる、という事実はありません。この規定で新しく人の移動を止められるようになったのは、中国公民についてです。技術を持つ中国籍の従業員の出張が止まりうるという話は、国務院令第841号を輸出管理から読むのほうにまとめました。
では出張者には関係ないのか。そうではありません。関係するのは反対側、入国のほうです。
該非判定の属人化を、AIで解消する。
経産省2024年度データによれば、外為法違反の52%は該非判定起因。TRAFEEDの機能・導入フローをまとめたサービスカタログを無料でダウンロードできます。
841号が外国人に対してすること
外国人に効く条文は主に2つです。
ひとつめが第5条。三段構成になっていて、最初の段がこうです。
外国人在境外申请办理中国签证或者在口岸申请入境时提供虚假材料、作出虚假陈述的,移民管理机构、签证机关可以决定1年至5年以内不准其入境。1
国外で中国ビザを申請するとき、あるいは入国地点で入国を申請するときに、虚偽の資料を提出したり虚偽の陳述をした場合、1年から5年の入境不許可を決定できる。
ここは実務で軽く扱われがちなところだと思います。ビザ申請書の渡航目的、訪問先、職歴。旅行代理店や現地の手配業者に任せきりで、本人が最終確認していない会社は珍しくありません。書類上の「だいたいこんな感じ」が、最長5年入れなくなる話につながる建て付けになりました。担当者を責める話ではなく、これまでその粒度で運用してきたのが普通だった、という話です。
二段目は、国(辺)境管理を妨害して刑事処罰を受けた場合、あるいは証件の詐取や不法出入境で行政処罰を受けた場合に、処罰執行完了日から1年から5年の入境不許可1。
そして三段目が、今回いちばん新しいところです。
外国人被列入反制清单、不可靠实体清单、恶意实体清单或者被采取反制和限制措施等,需要依法采取不予签发出境入境证件或者不准入境等相关措施的,由移民管理机构、签证机关按照职责实施。1
反制清単、不可靠実体清単、悪意実体清単に掲載された場合、あるいは反制・制限措置を採られた場合に、ビザを発給しない、入国させないといった措置を、移民管理機構と査証機関が職責として実施する。リストと国境の窓口が、条文の上でつながりました。
ふたつめが第3条です。出入国・滞在・居留の申請事由は真実かつ合法でなければならないとしたうえで、当局が身分や申請事由を確認する際に「询问相关情况,要求其出示、提供有关文件、资料、电子数据等信息」ができると定めています1。電子データという語が明文で入っている点は、端末を持って国境を越える人にとって小さくない意味があります。端末とデータの扱いについては反スパイ法・国家情報法と日本企業のリスクで持ち込み対策まで書いたので、そちらとあわせて読んでください。
なお第8条で、境外の企業・機構が中国国内で出入境の仲介サービスを提供することは認められていません。施行前から仲介サービスに従事している機構は、施行日から90日以内に届出を行うという経過措置も置かれています2。現地手配を誰に任せているかは、一度確認しておくとよいと思います。
社内の技術情報が持ち出しの対象になっていないかを含めて体制を点検したい方は、輸出管理体制の無料診断で現在地を確認できます。
「出国できない」の根拠は、13年前からある条文
では、外国人が中国から出国できなくなることは無いのか。あります。ただし根拠は841号ではありません。
出境入境管理法の第28条です。2012年6月30日に第11期全人代常務委員会第27次会議で採択され、2013年7月1日に施行されています3。13年前から存在する条文です。
第二十八条 外国人有下列情形之一的,不准出境: (一)被判处刑罚尚未执行完毕或者属于刑事案件被告人、犯罪嫌疑人的… (二)有未了结的民事案件,人民法院决定不准出境的; (三)拖欠劳动者的劳动报酬,经国务院有关部门或者省、自治区、直辖市人民政府决定不准出境的; (四)法律、行政法规规定不准出境的其他情形。3
実務でいちばん現実味があるのは、私は(二)だと思っています。**未了結の民事案件について人民法院が出国を認めないと決定した場合。**刑事事件ではありません。取引先との契約紛争、代金の未払い、合弁の解消をめぐる争い。そうした民事の係争が続いている状態で現地に出張し、相手方が保全を申し立てれば、出国が止まりうるということです。
(三)の労働報酬の滞納も同じ性質です。現地法人の賃金支払いに問題があるとき、決定の名宛人が誰になるかは事案によりますが、経営に関与している人が現地にいるタイミングは避けるという判断はありうると思います。
この経路の厄介さは、止まってからでは打てる手が限られるところにあります。出国が認められない状態は、係争そのものが片づくか、決定が取り消されるまで続きます。現地に足止めされた社員の生活と業務をどう支えるか、家族にどう説明するか、代替の指揮系統をどう立てるか。実際に起きてから考える種類の問題ではありません。
だからこそ、対策は渡航の前に置くしかありません。中国側の当事者と係争を抱えている案件を法務がリスト化し、その案件に関与している人の現地渡航を出張申請の段階で一度止めて確認する。仕組みとしてはそれだけです。既に案件管理をしている会社なら、出張申請のフォームに「中国側との係争案件に関与しているか」という項目を1つ足すところから始められます。
ここを841号と混同すると、対策が的外れになります。841号を読み込んでも第28条のリスクは下がりません。逆に、係争の有無と現地渡航の可否を紐づける運用は、9月15日を待たずに今日から作れます。
会社が掲載されると、個人に及ぶ
もう一段あります。不可靠実体清単規定(商務部令2020年第4号、2020年9月19日施行)の第10条です。清単に掲載された外国実体に対して採りうる措置が並んでいて、そのなかにこれがあります。
(三)限制或者禁止其相关人员、交通运输工具等入境 (四)限制或者取消其相关人员在中国境内工作许可、停留或者居留资格4
掲載されるのは企業ですが、措置は関係者に及びます。入境の制限、就労許可・滞在・居留資格の制限や取消。841号第5条第3項は、この種の措置に伴うビザ不発給・入境不許可を出入国当局の職責として明文化したもの、と読めます。
ここで一点、はっきり書いておきます。**リストに掲載されることは、その企業が不正を行ったという意味ではありません。**規制上の区分であって、企業の是非を判断するものではありません。正規の民生事業者が広範な区分に含まれることは実際に起きています。
また、2026年に中国が発表した対日措置で日本企業が掲載された「管理リスト」「懸念リスト」は、輸出管理の枠組みの名簿であり、ここで扱っている不可靠実体清単とは別の制度です。混同すると、掲載された企業について事実と異なる整理をしてしまいます。対日措置そのものの内容は有識者会議で示された経済安全保障の方向性に一次資料ベースで整理しました。
出張前、滞在中、帰国後
実務に落とします。
出張前。 ビザ申請書の記載を本人に確認させること。渡航目的、訪問先、職歴。代理店の下書きをそのまま出さない。第5条第1項が効くのはここです。あわせて、その出張者が関わる案件で中国側と民事の係争が無いかを法務に確認する。第28条(二)はこれで避けられる可能性が上がります。持ち出す端末は、必要最小限のデータだけを入れた出張専用機にする。第3条の電子データ提出要求は、明文になった以上、求められる前提で設計するのが素直です。
滞在中。 ここは外務省が出しているスポット情報が具体的です。2025年7月22日発出の「中国の『反スパイ法』に関連する注意喚起」は、執筆時点でも有効な情報として掲載されています5。軍事禁区・軍事管理区での立ち入りや撮影、無許可の国土調査、GPSを用いた測量や地質調査・生態調査・考古学調査、外国人による無許可の統計調査。学術的なアンケート配布ですら抵触しうると書かれています5。この文書で私がいちばん重いと思ったのは次の一点です。
上記の各行為については、最近の行為(直近の中国滞在時の行為)のみならず、過去の行為(以前の中国滞在時の行為や中国以外での行為等)についても調査等の対象になり得る5
今回の出張で何もしなければ大丈夫、という話ではありません。
帰国後。 現地で生成された記録は集約されうる、という前提でその後の渡航計画を考えることです。渡航先で何が記録されるのかについては、報道された事例を事実だけで読み解いた外国人管理プラットフォーム報道の整理があります。
9月15日に、何が変わって何が変わらないか
整理します。**変わるのは入境側です。**841号第5条により、ビザ申請や入国時の虚偽の資料・陳述が1年から5年の入境不許可に、国(辺)境管理の妨害等による処罰も同じく1年から5年の入境不許可につながります。そしてリスト掲載や反制措置とビザ・入境の窓口が、条文上つながりました。第3条では電子データを含む提示要求が明文化されています。
**変わらないのは出国側です。**841号の出国制限は中国公民が対象で、外国人の出国を制限する条文は同令にありません。日本人出張者の出国が止まりうる根拠は2013年施行の出境入境管理法第28条であり、9月15日に新設されるものではありません。
この2つを分けて理解しておくと、対策の順番を間違えずに済みます。入境側はビザ申請の運用を直す話で、総務や出張手配の担当部署が今週から着手できます。出国側は係争案件と渡航の紐づけの話で、法務の仕事です。管轄が違うので、まとめて「中国出張は危ない」と言ってしまうと、どちらも動きません。
個人的に気になっているのは、この種の制度変更が、たいてい出張手配の現場まで降りてこないことです。輸出管理部門が841号を読んでいても、ビザ申請書を書いているのが別の部署なら、第5条第1項の話は届きません。今回のような改正では、誰が申請書を書いているのかを確認するところから始めるのが、案外いちばん効くのではないかと思っています。
技術情報の管理や取引先のスクリーニングを含めて体制を見直したい方は、TRAFEEDの考え方が参考になるかもしれません。具体的な状況に踏み込んだ相談はこちらからどうぞ。
Footnotes
-
「国務院関于出境入境管理的規定」(国務院令第841号)。2026年6月29日の国務院第90次常務会議で採択、総理 李強の署名により2026年7月22日付で公布、2026年9月15日施行、全19条。第4条は中国公民を対象とする出境不許可の事由を定める。第5条第1項の原文は「外国人在境外申请办理中国签证或者在口岸申请入境时提供虚假材料、作出虚假陈述的,移民管理机构、签证机关可以决定1年至5年以内不准其入境。」、第2項は妨害国(辺)境管理による刑事処罰または証件詐取・不法出入境による行政処罰について処罰執行完了日から1年至5年の入境不許可、第3項の原文は「外国人被列入反制清单、不可靠实体清单、恶意实体清单或者被采取反制和限制措施等,需要依法采取不予签发出境入境证件或者不准入境等相关措施的,由移民管理机构、签证机关按照职责实施。」。第3条は「出境入境人员申请出境入境、停留居留的事由应当真实、合法」としたうえで、移民管理機構・査証機関が身分・申請事由を確認する際に「询问相关情况,要求其出示、提供有关文件、资料、电子数据等信息」ができると定める。第8条は境外の企業・機構が中国国内で出境入境仲介服務を提供することを認めていない。外国人の出境を制限する条文は同令に置かれていない。中国商務部の公開条文 https://fec.mofcom.gov.cn/article/ggfw/crjfw/crjzcwj/202607/7209.html / 新華社による全文公表 https://www.news.cn/20260731/08228229f320402fb3a97a095abfd1ad/c.html ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
-
司法部・公安部・国家移民管理局の責任者による「国務院関于出境入境管理的規定」答記者問。規定が扱う4分野(出境の安全リスク防範、出入境の申請要件、出入境の制限措置、出入境仲介服務の届出管理)と、施行前から仲介サービスに従事する機構は施行日から90日以内に届出を行うとの経過措置は同答記者問による。https://www.nia.gov.cn/n741440/n741577/c1793235/content.html ↩
-
「中華人民共和国出境入境管理法」。2012年6月30日 第11期全国人民代表大会常務委員会第27次会議採択、2013年7月1日施行。第28条は外国人の不准出境の事由として、(一)刑罰の執行が終わっていない者または刑事事件の被告人・犯罪容疑者(中国と外国が締結した協定に基づく受刑者移送を除く)、(二)未了結の民事案件があり人民法院が出境を認めないと決定した場合、(三)労働者の労働報酬を滞納し、国務院関係部門または省・自治区・直轄市人民政府が出境を認めないと決定した場合、(四)法律・行政法規が定めるその他の出境を認めない事由、を挙げる。上海市人民政府が公開する条文による。https://www.shanghai.gov.cn/grgzxkgjj/20240922/ec55b54b16a2443fa9f099719a74a3ca.html ↩ ↩2
-
「不可靠実体清単規定」(商務部令2020年第4号、2020年9月19日公布・施行)第10条。清単に掲載された外国実体に対して採りうる措置として、(一)中国に関わる輸出入活動の制限・禁止、(二)中国国内での投資の制限・禁止、(三)「限制或者禁止其相关人员、交通运输工具等入境」、(四)「限制或者取消其相关人员在中国境内工作许可、停留或者居留资格」、(五)情状に応じた罰金、を列挙する。中国商務部 https://dcj.mofcom.gov.cn/article/zcfb/zcblgg/202009/20200903002593.shtml / なお本規定に基づく不可靠実体清単は、輸出管理の枠組みで運用される管理リスト・懸念リストとは別の制度である。 ↩
-
外務省 海外安全ホームページ スポット情報「中国:中国の『反スパイ法』に関連する注意喚起」(2025年7月22日発出。本記事執筆時点で有効な情報として掲載)。中国が2014年に反スパイ法を制定し2023年4月に改訂したこと、2024年5月に国家秘密保護法の改正が行われたこと、2014年以降17名の邦人が「国家安全」に関する罪により中国当局に拘束されたことが確認され現在も5名が拘束されていること、軍事禁区・軍事管理区での無許可の立ち入りや撮影が軍事施設保護法により禁止されていること、無許可の国土調査やGPSを用いた測量・温泉掘削等の地質調査・生態調査・考古学調査による地理情報の収集等が拘束につながりうること、(手書きを含む)地図の所持だけで対象とみなされる可能性があること、統計法により外国人による無許可の統計調査が禁止され学術的なサンプル調査も抵触しうること、および「上記の各行為については、最近の行為(直近の中国滞在時の行為)のみならず、過去の行為(以前の中国滞在時の行為や中国以外での行為等)についても調査等の対象になり得る」との記述は、いずれも同スポット情報による。https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcspotinfo_2025C029.html ↩ ↩2 ↩3





