こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
私たちはいま、毎日のように何かしらの情報をAIに手渡しています。会議のメモを要約させる、設計資料を読み込ませて質問する、契約書の下書きをつくらせる。便利になった実感がある一方で、ふと立ち止まって考えることがあります。その情報は、いったいどこへ行ったのだろうか、と。
この問いは、思っている以上に重い意味を持ちます。もし同じ情報を海外の取引先に渡すなら、日本では法律に基づく確認が必要になる場面があります。ところがAIに入力する行為については、同じ厳しさで扱われているとは言い難いのが現状です。この記事では、その「ずれ」を出発点に、AI時代のデータ主権をどう守るべきかを、法律の一次情報にあたりながら考えていきます。事実の部分は根拠を脚注で示し、私自身の意見にあたる部分は「筆者の見解」とはっきり分けて書きます。
海外に技術を渡すとき、日本には厳格なルールがある
まず前提として、日本には「技術を海外に渡すこと」を管理する仕組みがあります。中心にあるのが外国為替及び外国貿易法、いわゆる外為法です1。
輸出というと、機械や部品といったモノを船で運ぶイメージがあるかもしれません。ですが外為法が管理しているのはモノだけではありません。技術そのものの提供も対象になります。これを役務取引と呼びます。特定の貨物の設計や製造、使用に関わる技術を、非居住者(かんたんに言えば海外に生活や活動の拠点を置く人や法人)に提供したり、特定の国において提供したりする取引は、経済産業大臣の許可が要る場合があるのです2。
さらに近年、みなし輸出という考え方の運用が明確化されました。2022年5月に施行された見直しです3。これは何かというと、相手が国内にいる居住者であっても、外国政府や外国の法人などの強い影響下にある一定の類型(特定類型)に当てはまる人へ技術を提供する場合は、非居住者への提供、つまり輸出とみなして管理する、というものです。雇用契約でその指揮下にある、外国政府等から多額の利益を得る取り決めがある、といったケースが念頭に置かれています。
具体的な場面に置き換えると、輪郭がはっきりします。海外拠点とのオンライン会議で技術資料を画面共有する。海外出張に技術情報の入ったノートPCを持ち出す。現地で図面や仕様を口頭で説明する。こうした行為は、状況次第で技術の提供にあたり、事前の該非判定(規制対象かどうかの判定)や許可の要否確認の対象になりえます。日本の企業や研究機関の現場では、こうした確認がすでに実務として根づきつつあります。
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では、AIに情報を入力する行為はどう扱われているのか
ここからが、私がこの記事でいちばん問いかけたい部分です。
海外の相手に技術資料を画面共有するだけで確認が要る一方で、その同じ技術資料をクラウドのAIモデルに入力する行為は、どう扱われているでしょうか。
冷静に考えると、後者でも情報は動いています。クラウド型のAIに入力したデータは、多くの場合、海外に本拠を置くベンダーのシステムや、海外のデータセンター(リージョン)を経由して処理されます。技術情報を含む入力が、実質的に国境を越えている可能性があるわけです。それにもかかわらず、AIへの入力は、外為法の事前申請や許可要否の枠組みのなかで明確に位置づけられているとは言い難いのが実情です。
これは筆者の問題提起です。片方では画面共有一つに神経を使い、もう片方では機微な情報を気軽にAIへ流し込んでいる。この非対称は、制度が技術の変化に追いついていない過渡期ゆえのものだと私は見ています。悪意があるわけではなく、単に運用が現実に追いついていない。だからこそ、ルールが明文化されるより先に、使う側が自衛的に整理しておく必要があると考えます。
なお、混同を避けるために補足すると、この輸出管理の論点と、個人情報保護の論点は別の枠組みです。個人情報については、個人情報保護委員会が令和5年6月2日に「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」を公表しています4。そこでは、入力した個人情報が生成AIの機械学習に利用されることがあり、他の情報と統計的に結びついた形で出力されるリスクがあると明記されています。事業者に対しては、生成AIを提供する事業者がその入力データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認するよう求めています。個人情報の分野では、こうして「入力データがどう扱われるか」を確認せよという指針が先行して示されているわけです。技術情報や営業秘密についても、同じ発想の確認が求められる時代になりつつあると私は考えています。
該非判定の属人化を、AIで解消する。
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「学習には使いません」という約束を、どこまで信じられるか
主要なAIベンダーの多くは、法人向けのサービスで「入力データを学習には使いません」と表明しています。これは大切な前提であり、実際に運用されているものと私も受け止めています。ここで特定の企業を名指しして疑うつもりはありませんし、そういう記事にするつもりもありません。
ただ、少し引いて構造を見ると、二つの限界に気づきます。
一つは、その約束の遵守が、ベンダーの姿勢や契約の運用に依存する面があることです。設定の初期値、契約プランの違い、規約の改定によって、扱いが変わりうる余地は残ります。
もう一つ、そしてより本質的なのが、ベンダーが所在する国の法域の影響を構造的に受けるという点です。ここは個社の善意ではどうにもならない部分で、法律の話として中立に押さえておく価値があります。
たとえば米国には、2018年に成立したCLOUD Act(Clarifying Lawful Overseas Use of Data Act)があります5。この法律は、米国の通信事業者やクラウド事業者に対し、その保有・管理するデータについて、保管場所が米国内か国外かを問わず保全・開示する義務を課しうる仕組みを設けました。新設された合衆国法典18編2713条に、そのことがはっきり書かれています。適正な法的手続きを前提とはしますが、データが日本国内のサーバーにあるかどうかは、この義務の有無を左右しないという設計です。
一方、中国には国家情報法があります。2017年に施行された法律で、その第7条は、いかなる組織および国民も、法律に従って国の情報活動を支持し、援助し、協力しなければならないと定めています6。加えて2021年9月に施行されたデータ安全法は、国家の安全や重要な公共の利益に関わるデータを重点的に管理する仕組みを設け、当局が国家の安全確保や犯罪捜査に必要な範囲でデータを取得しうる旨を規定しています7。
繰り返しますが、これはどの国が悪いという話ではありません。各国が自国の安全保障のために法域を整えているという、構造の説明です。重要なのは、私たちがどこかのベンダーにデータを預けるとき、そのベンダーが誠実かどうかとは別の次元で、そのベンダーが従う法域のルールが自社のデータに及びうる、という事実です。個社の信頼性の問題ではなく、法域という土台の問題なのだと私は理解しています。
民間の取引なら受容できても、国家機密では話が違う
ここまで読んで、「そこまで神経質になる必要があるのか」と感じた方もいるかもしれません。もっともな感覚だと思います。
だから線を引くことが大切だと私は考えます。日々の一般的な業務、たとえば社内資料の要約やメールの下書きといった用途では、上に述べたリスクは実務上受容できる範囲にあることが多いはずです。利便性が上回る場面は確かにあります。ここで過度に萎縮して、AI活用そのものを止めてしまうのは、それはそれで機会損失です。
問題は情報の性質です。国家の重要機密、安全保障に直結する技術、防衛や重要インフラに関わる情報。こうした情報になると、話がまったく変わります。ここでは、たとえ確率が低くても、外国の法域による開示要求や規制変更にさらされうるという構造そのものが、受け入れがたいリスクになります。一度国境を越えたデータは、こちらの管理から離れます。取り返しがつかない性質の情報では、確率の低さは慰めになりません。
つまり、AIに何を入力してよいかは、便利かどうかではなく、その情報がどれだけ守られるべきものかで決めるべきだ、というのが私の見方です。全部を国内に囲い込む必要はありません。ですが、守るべきものと、そうでないものを分ける設計は、これからのAI活用に欠かせない土台になります。デュアルユース(民生と軍事の両方に使える性質)の考え方に関心がある方は、デュアルユース品目とは何かを整理した記事もあわせてご覧ください。何が機微なのかを見分ける感覚が養われます。
世界は「開かれたAI」と「主権」を同時に語り始めている
こうした問題意識は、日本だけのものではありません。世界のAIをめぐる議論でも、主権という言葉が正面から語られるようになってきました。
象徴的な動きがあります。2026年7月24日、NVIDIAのCEOであるジェンセン・フアン氏が、オープンウェイトを支持する共同声明をX(旧Twitter)で共有しました8。オープンウェイトモデルとは、誰でもダウンロードして中身を検査し、改変して、自社のインフラ上で実行できるAIモデルのことです。声明は、こうした開かれたモデルこそが、特定のベンダーへのロックイン(囲い込み)を避け、組織が自社データの管理や展開先を自分で選べる状態、すなわち主権を支えると論じています。
この声明は、クローズドなモデルを否定するものではありません。むしろ、開かれたモデルと閉じたモデルの両方を含む、多元的なエコシステムを説いています。私もその姿勢に共感します。閉じたモデルには閉じたモデルの役割があり、開かれたモデルにしかできないこともある。大切なのは、どちらか一方に全てを委ねてしまわないことです。この声明の中身と日本企業への示唆については、オープンウェイトと米国のAIリーダーシップを扱った記事で詳しく掘り下げています。
各国政府の動きも、同じ方向を向いています。米国も中国も、AIモデルやデータの扱いをめぐって、自国の産業と安全保障の観点から規制や方針を整え始めています。モデルをどこから調達し、データをどこに置くか。それがもはや技術選定の話ではなく、事業の継続性や安全保障に関わる経営判断になりつつある、ということだと思います。
提言|日本企業は「AIへのデータ提供」を管理の対象として捉え直す
ここからは、はっきりと筆者の見解として書きます。
これからのトレンドは、「AIへのデータ提供」を、輸出管理や情報管理と地続きのものとして厳格に捉える方向に進むと私は考えています。海外への技術提供に確認が要るのと同じ発想で、機微な情報をAIに入力する行為にも、事前の判断と記録を求める運用が広がっていくはずです。制度が明文化されるのを待つのではなく、企業が先んじて自社ルールを整えるほうが、結果的に安全でしなやかだと思います。
そのうえで、日本の企業や機関に向けて、三つの方向を提案したいと思います。
第一に、オープンウェイトモデルや国産モデルを選択肢に加えることです。自社インフラで動かせるモデルを持っておけば、ベンダー1社の規約や、その国の法域の変化に、事業が丸ごと左右される事態を避けられます。
第二に、データとサーバーの国内配置です。守るべき情報については、それが物理的にどこに置かれ、どの国の法律の下にあるかを、自社で説明できる状態にしておく。これがデータ主権の実質だと考えます。
第三に、AIモデルを動かす実行環境そのものの国内化です。入力から処理、出力までを日本法の適用下で完結させられれば、外国の法域による開示要求という構造的リスクを、そもそも土俵に上げずに済みます。
もちろん、すべてを国内で閉じるのが常に正解というわけではありません。用途と情報の性質を見て、開かれたモデルと閉じたモデル、国内環境と海外サービスを組み合わせる。その設計こそが、これからの情報管理の腕の見せどころだと思います。
私たちがこの領域でサービスを提供しているのも、この課題に手応えを感じているからです。TRAFEEDは輸出管理の実務を支援するAIエージェントで、該非判定や取引先の確認といった、これまで人手と時間がかかっていた手続きを効率化します。まさに「何を海外に出してよいか」を見分ける仕事を助けるものです。そしてZEROCKは、国内のサーバーで動くエンタープライズ向けAIです。社内のナレッジを外に出さず、日本法の適用下で活用する設計になっています。今日お話しした「AIに渡す情報をどう守るか」という問いに、正面から向き合うために生まれたサービスだと考えています。
まとめ
長くなったので、要点を整理します。
- 海外への技術提供やみなし輸出は、外為法の下で該非判定や許可要否の確認対象になりうる。オンライン会議での資料共有、PCの海外持ち出しも状況次第で対象になる
- 一方で、クラウドAIへの情報入力は、データが実質的に海外へ流れうるにもかかわらず、輸出管理の事前手続きで明確に扱われているとは言い難い。ここに現状のギャップがある(筆者の問題提起)
- ベンダーの「学習に使わない」という表明は重要だが、その遵守は姿勢や契約に依存し、かつベンダー所在国の法域の影響を構造的に受ける。米国のCLOUD Act、中国の国家情報法・データ安全法はその一例
- 民間の一般業務ではリスクを受容できても、国家機密や安全保障に関わる情報では構造的リスクが大きい。何を入力してよいかは、便利さでなく情報の性質で決める
- 筆者の見解として、AIへのデータ提供を管理対象として捉え直し、オープンウェイトや国産モデルの活用、データ・サーバー・実行環境の国内化を進め、日本法の適用下で管理していくべき
制度が固まるのを待っていると、その間にも情報は動き続けます。まずは自社にとって何が守るべき情報なのかを棚卸しし、それをAIにどう扱わせるかの線引きから始めてみてください。輸出管理とAI活用の両面から自社の体制を見直したい方は、TRAFEEDの担当までご相談ください。制度の大きな流れを、目の前の実務に翻訳するところから、ご一緒します。
参考文献・一次情報
Footnotes
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外国為替及び外国貿易法(昭和24年法律第228号)e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/324AC0000000228 ↩
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経済産業省「安全保障貿易管理(技術の提供・役務取引)」 https://www.meti.go.jp/policy/anpo/ ↩
-
経済産業省「みなし輸出管理の明確化について」(令和4年5月1日施行) https://www.meti.go.jp/policy/anpo/law_document/tutatu/minashi.html ↩
-
個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」令和5年6月2日 https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/230602_AI_utilize_alert/ ↩
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CLOUD Act(Clarifying Lawful Overseas Use of Data Act, 2018)合衆国法典18編2713条 米国連邦議会 H.R.4943 https://www.congress.gov/bill/115th-congress/house-bill/4943 ↩
-
中華人民共和国国家情報法(2017年、6月28日施行)第7条 英訳(NPC Observer / China Law Translate) https://npcobserver.com/legislation/national-intelligence-law/ ↩
-
中華人民共和国データ安全法(2021年9月1日施行)英訳(DigiChina, Stanford University) https://digichina.stanford.edu/work/translation-data-security-law-of-the-peoples-republic-of-china/ ↩
-
共同声明「Open Weights and American AI Leadership」(2026年7月24日、NVIDIA CEO ジェンセン・フアン氏がX(旧Twitter)で公開・共有した署名連合による共同声明)。本記事は公開された声明本文の論旨に基づく。NVIDIA公式 https://nvidianews.nvidia.com/ ↩
