こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
最近、これから創業する方や新規事業を立ち上げる方から、こんな相談をよく受けます。「AIで作ったこのアプリ、サービスとして売れますか」というものです。生成AIやAIコーディングが一気に身近になって、以前なら数ヶ月かかっていたようなアプリが、指示を出すだけで週末に組み上がる。手元に動くものがあると、当然「これで事業にできないか」と考えたくなります。とても健全な発想だと思います。
ただ、私が正直にお伝えすることが多いのは、「そのアプリ、お客様も自分で作れてしまいませんか」という問いです。作れること自体はすばらしい。けれど、作れることと、売れて長く残ることは別の話です。この記事では、なぜ「お客様が自分で作れるアプリ」はサービス化しても伸びにくいのか、そして逆に何なら守れるのかを、これから起業する方にもわかるようにかみ砕いて書いていきます。最初にお断りしておくと、「売れる・売れない」の判断は断定できる事実ではなく、あくまで筆者の見解です。一方で、この記事の後半で扱う「ネットワーク効果」という概念は経営学で確立したものなので、そこは事実として正確に説明します。
「このAIアプリ、売れますか」という相談が増えている
まず、なぜこの相談が増えているのかを整理します。背景には、大きく二つの変化があります。
ひとつは、作ること自体のハードルが劇的に下がったことです。AIに指示すれば、簡単なWebアプリや業務ツールが、専門知識の薄い人でも短時間で形になります。これは純粋に良いことで、アイデアを試すスピードが上がりました。
もうひとつは、だからこそ「同じものを他の人も簡単に作れる」時代になった、ということです。ここが見落とされがちです。あなたが週末に作れたということは、あなたのお客様候補も、そして競合になりうる誰かも、同じように週末に作れるかもしれない。作る難しさが、そのまま参入障壁になっていた時代は、静かに終わりつつあります。
ここで少し用語を整えておきます。よく使う「コモディティ化」という言葉は、かんたんに言えば「どこで買っても中身が同じ、横並びの状態」になることです。差別化がきかなくなり、最後は価格でしか競えなくなる。作り手にとっては、じわじわと利益の源泉を失っていく、こわい言葉です。そして生成AIの普及は、「指示すれば組み上がる程度の単純なアプリ」を、このコモディティ化の方向へ押しやりやすい、という見方があります。基盤となるモデルの上に薄くかぶせただけの機能は、同等物を誰でも短時間で再現しやすいからです1。
なぜ「お客様が自分で作れるアプリ」は売れにくいのか(筆者の見解)
ここからは筆者の見解として読んでください。私が「売れにくい」と考えるのは、次のような特徴を持つアプリです。
ひとつめは、AIに指示すれば組み上がる程度の単純なものです。機能がシンプルで、作る側の独自の工夫がほとんど乗っていない。こうしたものは、お客様が「これなら自分でAIに作らせればいい」と気づいた瞬間に、買う理由が消えます。
ふたつめは、入力に対して判定して結果を返すだけ、というタイプです。たとえば、何かを入力すると「はい・いいえ」や点数を返して終わり、というもの。一度使えば仕組みが読めてしまい、二度目からは似たものを自作されかねません。
みっつめは、更新性が低いものです。一度作ったら中身がほとんど変わらない。世の中や現場が動いても、アプリは同じ答えを返し続ける。こうしたものは、時間が経つほど価値が上がるどころか、むしろ古びていきます。
これらに共通するのは、「時間を味方につけられない」ことだと思います。今日の完成度が最大値で、明日以降は追いつかれるのを待つだけ。作った瞬間がピークのプロダクトは、コモディティ化の波にとても弱い。だから私は、こういうアプリ単体を事業の柱に据えることには慎重になります。
念のため補足すると、「AIで作ったアプリはすべて売れない」と言いたいわけではありません。単純に見えても、流通や信頼、タイミングで勝つケースはあります。あくまで、作る難しさだけを頼りにしたプロダクトは危うい、という話です。自分の、あるいは自社のAI活用がいまどのレベルにあるのか、まず現在地を知りたい方は、AIリテラシーの無料診断から始めてみるのもおすすめです。
では、何なら守れるのか。更新性とデータの堀
では逆に、何なら守れるのか。私が注目するのは、大きく分けて次の三つです。
ひとつめは、更新性が高いことです。世の中や現場の変化に合わせて、中身が絶えず更新され続けるサービスは、真似されても追いつかれにくい。なぜなら、競合が今のバージョンをコピーできたとしても、あなたはすでに次へ進んでいるからです。止まっている的は撃たれますが、動き続ける的は当てづらい。更新こそが防御になる、というイメージです。
ふたつめは、現場のデータが溜まって価値になることです。使えば使うほど、そのサービスにしかないデータが蓄積され、それが製品を賢く、便利にしていく。ここで「堀(moat)」という言葉が出てきます。お城の周りをぐるりと囲む、あの堀です。堀が深く広いほど敵は攻め込みにくい。ビジネスでは、競合が簡単に真似できない要素こそが堀にあたります。使うほど溜まる独自データは、その代表格です。
この、データが強みになる仕組みを「データの堀(data moat)」と呼びます。中身は好循環です。利用が増える、データが溜まる、製品が改善する、さらに利用が増える。この輪がぐるぐる回ることで、後発が追いつきにくい差が時間とともに積み上がっていきます。こうした車輪をフライホイールと呼ぶこともあります。
ただし、ここは誤解されやすいので丁寧に書きます。データの堀が成り立つには、二つの条件が要ります。ひとつは、データが増えるほど製品の価値が上がること。もうひとつは、利用そのものが新しいデータを生むことです2。この二つがそろって初めて、データは堀になります。
逆に言うと、「データをたくさん持っている」こと自体は、必ずしも強さではありません。標準的な分析でも、データの堀は過大評価されやすいと指摘されています。たとえば、データが製品価値の中心でない場合、新しい例外への対応が割に合わなくなっていく場合、そしてデータが自社ではなく顧客や公共のものである場合には、堀は弱まるとされます2。だから大事なのは「データを持っているか」ではなく、「利用が独自のデータを生み、それが製品の中核価値を継続的に高めるループになっているか」です。ここは、姉妹記事の独自データをAIに渡すと自社の「堀」が消えるでも、別の角度から掘り下げています。あわせて読むと、堀の輪郭がよりはっきりすると思います。
ネットワーク効果とは何か。身近な例でわかるように
守れる要素の三つめが、この記事のもうひとつの主役、「ネットワーク効果」です。ここは経営学で確立した概念なので、事実として正確に説明します。
ネットワーク効果とは、あるサービスから利用者が得られる価値が、その利用者数が増えるほど高まる現象のことです3。「需要側の規模の経済」とも呼ばれます。ふつうの規模の経済が「たくさん作るほど一個あたりのコストが下がる」という作り手側の話なのに対し、こちらは「使う人が増えるほど、一人ひとりにとっての価値が上がる」という使い手側の話です。利用者が増える、価値が上がる、さらに利用者が増える、という正の循環が働きます。
代表的な型を、身近な例で三つ紹介します。
まず直接ネットワーク効果です。同じ種類の利用者が増えるほど、一人ひとりの価値が直接高まるタイプです。いちばんわかりやすいのが電話やメッセージアプリでしょう。加入者が自分ひとりなら、その電話の価値はほぼゼロです。つながれる相手が増えるほど、価値が跳ね上がっていきます。SNSも同じで、友人が多く参加しているほど、使う理由が増えます。こうしたサービスは、一定の利用者数を超えて初めて役に立ちます。この分岐点を「クリティカルマス」と呼びます。
次に間接ネットワーク効果、別名「二面(two-sided)ネットワーク効果」です。供給側と需要側のように、種類の違う参加者グループが、互いを引き寄せることで価値が高まるタイプです。マーケットプレイスがわかりやすい例です。出品者が多いほど買い手にとって魅力が増し、買い手が多いほど出品者にとって魅力が増す。片側が増えるともう片側が集まり、双方が同時に育っていきます。OSとアプリの関係(対応アプリが多いほどOSが魅力的で、利用者が多いほど開発者が集まる)や、クレジットカード(加盟店と会員)も同じ構造です。後から参入する側は、両側を同時に集めなければならず、これがとても難しい。だから強い堀になります。
そしてデータネットワーク効果、先ほどの「データの堀」がまさにこれにあたります。利用が増えてデータが溜まるほど製品が賢くなり、それがさらに利用を呼ぶタイプです。リアルタイムの交通アプリがよい例で、走行データが渋滞予測を絶えず改善し続けるため、蓄積そのものが価値になります3。
ここで、よく引き合いに出される「メトカーフの法則」にも触れておきます。ネットワークの価値は、つながっている人数(Nとします)の二乗におおよそ比例する、という経験則です。参加者が2倍になると、つながり方の組み合わせがぐっと増えるため、価値は2倍どころではなく跳ね上がる、という直感を表しています。ただしこれはあくまで経験則で、厳密な定量法則ではない点は添えておきます。実際の価値がきれいにNの二乗になるわけではありません。
データ×ネットワーク効果が効くサービスは伸びやすい(分析)
ここからは分析・見解として読んでください。
デジタル領域では、ネットワーク効果は最も強力な参入障壁のひとつとされています。ベンチャー投資の分野で知られるNfXの分析によれば、1994年以降にテック企業が生み出した価値のおよそ7割が、ネットワーク効果を持つ企業に由来するとされています4。これはあくまで同社の見解ですが、それだけこの力が効いてきた、という一つの見立てとして参考になります。ネットワーク効果は「規模が大きいほど強くなり、勝者がさらに勝つ」傾向を生みます。
そして、ここに生成AIの時代ならではの含意が重なります。防御性は、AIという技術そのものよりも、その下にある「製品とデータ」に宿る、という整理があります1。AIで簡単に複製できる部分、つまり生成や変換、単純な判定のUIは、価値が薄くなりやすい。一方で、時間に耐える優位は、独自に蓄積される利用データとフィードバックループ、業務ワークフローへの深い組み込みと切り替えコスト、ブランドや信頼や流通、そしてネットワーク効果といった、従来型の堀に宿るとされます1。
裏を返せば、こういうことだと思います。AIを「便利な機能」として載せただけのアプリは、コモディティ化の波に飲まれやすい。けれど、AIを「利用が独自データと関係性を生み続ける仕組み」として設計できたプロダクトは、波の中でも守りやすい。データの堀とネットワーク効果がかみ合うと、使うほどデータが溜まって賢くなり、賢くなるから人が集まり、人が集まるからデータがさらに溜まる、という二重の輪が回り始めます。この二重の輪こそが、AI時代に伸びやすいサービスの形だと、私は考えています。
こうした「守れるプロダクト」への作り替えは、一人で悩むより、外の視点を入れたほうが早いことが多いです。TIMEWELLでは、AIコンサルティングサービスのWARPで、こうしたプロダクト戦略の壁打ちからご一緒しています。とくにこれから創業する方には、起業の伴走に特化したWARPアントレがあり、アイデア段階から堀の設計を一緒に考えられます。
これから作るなら、堀とループを設計に組み込む
最後に、これから作る方に向けて、実践的な視点を整理します。合言葉は「作れるか、ではなく、守れるか」です。
アイデアを思いついたら、まず「これは自分(やお客様)がAIで簡単に再現できてしまわないか」と、あえて意地悪に問うてみてください。もし簡単に再現できてしまうなら、その一点だけで勝負しないほうがいい。そこに、次のような堀を重ねていけないかを考えます。
- データの堀。使うほど、そのサービスにしかない独自データが溜まる設計になっているか。しかもそのデータが、製品の中核価値を継続的に高めるか。ここは「持っているか」ではなく「利用がデータを生み、それが効くループか」で判断する
- ネットワーク効果。利用者や参加者が増えるほど、一人ひとりの価値が上がる構造になっているか。直接型(使う人が増えるほど良い)でも、二面型(作り手と使い手が互いを呼ぶ)でも構わない
- 切り替えコストと組み込み。お客様の業務ワークフローの中に深く入り込み、乗り換えると痛い状態を作れているか
- 更新性。世の中や現場の変化に合わせて、中身を更新し続けられるか。止まらないこと自体が防御になる
これらは、あとから付け足すより、最初から設計に織り込むほうがずっと効きます。逆に、こうした堀を一つも持たない「作りやすいだけのアプリ」は、いくら今の完成度が高くても、時間の経過とともに追いつかれていく、というのが私の見立てです。
なお、これから起業する方向けの動き方や、開発者としてAI時代にどう立つかは、別の記事でも具体的に書いています。あわせて、AIを駆使する起業家の育て方やAI駆動開発者になるためのガイドものぞいてみてください。
まとめ
長くなったので、要点を整理します。
- 生成AIの普及で、指示すれば組み上がる程度の単純なアプリや、判定して返すだけで更新性の低いサービスは、コモディティ化しやすい。お客様自身が再現できるものは売れにくい(筆者の見解)
- 守れるのは、更新性が高いもの、現場のデータが溜まって価値になるもの(データの堀)、そして利用者が増えるほど価値が上がるもの(ネットワーク効果)
- ネットワーク効果は経営学で確立した概念で、直接・間接(二面)・データの三つが代表。メトカーフの法則(価値はほぼ人数の二乗に比例)は経験則であって厳密な法則ではない
- データの堀は「持っているか」ではなく「利用が独自データを生み、それが中核価値を継続的に高めるループか」で決まる。過大評価されやすい点にも注意(分析)
- 防御性はAI技術そのものより、その下の製品とデータに宿る。AIは「機能」ではなく「利用が独自データと関係性を生み続ける仕組み」として設計する(分析)
- これから作るなら「作れるか」ではなく「守れるか」。データの堀・ネットワーク効果・切り替えコスト・更新性を、最初から設計に組み込む
作れることは、もはや差別化になりにくい時代です。だからこそ、作った後に何が積み上がっていくのか、時間を味方につけられるのかを、設計の段階で問い直してみてください。プロダクトの堀の作り方や、AIを事業の武器にする道筋を具体的に相談したい方は、WARPの担当までご相談ください。アイデアの段階から、守れるプロダクトへ育てるところを、ご一緒します。
参考文献・一次情報
Footnotes
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Martin Casado, Matt Bornstein ほか「The New Business of AI (and How It's Different From Traditional Software)」a16z。防御性はAI技術そのものより、その下の製品とデータへパススルーするという整理、および基盤モデルの上に薄くかぶせた機能は再現されやすいという分析。将来予測・優劣評価は同社の見解(analysis)として扱う https://a16z.com/the-new-business-of-ai-and-how-its-different-from-traditional-software/ ↩ ↩2 ↩3
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同上(a16z)。データの堀の成立条件(データが増えるほど価値が上がる/利用がデータを生む)、およびデータの堀が過大評価されやすい三つの場合(データが製品価値の中心でない/エッジケース対応の限界効用が逓減する/データが自社でなく顧客・公共に帰属する)についての分析・見解 ↩ ↩2
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「Network effect(ネットワーク効果)」の定義および類型(直接・間接/二面・データ・技術性能・社会的)。概念は確立した経営学の知見として扱う。Wikipedia を入口とし、原典の整理は NfX「The Network Effects Manual」を参照 https://en.wikipedia.org/wiki/Network_effect / https://www.nfx.com/post/network-effects-manual ↩ ↩2
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NfX「The Network Effects Manual」。1994年以降にテック企業が生み出した価値の約7割がネットワーク効果を持つ企業に由来するという分析値は同社の見解(analysis)。数値は同社独自の推計として引用 https://www.nfx.com/post/network-effects-manual ↩
