こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
2026年版の『ものづくり白書』が公表されました。毎年この時期に出る、経済産業省・厚生労働省・文部科学省がまとめる製造業の年次報告です。全273ページのうち、私が真っ先に開いたのは第1部第4章の第4節、「不確実性を増す対外環境への対応」でした。関税に輸出管理、そして部素材の供給制約。ここ数年、輸出管理の現場で仕事をしている身からすると、この節がどれだけ厚くなったかを見るだけで、日本の製造業が置かれた状況の変化が伝わってきます。
白書を読み込んでいて、ひとつ引っかかった数字があります。「経済安全保障に取り組む企業は増えている」と誰もが言うのに、リスク分析の観点として輸出管理や地政学を挙げる企業の割合は、前年より下がっているのです。矛盾に見えるこの数字を正しく読み解くと、いま製造業に起きている本当の変化が見えてきます。今回はその前編として、白書が示した「製造業の経済安全保障のいま」を、数字に忠実に整理します。もし自社の輸出管理体制がどの段階にあるのか気になる方は、先に輸出管理体制の簡易診断で立ち位置を確かめてから読み進めても構いません。
白書がはじめて前面に押し出した「対外環境」という主語
まず、白書全体のトーンから確認しておきたいのです。2026年版の白書は、製造業の業績を語る冒頭からすでに対外環境の話を持ち出しています。名目GDP成長率の説明のくだりで、「米国関税措置や諸外国による輸出管理規制等、輸出入を取り巻く環境が不透明感を増す状況下において」純輸出のポイントがマイナスに振れた、と書いている^1。景気の話をしているのに、その前提として輸出管理を挙げているわけです。
そのうえで第4章に「不確実性を増す対外環境への対応」という独立した節を立て、製造業の経済安全保障への取組状況を正面から扱っています。背景として白書が挙げるのは、米国の関税政策、諸外国による輸出管理規制、半導体をはじめとする部素材の供給制約、そしてサプライチェーンの寸断リスクです。これらが同時多発的に押し寄せている、という認識が全体を貫いています。
ここで押さえておきたいのは、経済安全保障がもはや「一部の大企業や防衛関連企業の話」ではなくなった、という点です。金属加工の機械をつくる会社も、電子部品を海外から調達する会社も、当たり前のように自社の問題として向き合わざるを得なくなった。白書がこの節を厚くしたこと自体が、その変化を物語っています。
該非判定の属人化を、AIで解消する。
経産省2024年度データによれば、外為法違反の52%は該非判定起因。TRAFEEDなら、判定時間を約7割削減し、判定根拠を構造化データで保存できます。
リスク分析の本丸はサプライチェーン、約7割で不動の首位
白書の中で私がいちばん時間をかけて読んだのが、「経済安全保障に関するリスク分析を実施する観点」を尋ねた調査結果です。三菱UFJリサーチ&コンサルティングが経済産業省の委託で実施した調査で、リスク分析を行っている製造事業者に、どういう観点から分析しているかを複数回答で聞いています[^2]。
結果を整理すると、こうなります。最も多いのが「自社の事業に関わるサプライチェーン」で、2024年度が72.6%、2025年度が67.7%。次いで「各国の輸出管理を含む規制や政府支援の政策動向」が58.2%から42.5%、「各国・地域の地政学環境」が48.8%から34.4%、「自社の保有する技術の特徴や優位性」が39.8%から32.6%と続きます。回答した企業は2024年度が201社、2025年度が334社でした。
ここで一瞬、手が止まる人が多いと思います。どの観点も、割合だけを見れば前年より下がっている。輸出管理に至っては15ポイント以上も落ちています。「注目が増している」という肌感覚と、真逆に見えるのです。
ところが白書の本文は、この表をこう解説しています。リスク分析を実施している事業者の約7割が「自社の事業に関わるサプライチェーン」の観点から分析しており、この傾向は前年度と同様であった、と[^2]。つまり白書は、サプライチェーンが不動の首位である事実だけを淡々と述べ、他の観点が「増えた」とも「減った」とも積極的には言っていません。
私はこの数字をこう読みます。割合が下がったのは関心が薄れたからではなく、分母が広がったからです。リスク分析の観点を答えた企業は201社から334社へ、1.6倍以上に増えました。回答企業が絞られていた頃は、輸出管理や地政学に強い意識を持つ先進的な企業の比率が高かった。そこに、まだ手探りの企業が大量に加わったことで、平均としての割合はならされた。実数で見れば、輸出管理を挙げる企業も地政学を挙げる企業も、むしろ増えている可能性が高いのです。割合の低下を「関心の後退」と読むのは、この調査に関しては誤読だと考えています。
変わらないのは、サプライチェーンが7割前後で他を大きく引き離し続けているという構図です。輸出管理も、地政学も、突き詰めれば「サプライチェーンのどこにリスクが潜んでいるか」を測るための視点にほかなりません。製造業のリスク分析の本丸は、やはり調達と供給の網の目にある。白書はそれを改めて裏づけました。
課題の重心は「自社の中」から「取引先の側」へ動いた
もうひとつ、割合の増減より雄弁だと感じたデータがあります。すでに経済安全保障に取り組んでいる企業に「今後この取組を強化する際の課題は何か」を聞いた結果です。
2024年度の調査では、「自社における事業リスクの把握とリスク管理手法の理解」が最も高い割合を占めていました。ところが2025年度は、「サプライチェーン上の取引企業の動向の把握」を挙げる企業が増え、これが最も高い割合に入れ替わっています。あわせて「納品先からの理解(価格転嫁やスペック変更の観点等)」を課題に挙げる企業も前年から増加しました。一方で、「社内での理解や協力」や「費用対効果を踏まえた予算の確保」といった社内向けの課題は、前年より減っています[^3]。
この入れ替わりは、示唆に富んでいます。かつて多くの企業にとって、経済安全保障の壁は「社内」にありました。何をすればいいのか分からない、経営層が本気にならない、予算がつかない。ところが2025年度になると、その壁は少しずつ低くなり、代わりに「取引先の動向をどう掴むか」「発注元とどう合意形成するか」という、自社の外側に横たわる課題が前面に出てきた。白書はこの変化を、「各国の産業政策の急速な変化等に伴うサプライチェーンの見直し等の必要性を感じている事業者が増加した」ことのあらわれだと解釈しています[^3]。
言い換えれば、経済安全保障の議論が「意識するかどうか」の段階を越えて、「サプライチェーンのどこまで管理できるか」という実務の段階に入ったということです。取り組んでいない企業のあいだでも、「社内でも話題に上がっていない」という回答は前年より目立って減りました[^4]。話題にすらならなかったテーマが、少なくとも会議の議題には上がるようになった。裾野が広がったというのは、こういう変化を指しています。
情報収集で止まる企業と、実装まで進んだアマダ
とはいえ、裾野が広がったことと、実際に手が動いていることは別物です。白書は取組のプロセスを6つの段階に分けて分析しています。①国際情勢に関する情報収集、②リスク分析、③戦略・方針の策定、④対応策の検討、⑤対応策の実施、⑥フィードバック、という流れです。
このうち、情報収集の段階は多くの企業が実施していると答えました。ところが、リスク分析より先のプロセスになると、実施している企業の割合はぐっと下がり、「必要性は感じているが、実施していない」という企業が各段階で相当数を占めます[^5]。情報は集めている。危機感もある。でも、集めた情報を分析して戦略に落とし込み、具体的な対応策を回すところまでは進めていない。多くの製造業がこの「情報収集止まり」の谷にはまっている、というのが私の受け止めです。
体制の面でも、そのことは裏づけられます。経済安全保障のために新たに専門部署を設置した企業は、どの年度でもごく少数にとどまりました。大企業でさえ専門部署を置いた割合は限られ、中小企業では「特に体制は設けず、必要に応じて対応」が最も多い回答でした[^6]。専任者を置く余裕がないまま、既存の担当者が本業の片手間で対応している。そんな実態が透けて見えます。
だからこそ、白書が紹介する好事例が光ります。金属加工機械のグローバルメーカーである株式会社アマダは、深刻な電子部品不足や地政学リスクへの対応として、調達部門そのものを組み替えました。日々の調達を担う「資材調達推進部」と、将来の調達戦略を設計する「調達戦略企画室」に分割し、即応性と戦略性を両立させたのです。さらにSalesforceのSRM(サプライヤー関係管理)システムを導入してサプライヤーポータルを構築し、これまで属人的だった調達情報を可視化・共有しました。その結果、欠品の削減だけでなく、納入遅延の予兆を早期に掴み、不確実な情勢に対して予防的に動けるようになった、と白書は伝えています[^7]。
アマダの事例が普通の会社と違うのは、「情報収集」で止まらず、体制を変え、仕組みに落とし込み、予兆管理という運用まで回している点です。情報を集めるだけの企業と、集めた情報が意思決定につながる企業。この差が、これから数年で効いてくると思います。
白書が製造業に突きつけた宿題
ここまでの白書のデータを、私なりに一枚にまとめるとこうなります。経済安全保障を意識する製造業の裾野は確実に広がった。リスク分析の本丸はサプライチェーンで、これは揺るがない。そして企業の悩みは「社内をどう動かすか」から「取引先や各国規制の動きをどう掴むか」へと、外側に移りつつある。けれども多くの企業は情報収集の段階で足踏みし、リスク分析から先の実装に進めていない。専門の体制を持てないまま、既存の担当者が奮闘している。
この構図が示す宿題は、はっきりしています。集めた情報を、実務の判断に変換する仕組みをどう持つか、です。取引先が突然エンティティリストに載る、調達している部素材が輸出管理の対象になる、そうしたニュースを眺めているだけでは自社は守れません。自社が扱う貨物や技術が規制に該当するのか、取引しようとしている相手に懸念はないのか。こうした該非判定や取引先スクリーニングといった具体的な判断に落とし込んで、はじめて経済安全保障は「取組」になります。
その判断を人手だけで回すのは、正直かなり厳しくなってきました。各国の規制は当日単位で変わり、参照すべきリストも膨れ上がっています。私たちが提供している輸出管理AIエージェント「TRAFEED」は、まさにこの「情報収集から判断への変換」を自動化するために生まれました。各国の法規制を反映し、貨物や取引先の懸念度を数秒で可視化して、担当者の判断を後押しする。最終的な該非判定はあくまで社内の輸出管理責任者が行うべきものですが、そこに至るまでの膨大な情報処理を肩代わりすることで、「情報収集止まり」の谷を越える手助けができると考えています。
白書が描いた対外環境の変化は、サプライチェーンの内側の話でとどまりません。その外側で、各国の輸出管理規制そのものが2025年に大きく動きました。中国のレアアース、米国の半導体、EUの重要原材料。製造業が「取引先の動向を掴めない」と悩む、その動向を作り出しているのが各国の規制です。後編では、白書が年表として整理したこの一年の規制の激変を、発信国の一次情報にあたりながら具体的に追いかけます。自社のサプライチェーンにどんな地雷が埋まっているのか、その全体像を掴むための地図として読んでいただければと思います。まずは自社の輸出管理体制の現在地を確かめたい方は、個別のご相談もお受けしています。
参考文献
[^2]: 同白書 第1部第4章第4節「不確実性を増す対外環境への対応」図「経済安全保障に関するリスク分析を実施する観点」。原典は三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)「令和7年度産業関係調査等事業(我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査)報告書」。複数回答のため合計は100%にならない。回答企業数は2024年度n=201、2025年度n=334。 [^3]: 同白書 図「経済安全保障の取組をこれから強化する際の課題」および本文の解説。 [^4]: 同白書 図「経済安全保障の取組を行っていない理由」および本文の解説。 [^5]: 同白書 図「製造事業者の経済安全保障の取組実施プロセスの状況」および本文の解説。 [^6]: 同白書 図「経済安全保障の取組体制」「経済安全保障の取組体制(企業規模別)」。 [^7]: 同白書 コラム「サプライヤーとの関係構築でサプライチェーンを強靱化(株式会社アマダ)」。
