こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。「スマートシティって、結局何がスマートなんですか?」——SusHi Tech Tokyo 2026のスマートシティセッション冒頭、東京大学先端科学技術研究センターの吉村有司教授がモデレーターとしてこの根源的な問いを投げかけた瞬間、会場の空気がピリッと引き締まりました。私はその投げかけにすぐに背筋を正しました。この問いは、実はTIMEWELLの仕事とも地続きだからです。
このセッションには、ソウル特別市のデジタルシティ局長カン・ジョンハン氏、バルセロナ市議会の主任建築家マリア・バイガス氏、そして東京大学大学院フロンティア科学専攻の出口教授が登壇しました。3都市の担当者がそれぞれの都市実装を語る1時間半は、「スマートシティ」という言葉に対する解像度を一気に引き上げてくれるセッションでした[^1]。
イベント背景 — SusHi Techが『都市×スタートアップ』の交差点になった理由
SusHi Tech Tokyo 2026は、2026年4月27日〜29日に東京ビッグサイトで開かれているアジア最大級のグローバルイノベーションカンファレンスです。770社のスタートアップが集結するこのイベントには、今年からG-NETS(世界の都市リーダーのネットワーク)首長級会議が併催されています[^2][^3]。スタートアップの民間エコシステムと、都市行政の公共エコシステム——この2つが同じ会場で顔を合わせる場がSusHi Techなのです。
このセッションが象徴するのは、**「スマートシティはもはや技術ショーケースではなく、市民のウェルビーイング実装プラットフォームになっている」**という明確なシフトです。過去10年間、「スマートシティ」という言葉は、センサーとダッシュボードと5Gとブロックチェーンを組み合わせた技術博覧会的なプレゼンで語られることが多かったように感じます。それが今、明らかに変わりました。語られる主語が「技術」から「市民」へ移行しているのです。
なお、同じ会場で行われた小池知事と高市総理のスペシャルキーノートのレポートは、SusHi Tech Tokyo 2026 基調講演レポート|小池都知事×高市総理が語った『スタートアップ立国・日本』の本気度にまとめています。スタートアップ国家戦略と都市OS論は、密接に絡み合っています。
吉村教授の問題提起 — トップダウンかボトムアップか
吉村教授は冒頭、20世紀初頭のバルセロナでトラムが導入された映像を見せました。当時、交通ルールは未整備でしたが、市民は自組織化によって衝突なく交通の流れを作り出したといいます。これが「ボトムアップ型スマートシティ」の原風景です。一方でMITメディアラボの自動運転信号システムは「トップダウン型スマートシティ」の典型例として紹介されました。
「あなたが目指すスマートシティは、どちらですか?」——この問いが、このセッション全体の軸になりました。吉村教授は「両方必要」と答えを先取りせず、3都市の担当者にそれぞれの哲学を語らせる構成を取りました。この問いが優れていたのは、都市OSの設計思想が「技術選択の問題ではなく、市民観の問題です」と気づかせてくれたことです。
ソウル — 21万台のカメラと、高齢者への寄り添い
カン・ジョンハン局長が登壇すると、提示された数字がとにかく圧倒的でした。ソウル市内に設置された21万台のAIカメラが「AIセーフティセンター」に統合され、火災・転倒・犯罪を24時間リアルタイムで検知しています。検知すると即座に警察・消防に自動通報される仕組みになっています。
さらにソウル市は「デジタル性犯罪監視サービス」を運用しています。違法コンテンツをAIが24時間自動検出し、迅速な削除、カウンセリング、法律支援、心理ケアまで一気通貫で提供しています。この取り組みで2024年の国連公共サービス賞を受賞しました。ここで重要なのは、被害者の「救済プロセスの時短」が目的として据えられている点です。技術は手段であり、「泣き寝入りをさせない」という社会的ゴールが先にあるわけです。
私が特に感銘を受けたのは、「デジタルインクルーシブプラザ」の話でした。これは高齢者向けに、オンサイトでデジタルツールの使い方を教えるサービスです。「時間をかけてもいい。テクノロジーの進化に、誰も置き去りにしない」というスタンスが貫かれています。AIを21万台のカメラで運用する先進都市が、同時に「ゆっくりでいい」と言っています。この両立こそ、『人間中心AI都市』の本質なのだと感じました。
ソウルは韓国の首都であると同時に、韓国人口の約2割が集中する超巨大都市です。人口密度の高い都市ほど、スマートシティの実験場として機能しやすいという特性があります。ソウルは過去10年で「Smart Seoul」戦略を強化し続け、公共交通カード(T-money)、市民参加プラットフォーム(mVoting)、IoTセンサーネットワーク(S-DoT)など、段階的に「市民生活のデジタル基盤」を整備してきました。21万台のカメラの話だけが独り歩きしがちですが、その下には10年分の制度設計の厚みがあります。
バルセロナ — データは市民と対話するための道具
バルセロナのマリア・バイガス氏のプレゼンテーションは、都市計画のプロフェッショナリズムに満ちていました。バルセロナは住宅購入・賃借時に市民が直面する疑問に答える形で、データを整理したウェブサイトを開発しています。単なるオープンデータではありません。「市民の意思決定を支援する」ためにデータを構造化しているのです。
6年かけて開発したという「アーバンアトラス」も印象的でした。現行の建築規制と実際の建物の容積を比較し、「バルセロナにはあとどれだけ建物を積み増せるのか」という問いに数値で答えます。都市が拡張ではなく「集約化」で発展するとき、この分析は決定的に重要になります。
さらに83平方メートルの巨大な物理模型を作り、市民との対話ツールに使っているという話には唸らされました。デジタルツインの時代に、あえて物理模型です。これは**「データは説明のためではなく、対話のためにある」**という哲学の表現だと私は受け取りました。物理模型の前に立って議論することの、身体性のある納得感。リモートやダッシュボードだけでは生まれない、合意形成の質がそこには確かに存在します。
そして極めつけは「参加型予算プロセス」です。市民が直接提案し、投票で予算配分が決まります。年間400万ユーロ以上の都市メンテナンス投資を、データで最適化しながら、同時に市民の意思決定権も拡張しています。この両輪の回し方は、東京にとっても学ぶべきところが大きいと感じます。
バルセロナは1992年のオリンピックで都市再生を成し遂げた後、スマートシティ政策のパイオニアとして世界のモデル都市になってきました。しかし2018年、当時の市長アダ・コラウ氏は「Rebel Cities」というスローガンを掲げ、「テクノロジー企業が主導するスマートシティ」から「市民が主権を握るデジタル都市」へと舵を大きく切りました。アーバンアトラスも参加型予算も、この政策転換の延長線上にあります。バルセロナは、スマートシティの第1世代から第2世代への移行を最も早く体現した都市のひとつだと言えます。
東京 — Society 5.0とKK線プロジェクト
東京大学の出口教授が紹介したのが、KK線(東京高速道路)屋上歩行者空間化プロジェクトです。全長約2km、14ブロックにわたるこの構造物は1966年に竣工し、戦後東京の成長の象徴でした。それが2025年に自動車道としての役割を終え、2030年代〜2040年代にかけて屋上が歩行者空間に生まれ変わります。
このプロジェクトでLiDARによる歩行者流動の可視化・分析が行われているという説明は、私にとって非常に示唆的でした。インフラの再利用と、デジタル技術による設計検証が、一体のプロジェクトとして進行しているのです。これは単なるスマートシティではありません。都市の歴史的レイヤーの上に、新しい公共空間を"デジタルで設計する"という取り組みです。ニューヨークのハイライン、パリの緑化プロジェクトとも比較できる国際級の試みと言えます。
出口教授はSociety 5.0の概念にも触れました。メトロポリタンスケールの基地局データ、駅周辺の利用可能性分析、歩行者レベルのLiDAR——スケールごとに適切なデータを選ぶという視点は、パナソニック時代にデータ戦略をやっていた私にとって、いまでも最も難しい設計課題の一つです。解像度の粗いデータで大局を見るのか、解像度の細かいデータで個別最適を探るのか。この使い分けこそが、都市DXの肝になります。
筆者所感 — 「スマート」は技術の量ではなく、市民への寄り添いの深さ
このセッションで3都市の話を聞いた後、吉村教授が最後に投げかけた一言が刺さりました。
「従来の経済成長と環境負荷のトレードオフ(左下から右上へ)を、デジタルデータと人間行動の変化で解決できる時代に入りました。カーボンニュートラル時代の都市は、右上から左上(成長しながら負荷を減らす)へ向かう」
私はこれを、TIMEWELLが掲げる「挑戦の民主化」とも重ねて聞いていました。挑戦のインフラを作るとは、誰かが成功するためのレバーを一段上げることです。都市のインフラを作るとは、誰かの生活の質を一段上げることです。構造は同じなのです。
注目すべきは、ソウルもバルセロナも、「技術の量」を競っていないということです。ソウルが21万台のカメラを導入した背景には「犯罪被害者の心理ケアまで24時間提供する」という市民への寄り添いがあります。バルセロナが83平米の物理模型を作る背景には「市民との対話」があります。どちらも、技術起点ではなく、市民起点で設計されています。
翻って東京。KK線プロジェクトは素晴らしい取り組みです。しかし「市民がその設計プロセスに参加する機会」はまだ十分ではないようにも感じます。G-NETS首長級会議が始まった今、バルセロナの参加型予算プロセスから学ぶべきことは多いでしょう。東京のスマートシティの次のステージは、「誰が設計するのか」という主体の問い直しから始まると思っています。
「誰が設計するのか」という問いは、都市だけでなく、社会の受け皿そのものにも当てはまります。多様な背景を持つ住民をどう都市の意思決定に組み込むかという観点では、外国人共生社会政策の議論とも地続きです。また、独立した個人が都市のコミュニティを形作っていく時代の文脈は、Studio STELLAR と独立タレント時代にも通じる話だと感じています。
情報と議論の民主化 — スタートアップが担える領域
もう一つ、スタートアップエコシステムの観点から指摘しておきたい点があります。ソウルの21万台カメラも、バルセロナのアーバンアトラスも、そしてKK線のLiDAR分析も、すべて背後に無数のスタートアップ企業の技術が入っているのです。都市OSを一社が提供する時代は終わり、無数のスタートアップがモジュールとして貢献する時代が来ています。
これは日本のスタートアップにとってチャンスです。G-NETSで繋がる世界の都市が、次々とスタートアップ技術の「初期顧客」になる可能性があります。事実、SusHi Tech会場でも、スタートアップブースに首長や都市行政官が立ち寄る姿が頻繁に見られました。TIMEWELLでも、地方自治体や大企業と連携しながら「挑戦したい個人」の伴走を続けていますが、都市行政が直接スタートアップにアクセスできる導線は、まだまだ整備の余地があると感じています。
まとめ — 次世代スマートシティの3要件
このセッション全体を通じて、私が持ち帰った「次世代スマートシティの3要件」はこれです。第一に、市民の意思決定権を拡張するためのデータ設計(バルセロナ型)。第二に、取り残される市民ゼロのインクルーシブな技術展開(ソウル型)。第三に、都市の歴史的レイヤーを尊重した段階的デジタル化(東京KK線型)。
技術の量ではなく、寄り添いの深さ。スマートシティの競争は、次の段階に入りました。東京がG-NETSのハブとして、この「寄り添い型スマートシティ」の新しい標準を示せるかどうか。そこに、日本のスタートアップエコシステムの未来も、私たちTIMEWELLが担う「挑戦のインフラ」の次の形も、重なっていると感じています。
自社の経営戦略・新規事業への接続
こうした政策動向や都市実装の議論を、自社の経営戦略・新規事業・AI実装にどう組み込むかは、TIMEWELLのAIコンサルティング WARP でも個別の相談を承っています。スマートシティ/GovTechを切り口にしたBtoG事業開発、人間中心AIのプロダクト設計、地方自治体やG-NETS加盟都市との接点づくり——30分のオンライン相談から始められます。
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参考文献
[^1]: YouTube. "Smart Cities Evolving for Citizens: Creating the Future Together with Leading Cities." https://www.youtube.com/watch?v=kK-y7VX9tFc [^2]: SusHi Tech Tokyo 2026 公式サイト. https://sushitech-startup.metro.tokyo.lg.jp/ [^3]: 東京都. "G-NETS首長級会議について." https://www.metro.tokyo.lg.jp/
