こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。半導体製造装置の現場は、この二年で景色が変わりました。2023年に経産省が23品目を貨物等省令に追加してから、東京エレクトロンやSCREENホールディングス、ニコン、キヤノンといった主要プレーヤーは、技術開発と同じくらいの熱量で輸出管理業務に人を張るようになっています。TSMC熊本のJASMが2024年12月に量産を始め、ラピダスがASMLのNXE:3800Eを千歳に搬入した2024年12月以降、国内向け取引にも外為法のややこしさが持ち込まれました。
装置メーカーから寄せられる相談を聞いていると、悩みは三つに絞られます。自社製品が23品目のどこに当たるのか、中国向け取引の許可申請をどこまで厳しく運用すべきか、そして国内のJASMやラピダス案件で想定外の輸出管理リスクが出ていないか。このガイドでは、2026年4月時点の制度と実務を整理しつつ、私がTRAFEEDの開発を通じて現場で見てきた運用のコツを書き残しておきます。
23品目告示が変えたのは、装置メーカーの日常業務そのもの
2023年3月31日に経産省が示した貨物等省令改正案は、同年5月23日に公布、7月23日に施行されました^1。追加されたのは高性能な半導体製造装置23品目で、大枠を並べるとフォトマスク保護膜(ペリクル)製造装置、ペリクル、露光装置、コーター、成膜装置、エッチング装置、アニール装置、洗浄装置、フォトマスク検査装置の九つの領域にまたがります。技術仕様で線引きされており、露光装置なら波長193ナノメートル以上の光学式を含む先端機、エッチングや成膜であれば複数の技術条件を組み合わせて規制対象が決まる設計です^2。
この告示が厄介なのは、完成機だけを見ていれば済まないという点にあります。CISTECの意見書にも整理されているとおり、該非判定の対象範囲は自社製品に限らず、外部から購入した部品、付属品、分解して出荷するユニット、組込プログラムまで広がります^3。たとえば成膜装置のメーカーが、自社で設計した本体は該当なしと判断できても、組み込んだ高性能ポンプや専用ガス供給ユニットが別途規制対象に触れるケースがある。サプライヤーから「非該当証明」を取り寄せて束ねる作業が、以前の2〜3倍の粒度で必要になりました。
42カ国・地域が包括許可で運用できる一方、中国向けは個別許可になります。Bloombergは告示発表直後に東京エレクトロンの株価が下落したと報じましたが、市場の反応は規制そのものより、「中国ビジネスの手続きコストがどこまで積み上がるか」が不透明だったことに対する警戒だったと私は見ています^4。現場では、パブコメから施行までわずか四カ月で社内手順を書き換える必要に迫られ、輸出管理部門の人員を倍増させた装置メーカーもありました。
東京エレクトロン、SCREEN、キヤノン、ニコンが直面している現実
日本の装置メーカーにとって、中国市場の比重は無視できません。東京エレクトロンの2025年3月期は売上高2兆4,315億円、営業利益6,973億円、当期純利益5,441億円と過去最高を更新しました^5。同じ決算説明資料によれば、2025年3月期第4四半期の中国向け売上構成比は34.3%で、2026年3月期第2四半期には中国向け売上が2,121億円から2,541億円へ増えています。世界シェアは約15%で米国勢に次ぐ3位、半導体製造装置の海外売上のうち3分の1が中国向けというのが同社の構造です。
SCREENホールディングスは洗浄装置のトップメーカーで、23品目の洗浄装置項目に直撃する位置にいます。同社の売上比率も中国が大きく、個別許可の運用精度が直接業績に響く構造です。キヤノンは2023年10月にナノインプリント方式の「FPA-1200NZ2C」を発売し、ASMLのEUVとは別路線で微細化に挑んでいます^6。2014年に買収した米モレキュラーインプリントの技術をベースに、キオクシアや大日本印刷と協調してきた経緯もあり、露光装置としての規制該当性だけでなく、技術情報の提供面でみなし輸出のリスクにも目配りしなければいけません。
ニコンは2000年代までキヤノンとあわせて世界シェア8割を握っていた時代のある老舗で、現在はArF液浸等の中堅機の改良でポジションを維持しています。ASMLが事実上の一強となった露光装置市場では、ニコン機も23品目の波長条件に該当するモデルを持っているため、引き続き該非判定の現場で名前が上がる会社です。装置メーカー各社を取り巻く事業環境をまとめると、製品ラインごとに「中国顧客に出せる機種」「個別許可が前提の機種」「そもそも国外に出せない機種」の三層がはっきりしてきました。この三層を営業と輸出管理部門が同じ目線で共有できているかどうかが、2026年に勝ち筋を決めると私は考えています。
米国BISの対中規制は、日本装置メーカーを間接的に動かしている
米国商務省産業安全保障局(BIS)は、2024年12月2日に第三弾の対中規制を発表しました。特定の半導体製造装置を新たに規制対象とする暫定最終規則と、エンティティリスト(EL)への140社追加が柱です^7。このときBISは、日本を含む一部同盟国をSME(Semiconductor Manufacturing Equipment)規制の対象外として扱いました。直撃は回避されたものの、米下院には「多国間調整法(MATCH法)」が提出され、150日以内に米国並みの規制を実施しない同盟国に対しては、米国が懸念国向けに装置を販売することを全面的に禁じるというタフな内容が盛り込まれています。
ジェトロが2025年9月にまとめたトランプ政権の動きも見逃せません。EL掲載企業の50%以上の子会社や関連会社にもライセンス義務を広げる、いわゆるAffiliate Ruleの適用拡大が進み、装置メーカーは取引先の資本関係を遡って追う必要に迫られました^8。東京エレクトロンは中国工場に常駐エンジニアを派遣して保守やアップグレードを手掛けてきた歴史があり、東洋経済の報道によれば、BIS規制強化で「現場サポートの切り離し」を求められる場面が増えています^9。このあたりは、ソフトウェアアップデートの配信や遠隔保守の通信経路まで含めて見直さないと、書面上の許可だけでは安全を担保しきれません。
私の観察では、日本の装置メーカーがもっとも苦しんでいるのは、米国規制の「運用方針の揺らぎ」です。規制条文は半年から一年おきに積み上がる一方、BISの個別照会への回答や例外許可の出方は現場担当者の経験則に依存している部分が大きい。ここを埋めるには、自社で米国法務の有資格者を抱えるか、外部の専門家と月次レベルで情報交換するか、AIで一次情報をリアルタイム監視する仕組みを組むしかありません。日本企業に突き付けられている中国向け取引の厳格化については、中国輸出管理規制の日本企業への影響を解説した記事にも整理しているので、あわせて読んでもらえれば構造が立体的に見えてくるはずです。
TSMC熊本とラピダス案件で増える「国内取引に見える外為法論点」
TSMCグループが主導するJASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)は、2024年12月に量産を開始しました。ソニーセミコンダクタソリューションズ、デンソー、トヨタ自動車が出資に加わり、熊本県菊陽町で12インチウエハーを月産5万5,000枚、12/16nm FinFETや22/28nmプロセスを手がけています。JASMは資材の国内調達比率を2030年までに60%に引き上げる方針を掲げ、2025年時点で46%、2026年は50%超を見込むと公表しました^10。2024年2月には第2工場の建設が発表され、2027年稼働を目指して動いています。東京エレクトロンは熊本周辺に工場を構え、装置の供給と保守を担ってきました。
ラピダスは北海道千歳のIIM-1工場にASML製のNXE:3800E EUV露光装置を搬入し、2024年12月に設置作業を始めています[^11]。同機の価格は約500億円と報じられ、2nmプロセスの量産を2027年に目指すスケジュールです。ASMLは日本での人員を2026年末までに約600人規模へ増員する方針を示しており、マイクロン広島も2025年のEUV導入と2026年のDRAM量産を視野に入れています^12。この国内EUV拠点の集積は、一見すると日本企業にとって追い風です。ただし輸出管理の目線で見ると、論点は逆に増えます。
第一に、ASMLから輸入したEUV装置は外国籍の装置であり、再輸出や他拠点への転送、外国籍エンジニアへの技術情報提供がみなし輸出に触れる可能性があります。第二に、日系装置メーカーがJASMやラピダスに納入する機種も、そこから海外拠点へ移される可能性を見据えた契約設計が必要です。第三に、装置を構成する部品やサービスの三国間取引、たとえば台湾や韓国で加工された部品を日本経由で納入する構造は、原産地判定と該非判定が交錯します。国内取引として処理していた案件が、実は外為法の適用範囲に入っている、というケースは今後も増えるでしょう。みなし輸出のリスク整理はみなし輸出リスクの実務ガイドにも書いたので参考にしてください。
23品目の該非判定をどう社内に根付かせるか
該非判定は輸出管理の骨格です。装置メーカーの悩みは、23品目の技術仕様が細かすぎて現場の設計者が読み切れないことと、サプライヤーからの非該当証明が紙やExcelで届いてしまい、組織として保守しにくいことの二点に集約されます。CISTECが提供する判定支援サービスや早見ツールは有用ですが、全機種・全顧客を毎回外部照会するのは現実的ではありません^13。
現場で機能している運用は、だいたい次の流れです。開発段階で設計者がCISTECの貨物等省令対比表を見ながら該非の仮判定を付ける。輸出管理部門がレビューして判定書を作成、契約書に紐づけて保管する。サプライヤーに対しては、自社フォーマットの非該当証明依頼書を年次更新で回し、回答をデータベースに落とす。営業が案件を起こした段階で、顧客と仕向地を与信システムにかけ、キャッチオール該当の可能性を含めてスクリーニングをかける。この流れを属人的に回している会社ほど、人事異動や担当者の退職でノウハウが吹き飛んでしまいます。
私はTRAFEEDの開発者として、ここを仕組みにする価値が大きいと思っています。TRAFEEDは経産省基準に準拠したAIエージェントで、23品目告示を含む貨物等省令の最新条文を参照しながら該非判定の下書きを生成し、取引先スクリーニングを同じUIで動かせる設計にしています。エンティティリスト、財務省外国ユーザーリスト、OFACのSDNリスト、日本国内の経産省外国ユーザーリストを多言語で照合し、中国語や韓国語の表記揺れも拾います。装置メーカーの現場では、該非判定と取引先スクリーニングを別システムで運用している会社が多いのですが、これらを一つに束ねないと、判定は通ったのに取引先が懸念先だったという事故が起きやすい。TRAFEEDはそのつなぎ目を埋めるために作った道具です。該非判定そのものの型はECCN分類ガイドにもまとめているので、社内教育に使ってもらえると理解が早いはずです。
2026年、装置メーカーが次に打つべき三つの手
ここまでの論点を踏まえて、私の見立てを三つ書いておきます。第一に、中国向け売上の減速シナリオを経営計画に織り込むべきです。東京エレクトロンは2027年3月期に売上3兆円、営業利益率35%以上を目標に掲げていますが^5、MATCH法の行方次第では中国売上が二桁減速する可能性が残ります。チャイナ・プラス・ワンの供給網多角化だけでなく、装置の「長く使える設計」や「保守収益の国内シフト」も含めて、リスクを分散させる必要があります。
第二に、輸出管理の業務を「手続き部門」から「経営の相棒」に格上げしてほしいと思っています。装置の型番ごとに仕向地リストを持ち、国別に包括許可と個別許可の運用フローを明文化し、許可申請のリードタイムを営業計画に織り込む。これができている会社は、規制改定のニュースが出た瞬間に顧客へ状況を伝えられます。できていない会社は、経産省の告示が出てから走り出し、出荷停止のリスクに晒されます。牧野フライスの買収阻止事件のように、個別案件が国家安全保障審査で止まるケースも増えており、輸出管理は一人の課長ではなく経営会議の議題です。
第三に、サプライヤーと顧客の双方に、同じ言語で話せる書類とシステムを揃えてもらうのがよいと考えています。非該当証明の雛形、エンドユース証明の取り方、技術情報の取り扱い条項。この三点が揃っていれば、Applied MaterialsやLam Researchといった米国勢、ASMLやZEISSといった欧州勢と取引するときも話が早い。23品目告示は日本独自の制度ですが、運用する発想は国際標準で合わせておいたほうが、将来の規制改定に対する耐性が上がります。
装置メーカーの現場は、研究開発、製造、販売、保守と長いバリューチェーンを持っています。そのすべてに輸出管理の視点を通すのは骨が折れますが、ここをやり切った会社が、2030年代の米中・日中関係の再編局面で強い立ち位置を確保すると思います。TRAFEEDやZEROCKといった道具でお手伝いできる場面があれば、いつでも声をかけてください。
参考文献
[^11]: Daily Cargo「ラピダス EUV露光装置搬入・設置作業開始 蘭ASML製をNCAで輸送」https://www.daily-cargo.com/news/logistics/2024/12/166651/