こんにちは、TIMEWELLの濱本です。今日は、多くの設計者や技術者が「自分には関係ない」と思い込んでいる、でも放置すれば会社ごと吹き飛びかねない話をします。テーマは「輸出管理」と「該非判定」、そして設計図面に潜む軍事転用リスクです。
「うちの製品はただの民生品だから、軍事利用なんて夢物語だ」
もしそう思っているなら、この先を読み飛ばさないでください。その安心感こそが、ある日突然、あなたの会社を国際スキャンダルの渦中に突き落とす引き金になり得ます。
あなたが丹精込めて設計した精密部品。あの高性能な装置。それが遠い紛争地帯で大量破壊兵器の一部として使われている。そんなニュースが明日の朝刊に載る可能性は、ゼロではないのです。脅しではなく、日本企業が実際に巻き込まれてきた現実の話です。
該非判定で「図面」がすべてを決める理由
まず言葉の確認から。「該非判定」とは、輸出しようとしている製品や技術が、国際的な安全保障上の理由で輸出が規制されているリスト(リスト規制品)に該当するかどうかを、輸出者自身の責任で判定する手続きです。経済産業省が公開しているマトリクス表や項目別対比表と、自社製品のスペックを突き合わせて判断します。
ではなぜ、この判定で「設計図面」が決定的に重要なのか。
理由は単純で、規制に引っかかるかどうかは製品の「意図」や「用途」ではなく、スペック(性能値)だけで機械的に決まるからです。「民生品として作りました」という主張は、法的には何の免罪符にもなりません。そしてそのスペックが客観的に記録されている文書こそ、設計図面に他ならない。
ここが怖いところです。設計者が「良い製品を作ろう」と性能を追求した結果、知らないうちに規制値を超えてしまうケースが実際に起きています。
大川原化工機事件が突きつけた現実
日本の技術者なら知っておくべき事件があります。大川原化工機事件です。
横浜市の化学機械メーカー、大川原化工機が製造していた噴霧乾燥機(スプレードライヤ)は、食品や医薬品の粉末を作るための民生用機械でした。兵器として設計されたものでは断じてありません。ところが、捜査当局はこの機械が持つある性能に目をつけました。
「定置した状態で内部の殺菌ができる」
たったこれだけの機能が、生物兵器製造に転用可能だという疑いを招いたのです。2012年にオーストラリア・グループ(AG)で合意された規制では、噴霧乾燥機のうち特定の密閉構造や殺菌能力を持つものが規制対象とされていました。大川原化工機の製品がその要件を満たすかどうか。ここが争点になり、社長を含む関係者が逮捕・起訴されるという事態にまで発展しました。
結果的にこの事件は冤罪と認定され、2025年9月には経産省が省令を改正して規制文言を明確化する措置を取っています。しかし、事件が会社と従業員に与えたダメージは計り知れません。約1億8500万円の国家賠償が認められたものの、失われた時間と信用は戻ってこない。
この事件が教えてくれるのは、設計図面に書かれた「密閉度」「耐熱温度」「殺菌能力」といった、ごく普通の技術パラメータが、規制値をわずかでも超えた瞬間に、その製品が法的には「兵器に転用可能な規制品」として扱われるという冷徹な事実です。
図面で確認すべき技術パラメータと、その先にある懸念用途
では具体的に、設計図面のどんな数値が問題になるのか。以下の表を見てください。あなたの会社で扱っている製品が、一つでも含まれていないか確認してみてください。
| 技術パラメータ | 図面上の確認ポイント | 規制で問われる観点 |
|---|---|---|
| 位置決め精度 | 工作機械の軸精度(マイクロメートル単位) | ウラン濃縮用遠心分離機の部品加工に使える精度か |
| 密閉度・気密性 | シール構造、Oリング仕様、リーク率 | 生物・化学兵器の製造時に作業者への曝露を防げる構造か |
| 耐熱温度 | 使用材料の耐熱限界、設計上の最高使用温度 | 内部の滅菌・殺菌が可能な温度に達するか |
| 耐圧性能 | 容器・配管の設計圧力(メガパスカル) | 核関連施設や化学プラントで使用可能な耐圧か |
| 材質・素材 | 耐食性合金、炭素繊維、特殊セラミックの使用 | ミサイル構造材や核関連機器の素材として転用可能か |
| 流量・処理能力 | ポンプの吐出量、ろ過器の処理速度 | 大量破壊兵器の製造プロセスに必要な処理能力を満たすか |
余談ですが、私自身、初めてこの一覧を目にしたとき「こんな普通のスペックが?」と驚きました。工作機械の精度やポンプの流量なんて、設計者なら毎日のように扱う数字です。それが兵器製造と直結するという発想自体が、民生品の世界にいる技術者にはなかなか湧いてこない。だからこそ危険なのです。
実際に過去の違反事例を見ると、この「まさか」が現実になっていることがわかります。
| 製品 | 本来の民生用途 | 懸念された軍事用途 |
|---|---|---|
| 高精度な工作機械 | 自動車部品の切削加工 | ウラン濃縮用遠心分離機の製造 |
| シアン化ナトリウム | 金属めっき工程 | 化学兵器の原材料 |
| 高性能ろ過器 | 海水の淡水化 | 細菌兵器製造のための細菌抽出 |
| 炭素繊維 | 航空機の構造材料 | ミサイルの構造材料 |
| 赤外線カメラ | 設備の温度監視 | 軍事用の暗視・誘導装置 |
| 噴霧乾燥機 | 食品・医薬品の粉末製造 | 生物兵器用の粉末化処理 |
どれも、工場や研究所で日常的に使われている製品ばかりです。
違反が発覚したら何が起きるか
「知らなかった」は通用しません。外為法違反が発覚した場合に待っているのは、以下のような制裁です。
個人に対しては懲役最大10年、罰金最大3,000万円。法人に対しては罰金最大10億円。そして最も恐ろしいのが、経産省による輸出禁止措置です。全貨物・全地域への輸出が一定期間禁止される。海外取引が生命線の企業にとって、これは事実上の死刑宣告に等しい。
過去の事例では、赤外線カメラの無許可輸出で罰金100万円と3ヶ月の輸出禁止、磁気測定装置の規制違反では社長が懲役2年の実刑判決を受け、7ヶ月間の全貨物輸出禁止が科されています。パワーショベルの迂回輸出では社長に懲役1年6ヶ月、1年以上の全面輸出禁止。会社の規模に関係なく、容赦のない処分が下されます。
マトリクス表の読み方、正直に言って難しい
経産省は「貨物・技術のマトリクス表」というExcelファイルを公開しています。規制対象の品目とスペックが、輸出令別表第1の項番ごとにまとめられたもので、該非判定の基本ツールです。
使い方の流れはこうです。まず自社製品の名称や関連キーワードでExcelの検索機能を使って該当項目を探す。見つかったら、そこに記載されている機能や仕様と、自社製品のカタログや図面のスペックを照合する。合致すれば「該当」、合致しなければ「非該当」と判定する。
文字にすると簡単そうに見えますが、実際にやってみると地獄です。
まず、法令用語と一般的な製品名が一致しない。「GPS」は法令上「衛星航法システムからの電波を受信する装置」と書かれています。自社製品の通称で検索してもヒットしないケースが頻繁に起きる。経産省も「読み替えが必要な用語」の一覧を別途公開しているほどです。
次に、一つの製品が複数の項番で規制されている場合がある。工作機械は核兵器関連の2項と通常兵器関連の6項の両方で規制されており、それぞれ別のスペック基準で判定しなければなりません。片方だけ確認して安心していると、もう片方で引っかかる。
そして、部分品や附属品も独立して規制対象になり得る。本体が非該当でも、そこに使われている特殊なシール材やセンサーが該当品だった、というケースは珍しくありません。
正直なところ、専門知識なしにマトリクス表を正確に読み解くのは、私は無理だと思っています。
設計者が民生品を守るために意識すべきこと
ここまで読んで「怖い」と感じた方。その感覚は正しいです。怖がっているうちはまだ大丈夫で、怖くなくなったときが本当に危ない。
設計者として日常的に意識してほしいポイントを3つ挙げます。
第一に、スペックの「余裕」を安易に盛らないこと。設計者は性能マージンを確保したがるものですが、その余裕が規制値を超える方向に働く場合があります。耐熱温度を「念のため高めに設定しておこう」と思った瞬間、その製品は規制品になるかもしれない。設計段階から、輸出管理の規制パラメータを把握しておく必要があります。
第二に、自己判断で「非該当」と決めつけないこと。「たぶん大丈夫だろう」「去年もこれで通ったから」という判断が最も危険です。法令は毎年改正されます。2025年10月には工作機械や半導体など4.6兆円分の製品に新たな輸出規制が追加されました。半年前の知識はもう古い。
第三に、図面の記載内容を「規制の目」で見直す習慣をつけること。自分の図面を、もし輸出管理の審査官が見たらどう読むか。その視点で一度チェックしてみてください。意図しない解釈が生まれる余地がないか。スペックの数値が規制値のボーダーライン上にないか。この習慣があるだけで、リスクは大幅に下がります。
EX-Checkという選択肢
とはいえ、設計者が本業の傍らで輸出管理法令を完璧にフォローし続けるのは、現実的ではありません。法令は複雑で、改正頻度も高く、マトリクス表の読み解きには専門知識が要る。
私たち株式会社TIMEWELLが提供している「EX-Check」は、この問題に正面から取り組むために開発したAI輸出管理エージェントです。岡山大学と協力し、経産省や文科省のセミナーでも発表した実績があります。
EX-Checkの特徴は、経産省が公開しているマトリクス表との照合作業をAIで自動化している点です。法令特有の専門用語を一般的な表現に自動変換する「AI読み替え機能」を搭載しており、あの読みにくいマトリクス表との格闘から設計者を解放します。照合時間は従来比で90%削減。しかも、Claude、GPT、Geminiの3つのAIがクロスチェックを行うMulti-LLM Consensus方式を採用しているため、一つのAIの判断ミスに引きずられるリスクも低い。
懸念度はS(極めて高い)からC(低い)までの4段階でスコアリングされ、判定根拠も明示されます。最終判断はあくまで人間が行う設計思想なので、AIに丸投げする不安もありません。
2026年2月には項目別対比表への対応も予定しており、該非判定の実務をさらに広くカバーしていく計画です。
法令違反の恐怖に怯えながら設計を続けるのか、それとも専門家とAIの力を借りて、安心してものづくりに集中するのか。選択肢は明確だと、私は考えています。
EX-Checkの詳細は、サービスサイトからご確認ください。
参考文献
[1] 幻冬舎plus「なぜ"噴霧乾燥機"が輸出規制対象に? 生物兵器に転用できる特定の性能を追った」(https://www.gentosha.jp/article/28567/) [2] 大阪商工会議所「中小企業の製品や機密情報が軍事転用されるリスクについて」(https://www.osaka.cci.or.jp/outreach/diversion.html) [3] 安全保障貿易情報センター(CISTEC)「外為法違反事例」(https://www.cistec.or.jp/export/ihanjirei/index.html) [4] 経済産業省「該非判定/貨物・技術のマトリクス表について」(https://www.meti.go.jp/policy/anpo/matrix_intro.html) [5] 日経ビジネス「外為法の曖昧さが招いた 大川原化工機事件」(https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00179/041800208/) [6] 日本経済新聞「工作機械や半導体など4.6兆円分に輸出規制 軍事転用確認義務」(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA021PV0S5A001C2000000/)
