こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
新規事業の相談を受けていて、いちばん多く耳にするフレーズがあります。「この市場は1兆円あります。その1%を取れれば100億円です」。数字だけ見れば夢のある話ですが、投資家や銀行の担当者は、この一文を聞いた瞬間に心のなかでそっと資料を閉じます。理由はひとつ。「1%を取れれば」の根拠がどこにも書かれていないからです。市場規模の試算は、大きな数字を出す競争ではありません。自分の事業がどこまで届き、そのうち現実的にいくら取れるのかを、順を追って説明できるかどうかの勝負です。
この記事は、新規事業づくりを9つのステップで解説する連載の8番目、「事業ポテンシャル・市場規模の見積り方」です。TAM・SAM・SOMという3つの市場の切り分け方と、フェルミ推定という概算のやり方を、架空の事業を題材に最後まで手を動かして試算します。読み終えるころには、自分の事業計画の数字を、根拠を添えて語れるようになっているはずです。連載全体の地図は新規事業フレームワーク完全ガイドに、直前のステップはポジショニングマップで競争優位を描く方法にまとめています。手を動かす前に自社のAI活用度を測っておきたい方は、AIリテラシー診断から始めると、後半のAI活用の話が自分ごととして読めます。
TAM・SAM・SOM、3つの同心円で市場を切る
まず言葉を整理しておきます。市場規模を語るときに欠かせないのが、TAM・SAM・SOMという3つの視点です。難しそうな略語ですが、要は同じ市場を「外側から内側へ」3段階でズームインしているだけです。
TAM(Total Addressable Market、獲得可能な最大市場)は、その製品やサービスの総需要です。仮にシェアを100%取れたらいくらになるか、という市場全体の上限を指します。SAM(Serviceable Available Market、獲得可能なサービス市場)は、そのTAMのうち、自社のビジネスモデルやチャネル、対象地域、対象セグメント、価格帯で「実際に届く」範囲まで絞り込んだものです。そしてSOM(Serviceable Obtainable Market、獲得可能な現実的市場)は、SAMのうち、競合の状況や自社のリソース、獲得のスピードを踏まえて、近い将来に現実的に取れる部分を指します。だいたい1年から3年で狙えるシェアに相当します。
3つはTAM⊃SAM⊃SOMという入れ子の関係にあります。いちばん外側の大きな円がTAM、その内側がSAM、いちばん内側の小さな円がSOMです。図にすると同心円になります。ここでいちばん大事なことをひとつだけ挙げるなら、売上目標の根拠になるのは外側のTAMではなく、いちばん内側のSOMだということです。TAMは「この市場には天井がこれだけある」という背景の説明であって、あなたの初年度の売上ではありません。冒頭の「1兆円市場の1%」という語り方が投資家に響かないのは、TAMをいきなり自社の取り分にすり替えているからなのです。
| 指標 | 何を表すか | 絞り込みの条件 |
|---|---|---|
| TAM | 市場全体の総需要(上限) | 世界または国内の全潜在需要 |
| SAM | 自社が実際に届く範囲 | 地域、チャネル、セグメント、価格帯 |
| SOM | 現実的に取れる部分 | 競合、自社リソース、獲得スピード、時間軸 |
この枠組みは、特定の誰かが単独で発明したものではありません。もとをたどると、市場をセグメントに分けて狙いを定めるという市場セグメンテーション理論(STPの考え方、源流は1974年のウィンドとカルドソの研究)があり1、それがスタートアップやベンチャー投資の現場で、顧客開発やリーンスタートアップの文脈とともに広まって、ピッチ資料の標準指標として定着しました。だからこそ、投資家はこの3つを見れば、その起業家が市場をどれだけ地に足のついた形で捉えているかが一発でわかります。TAMの大きさ(市場に伸びしろがあるか)、市場の成長性、そしてSOMの根拠(ボトムアップで積み上げているか)。この3点が、彼らの目線です。
市場規模は2つの向きから出す
TAMやSAMの数字を出す方法は、大きく分けて2つあります。トップダウンとボトムアップです。私の考えでは、この2つは「どちらか」ではなく「両方」やるべきものです。片方だけだと、必ずと言っていいほど過大か過小に偏ります。
トップダウン法は、業界レポートや政府統計といった大きな公開データを起点に、条件で段階的に絞り込んでいくやり方です。速いのが利点ですが、元データの質に結果が丸ごと依存し、絞り込みが甘いと過大な数字になりがちです。たとえば国内向けのある業務ソフトを考えるとします。経済センサスによれば国内の企業数はおよそ360万(正確な最新値はe-Statで確認してください)。ここから対象になる業種と規模で2割に絞ると約72万社、さらに未導入かつ予算のある層が15%だとすると約10.8万社。年間利用料を12万円とすれば、TAMは約130億円という具合です。数字を置くたびに「なぜその割合なのか」を一言添えられるかどうかが、精度の分かれ目になります。
ボトムアップ法は、対象顧客数に平均単価を掛けて積み上げるやり方です。基本の式はシンプルで、市場規模イコール対象顧客数かける平均単価。サブスクリプションのようなフロー型のビジネスなら、ここに購入頻度(年間の回数や継続期間)を掛けて年間換算します。式で書くとこうなります。
市場ポテンシャル = 潜在顧客数 × 単価 × 頻度
この「頻度」を掛け忘れる人が本当に多い。単価だけで市場を語ると、月額課金のサービスなのに1回きりの売り切りのような小さな数字になってしまいます。ボトムアップは自社の一次データや現場の肌感覚に基づくため信頼性が高く、投資家がいちばん見たがるのもこちらです。トップダウンとボトムアップの結果が大きくズレたときは、どこかの前提が間違っているサインなので、放置せず突き合わせて原因を探ります。
最初の分解に迷ったら、AIを壁打ち相手にすると早いです。次のプロンプトをそのままコピーして、カッコの中を自分の事業に置き換えて使ってみてください。
「(事業内容)」について、TAM・SAM・SOMをトップダウン法とボトムアップ法の両方で試算してください。
トップダウンは、参照すべき公開市場データや政府統計の名前も挙げたうえで、段階的な絞り込みの前提を示してください。
ボトムアップは「顧客数 × 単価 × 頻度」で積み上げてください。
両者の結果が大きくズレる場合は、その理由と、どちらの前提を見直すべきかを指摘してください。
最後に、SAM・SOMの絞り込み条件(地域・チャネル・セグメント)も明記してください。
フェルミ推定で「わからない数字」を桁で当てる
トップダウンにもボトムアップにも、必ず「公開データがない部分」が出てきます。新しい市場ほどそうです。そこで登場するのがフェルミ推定です。限られた情報から、桁(オーダー)のレベルで概算する手法で、物理学者エンリコ・フェルミに由来します。彼が原爆実験の爆発力を、落下する紙片の飛び方からその場で概算した逸話が有名です2。
やり方は4ステップに整理できます。第一に、知りたい数を推定できる複数の因子に分解します。第二に、各因子に根拠のある仮定を置きます。第三に、掛け合わせて計算します。第四に、出てきた数字の桁が妥当かを検証します。ポイントは、1つの巨大な当てずっぽうを避けて、小さな因子に分けること。ある因子を多めに見積もっても、別の因子を少なめに見積もれば、誤差が互いに打ち消し合います。だから複数の掛け算にした瞬間、想像以上に桁の精度が出るのです。
古典的な練習問題に「シカゴにピアノ調律師は何人いるか」があります。都市の人口から世帯数を出し、ピアノの保有率を掛け、年間の調律回数を掛け、調律師1人が年間にこなせる件数で割る。この分解の型は、そっくりそのまま市場規模の推定に応用できます。人口を潜在顧客数に、保有率を対象セグメントの割合に、調律回数を購入頻度に置き換えれば、それはもうボトムアップの市場規模試算そのものです。
自分の頭だけで因数分解しようとすると、たいてい途中で行き詰まります。ここでもAIを使うと分解の抜け漏れが減ります。
私の新規事業は「(事業内容を具体的に)」です。この事業の年間市場規模をフェルミ推定で見積もりたいです。
「潜在顧客数 × 単価 × 購入頻度」の形に因数分解し、各因子について
(1)公的統計で確認すべき「事実」の数字か、(2)自分で仮説を置く「推定」の数字か を区別して表にまとめてください。
推定値には、根拠となる考え方も添えてください。
最後に、保守・中庸・強気の3パターンで年間市場規模を計算し、桁が妥当かのサニティチェックも付けてください。
手を動かす 架空の事業で最後まで試算する
ここからが本番です。理屈だけでは身につかないので、架空の新規事業を1つ用意して、TAMからSOMまで通しで試算します。題材は「獣医監修の犬向けフレッシュ手作りごはんを、日本国内で定期宅配するサービス」とします。以下の数字はすべて説明用の仮の値です。実際に事業計画を書くときは、必ず最新の一次統計で置き換えてください。
まず、いちばん大事な準備をします。事実と推定をはっきり分けることです。ここでいう事実は、政府統計や業界団体のデータで裏が取れる数字。国内の犬の飼育頭数や、ドッグフード市場の規模がこれにあたります。一方の推定は、自分で仮説を置く数字。プレミアム志向の割合や、オンライン定期宅配の受容率、客単価、獲得できるシェアがこちらです。試算表では、この2種類を色分けするか注記して、ひと目で区別できるようにしておきます。これをやっておくと、後で投資家に「どこが仮定ですか」と聞かれても即答できます。
トップダウンで大枠のイメージをつかみます。国内のドッグフード市場を仮に約2,000億円とすると、これが「犬のごはん」領域のTAMの上限イメージです。ただし手作りフレッシュフードはそのごく一部なので、この2,000億円を自社の売上と混同しては絶対にいけません。あくまで背景の天井です。
次にボトムアップで積み上げます。国内の飼育犬を仮に約680万頭とします(正確な最新値はペットフード関連の業界団体調査やe-Statで確認してください。ここは「事実」の枠です)。ここに、プレミアム志向の飼い主の割合を15%(推定)、そのうちオンラインの定期宅配を受け入れる割合を10%(推定)と置くと、潜在顧客はおよそ10.2万頭になります。客単価は、月1万円かける12か月で年12万円(推定の想定価格)。この潜在層をすべて取れたと仮定すると、市場ポテンシャルは10.2万頭かける12万円で約122億円。これがSAMのおおよその規模であり、SOMの上限イメージにもなります。
そして現実的なSOMに落とします。競合も参入してくるでしょうし、立ち上げ直後の会社が全国の潜在層を一気に取れるはずもありません。そこで3年目に潜在層の3%を獲得できると置くと、約3,060頭。年商にして約3.7億円です。これがこの事業の、地に足のついた3年後の目標になります。
ここで感度分析を作ります。前提が1つ動くだけで結論は大きく変わるので、保守・中庸・強気の3シナリオで幅を出しておきます。
| シナリオ | 定期宅配の受容率 | 獲得シェア | 3年目の年商 |
|---|---|---|---|
| 保守 | 5% | 2% | 約1.0億円 |
| 中庸 | 10% | 3% | 約3.7億円 |
| 強気 | 15% | 5% | 約9.2億円 |
この表を眺めると、結論を最も大きく左右しているのが「オンライン定期宅配の受容率」と「客単価」だとわかります。であれば、この2つを優先的に、小規模なテスト販売やアンケートで検証すればいい。感度分析は、次にどこへお金と時間を使って検証すべきかを教えてくれる地図でもあります。
最後にサニティチェックです。年商3.7億円は犬3,060頭ぶん。1頭を1世帯とすれば約3,000世帯です。国内の犬の飼育世帯は数百万世帯の規模なので、そこから3,000世帯というのは桁として無理がありません。トップダウンで見たドッグフード市場2,000億円に対して、SOMの3.7億円はごく一部。過大計上にもなっていません。桁が現実的で、二重計上もなく、TAMと売上を取り違えてもいない。ここまで確認できて、ようやく試算は「使える数字」になります。
こうした試算をゼロからExcelで組むのは骨が折れます。そのまま数字を差し替えて使えるよう、この記事で解説した構成のテンプレートを用意しました。サンプルPPTテンプレートを無料ダウンロードして、自分の事業の数字を入れてみてください。
数字の信頼性を上げる 一次データとよくある失敗
試算の説得力は、どのデータを、どこから取ったかで決まります。日本には無料で使える一次情報が思いのほか揃っています。まず押さえたいのが政府統計の総合窓口であるe-Statです3。人口、世帯数、事業所数など、市場規模の分母になる数字の多くがここで手に入ります。企業数や産業別の売上を知りたいなら総務省と経済産業省の経済センサス、消費者側の動向なら総務省統計局の各種調査。業界固有の数字は、その業界の業界団体が公表している統計が頼りになります。民間の調査会社のレポートも便利ですが、まずは公的な一次ソースで骨格を固めてから、細部を民間データで補うのがおすすめです。
どのソースを当たればいいか見当がつかないときは、AIにリストアップしてもらうと調査の入り口が早く見つかります。
「(業界・市場名)」の市場規模や顧客数を推定するために参照すべき、日本の一次情報・公的統計・業界統計のリストを作ってください。
具体的な統計名・調査主体・入手先(e-Statや官公庁名、業界団体名など)と、その統計から「何の数字が取れるか」をセットで挙げてください。
個人ブログやまとめ記事などの二次情報ではなく、一次ソースを優先してください。
各ソースの更新頻度も添えてください。
そのうえで、私が現場でよく見る失敗を挙げておきます。避けるべき地雷を先に知っておくだけで、試算の質はぐっと上がります。
| よくある失敗 | どう直すか |
|---|---|
| TAMを自社の売上見込みのように語る | TAMは上限。売上の根拠はSOMに置く |
| 「市場の1%取れれば」で押し切る | ボトムアップで顧客数から積み上げて裏を取る |
| 事実と推定を混ぜて書く | 統計値と仮説を色分けし、仮定には根拠を添える |
| 購入頻度や継続期間を掛け忘れる | フロー型は必ず「単価 × 頻度」で年間換算する |
| 同じ顧客を複数セグメントで二重計上 | セグメントの重なりを確認し、重複を除く |
| SAMがTAMとほぼ同じ大きさ | 地域・チャネル・セグメントで実際に届く範囲まで絞る |
試算がひととおりできたら、公開前に一度、投資家になったつもりで自分の数字を叩いておくと安心です。これもAIに任せられます。
以下は私が作った市場規模の試算です。「(試算の内容を貼り付け)」。
この試算を投資家の視点で厳しくレビューしてください。
(1)「事実」として扱っているが実は「推定」に過ぎない数字、
(2)楽観的すぎる仮定、
(3)二重計上や桁間違いの疑い、
(4)結論を最も左右する感度の高い変数、
をそれぞれ指摘し、現実的な代替値や確認方法も提案してください。
最後に「この試算で最も弱い前提トップ3」を教えてください。
SOMを3年の売上計画につなげる
市場規模の試算は、出して終わりではありません。ここまで丁寧に積み上げたSOMを、絵に描いた餅で終わらせず、実際の売上計画とKPIに接続してこそ意味を持ちます。SOMという「現実的に取れる市場」を分母に置き、そこへ向かう獲得のペースを年次で描くわけです。前提として明示すべきは、獲得シェアの伸び、顧客の獲得数、客単価、そして解約率(チャーン)。この4つを置けば、初年度から3年目までの簡単な売上モデルが作れます。
たとえば先ほどの犬向けフレッシュフードなら、初年度は認知が薄いので受容層の0.5%、2年目に1.5%、3年目に3%と獲得シェアを段階的に上げていく。そこに毎月の新規獲得数と、月あたり数%の解約率を織り込めば、月次の売上推移が見えてきます。ここまで来ると、いくら広告に使えるか、いつ黒字になるかといった初期投資の判断材料が揃います。市場規模の試算が、はじめて経営の意思決定とつながる瞬間です。
3年分のモデル作りも、たたき台はAIに作らせて、そこから自分の肌感で調整するのが速いです。
私のSOM(現実的に狙える市場)は「(金額)」です。ここから初年度・2年目・3年目の売上目標に落とし込みたいです。
獲得シェアの伸び、顧客獲得数、解約率(チャーン)、客単価の前提を明示した3年分の簡易売上モデルを表で作ってください。
各前提の妥当性に一言コメントし、前提が変わったら売上がどう動くか(感度)も添えてください。
KPIとして毎月追うべき指標も3つ挙げてください。
ここまで読んで気づいた方もいると思いますが、市場規模の試算は、AIととても相性のいい作業です。因数分解、代替値の提案、投資家目線のツッコミ、3年モデルのたたき台づくり。人間が「どの前提を信じるか」を決め、AIが「その前提だと数字はこうなる」を高速で回す。この役割分担ができると、一晩で試算の質が変わります。私たちTIMEWELLのWARPでは、こうしたAIを事業づくりの相棒にする使いこなしから、実際の事業計画づくりまで、元大手のDX・データ戦略の専門家が伴走型で支援しています。数字の置き方に自信が持てない、感度分析の前提が独りよがりになっていないか不安、といった段階でこそ、外の目が効きます。
市場規模の試算は、大きな数字で驚かせる作業ではなく、小さな仮定を1つずつ積み上げて、「この事業はここまでは狙える」と自分自身が納得するための作業です。ここで作った数字は、次のステップでそのまま武器になります。連載の最後、事業を1枚に凝縮するピッチ資料の作り方で、この試算を投資家に伝わる形へ仕上げましょう。自分の事業の市場規模を一緒に組み立ててほしい方は、WARPの個別相談からお気軽にご相談ください。あなたの「1%取れれば」を、根拠のある1行に変えるお手伝いをします。
参考文献
Footnotes
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Wind, Y., & Cardozo, R. N. (1974). "Industrial Market Segmentation." Industrial Marketing Management. 市場セグメンテーション(STP)の源流とされる研究。TAM・SAM・SOMはこの考え方を土台に、ベンチャー投資と起業の実務で標準指標として定着した。 ↩
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フェルミ推定(Fermi problem、order-of-magnitude estimation)。物理学者エンリコ・フェルミに由来する概算手法。参考: Fermi problem(英語版Wikipedia) https://en.wikipedia.org/wiki/Fermi_problem ↩
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e-Stat 政府統計の総合窓口(総務省統計局ほか)。人口・世帯数・事業所数など市場規模の分母になる一次統計を無料で参照できる。 https://www.e-stat.go.jp/ ↩
