こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
半導体の地政学の最後で、集中リスクや株高、流出事件を動かしているのは結局「法律」だ、という話をしました。今回はその法律そのものを見ていきます。米国、中国、日本、台湾が、半導体をめぐってどんなルールを繰り出し、何を守ろうとしているのか。
最初に全体の見取り図を一つ。経済安全保障のためにできることは、突き詰めると三つです。「敵に渡さない(輸出規制)」「自分で作れるようにする(産業政策)」「盗ませない(流出防止)」。米国と中国は主に「渡さない」の応酬、日本は「作れるように」、台湾は「盗ませない」に力点があります。この軸を頭に置くと、複雑なニュースもすっきり整理できます。なお「輸出管理」とは、国家版の手荷物検査のようなもの。「このモノは外に持ち出していいか」「この相手に渡していいか」を国がチェックし、危ないものは止める。問題は、そのチェックリストが各国の思惑で激しく書き換えられている点にあります。
アメリカ――規制を「蛇口」のように開け閉めする
世界の輸出規制をリードしてきたのがアメリカです。商務省の中にあるBIS(産業安全保障局)という役所が、輸出管理規則(EAR)に基づいて運用します。仕組みのキモは三つ。規制品に番号を振る「ECCN」、取引禁止先のブラックリスト「エンティティリスト」(載ると原則不許可)、そして「米国の技術・装置が少しでも使われていれば外国製品にも米国規制が及ぶ」という域外適用ルール「FDPR」です。最先端半導体は米国製のソフトや装置なしには作れないため、このFDPRが効きます。
2022年から2024年にかけて、アメリカは対中規制をどんどん厳しくしました。先端半導体、製造装置、そしてAI用メモリのHBMまで、次々と対中輸出を禁じていった。ところが2025年以降のトランプ政権で、様相が一変します。規制が、締めっぱなしの壁ではなく、開け閉めできる「蛇口」になったのです。
象徴的なのがNVIDIAの高性能チップをめぐる迷走です。時系列で追うと――2025年4月に対中輸出を事実上禁止、7月に方針転換で再開、8月には「中国売上の15%を米政府に納める」異例の取り決め、そして12月にはより高性能なH200を「売上の25%を輸出税として納める」条件で解禁。バイデン政権が作ったAIチップの世界配分ルール(AI拡散規則)に至っては、発効のわずか2日前に撤回されました。規制を緩めたり締めたりすること自体が、交渉の道具になっている。CHIPS法という半導体補助金も、トランプ政権下では政府がIntelに約89億ドルを出資して株式の約10%を握る形に組み替えられました。アメリカの規制は、いまや純粋な安全保障措置であると同時に、ディールの手段なのです。
該非判定の属人化を、AIで解消する。
経産省2024年度データによれば、外為法違反の52%は該非判定起因。TRAFEEDなら、判定時間を約7割削減し、判定根拠を構造化データで保存できます。
中国――レアアースという「兵糧攻め」
殴られっぱなしの中国も反撃します。最大の武器が、レアアースをはじめとする鉱物資源です。城を囲んで食料を断つ「兵糧攻め」を思い浮かべてください。米国がチップという「武器」を断つなら、中国は素材という「兵糧」を断つ。
中国はレアアースの精製で世界の大半を握り、これを段階的に武器化してきました。半導体材料のガリウムとゲルマニウム(2023年8月)、EV電池に使う黒鉛、そして軍需にも使うアンチモン(2024年、規制後の出荷は約97%減)。2025年には中重レアアース7元素を許可制にし、同年10月には世界を凍りつかせるルールを打ち出します。「中国産レアアースを価値の0.1%でも含む製品は、外国企業同士の取引であっても中国の許可が必要」という域外適用です。米国のFDPRの、中国版・しかも超低い閾値。自国の資源を、世界中の取引に影響を及ぼす「蛇口」として使い始めたわけです(この10月の措置は米中の一時休戦で1年間停止されましたが、4月の7元素規制は維持されています)。
そして日本にとって生々しいのが、2026年初頭の出来事です。高市首相の台湾をめぐる発言への報復として、中国はまず1月に日本の軍事関連向けのデュアルユース品(軍民両用の製品)の輸出を制限し、さらに2月24日には、三菱重工や川崎重工、JAXAなど約20の日本企業・機関を名指しで輸出管理リストに加え、SUBARUやTDKなど約20社を監視リストに載せました。経済安全保障の駆け引きが、遠い国の話ではなく日本企業を直接の標的にしうることを、これほど生々しく示した出来事はありません。
日本――「守り」と「育成」の両輪
では日本はどう動いているか。特徴は「守り(流出防止)」と「育成(国内生産)」を両輪で回している点にあります。法的な土台は、外為法と経済安全保障推進法の二つです。
守りの面では、2023年7月から、先端半導体の製造装置23品目の輸出が経済産業省の許可制になりました。露光・エッチング・成膜・洗浄・検査といった、最先端の製造に欠かせない装置群です。これは米国の対中規制と歩調を合わせたもので、日本・米国・オランダが事実上協調して中国の先端半導体製造を装置面から制約する狙いです。ただ日本らしいのは、特定の国を名指しせず「全世界が対象」という建付けにし、友好国42か国・地域には簡単な手続きで済むようにしている点。角を立てない設計です。
育成の面では、2022年成立の経済安全保障推進法によって、半導体が「特定重要物資」に指定されました。これは「国としてサプライチェーンを守るべき重要なモノ」というお墨付きで、国内生産への手厚い補助金につながっています。TSMCの熊本工場や、北海道のRapidus(累計約2.9兆円もの政府支援)は、この枠組みの上にあります。違反への罰則も決して軽くなく、大量破壊兵器に関わる重大な無許可輸出なら個人は最長10年の拘禁刑・3,000万円以下の罰金、法人は最大10億円の罰金が科されます。日本の立ち位置は難しい。米国に協調して対中規制に加わりつつ、その結果として中国から直接の報復を受ける。守りと育成を同時に進めながら、米中の板挟みでバランスを取るのが現実です。
台湾――人材とノウハウを守る「金庫番」の法律
最後は台湾です。台湾の関心は米中とは少し違い、最先端の製造技術と人材が中国に流出するのを防ぐこと、つまり「盗ませない」に最も力を入れています。家の金庫の番人を、ライバルに高給で引き抜かれては困る。だから法律で金庫番を守る、というイメージです。
象徴が、2022年に成立した国家安全法の改正です。「国家核心キー技術」と指定された技術の営業秘密を中国などのために侵害する行為が「経済スパイ罪」として重罪化され、懲役5年から12年、最大1億台湾ドルの罰金が科されることになりました。背景には、中国企業が高給で台湾のエンジニアを引き抜き、技術ごと持ち去る「タレント・ポーチング(人材引き抜き)」への危機感があります。どの技術が「核心」かをまとめたリストもあり、当初22項目だったものが32、42へと年々拡大。半導体では14nm未満の先端製造技術が含まれます。
この法律は飾りではありません。2026年4月には、TSMCの2nm技術を漏らしたとして元エンジニアに懲役10年の実刑判決が下りました。同法が適用された最初の実刑です。さらに台湾政府は、前回触れた「N-2ルール」で最先端ノードを島の中に死守している。技術と人材を法律で守り、最先端は国内に残す。台湾にとって半導体は、産業であると同時に、国を守る盾そのものなのです。
豆知識:規制には「リスト」と「キャッチオール」の2種類がある
ここで、輸出管理を理解するうえで一番役に立つ豆知識をひとつ。日本の規制は大きく「リスト規制」と「キャッチオール規制」の2種類に分かれています。これを知っていると、ニュースの見え方が一段クリアになります。
リスト規制は、あらかじめ作られた「危険物リスト」です。性能(スペック)でNGの品目を定め、その基準を超えたら相手国がどこであっても許可が必要。空港の手荷物検査で「刃渡り◯センチ以上は持ち込み禁止」と決まっているのと同じで、モノの仕様で機械的に線を引きます。一方のキャッチオール規制は、リストに載っていないモノでも「危ない使い方・危ない相手」なら止める、という補完のルールです。挙動不審な乗客を係員が呼び止めるイメージで、用途と相手(誰が何に使うか)に着目する。たとえ普通の汎用品でも、それが大量破壊兵器の開発に使われそうだとわかれば、許可が要るのです。
つまり「うちはハイテク企業じゃないから関係ない」は通用しません。リスト規制で『モノ』を見て、キャッチオール規制で『使い道と相手』を見る。この二段構えが、輸出管理の基本構造です。
こうして見ると、四つの国・地域が、それぞれ違う武器でルールの殴り合いをしているのがわかります。アメリカは蛇口、中国は兵糧攻め、日本は守りと育成、台湾は金庫番。そして、この「ルールを武器にする」流れは、ついに半導体そのものを越えて、AIモデルにまで及び始めました。チップを規制していた世界が、いよいよAIの中身を規制し始めたのです。その最前線を、AIモデルが輸出管理対象になる時代で取り上げます。
参考:各国の規制動向は、米BISの発表、White Houseのファクトシート、Hogan Lovells・Covington等の法律事務所のクライアントアラート、経済産業省、Japan Times、Focus Taiwan、Digitimesなど(2025〜2026年)の一次情報・報道に基づきます。