こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。2026年に入ってから、半導体を巡る国際情勢の動きが明らかに加速しました。4月3日には米下院で同盟国にも輸出規制の拡大を求める超党派法案(通称MATCH法)が提出され、同じ月に中国商務省は日本の40企業を輸出管理リストと懸念リストに掲載する措置に踏み込んでいます。2月の報道では、TSMC熊本第2工場の生産ノードが当初の6/7nmから3nmに引き上げられる方向で固まったと伝えられました。
この数ヶ月の出来事を並べると、半導体がもはや純粋な商品ではなく、国家の安全保障を左右する戦略物資として扱われていることがよく分かります。私たちTIMEWELLは輸出管理の現場支援をしているので、製造装置メーカーや素材メーカーから「自社の取引先がどのリストに載っているか分からない」という相談を日々受けます。2022年10月の米BIS規制から2026年4月のMATCH法までを通しで整理し、日本企業が押さえておくべき論点を掘り下げていきます。
米国の対中半導体規制、この三年半で何が積み上がったのか
米国の対中半導体規制を理解するうえで、起点となるのが2022年10月7日に米商務省産業安全保障局(BIS)が発表した包括的な輸出管理措置です。ここで初めて、ロジック16/14nm以下、DRAM 18nm以下、NAND 128層以上という具体的な技術境界線が引かれ、この水準を超える先端半導体と関連する製造装置が中国向けに原則禁輸となりました。同時に外国直接製品ルール(FDPR)の対中適用も発動され、日本や韓国を経由した米国技術由来の製品にも網がかかる仕組みが整えられています。
2023年10月には第二弾として、AIチップ輸出の抜け穴対策が講じられました。当時NVIDIAは米国規制を避けるためにスペックをわずかに落としたH800やA800を中国向けに出荷していましたが、BISは処理性能を総合的に測るTPP(Total Processing Performance)という新指標を導入し、これらの派生品も一括で規制対象に取り込みました。2024年12月には第三弾が公表され、エンティティリストへの140社追加、HBM(高帯域メモリ)への規制拡大、先端ノード集積回路の製造装置に関する直接製品規制の強化といった大きな改定が加わっています。
トランプ政権に替わった2025年5月、バイデン政権下で準備されていたAI Diffusion Ruleは正式に廃止されました。ただし規制自体が緩んだわけではなく、個別ライセンス制に切り替わっただけで、運用はむしろ不透明になっています。2026年2月にNVIDIA H200の限定的な対中輸出(5,000〜10,000モジュール、チップ換算で40,000〜80,000個)が許可されたニュースは、例外的な許可が交渉材料として使われている現状を示しています。そして2026年4月には、半導体製造装置の規制を旧世代にも広げ、同盟国にも連携を求める「ハードウエア技術規制の多国間調整法」、いわゆるMATCH法が米下院に提出されました。法案の行方次第では、規制の射程が一段と広がる可能性があります。
日本の23品目規制、その設計と射程
日本が独自の半導体製造装置規制を発動したのは2023年のことです。経産省は3月31日に23品目の追加方針を公表し、5月23日に貨物等省令の改正を公布、7月23日に施行しました。対象となったのは、洗浄、成膜、熱処理、露光、エッチング、検査という半導体製造の六つの主要工程で使用される先端装置で、ロジック14nm以下を製造できる性能水準を持つものが一括で輸出管理の網にかかります。
この規制が日本の半導体装置産業に与えた影響は小さくありません。2022年の日本からの半導体製造装置輸出額のうち、中国向けは約8,200億円でシェア31%を占める最大市場でした。東京エレクトロン、SCREENホールディングス、ニコン、アドバンテスト、ディスコなど約10社が主要な影響を受ける企業として名前が挙がっています。規制発動後、これらのメーカーの中国向け売上は大きく減少し、代わりに米国、台湾、韓国、欧州といった友好国向けの受注で補う動きが広がりました。
注意すべきなのは、この規制が直接装置を輸出するメーカーだけの話では終わらないという点です。23品目のなかには多数の構成部品、素材、制御ソフトウェアが含まれており、それらを供給する二次、三次サプライヤーにも該当性の判定が必要になります。外為法の枠組みでは、該非判定を誤って輸出した場合、3年以下の懲役や重加算的な行政制裁が科される可能性があり、コンプライアンス体制の整備は装置メーカーの一次サプライヤーにとって避けて通れない論点です。TIMEWELLにも「自社の部品が23品目の省令別表のどこに該当するのか、社内で判断に迷う」という相談が装置メーカー経由で入ってきます。こうした該非判定とエンドユーザースクリーニングを自動化するために、私たちはAI輸出管理エージェントTRAFEEDを提供しており、23品目の省令文と取引情報を照合して判定を補助する使い方が定着しつつあります。
日米蘭、三者協調という見えにくい枠組み
米国の対中規制が実効性を持つためには、先端半導体製造装置を供給する日本とオランダの協力が不可欠でした。ロジック14nm以下の製造を支える先端露光装置は事実上オランダのASMLが独占し、エッチング、成膜、洗浄、検査の各工程も日本メーカーが世界シェアの大きな部分を握っているためです。この構造を踏まえて、2023年1月に日米蘭の間で事実上の合意が成立し、それぞれが独自の法体系で並行して規制を導入する三者協調の枠組みが動き始めました。
オランダ側の動きを見ると、2023年9月に政府が半導体製造装置の輸出管理を拡張し、2024年1月1日からEUVのNA 0.33機種とTWINSCAN NXT:2000i以上のDUV露光装置を規制対象に組み込みました。2024年4月には既に発行していた対中輸出許可の一部を取り消し、2026年に入ってからは既存装置の保守や部品供給まで規制を広げるかどうかが議論されています。オランダ経済相は国内産業への配慮と同盟国との協調のバランスに苦慮していると報じられており、ASMLの中国向け売上比率は2024年時点で49%から2026年には20%台まで落ち込んだと推計されています。
日本の経産省は友好国42ヵ国を包括許可の対象としているため、米国、韓国、台湾、欧州向けは実質的に影響を受けません。一方、2026年4月に米議会で提出されたMATCH法は、半導体装置の対中規制を旧世代にも拡大することを求めており、可決されれば日本独自の23品目規制だけでは収まらない領域に規制が及ぶ可能性があります。東京エレクトロンやASMLなど装置メーカーは、既に中国向け売上の目減りを前提とした中期計画にシフトしていますが、同盟国の法律が相互に影響し合う構造は、輸出管理の実務にとって継続的な負荷源となっています。
TSMC熊本とラピダス、規制の裏で進む国内産業の立ち上げ
輸出規制は中国側の先端製造能力を抑え込む措置ですが、裏を返せば同盟国側で製造拠点を育てる強い動機でもあります。この論理で日本国内に立ち上がったのがTSMC熊本(JASM)とラピダスです。どちらも政府の大型補助金に支えられており、JASMは第1・第2工場合計で1兆2,080億円、ラピダスは累計9,200億円を超える国費が投入されています。
JASMの第1工場は2024年2月に開所し、28/22nmから12/16nmまでのロジックを月産5万5,000枚の規模で生産しています。第2工場は2024年2月に建設を発表し、当初は6/7nmでの立ち上げを想定していましたが、2026年2月の報道では生産ノードが3nmに引き上げられる方向で決まったとされています。JASMの堀田祐一社長は2025年12月の記者会見で「第2工場の建設は継続的に進行している」と述べ、一部で報じられた「中断」の観測を否定しました。国内素材調達比率は2025年の46%から2026年には50%を超える見込みで、2030年には60%に到達する目標が掲げられています。
ラピダスは北海道千歳市に2nmのGAA(Gate-All-Around)トランジスタを使う量産工場を建設中で、2024年12月に製造装置の搬入が始まりました。2025年3月にプロセスの条件出しが行われ、同年6月にはGAA試作チップの動作を確認したと発表されています。量産開始は2027年を予定しており、先行して米Tenstorrentなど複数の顧客との設計委託契約が公表されました。輸出規制が中国の先端製造能力を抑えているあいだに、日本国内で先端ノードの生産基盤を完成させるという国家戦略的なタイムラインが動いており、2027年前後の数年間が勝負どころになるという見方が産業界では共有されています。
中国SMIC・Huaweiの反撃と、日本企業が2026年に注視すべき論点
規制を受ける中国側の動きも無視できません。SMICは2023年8月、HuaweiのMate 60 Proに7nmクラスのKirin 9000S(N+2プロセス)を搭載して世界を驚かせました。そこから三年足らずで、2026年初頭にはN+3と呼ばれる5nmクラスのプロセスを量産段階に引き上げ、Huaweiの新型旗艦機Kirin 9030を支えています。DUV露光装置でマルチパターニングを限界まで引き延ばした力技で、歩留まりはTSMCの80%超に対して30〜40%と推計されていますが、中国政府は国家安全保障の観点から非効率を補助金で吸収している構図です。HuaweiはSMICと組んで3nm GAAチップのテープアウトを2026年中に目指しており、独自のレーザー駆動プラズマ方式EUV開発も継続中とされています。
中国AIチップ市場では2026年1月時点で、かつて90%超のシェアを握っていたNVIDIAがおよそ50%まで後退し、残る半分をHuaweiの昇騰(Ascend)シリーズなど国産勢が押さえる構図に変わりました。2026年2月に限定解禁されたH200の対中輸出も、国産代替の進展を前提とした選別的な取引の色合いが強く、米中交渉の材料として使われている側面があります。日本の製造装置メーカーや素材メーカーにとっては、中国向けの需要が短期的に戻る気配は薄く、米国、台湾、欧州の新規建設案件に軸足を移す戦略転換が続きます。
では日本企業が2026年に何を注視すべきか。私たちが相談の現場で感じている論点は四つあります。第一に、米MATCH法の動向です。可決されれば日本独自の23品目規制を超えた範囲で装置・部品・素材の対中輸出が制限される可能性があります。第二に、中国の対日輸出管理リストに自社のサプライチェーンが巻き込まれていないかという逆方向のリスクです。2026年2月に日本の40企業・団体が追加されたことで、半導体関連の素材や中間財でも影響が出始めています。第三に、エンドユーザースクリーニングの精度向上です。中国国内で名前を変えた関連会社や第三国経由の迂回取引が増えており、取引先の実態を可視化する能力が経営課題になっています。第四に、TSMC熊本とラピダスを起点とした国内サプライチェーンへの参入機会です。補助金と需要の両方が同時に動く局面は過去になく、素材、装置、設計サービスのいずれの領域でも新しい商機が生まれています。
まとめ:半導体関連企業の輸出管理、新しい常識
半導体を巡る輸出管理は、2022年10月のBIS規制を起点にわずか三年半で規制構造が大きく変わりました。米国の第一弾から第三弾、日本の23品目、オランダのEUVとDUV規制、MATCH法、中国の対日輸出管理リストという複数のレイヤーが同時に動くようになり、単一の法律だけを見ていても全体像は掴めません。装置メーカー、素材メーカー、商社、電子部品メーカーのいずれに属していても、自社の取引が複数の規制レイヤーのどこに位置するのかを常時把握する体制が必要になっています。
TIMEWELLが提供しているAI輸出管理エージェントTRAFEEDは、米EAR、日本の外為法、EUのデュアルユース規則、中国の輸出管理法といった主要規制を横断して該非判定とエンドユーザースクリーニングを自動化するサービスです。半導体関連企業の利用が特に増えており、23品目の該非判定や、エンティティリスト・対日輸出管理リストのクロスチェックを数分単位で完了させられる点が評価されています。半導体の輸出管理は、過去の延長線で運用していると必ずどこかで取り残される領域です。2026年以降の動きに備えて、社内の判定ロジックとスクリーニング体制を今のうちに組み直しておくことを強くおすすめします。
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