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特許出願の非公開制度(保全指定)とは?25の特定技術分野と企業の実務対応

公開2026-07-19濱本 隆太

2024年5月に始まった特許出願の非公開制度(保全指定)を、経済安全保障推進法の条文に沿って実務目線で解説します。二段階審査の流れ、対象となる25の特定技術分野と付加要件、保全指定で生じる6つの制約、第一国出願義務、罰則と損失補償、企業がとるべき適正管理措置までを網羅し、輸出管理との重なりも整理します。

特許出願の非公開制度(保全指定)とは?25の特定技術分野と企業の実務対応
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こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。

特許という制度は、発明の中身を世の中に公開する代わりに、一定期間の独占権をもらう取引です。技術を隠したい人にとっては、実はかなり厳しい仕組みだといえます。ところが技術の中には、公開したとたんに他国の軍や情報機関の手に渡り、安全保障上のリスクになるものがあります。核兵器の設計、極超音速のエンジン、無人機の自律制御。こうした発明まで従来どおり出願から1年6か月で自動公開してよいのか。この長年の宿題に答える形で、日本でも2024年5月1日、特許出願の非公開制度(保全指定)が動き出しました。

正直なところ、この制度は「自分には関係ない」と感じている企業がまだ多いと思います。実際、後述するとおり保全指定の実例はまだゼロです。それでも私は、機微な技術を扱うメーカーや大学、スタートアップは早めに理解しておくべき制度だと考えています。理由は単純で、指定に至らなくても「海外出願はまず日本から」という第一国出願義務が、特許戦略の前提を根っこから変えてしまうからです。自社の技術が輸出管理リストに触れないかを併せて棚卸ししたい方は、輸出管理の該非チェックから手をつけてみてください。この記事では、制度の全体像から二段階審査、対象となる25の技術分野、保全指定で生じる制約、罰則と補償、そして企業がいますぐ始めるべき実務対応までを、内閣府と特許庁の一次情報に沿って整理します。

なぜ日本にも特許を「非公開」にする制度ができたのか

出発点は、特許法の出願公開制度です。特許出願をすると、原則として出願から1年6か月が経過した時点で、明細書の中身が公開公報として世界中に公開されます(特許法第64条第1項)。これは技術の重複投資を防ぎ、後続の研究を促すための優れた仕組みですが、安全保障の観点では厄介な副作用があります。核関連技術や先端兵器につながる発明であっても、出願してしまえば1年半後には誰でも読める状態になっていた、ということです。

主要国の多くは、こうした事態を防ぐための非公開制度を以前から持っていました。米国のシークレシー・オーダー(secrecy order)のように、機微な出願を非公開のまま留め置き、外国への出願を制限する枠組みは珍しくありません。日本はG7で唯一こうした制度を欠いていた、といわれてきました。そこを埋めたのが、経済安全保障推進法(正式名称は「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」、令和4年法律第43号)です。この法律は令和4年5月11日に成立し、同月18日に公布されました。柱は4つあります。半導体や医薬品などの重要物資を安定して確保するサプライチェーン強化、電力や通信といった基幹インフラの事前審査、官民で先端技術を育てる特定重要技術の開発支援、そして4本目が今回取り上げる特許出願の非公開です。このうち特許非公開に関する第5章の規定は、他の柱より遅れて令和6年(2024年)5月1日に施行されました。

制度の狙いを一言でいえば、「公開すると国家安全保障に支障を来しかねない発明について、公開と権利付与の手続をいったん止め、必要な期間だけ秘匿する」ことです。単に隠すだけでなく、隠したことによる出願人の不利益を国が補償する仕組みもセットで用意されています。経済安全保障推進法そのものの構造を先に押さえたい方は、経済安全保障推進法の全体像経済安全保障の基礎も合わせて読むと、この制度がどこに位置づけられるかが見えてきます。

二段階審査のしくみ|特許庁の選別から内閣総理大臣の保全指定まで

この制度でまず理解してほしいのは、審査が二段階に分かれている点です。しかも一段目と二段目で担当する役所が違います。

一段目は「第一次審査」と呼ばれ、特許庁長官が担います。特許庁は、出願を受理してから3か月以内に、政令で定める特定技術分野に該当する発明が明細書などに記載された出願だけを選び出し、内閣総理大臣に送付します(法第66条第1項、施行令第13条)。この選別は特許審査官が付与する国際特許分類(IPC)を手がかりに、いわば定型的に行われます。裏を返すと、大多数の出願はこの段階で「特定技術分野ではない」と判断され、そのまま通常の審査ルートに戻ります。出願人が自分から「これは機微かもしれない」と申し出て送付を求めることもできますが、件数としてはごくわずかです。

二段目が「保全審査」で、こちらは内閣総理大臣、実務上は内閣府が担当します。特許庁から送られてきた出願について、公開すると国家安全保障に支障を及ぼすおそれが大きいかどうか、産業の発達に及ぼす影響はどうかなどを総合的に見極め、保全指定の要否を判断します(法第67条第1項)。そして本当に秘匿が必要と認めた発明について、内閣総理大臣が「保全指定」を行います(法第70条第1項)。指定を受けると、出願公開や特許査定、拒絶査定といった特許法上の手続(特許法第49条、第51条、第64条第1項)が留保され(法第66条第7項)、保全指定が続いている間は特許権を取得できません。権利化のプロセスが凍結される、とイメージするとわかりやすいと思います。

ここで実務上の勘どころを一つ。保全審査に付されただけでは、その発明の公開や開示に制限はかかりません。制限がかかるのは、内閣総理大臣から「保全対象発明となり得る」旨の通知(法第67条第9項)を受け取った時点からで、その後は当該発明を公開してはならなくなります(法第68条)。つまり「特許庁から内閣府に回った」というだけで慌てて社内をロックする必要はなく、正式な通知がトリガーになる、という順序を押さえておくと落ち着いて対応できます。なお、特許庁から内閣総理大臣への送付そのものは行政処分ではなく内部的な手続なので、これに対して不服を申し立てることはできません。一方、保全指定は行政処分にあたり、行政不服審査法に基づく審査請求が可能です。

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対象となる25の特定技術分野と付加要件

では、どんな技術が「特定技術分野」なのか。施行令第12条第1項が、国際特許分類を使って25の分野を列挙しています。大きく2つのグループに分かれると理解すると整理しやすいと思います。前半の(1)から(19)は、我が国の安全保障に多大な影響を与えかねない先端技術群。後半の(20)から(25)は、国民生活や経済活動に甚大な被害を生じさせ得る、破壊力の大きい技術群です。

もう一つ重要なのが「付加要件」です。25分野のうち(1)から(9)と(20)から(25)は、その技術分野に該当するだけで保全審査の対象になります。これに対して(10)から(19)は、保全指定した場合に産業の発達へ及ぼす影響が大きい分野(施行令第12条第2項)として位置づけられ、技術分野に該当することに加えて後述の付加要件を満たす場合にだけ対象になります。民生用途にも広く使われる技術については、いきなり全部を囲い込むのではなく、防衛関連や国が関与する出願に絞る、という設計思想が読み取れます。

区分 分野の例(施行令第12条第1項) 付加要件
先端技術(1)〜(9) 航空機の偽装・隠蔽、無人航空機・自律制御、誘導武器、飛翔体の弾道、電磁気式ランチャ、レーザ兵器・EMP弾、対航空機・対ミサイル防御、潜水船搭載の攻撃防護装置、武器用ソナー 不要
先端技術(10)〜(19) スクラムジェット、固体燃料ロケット、潜水船、無人水中航走体、潜水船用ソナー、宇宙航行体の熱保護や再突入・結合分離・隕石検知、宇宙航行体の観測追跡、量子ドット・超格子半導体受光装置、耐タンパ性ハウジング、通信妨害 必要
破壊力技術(20)〜(25) ウラン・プルトニウムの同位体分離、使用済み核燃料の分解・再処理、重水、核爆発装置、ガス弾用組成物、ガス・粉末散布弾薬 不要

付加要件は施行令第12条第3項が定めており、大きく3つの類型があります。第一に、我が国の防衛または外国の軍事の用に供するための発明であること(第1号)。第二に、国または国立研究開発法人が行う特許出願に係る発明であること(第2号)。第三に、日本版バイ・ドール制度(産業技術力強化法第17条)や科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律第22条の適用を受けた委託研究の成果に係る発明であること(第3号と第4号)です。実務で見落とされやすいのが、国立大学法人による出願の扱いです。国立大学は「国」には含まれないため、大学単独の出願は第2号の付加要件には当たりません。ただし国の委託研究の成果であれば第3号や第4号に該当し得ます。ここは大学の産学連携部門が特に注意すべきところで、資金の出どころによって扱いが変わる、と理解しておくと安全です。

なお、令和6年11月20日に公布された施行令の一部改正政令により、国際特許分類の改正に合わせて分野(17)の量子ドット・超格子半導体受光装置などの分類記号が更新され、令和7年1月1日から施行されています。ただしこれは分類の記号を最新のIPCに合わせただけで、対象となる技術の範囲そのものに実質的な変更はありません。また、この制度の対象はあくまで特許出願であって、実用新案登録出願は保全審査の対象になりません。

保全指定を受けると企業に何が起きるか|6つの制約

保全指定は稀にしか行われませんが、いざ指定されると出願人には重い制約がのしかかります。条文をたどると、大きく6つに整理できます。

第一に、解除されるまで特許出願を取り下げられません(法第72条第1項)。「面倒だから取り下げて他国で出す」という逃げ道をふさぐ趣旨です。第二に、内閣総理大臣の許可なく、保全の対象となった発明を自分で実施することもできません(法第73条第1項)。実施が許可制になる、という点は事業計画に直結します。第三に、正当な理由がある場合を除いて、発明の内容を他者に開示してはなりません(法第74条第1項)。第四に、情報の漏えいを防ぐために、必要かつ適切な適正管理措置を講じる義務があります(法第75条第1項、第2項)。第五に、他の事業者と発明内容を共有するには、内閣総理大臣の承認が必要です(法第76条第1項)。共同研究先や製造委託先、納入先、出願を代理する弁理士といった「発明共有事業者」を後から追加する場合も、そのつど承認を得ることになります。そして第六に、解除されるまで外国出願ができません(法第78条第1項)。この6番目は影響が大きいので、章を改めて詳しく説明します。

指定の期間は1年以内の範囲で定められ(法第70条第2項)、最長でも一度に1年です。内閣総理大臣は少なくとも1年ごとに継続の要否を審査し(法第70条第3項)、続ける必要があれば延長し、不要になれば解除します(法第77条第1項)。永久に凍結されるわけではなく、定期的に見直される建て付けになっている、と理解しておくとよいと思います。

このうち実務負担として無視できないのが、四番目の適正管理措置です。内閣府令第10条は、組織的管理措置、人的管理措置、物理的管理措置、技術的管理措置の4区分で、講じるべき対策を定めています。要点は、保全の対象となる発明の情報を「営業秘密」として取り扱うことが求められる(内閣府令第10条第1号ニ)点にあります。アクセス権限の限定、秘密保持契約、記録の保管、持ち出しの制限といった、営業秘密管理で行うべきことと重なります。詳細は内閣府が公表している「適正管理措置に関するガイドライン」に整理されています。裏を返せば、日ごろから営業秘密の管理体制を整えている企業ほど、いざ指定されたときの追加負担は小さくて済みます。

外国出願はまず日本から|第一国出願義務という破壊力

私がこの制度で一番強調したいのが、保全指定に至るかどうかとは別に、ほぼすべての機微技術の出願人に効いてくる「第一国出願義務」です。特定技術分野に該当し(付加要件がある分野は付加要件も満たし)、まだ公になっていない、日本国内でした発明を外国出願の書類に記載しようとする場合は、外国に出願する前に、まず日本で出願して保全審査を受けなければなりません(法第78条第1項)。海外先行出願という選択肢が、機微技術については原則として封じられる、ということです。

ここで多くの担当者が誤解するのが「外国出願」の範囲です。海外の特許庁への直接出願だけでなく、日本の特許庁を受理官庁とするPCT国際出願も「外国出願」に含まれます。さらに、権利化前のつなぎとして使われる米国特許法第111条(b)の仮出願も「外国出願」にあたります。グローバルに特許ポートフォリオを組んでいる企業ほど、PCTルートを当たり前のように使っているはずですが、機微技術についてはそのPCT出願すら第一国出願義務の対象になる、という点は要注意です。

もっとも、この禁止は永久ではありません。次のいずれかにあたれば外国出願は解禁されます。保全審査に付されなかったとき、国内出願から10か月が経過したとき、保全審査の結果として保全指定に至らなかったとき、そして保全指定が解除されたり期間が満了したときです(法第78条第1項ただし書)。実務上いちばん現実的なのは「10か月経過」です。国内でまず出願し、10か月待てば原則として外国出願できる状態になる、という時間軸を頭に入れて出願スケジュールを組む必要があります。なお、日米防衛特許協定、国際宇宙基地協力協定、日・米宇宙協力枠組協定という3つの協定に基づく出願については、政令第14条で例外が定められています。

「自社の発明が第一国出願義務にかかるのか、判断がつかない」という悩みには、事前確認の制度が用意されています。外国出願を予定している出願人は、所定の手数料を納めて、その発明が外国出願を禁止される発明かどうかを特許庁に確認できます(法第79条)。後述するとおり、この事前確認は年間900件を超えて利用されており、指定件数がゼロでも制度が現場で回っていることを示す数字だといえます。海外展開を前提にした研究開発をしている企業は、この事前確認をワークフローに組み込んでおくと、うっかり違反を避けやすくなります。

罰則と損失補償|開示違反は懲役刑、指定による損失は国が補う

コンプライアンスとして押さえるべきなのが、罰則の重さです。保全の対象となった発明の内容を、正当な理由なく故意に開示した場合、2年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金、またはその両方が科されます(法第92条第1項第8号)。行為者だけでなく、法人にも両罰規定で100万円以下の罰金が科されます(法第97条)。外国出願の禁止に違反して外国出願をした場合は、1年以下の懲役もしくは50万円以下の罰金、またはその併科です(法第94条)。

さらに見落とせないのが、不正競争防止法との連動です。営業秘密として管理された保全対象発明の情報を、役職員が不正の利益を得る目的や企業に損害を加える目的で外部に開示した場合には、不正競争防止法違反となり、10年以下の懲役もしくは2000万円以下の罰金、またはその併科という重い刑罰の対象になり得ます(不正競争防止法第21条第1項第5号)。適正管理措置で発明情報を営業秘密として扱うことが求められるのは、この保護をきかせる意味もあるわけです。

違反類型 罰則 根拠
保全対象発明の無断開示 2年以下の懲役または100万円以下の罰金(併科あり、法人も100万円以下) 法第92条第1項第8号、第97条
外国出願禁止への違反 1年以下の懲役または50万円以下の罰金(併科あり) 法第94条
営業秘密の不正開示 10年以下の懲役または2000万円以下の罰金(併科あり) 不正競争防止法第21条第1項第5号

罰則の一方で、国が損失を補償する仕組みも整っています。実施の不許可(法第73条第1項ただし書)や条件付きの許可(同条第4項)など、保全指定を受けたことによって損失を被った者に対して、国が「通常生ずべき損失」を補償します(法第80条)。対象になるのは指定特許出願人、またはであった者です。補償の金額は内閣総理大臣が算定して決定し(法第80条第3項)、実務は内閣府の審査担当部門が担います。補償の請求は、請求書に疎明資料を添えて内閣府に提出する形です(内閣府令第12条)。もし決定された補償額に不服があれば、通知を受けた日から6か月以内に、増額を求めて国を被告として訴えを提起できます(法第80条第5項、第6項)。権利化を止められた見返りは金銭で手当てする、という割り切った設計です。損失補償の考え方や請求手続の細部は、内閣府の「損失の補償に関するQ&A」に整理されています。

企業がいますぐ始める実務対応|トリアージと管理体制

ここまでを踏まえて、機微技術を扱う企業が具体的に何をすべきかを整理します。私が相談を受けるときに最初に勧めるのは、出願前の「トリアージ」です。自社が出願しようとしている発明が、25の特定技術分野のどれかに触れる可能性があるか、触れるとして付加要件のある分野((10)から(19))なのか、防衛用途や国の委託研究に該当する事情があるか。この見極めを出願の前工程に組み込んでおくことが出発点になります。すべての出願を身構えて審査する必要はなく、実際に該当し得るのはごく一部です。だからこそ、どの出願を丁寧に見るべきかを最初にふるい分ける仕組みが効きます。

次に、外国出願を予定している発明については、事前確認(法第79条)の利用をワークフローに入れます。海外での権利化スケジュールと、国内出願から10か月という時間軸を突き合わせ、無理な先行海外出願をしない段取りにしておくことが、そのまま違反防止になります。グローバルな出願管理をしている知財部門ほど、PCTや米国仮出願が「外国出願」に含まれる点を全員が理解しているか、確認しておいてほしいところです。

三つ目が、適正管理措置に耐える情報管理体制です。保全指定は稀とはいえ、いざ指定されたときにゼロから体制を作るのは現実的ではありません。むしろ、日ごろの営業秘密管理を組織的、人的、物理的、技術的の4区分で棚卸しし、機微な発明情報を扱う部門ではアクセス制御と記録管理、秘密保持の徹底を平時から回しておくのが賢いやり方です。共同研究先や製造委託先、納入先、代理人といった発明共有事業者との関係も、契約と管理のレベルを事前に上げておけば、承認手続が必要になったときの立ち上がりが速くなります。輸出管理の内部規程(CP)を整備している企業なら、その延長線上で無理なく組み込めるはずです。該非判定の考え方そのものは経産省の該非判定ガイドライン解説でも触れているので、社内規程を作り込む際の参考にしてください。

施行から現在まで|運用実績が示す制度の実像

制度が始まってから2年あまり。この間の運用実績は、制度の実像を語るうえで欠かせません。内閣府と特許庁が公表した2025年度(令和7年4月から令和8年3月)の実施状況によると、特許庁長官から内閣総理大臣へ送付された出願は106件で、そのうち出願人自身の申出によるものが5件でした。これに対して、保全指定は0件です。外国出願の禁止に関する事前確認の求めは922件にのぼり、内閣府に送付しない旨を出願人へ通知した件数は771件でした。施行以来、公表ベースでは保全指定の実例はまだ確認されていません。

この数字をどう読むか。私は「指定は稀だが、制度そのものは全出願人に静かに効いている」と受け止めています。保全指定という最終段階に進む発明はごくわずかで、実際にゼロが続いています。だからといって制度が空回りしているわけではありません。特許庁が3か月以内に全出願をIPCで選別する第一次審査は毎年淡々と回っており、年900件を超える事前確認の求めは、企業が外国出願の前にきちんと確認していることの表れです。指定される確率が低いからと油断するのではなく、第一国出願義務と事前確認という「日常運用の部分」に正しく対応することが、実務の本丸だといえます。

施行前と施行後で何が変わったかを一言でまとめると、こうなります。以前は、機微な技術であっても出願から1年6か月で自動的に公開され、海外へも自由に先行出願できました。いまは、機微な技術については公開が留保され得るうえ、外国出願は原則として日本を第一国とし、必要に応じて事前確認を経る流れが標準になりました。指定という「劇薬」が使われた例はまだないものの、出願前のトリアージと海外展開の段取りという地味な実務は、確実に変わったのです。

特許非公開と輸出管理は同じ機微技術を追いかけている

最後に、この制度を単独で捉えないでほしい、という話をします。特定技術分野として並ぶ無人航空機、誘導武器、固体燃料ロケット、潜水船、宇宙航行体、量子半導体、核関連や化学兵器関連の技術。これらは、外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく輸出貿易管理令別表第1や外国為替令別表が定める規制品目や規制技術と、大きく重なり得る領域です。同じ一つの技術が、特許の非公開制度と、貨物や技術を輸出する際の該非判定と、技術を外国人や海外拠点へ提供する際のみなし輸出管理という、3つの規制に同時に引っかかることが現実に起こり得ます。

とりわけ、海外での権利化(PCTや現地出願)と、海外の共同研究先や製造委託先への発明内容の共有は、二重の意味で注意が必要です。特許非公開制度の側では第一国出願義務や共有の承認がかかり得ますし、外為法の側では技術の提供が「みなし輸出」として該非判定の対象になり得ます。国内にいる外国籍の研究者に機微な技術情報を見せる場面も、みなし輸出の論点になります。この重なりの詳しい実務はみなし輸出の特定類型と実務対策で解説しているので、あわせて読むと立体的に理解できるはずです。取引先や研究協力先が制裁対象や懸念主体でないかの確認については、制裁リスト照合の全体像も参考になります。

だからこそ、特許非公開制度への対応をきっかけに、同じ機微技術について外為法の該非判定とみなし輸出管理も一体で棚卸しすることをお勧めします。適正管理措置による営業秘密管理体制と、輸出管理の内部規程は、別々に作るより一続きの経済安保コンプライアンスとして設計したほうが、現場の負担も抜け漏れも小さくなります。私たちが提供するTRAFEEDは、日本の安全保障輸出管理領域では世界初(2026年3月時点、自社調べ)のAIエージェントで、経済産業省の基準に準拠して該非判定を支援し、取引先やエンドユーザーのスクリーニングを効率化します。岡山大学との共同実証などを通じてAI判定精度は95%以上(過去審査データ約3万件、自社調べ)を確認していますが、最終的な該非判定はあくまで貴社の輸出管理責任者が行う、という前提は変わりません。人手だけでは追いつかない照合と判定の負荷を下げ、担当者が本当に判断すべき論点に集中できる状態を作る、という位置づけの道具だと考えてください。

まとめ

特許出願の非公開制度は、指定件数だけを見れば「まだ何も起きていない」制度に見えます。しかし実務の重心は、指定そのものよりも、その手前にある第一次審査と第一国出願義務、そして事前確認にあります。最後に要点を整理します。

  • 根拠は経済安全保障推進法第5章で、特許非公開に関する規定は2024年5月1日に施行された
  • 審査は二段階で、特許庁が3か月以内にIPCで選別し、内閣総理大臣が保全審査を経て保全指定を行う
  • 対象は施行令第12条の25の特定技術分野で、うち(10)から(19)は防衛用途や国の関与といった付加要件を満たす場合に限られる
  • 保全指定を受けると、取下げ不可、実施の許可制、開示禁止、適正管理措置、共有の承認、外国出願禁止という6つの制約がかかる
  • 機微技術の外国出願はまず日本から。PCTや米国仮出願も「外国出願」で、国内出願から10か月などで解除される
  • 開示違反は懲役刑を含む罰則、指定による損失は国が補償。同じ機微技術は外為法の該非判定やみなし輸出とも重なり得る

指定される確率が低いからこそ、多くの企業は身構えず、しかし出願前のトリアージと海外出願の段取りだけは静かに整えておく。これが現実的な落としどころだと思います。特許の非公開と輸出管理は、結局のところ同じ機微技術を別の角度から見ている制度です。片方だけを整えて安心するのではなく、一続きの経済安保対応として設計してみてください。制度対応の進め方や自社技術の棚卸しで迷ったら、輸出管理・経済安保対応の個別相談から気軽に声をかけてもらえればと思います。


参考文献

外為法違反の52%は該非判定起因 — 御社は大丈夫ですか?

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