こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
2026年6月、日本経済新聞が「日本版スターリンクに楽天勢」と報じ、総務省が低軌道衛星による通信網づくりに最大1500億円を補助するというニュースが流れました[^1]。スターリンクと聞くと、イーロン・マスク氏のSpaceXが世界中に飛ばしている、空から直接インターネットを届ける衛星の群れを思い浮かべる方が多いと思います。山奥でも海の上でも、地上に基地局がなくても電波が届く。あの仕組みを日本も自前で持とうという話です。
私がこのニュースを通信業界の一エピソードではなく安全保障の問題として受け止めているのは、通信が水道や電気と同じ重要インフラだからです。たとえば大きな地震で地上の鉄塔やケーブルが倒れても、空に通信網があればスマートフォンはつながり続けます。逆に、その空の通信網を海外の一社だけに頼っていると、その会社の判断ひとつで日本の通信が左右されかねません。誰が回線を握るのかという問いは、そのまま国の自律性の問いになります。本稿では報道で確認できる事実と、まだ確定していない部分を切り分けたうえで、この計画が本当に実現できるのかを筆者の考察として率直に書いていきます。先に立場を述べておくと、私はこの挑戦に期待していますが、金額と打ち上げ手段の二点には冷静な見方も必要だと考えています。
総務省1500億円補助「J-LEO」とは何か
まず制度の正体を押さえます。総務省はこの事業を「自律性確保に向けた低軌道衛星インフラ整備事業」、英語の頭文字からJ-LEOと呼んでいます[^2]。低軌道衛星とは高度およそ数百キロメートルという比較的低い位置を回る衛星のことで、地上との距離が近いぶん通信の遅れが小さく、スマートフォンとの直接通信に向きます。総務省の公式ページによれば、この事業は国内企業による衛星の製造・運用・管理と、市販スマートフォンへの直接通信サービスの提供を目的としています。補助の対象は衛星システムと地上設備で、自律性を確保する要件として、衛星を制御するゲートウェイ局や管制局を国内に置くことを求めています[^2]。
財源は2025年度の補正予算で、補助の総額が最大1500億円とされます[^1][^4]。報道によれば補助率は事業総額の2分の1が上限で、残りは事業者の負担になります[^3]。公募は2026年5月29日に締め切られ、2026年6月末ごろに1つの事業者が選ばれる設計だと伝えられています[^3][^5]。政府が課す主な達成要件として、2029年3月末までに全国で市販スマホによる衛星直接通信を使えるようにすること、全国の一定地域で1日の約7割の時間帯でビデオ通話ができる品質を確保すること、そして災害時には携帯各社とフルローミング方式でつなぎ、音声・データ・SMSを無償で提供することが挙げられています[^3][^5]。災害時の無償提供まで要件に書き込んでいる点に、この事業が単なる通信ビジネスの支援ではないという性格がにじみます。
ここで一つ、初心者向けに言葉を補っておきます。市販スマホへの直接通信は、英語の頭文字でDTCと呼ばれます。従来の衛星電話のように専用の大きな端末やパラボラアンテナを用意するのではなく、いま普段使っている普通のスマートフォンが、空の衛星と直接電波をやり取りする方式です。地上の基地局が圏外でも、空が開けていれば電波が届く。J-LEOがこのDTCを軸に据えているのは、特別な機器を持たない一般の人が、災害時にもそのまま使えることを重視しているからだと読み取れます。
肝心の「誰が選ばれるのか」ですが、報道では有力候補が二つの陣営に絞られていました。一方が楽天モバイルと米国のAST SpaceMobileの連合、もう一方がKDDIと米国のSpaceX、つまりStarlink陣営です[^3][^5]。1500億円は1事業者だけに交付される設計のため、両者は事実上の一騎打ちでした。そして2026年6月、日経や読売は楽天勢が対象になる見通しだと報じています[^1][^6]。ここで強調しておきたいのは、これらが「決まる見通し」という段階の表現だという点です。私が確認した範囲では、総務省の一次資料による正式な採択や交付決定の確定までは追えていません。2026年6月時点では報道ベースの情報として読むのが正確です。
該非判定の属人化を、AIで解消する。
経産省2024年度データによれば、外為法違反の52%は該非判定起因。TRAFEEDなら、判定時間を約7割削減し、判定根拠を構造化データで保存できます。
なぜ国が衛星通信に1500億円を出すのか
国が一企業の通信事業にこれほどの公費を投じるのは、これが純粋なビジネス支援ではなく安全保障政策だからです。政府や与党が問題視しているのは、海外の単一事業者に衛星通信網を丸ごと依存するリスクだと報じられています[^7]。現実に世界の衛星通信はStarlinkが突出した存在になっており、ウクライナでの戦況がStarlinkの可否で揺れた場面は記憶に新しいところです。便利な一方で、その回線を止めるか続けるかを決めるのが外国の一企業だとすれば、有事の通信を他人の手綱に委ねることになります。
J-LEOが国内にゲートウェイ局と管制局を置くことを要件にしているのは、まさにこの点への備えです[^2]。衛星そのものが空にあっても、それを制御する地上の頭脳が国内にあり、日本側の判断で運用を続けられれば、いざというときに通信を保てます。これは通信主権という言葉で語られる考え方そのものです。さらに災害時の無償フルローミングを義務づけている点も見逃せません[^3]。地上の基地局が津波や地震で失われても、市販のスマホがそのまま衛星につながれば、安否確認も救助要請も途切れません。衛星通信を一部の人の便利な道具ではなく、国民全員の命綱として位置づけている設計だと読み取れます。
衛星や宇宙、重要インフラというテーマは、そのまま経済安全保障の中心に置かれています。半導体や通信機器、宇宙関連の技術は軍事にも転用できるため、誰に売り、誰の手に渡るのかを管理する輸出管理の対象になりやすい領域です。経済安全保障に本気で取り組む企業ほど、自社の製品や部品が規制に触れないか、取引相手は安全かを日々判定する必要に迫られます。私たちが提供する輸出管理AIエージェント TRAFEED(旧ZEROCK ExCHECK) は、こうした該非判定や取引先の審査、制裁リストとの照合といった実務の負荷を下げるために使われています。衛星通信の国産化が進むほど、関連する装置や技術の輸出管理はむしろ複雑になっていくはずです。半導体を軸にした経済安全保障の全体像は 半導体と経済安全保障の全体地図 で整理しているので、あわせて読むと背景がつかみやすいと思います。
【考察】打ち上げをどうするのか、自前ロケットなき日本
ここからは筆者の考察に入ります。最初の論点は、衛星をどうやって宇宙に運ぶのかです。楽天勢の中核にいるAST SpaceMobileは、楽天モバイルが2020年に出資した米国企業です。報道では出資額は約300億円、当初の出資比率は約2割とされますが、その後の希薄化を経た現在の正確な比率までは私は確認できていません[^8]。ASTの強みは、専用のアンテナや端末を使わず、いま手元にある普通のスマホでそのまま衛星につながる直接通信の技術にあります。楽天モバイルは2024年に2026年内の国内サービス提供を目指すと発表し[^9]、2025年4月には国内で初めて低軌道衛星と市販スマホの直接通信によるビデオ通話に成功したと公表しました[^10]。商用サービスは2026年の年末商戦の時期に始める計画だと伝えられています[^9]。
問題は打ち上げです。ASTの衛星はBlueBirdと呼ばれる大型のもので、2026年6月17日に8号機から10号機が軌道へ投入され、2026年末までに45機から60機を並べる計画とされています[^11]。ただし、これらを打ち上げているのは米国のロケットです。日本の主力ロケットH3は、三菱重工とJAXAが開発し、最小構成で打ち上げ費用の目標が約50億円、年6回の打ち上げを目指す段階にあります。2026年6月には6号機が飛びましたが、価格競争力が見えてくるのは10号機から15号機あたりという見方が示されています[^12]。しかもH3は使い切りで、機体を再利用しません。民間に目を向けても、インターステラテクノロジズの小型ロケットZEROは2026年に燃焼試験を重ねている段階で、まだ宇宙へは飛んでいません[^13]。日本の打ち上げは世界シェアで1パーセントに満たず、国内の衛星の9割以上が海外のロケットで上がっているのが実情です[^13]。
J-LEOの自律性要件は、あくまで国内での運用と管制に置かれており、打ち上げ手段までは国産に縛っていません[^2]。だからこそ現実的な制度なのですが、裏を返すと「自前の衛星通信」と言っても、衛星本体は米国の技術、打ち上げも当面は海外のロケットに頼る構図が残ります。私の見立てでは、ここで確保できる自律性は、衛星を飛ばす力ではなく、飛んでいる衛星を日本側の判断で運用し続ける管制のレイヤーにあります。AIの計算需要が宇宙やエネルギーにまで波及している大きな流れは AIの電力・データセンター・宇宙 で扱っていますが、宇宙インフラを誰がどこまで握れるのかという問いを考えると、日本にとって当面は打ち上げが弱点として残ると考えています。
【考察】1500億円で足りるのか、Starlinkとの桁差
次の論点はお金です。これも筆者の考察として読んでください。1500億円という数字は、国の単発の補助としては大きく見えます。ただし衛星通信の世界では、桁が一つも二つも違う金額が動いています。1ドルをおよそ150円で換算すると、1500億円は約10億ドルです。一方でStarlinkは、2018年の時点でコンステレーション、つまり衛星群の構築に約100億ドルを見込んでいたとされ、その後の現実の投資はさらにふくらんでいます[^14]。CNBCによれば、接続事業の年間売上は100億ドルを超える規模に達しています[^15]。単純に並べると、日本の補助はStarlinkの当初見積りの10分の1ほどにとどまります。
さらに打ち上げのコスト効率にも大きな差があります。SpaceXのFalcon 9はブースターを再利用でき、2026年には年140回前後の打ち上げをこなす計画です[^16]。Starlinkはすでに1万機を超える衛星を運用し、最終的には最大4万2000機を目指しています[^14]。再利用ロケットを高い頻度で回し、自社の衛星を自社のロケットで上げ続ける垂直統合があってこそ、あの規模が成り立っています。使い切りのロケットを年数回しか飛ばせない日本とは、構造的な差があると言わざるを得ません。
では1500億円は無意味なのかというと、そうとも言い切れないのが面白いところです。J-LEOが目指すのはStarlinkのような数万機の汎用ブロードバンドではなく、スマホへの直接通信に絞り、日本の国土をカバーすることに目的を限定しています。ASTの方式は1機が大型で少数機の運用を志向するため、必要な衛星の数も総コストも、汎用のメガコンステレーションより小さく収まる可能性があります。そのうえで補助率が半額上限だとすれば、総事業費はおよそ3000億円規模を想定していることになり、残り半分は楽天やASTが負担します[^3]。楽天モバイルが累積赤字を抱える点は財務リスクとして報道でも指摘されており[^7]、ここをどう支えるかが実現可能性の鍵になります。私の見立てでは、フルスペックの自前網を1500億円で一気に完結させるのは数字の上で苦しく、現実には用途を絞った段階的な構築と、海外のロケットや技術との提携を前提にした設計にならざるを得ないと考えています。これは断定ではなく、現時点で見える材料から導いた見通しです。
楽天への期待と、これから問われること
最後に、私自身の率直な期待を書きます。楽天は、もともと日本の携帯市場に4番目のキャリアとして殴り込みをかけ、料金の常識を塗り替えてきた挑戦者です。基地局を独自の仮想化技術で安く構築するという、当初は無謀とも言われた賭けに踏み込んだ会社でもあります。その同じ会社が、今度は空に通信網を広げようとしている。海外の一社に依存しない通信を日本が持てるかどうかという、国の自律性に関わるテーマに、民間の挑戦者が正面から手を挙げている構図そのものに、私は期待を寄せています。
もちろん、期待と実現可能性は別の話です。先に見たとおり、衛星本体も打ち上げも当面は海外に頼らざるを得ず、1500億円という補助はStarlinkの規模からすれば一桁小さい。2029年3月末までに全国で直接通信を使えるようにするという要件[^3]を、計画変更を重ねながら本当に間に合わせられるのか[^5]、財務の体力が続くのかという問いも残ります。それでも、運用と管制を国内に置いて通信主権の核を確保するという設計は、いまの日本にとって理にかなった一歩だと思います。空の通信を誰が握るのかは、災害のときも、有事のときも、そして平時の経済のときも、私たちの暮らしに直結します。
衛星通信や宇宙、重要インフラは、輸出管理や取引審査といった経済安全保障の実務と地続きです。自社の製品や技術がこうした領域に関わる企業の方で、該非判定や取引先のスクリーニングをどう回すべきか迷っている場合は、個別相談 からご連絡ください。報道が動いてから慌てるより、論点を先に押さえておくほうが、結局は前に進みやすくなります。
参考
[^1]: 日本版スターリンクに楽天勢 自前衛星通信、総務省が1500億円補助 — 日本経済新聞 — 2026年6月
[^2]: 自律性確保に向けた低軌道衛星インフラ整備事業(J-LEO) — 総務省 — 2026年6月29日アクセス
[^3]: 「日本版スターリンク」J-LEO、公募締め切り 1500億円投じ災害時もつながる衛星網へ — 東京報道新聞 — 2026年
[^4]: 総務省が「低軌道衛星インフラ整備事業」に1500億円、LEOコンステ国産化へ — BUSINESS NETWORK — 2026年
[^5]: 採択迫る"日本版スターリンク"の最新状況、軍配は誰に? 楽天・AST陣営は計画を大幅変更 — ITmedia NEWS — 2026年6月9日
[^6]: 楽天、海外勢に依存しない「衛星通信網」構築へ…スターリンクに対抗 — 読売新聞(Yahoo!ニュース転載)— 2026年6月24日
[^7]: 楽天、独自衛星通信へ参入 ASTと合弁でスターリンク依存脱却、最大1500億円の政府支援視野 — BigGoファイナンス — 2026年
[^8]: 楽天モバイルが出資する衛星通信「AST SpaceMobile」にAT&Tやグーグルも出資 — ケータイWatch(インプレス)
[^9]: AST SpaceMobileとの衛星と携帯の直接通信による国内サービスを2026年内に提供を目指す計画を発表 — 楽天モバイル — 2024年2月16日
[^10]: 日本国内で初めて低軌道衛星と市販スマートフォンの直接通信試験によるビデオ通話に成功 — 楽天モバイル — 2025年4月23日
[^12]: H3ロケット、打ち上げ回数増へ「大胆に変える」三菱重工の射場長 — 日本経済新聞 — 2025年
[^13]: ロケットZERO 開発・打ち上げ状況 — インターステラテクノロジズ — 2026年
[^14]: Starlink(衛星数・4万2000機目標・2018年約100億ドルの構築見積り)— Wikipedia — 2026年6月アクセス
[^16]: Falcon 9 Specs & Launch Stats(再使用・打ち上げ回数)— Orbital Radar — 2026年
