こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
前回までの記事で、半導体業界の要所が、TSMC・ASML・メモリ3社という驚くほど少数のプレイヤーに集中していることを見てきました。今回は、その「集中」が国家のレベルでどう牙をむくのかを見ていきます。なぜ一企業の製造能力の話が「有事」という物騒な言葉と結びつくのか。なぜ半導体株は爆上げするのか。そして2026年に実際に起きた、台湾から日本を経由して中国へチップが流れたとされる事件は、何を意味するのか。
世界は台湾という一つの銀行に、全財産を預けている
まず、集中の度合いが異常だという話から。世界の最先端ロジック半導体、つまりAIやスマホの頭脳になる高性能チップの約92%が、台湾という一つの島で作られています。
これがどれくらい危ういか、お金で例えてみましょう。あなたの全財産が、たった一つの銀行に預けてあるとします。その銀行が便利なうちは何も問題ない。でも、もし火事や強盗に遭えば、資産は一瞬で消えます。世界経済はいま、半導体という全財産を、台湾という一つの銀行に預けている状態なのです。
しかもその銀行が、地政学的に最も緊張した場所にある。中国は台湾を自国の一部とみなし、武力統一の可能性を否定していません。もし台湾の半導体供給が止まれば、世界中でAIもスマホも自動車も兵器も作れなくなる。Bloomberg Economicsの試算では、台湾をめぐる全面的な衝突は世界経済に約10兆ドル、世界GDPの約1割の損失をもたらすとされます(2026年2月の精緻版では10.6兆ドル、世界GDPの9.6%)。これは戦争の直接被害ではなく、半導体が止まることによる経済麻痺だけの規模です。
だからこそ生まれたのが「シリコンシールド(シリコンの盾)」という考え方です。世界が台湾製チップに依存しているということは、台湾を攻撃すれば攻撃した側の経済まで道連れになるということ。井戸が一つしかない町で、その井戸を壊せば自分も渇く。この「壊したら自分も困る」相互依存こそが、台湾を守る盾になっている。台湾の半導体は、武器を持たない最強の防衛装備とも言えるのです。
該非判定の属人化を、AIで解消する。
経産省2024年度データによれば、外為法違反の52%は該非判定起因。TRAFEEDなら、判定時間を約7割削減し、判定根拠を構造化データで保存できます。
盾に入った亀裂――日本を経由したチップ流出事件
ところが、この盾は万能ではありません。2026年、その綻びを象徴する事件が起きました。
2026年5月、台湾の海岸巡防署が台北・新北・桃園・台中の12か所を一斉に捜索し、基隆地検が3人を拘束しました。容疑は、NVIDIAのチップを積んだSupermicro製のAIサーバー約50台、総額1,500万ドル超を、書類を偽造して中国へ流そうとしたこと。手口はこうです。輸出書類の仕向け地を「北東アジアのある国」と偽って台湾から出し、その国を経由して香港へ、最終的に中国本土へ送ろうとした。報道によれば、その「ある国」が日本で、少なくとも1便はすでに日本を通過し香港まで届いていたとされます。
ここで絶対に誤解してほしくないのは、日本が密輸の主体だったわけではない、という点です。日本はあくまで申告上の経由地として悪用された立場で、台湾当局がいまも通関記録を精査している段階です。なぜ日本が選ばれたのか。専門家の見立ては鋭くて、「日本は米国の緊密な同盟国で信頼が高く、輸送経路として疑われにくいから」だというのです。つまり、日本の「信頼」そのものが、抜け道の隠れ蓑として逆手に取られた。信頼される者ほど、その信頼を悪用されやすいという皮肉です。これはあくまで捜査中の容疑であり、押収品の具体的なチップ型番なども確定していません。それでも、世界が必死に囲い込もうとしている最先端チップが、規制の網をすり抜けて流れていく現実を突きつけました。
なお、よく混同されますが、米国でサーバー大手スーパーマイクロの共同創業者らが約25億ドル規模の迂回輸出で起訴された「オペレーション・ゲートキーパー」とこの台湾の事件は、別物です。規制が厳しくなるほど抜け道も巧妙になる、いたちごっこが世界規模で進んでいます。
「リハーサル」は2022年に始まっていた
台湾有事は突然の話ではありません。すでに「予行演習」が行われています。
2022年8月、米下院議長ペロシ氏が台湾を訪問すると、中国は台湾を取り囲む6つの海空域で大規模な軍事演習を実施しました。台湾を完全に包囲する区域を設定したのは史上初で、事実上の「封鎖のリハーサル」と受け止められました。このとき中国が発射した弾道ミサイルのうち5発が日本のEEZ(排他的経済水域)内に落下しています。さらに象徴的なのが、台湾海峡の「中間線」を越える中国機の数。ペロシ訪台前は年間でわずか23回だったのが、2022年通年では564機へと約24倍に激増しました。中間線という暗黙のルールが、この年に事実上消えたのです。
技術面でも転機がありました。2023年8月、米商務長官が訪中している真っ最中に、Huaweiが新型スマホ「Mate 60 Pro」を予告なしに発売。中を開けると、中国のSMICがEUV装置なしで作った7nmチップが入っていた。「米国の制裁下でも国産の先端チップを実現できる」という政治的メッセージであり、ワシントンに衝撃を与えました。米中の半導体をめぐる攻防は、もう何年も前から静かに激化していたのです。
もし封鎖されたら――机上演習が描く悪夢
「有事」と言っても具体的にどうなるのか、ピンと来ないかもしれません。米国の研究機関CSISは、中国が台湾を海上封鎖するシナリオを何十回も机上演習(ウォーゲーム)しました。その結論は生々しい。台湾は天然ガスの備蓄が乏しく、厳格な封鎖なら多くのケースで10日ほどでガスが尽き、数週間で経済が崩壊しうる。武力侵攻だけでなく、港を囲むだけでも、世界の半導体工場が止まってしまうのです。
では、中国自身が国産化を進めればこのリスクは消えるのか。ここに数字のトリックがあります。「中国の半導体自給率」は測り方で大きく変わるのです。中国国内で作られるチップの割合は2021年で約16.7%ですが、そのうち約6割は外資系の工場が作ったもの。純粋に中国企業が作るチップは、わずか6.6%でした。中国政府は「2025年に70%」という目標を掲げていましたが大きく未達に終わり、いまは「2030年に80%」と目標を先送りしています。成熟した汎用チップでは存在感を増す一方、EUVや最先端ノード、HBMといった「のど元」は依然として握れていない。だからこそ中国は、規制をかいくぐってでも先端チップを手に入れようとする。冒頭の流出事件は、その必死さの表れでもあるのです。
なぜ半導体株はここまで上がるのか
地政学の緊張と、株式市場の熱狂。一見正反対のこの二つは、同じコインの裏表です。半導体が「奪い合う戦略物資」になったからこそ、それを握る企業に資金が殺到している。石油が戦略物資だった時代に石油メジャーが力を持ったのと、構造は同じです。
数字を見れば熱狂ぶりがわかります。NVIDIAの時価総額は2025年10月29日、世界で初めて5兆ドルを突破。日本でも、日経平均株価が2026年5月29日に終値66,329円と史上最高値をつけました。けん引役は半導体関連です。AIチップの検査装置で世界シェア7割を握るアドバンテストは、2025年9月に時価総額で東京エレクトロンを約20年ぶりに逆転。ARMを傘下に持つソフトバンクグループも急騰し、2026年6月には一時トヨタを抜いて日本最大の企業になりました。
ただ、ここで一言、立ち止まっておきたい。これだけの熱狂には当然、バブルを警戒する声もあります。イングランド銀行やIMFは「AIバブルが崩壊すれば急激な市場調整が起こりうる」と警告し、『ビッグ・ショート』で知られる投資家マイケル・バーリは、ハイパースケーラーがAI機材の減価償却を過少計上して利益を水増ししている可能性を指摘しました。半導体株の上昇は、半導体が戦略物資になったことの裏返しであると同時に、期待が先行しすぎているリスクも抱えている。私はどちらか一方だけを見て判断するのは危ういと考えています。
「台湾依存」を薄める総力戦と、手放したくない台湾
全財産を一つの銀行に預けるのが怖いなら、預け先を分散する。いま世界中で起きているのが、この「分散」の総力戦です。
主役はやはりTSMCで、米国アリゾナに総額1,650億ドルという史上最大級の投資で6つの工場群を建設中。日本の熊本にも工場を建て、ドイツにも展開する。各国も自前の製造能力を持とうと必死で、日本はRapidusに累計約2.9兆円もの政府支援を投じ、米国はかつての王者Intelに政府が出資しました。「重要なものは自国の近くで作れるように」というデリスキング(リスク低減)の流れです。
ただし、ここに綱引きがあります。台湾自身は、最先端の製造を手放したくない。それこそがシリコンシールドの正体だからです。台湾政府は当初、海外には台湾より1世代古い技術までしか出さない「N-1ルール」を取っていましたが、2025年末にはこれを2世代前までに厳格化する「N-2ルール」へと締め上げました。最先端の2nmは、当面、台湾の島の中だけで作る。米国が「最先端を米台で50対50で分け合おう」と持ちかけたときも、台湾はきっぱり拒否しています。世界は分散したい、台湾は中核を握っていたい。この駆け引きそのものが、半導体が単なる製品ではなく国家の戦略資産になったことを物語っています。
ここまで見てきた集中リスクや株高、流出事件を、最終的に動かしているのは何か。それは、各国が繰り出す「ルール」、つまり法律です。誰が何を作れて、誰に売っていいのか。そのルールが武器として使われ始めている。次は、米国・中国・日本・台湾がどんな規制を打ち出しているのかを、各国のハイテク規制で具体的に取り上げます。
参考:台湾の流出事件はBloomberg・Japan Times・Focus Taiwan・Asia Times(2026年5月)、ペロシ訪台と軍事演習はCSIS ChinaPower・防衛省、株価はCNBC・日本経済新聞・Bloomberg、被害試算はBloomberg Economics、国産化の動向は各社IR等(いずれも2022〜2026年)の報道に基づきます。流出事件は捜査中の容疑段階です。