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海保の無人艇「あるばとろす」はなぜ実現したか|調達記録から読む

公開2026-08-25濱本 隆太

ヤンマーが船の発着から沖合の航行までを国内で初めて自動化し、海上保安庁の無人艇で実証を始めました。この無人艇「あるばとろす」が何のための船で、どういう調達で生まれ、どんな技術に支えられているのかを、海上保安庁の公表資料から初心者向けに解きほぐします。

海保の無人艇「あるばとろす」はなぜ実現したか|調達記録から読む
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こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。

2026年8月24日の日本経済新聞に、こんな記事が載りました。「ヤンマー、海上保安庁に無人艇 発着から航行まで国内初の自動化」1。リード文はこうです。「ヤンマーホールディングス(HD)は船の発着から沖合での航行まで自動化する技術を国内で初めて開発し、海上保安庁の無人艇で実証を始めた。船舶事故のガス検知作業での利用を想定し、省力化や安全確保につなげる」。

短い記事ですが、私はここに引っかかりました。無人の船なら以前からあります。何をもって「国内初」なのか。そして「海上保安庁の無人艇」とは、いったいどの船のことなのか。

調べていくと、この話は海上保安庁が3年がかりで進めてきた1隻の小さな船に行き着きました。名前は「あるばとろす」。全長3.8メートル、総トン数0.3トンという、乗用車ほどの大きさの艇です。そして海上保安庁が公表している調達資料をたどると、契約の金額から入札に参加した会社の数まで、かなり細かいところまで追えました。この記事では、その船が何のためにあって、どういう調達で生まれ、どんな技術に支えられているのかを、順に見ていきます。船の話に詳しくない方でも読めるように書いたつもりです。

「発着から航行まで」の何が難しいのか

まず「国内初」の中身から整理します。

無人で走る船そのものは、決して新しいものではありません。ラジコンのように岸から遠隔操縦する艇は昔からありますし、決められた航路を自動でたどる調査船も実用化されています。今回あらためて「国内初」とされたのは、岸を離れるところから沖合を走り、また岸に戻るところまでを、ひと続きで自動化した点です。

これが難しい理由は、区間ごとに要求される精度がまるで違うからです。沖合の航行は、実はいちばん易しい部類に入ります。周囲に障害物が少なく、多少コースがずれても即座に事故にはなりません。ところが岸に着ける動作、つまり着桟は事情がまったく変わります。数十センチずれれば船体を岸壁にぶつけますし、風と潮流は刻々と変わります。車庫入れを、地面が絶えず動いている状態でやると想像していただくと近いかもしれません。

しかも船には自動車のようなブレーキがありません。止まるには推進力を逆向きにかけるしかなく、効き始めるまでに時間差が出ます。人の操船なら、その時間差を経験で読んで舵とスロットルを当てるところでしょう。同じことを機械にやらせるには、船の挙動を予測しながら制御する仕組みが要ります。

「発着から航行まで」という言い回しは地味ですが、いちばん難しい部分といちばん易しい部分を人の手を介さずにつないだ、という意味になります。途中で人が操船を代わるなら、無人化の価値は半分。現場に人を出さずに済ませたいのに、出航と着岸のために結局は人が張り付くことになるからです。

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「あるばとろす」は何のための船か

では、その技術を載せた海上保安庁の無人艇とは何なのか。海上保安庁が令和8年4月6日に公表した資料に、答えがあります2

危険物探知用無人艇「あるばとろす」。令和5年度から開発が進められてきた船で、諸元は全長3.8メートル、全幅1.9メートル、総トン数0.3トン、速力5ノット以上。船名の由来がなかなか粋で、機動防除隊の隊員章のモチーフに使われているアホウドリの英名「albatross」から取られています。

用途を知ると、この船の意味がはっきりします。海上で危険物や有害物質の流出事故が起きたとき、これまでは化学防護服と空気呼吸器を装備した海上保安官が現場に行き、ガス検知器を手にして有毒ガスの検知作業をしていました。転覆した船から可燃性ガスや有毒ガスが漏れている、その真横に人が行くわけです。何が漏れているか分からない段階で近づかなければ、何が漏れているか分からない。この順序が、この仕事のいちばん苦しいところだと思います。

無人艇は、この最初の一歩を人の代わりに引き受けます。ガス検知装置を積んだ小さな船を先に行かせ、何がどれくらい出ているかを遠隔で把握してから、人が動く。防護服を着るかどうか、近づいてよいかどうかを、データを見てから決められるようになります。

海上保安庁は令和8年度から、機動防除隊による検証を横浜海上防災基地の前面海域で進めています。検証項目は3つ挙げられています。陸上輸送から発航までの迅速性、危険物探知装置の精度、そして遠隔操縦システムの機能。2026年6月30日には、液化天然ガスや水素といった危険・有害物質の流出を想定した訓練にも実際に投入されたと報じられました3

ここで注目したいのが、検証項目の1つ目。「陸上輸送から発航までの迅速性」です。事故は起きた場所で待ってはくれませんから、艇をトラックで現場近くまで運び、そこから何分で海に出せるかが勝負になります。日経が報じた「発着の自動化」は、まさにこの項目に効いてくる技術。人が乗り込んで操船して出航させる手間が省けたぶん、現場到着が早まります。

調達記録に何が書いてあるか

さて、ここからが個人的にいちばん面白かった部分です。この無人艇がどういう契約で生まれたのかを、海上保安庁の公表資料から追えました。

まず令和5年度。「危険物探知用無人艇設計業務ほか2点製造」という案件が、令和5年8月31日に入札されています4。落札したのはヤンマーパワーテクノロジー株式会社。契約金額は1億1,000万円、予定価格は1億1,900万円、履行期限は令和6年3月22日でした。

この入札結果の資料には、参加した会社の名前が並ぶ欄があります。そこに書かれていたのは1社だけでした。ヤンマーパワーテクノロジーが第1回の入札で1億円(税抜)を提示し、そのまま落札しています。

次に令和7年度。「危険物探知用無人操船システムの開発及び製造」という案件で、契約締結日は令和7年6月25日5。相手方は同じくヤンマーパワーテクノロジー株式会社(大阪市北区茶屋町、法人番号7120001071567)。区分は政府調達、つまりWTOの政府調達協定の対象になる規模の一般競争入札です。予定価格2億600万円に対して契約金額は2億42万円、落札率は99.91%でした。

設計に1億1,000万円、開発と製造に2億42万円。合計しても3億円ほどです。巡視船1隻の建造費が100億円を超えることを思えば、国の装備品の調達としてはかなり小さな部類に入ります。

落札率99.91%という数字は、予定価格のほぼ天井で契約が成立したことを意味します。この手の数字を見ると身構える方もいるでしょう。ただ私は、ここを不透明さの証拠として読むべきではないと考えています。令和5年度の入札で参加が1社だったことが示すとおり、この分野にはそもそも競争相手がほとんどいないのです。舶用エンジンを自社で作り、船体を成形でき、さらに自動着桟の制御まで一貫して持っている国内企業は、数えるほどしかありません。仕様を満たせる会社が1社であれば、価格は予定価格の近くに張り付きます。競争が働かなかったのではなく、競争できる母集団が小さいということです。

余談ですが、同じ令和7年度の公表資料には、ヤンマーパワーテクノロジーが海上保安庁から560キロボルトアンペアのディーゼル発電装置や1,417キロワットのディーゼル機関を受注した記録も残っていました。もともと巡視船のエンジンを納めてきた会社なのです。突然どこかから現れた新規参入者ではなく、長く付き合いのある機関メーカーが無人化の担い手になった、という構図が見えてきます。

なお、令和7年度から調達案件の公告は調達ポータル(GEPS)へ移行しました。そのため個別の開札結果は海上保安庁のサイトでは見つけにくくなっていて、私も年度まとめの公表資料の22ページ目でようやく契約を見つけました。調達の透明性という観点では、追いかける側の手間が少し増えた印象です。

この船を動かしている技術

技術の話に移ります。専門用語はその都度かみ砕きます。

中核にあるのはRTK-GNSSという測位技術です。GNSSはGPSを含む衛星測位の総称で、カーナビでおなじみの仕組みだと思ってください。ただしカーナビの精度は数メートルほどで、これでは岸壁に船を着けられません。そこでRTK(リアルタイムキネマティック)という手法を重ねます。位置が正確に分かっている地上の基準局が、衛星電波のずれを常時計測して補正情報を流し、船側がそれを受け取って自分の位置を大幅に精密化する。ヤンマーは2019年のプレスリリースで、衛星からの位置情報に加えて自社開発の中継器からの補正情報を受信するRTK-GNSSを使っていると説明しています6

測位が正確になっただけでは着桟できません。どう寄せるかの経路が要ります。同じリリースにあるのが、指定した着桟位置に向けて目標位置と方位を組み合わせた着桟軌道を生成するという説明。単に目的地の座標へ向かうのではなく、「どの向きで到達するか」まで含めて経路を引くわけです。船を岸壁と平行に寄せなければ着けられないので、姿勢の制御が経路そのものに織り込まれています。

船体はヤンマー造船のFRP、ガラス繊維強化プラスチックの成形技術で作られています。小型で低コストに量産できる素材で、3.8メートルという艇の大きさとも整合する選択でしょう。制御ソフトについては、ミドルウエアを採用したプラットフォームを搭載しているとされます。ミドルウエアはセンサーやモーターといった部品と、制御プログラムの間を取り持つ共通の土台のことで、これがあると機器を入れ替えても上のソフトを作り直さずに済みます。ロボット開発で広く使われている考え方です。

この技術がどこから来たのかも押さえておきたいところです。2019年のロボティックボートは、SIP「次世代海洋資源調査技術」、通称「海のジパング計画」の一環で開発され、JAMSTEC(海洋研究開発機構)の海洋資源調査で洋上中継器として使われました。海底を調べる無人機と洋上をつなぐ中継役です。つまり海洋調査という民生の現場で7年かけて実地に鍛えられた技術が、海上保安庁の災害対応に移ってきたことになります。研究のための試作品がいきなり官需に採用されたわけではありません。

なお、着桟精度が何センチかとか、連続で何時間走れるかといった数値は、一次資料では確認できませんでした。ネット上にはいくつか数字が流通していますが、出典をたどれなかったものはここには書きません。

なぜ実現できたのか、そしてこの先どうなるか

改めて「なぜ実現できたのか」を、私なりに整理します。

理由は3つあると思っています。ひとつは、技術が民生で先に育っていたこと。自動着桟は本来、人手不足に悩む漁業やレジャーボート向けに開発された技術です。官需のために一から作ったのではなく、すでに動いていたものを転用できたから、設計1億1,000万円という規模で始められました。

ふたつめは、用途が明確だったこと。「危険物探知」という、人がやると危ない、しかも代替が効く作業に絞り込まれています。何にでも使える万能の無人艇を作ろうとすると仕様が膨らんで失敗しますが、防護服を着た保安官の最初の一歩を肩代わりする、という一点に用途を絞ったことで、3.8メートルの船で足りるという判断ができました。

みっつめは、国が買い手として先に立ったこと。市場がまだ存在しない段階では、民間企業は開発費を回収する見込みが立ちません。そこに海上保安庁が設計から発注し、2年後に開発と製造を発注した。企業から見れば、開発投資の出口が最初から確保されていたことになります。

そしてこの3つ目が、いま国の政策として制度化されつつあります。2026年7月21日に閣議決定された日本成長戦略では、17の戦略分野のひとつ「海洋」の筆頭に**海洋無人機(海洋ドローン)**が挙げられ、2040年度までの官民投資1.2兆円、経済波及効果9.4兆円という数字が置かれました7。目標は世界市場で3割のシェア獲得です。そして施策として「アンカーテナンシーを通じた市場形成・拡大に向けた取組を推進する制度の創設」が明記されています。アンカーテナンシーとは、政府が最初の大口顧客になって市場を立ち上げる考え方のことです。あるばとろすで実際に起きたことに、名前と制度がついた形だと私は見ています。成長戦略そのものの中身は17分野62技術を全部読んだ記事にまとめました。

もうひとつ、同じ成長戦略には見過ごせない一文があります。海洋無人機について「安全保障分野での無人アセットの重要性やデュアルユース技術としての重要性も増大している」と書かれているのです。デュアルユースとは、民生にも軍事にも使える技術のことを指します。

ここは部品を作っている企業にとって他人事ではありません。自動着桟の制御装置も、高精度の測位モジュールも、単体で見れば漁船やレジャーボートに載る民生品。それが無人機に組み込まれ、用途によっては輸出管理の対象に触れることがあります。自社の製品が完成品メーカー経由でどこへ流れるかまで見えていないと、気づかないうちに該非判定が必要な取引に入っていた、ということが起こりえます。自社の製品が輸出管理上どう扱われるかを一度確認しておきたい方は、3分でできる輸出管理チェックから始めるのが早いと思います。当社のTRAFEEDは経産省基準に沿った該非判定と取引先スクリーニングを支援していますが、最終的な該非判定は貴社の輸出管理責任者が行うものです。関連して、無人機と安全保障の関係は航空宇宙自衛隊への改編を扱った記事でも触れています。

まとめ

海上保安庁の無人艇「あるばとろす」について、分かったことを整理します。

  • 危険物探知用の無人艇。全長3.8メートル、総トン数0.3トン、速力5ノット以上。令和5年度から開発され、令和8年度から機動防除隊が横浜海上防災基地の前面海域で検証中
  • 船名は機動防除隊の隊員章のアホウドリ(albatross)に由来する
  • 従来は化学防護服を着た海上保安官がガス検知器を持って現場に臨場していた作業を代替する
  • 調達は2件。令和5年8月の設計業務が1億1,000万円、令和7年6月の開発及び製造が2億42万円。いずれもヤンマーパワーテクノロジーが受注し、令和5年度の入札参加は1社だった
  • 技術の中核はRTK-GNSSによる高精度測位と、目標位置と方位を組み合わせた着桟軌道の生成。2019年のロボティックボートとJAMSTECの海洋調査で鍛えられた系譜にある
  • 海洋無人機は日本成長戦略で62の重点技術のひとつに選ばれ、デュアルユース技術としての重要性が明記された

私がこの一件でいちばん学びになったのは、3億円という金額の小ささでした。国の無人化というと巨額の防衛予算を思い浮かべますが、実際に現場を変えたのは、民生で育った技術を、用途を絞って、乗用車サイズの船に載せたプロジェクトです。派手ではありません。ただ、防護服を着て有毒ガスの横に立っていた人が立たなくて済むようになるなら、それは十分に大きな成果だと思います。

自社の技術が官需や無人機のサプライチェーンに関わりそうで、輸出管理の整理から手をつけたいという方は、個別相談でお受けしています。


Footnotes

  1. 日本経済新聞「ヤンマー、海上保安庁に無人艇 発着から航行まで国内初の自動化」(2026年8月24日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF084VS0Y6A700C2000000/ ※本文は有料会員限定のため、本記事はリード文のみを参照しています

  2. 海上保安庁「危険物探知用無人艇の運用に向けた検証を開始~危険・有害物質検知作業をより安全に実施するために~」(令和8年4月6日)https://www.kaiho.mlit.go.jp/info/kouhou/post-1299.html

  3. 日テレNEWS NNN「液化天然ガスや水素など危険・有害な物質を遠隔から検知 小型の無人艇を訓練に投入」(2026年6月30日)

  4. 海上保安庁「入札結果(特庁1168)危険物探知用無人艇設計業務ほか2点製造」https://www.kaiho.mlit.go.jp/ope/nyusatsu/r5/20230831tokutyou1168kekka.pdf

  5. 海上保安庁「公共調達の適正化について(財計第2017号)に基づく競争入札に係る情報の公表(物品役務等)」令和7年度分・22ページ https://www.kaiho.mlit.go.jp/ope/nyusatsu/r8/ippankyousou202600409.pdf

  6. ヤンマーホールディングス「自動航行する『ロボティックボート』の基礎技術と『自動着桟システム』を開発」(2019年1月17日)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000025.000034384.html

  7. 内閣官房「戦略17分野における『主要な製品・技術等』に関する官民投資ロードマップ」および「日本成長戦略」(2026年7月21日)https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/pdf/jgs2026.pdf

本記事は一部にAIを用いて作成し、公開前に人間が一次情報の確認と編集を行っています。

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