こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。「経済安全保障推進法って、結局うちに関係あるんですか」。この2年ほど、業種を問わずいちばん多く受ける質問がこれです。半導体でも防衛でもない、ごく普通のメーカーやインフラ事業者、大学の研究者の方まで、みなさん似た不安を抱えています。名前は知っている。ニュースでも見た。でも、条文を開くと専門用語の壁で止まってしまう。
正直に言うと、この法律は一度に理解しようとすると必ず挫折します。4つのまったく性格の違う制度が1本の法律に束ねられているからです。逆に言えば、その4本柱の輪郭さえつかめば、自社が向き合うべきなのはこのうちどれか、という当たりがつきます。この記事は、経済安全保障推進法の全体像を1枚で見渡してもらい、そこから各制度の詳しい実務へ進むための入口として書きました。専門用語は初出でかみ砕きます。まずは肩の力を抜いて、地図を眺めるつもりで読み進めてください。
なお、自社が輸出管理や取引先審査の面でどこまで対応できているかを先に知りたい方は、輸出管理体制の無料診断で現状のギャップを3分ほどで把握できます。経済安保対応と輸出管理は、後で述べるとおり地続きです。
そもそも経済安全保障推進法とは何か
経済安全保障推進法の正式名称は「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」といいます。長い名前ですが、ここに制度の狙いが凝縮されています。従来、安全保障は防衛や外交の話でした。ところが半導体の逼迫、レアアースの供給制限、サイバー攻撃によるインフラ停止、機微技術の流出といった問題は、防衛予算では守れません。経済のど真ん中で起きているからです。そこで「経済施策を一体的に講ずる」ことで国の安全を確保しよう、という発想でつくられた包括法が、この法律です。
法令番号は令和4年法律第43号。令和4年(2022年)5月11日に成立し、同月18日に公布されました。制度全体の司令塔は内閣府で、政策統括官(経済安全保障担当)が総合調整を担っています。関連する仕組みとして、機微情報を扱う人物を国が確認するセキュリティ・クリアランス制度(重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律、令和6年法律第27号)も内閣府所管で整備され、経済安保推進法と一体で運用されています。基礎的な成り立ちをもう少し丁寧に追いたい方は、経済安全保障法の基礎もあわせて読んでみてください。
ここで押さえておきたいのは、この法律が「何かを一律に禁止する」タイプの規制ではない点です。ある柱は企業を助成で後押しし、別の柱は設備の導入に事前審査を課し、また別の柱は特許を非公開にする。性格がまるで違う制度が同居しています。だからこそ、自社に関係するのはどの柱なのかを見極める作業が、最初の一歩になります。
4本柱と段階施行を1枚で見渡す
経済安全保障推進法は、次の4本柱で構成されています。第1が重要物資の安定的な供給の確保、いわゆるサプライチェーンの強靱化です。第2が電気や通信、金融といった基幹インフラ役務の安定的な提供の確保。第3が先端的な重要技術の開発支援。そして第4が特許出願の非公開です。この4つは狙いも所管する省庁も、企業に求める対応も別物だと考えてください。
もうひとつ大事なのが、これらが一斉に始まったわけではないという点です。制度は段階的に施行されました。令和4年9月に4本柱共通の基本方針と、第1(重要物資)・第3(先端技術)の基本指針が閣議決定され、運用が始まりました。続いて令和5年4月に第2(基幹インフラ)・第4(特許非公開)の基本指針が閣議決定され、両制度は令和6年5月に運用が開始されています。この時間差は、制度ごとの重さの違いを映しています。
| 時期 | 動き | 対象の柱 |
|---|---|---|
| 令和4年9月 | 全体の基本方針、第1・第3の基本指針を閣議決定し運用開始 | 第1 重要物資と第3 先端技術 |
| 令和5年4月 | 第2・第4の基本指針を閣議決定 | 第2 基幹インフラと第4 特許非公開 |
| 令和6年5月1日 | 特許出願の非公開制度の運用開始 | 第4 特許非公開 |
| 令和6年5月17日 | 基幹インフラの事前審査の運用開始 | 第2 基幹インフラ |
この表を頭の片隅に置いておくと、以降の各柱の説明が一本の線でつながります。ここからは、4本柱を1つずつ、企業の実務目線で見ていきます。
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第1の柱:重要物資のサプライチェーン強靱化
最初の柱は、国民生活や経済活動に不可欠な物資を、安定して供給できる体制を国が後押しする制度です。国は特に重要なものを「特定重要物資」に指定します。令和4年12月の政令で、まず11の物資が指定されました。抗菌性物質製剤、肥料、永久磁石、工作機械・産業用ロボット、航空機の部品、半導体、蓄電池、クラウドプログラム、天然ガス、重要鉱物、船舶の部品です。名前を眺めるだけで、日々の暮らしと産業の土台がどこにあるかが見えてきます。
指定はその後も広がっています。令和6年2月には先端電子部品(コンデンサーとろ波器)が加わり、重要鉱物にウランが追加されました。さらに令和7年12月には、人工呼吸器、無人航空機、人工衛星、ロケットの部品が新たに指定され、船舶の部品には船体が、先端電子部品には磁気センサーが追加されています。有事や供給途絶のリスクが顕在化するたびに、対象が更新されていくと理解しておくとよいでしょう。
企業にとって関心が高いのは支援措置です。物資を所管する大臣が「安定供給確保取組方針」を定めて公表し、それにもとづいて事業者が供給確保計画を作り、認定を受けると、助成金、ツーステップローン(長期・低利・固定の融資)、株式等の引受け、信用保証といった支援を受けられます。規模も具体的です。内閣府によれば、令和8年7月14日時点で最大助成額の合計は約1.68兆円、認定された供給確保計画は151件にのぼります(この数値は随時更新される点にご留意ください)。物資ごとの所管は、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、資源エネルギー庁に分かれています。自社が扱う物資がどれに当たり、どの省庁の取組方針を見ればよいか。その具体的な調べ方と申請の実務は、特定重要物資と供給確保計画の詳細ガイドで掘り下げています。
第2の柱:基幹インフラ役務の安定的な提供
第2の柱は、社会の基盤となるインフラが、外部からの妨害で止まらないようにする制度です。対象は「特定社会基盤事業」と呼ばれ、当初は15分野が指定されました。電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、航空、空港、港湾運送、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカードです。その後、医療分野が令和8年6月17日に追加され、暮らしを支える生命線がひととおりカバーされる形になりました。
この制度の要は事前審査です。対象事業者が重要な設備、いわゆる特定重要設備を新たに導入したり、その重要な維持管理などを外部に委託したりする際には、あらかじめ国に届け出て審査を受ける必要があります。届け出はメール、またはe-Gov電子申請サービスで行います。何を審査するのかというと、その設備や委託先を通じて、インフラの機能を妨害する行為が仕込まれるおそれがないか、という点です。サプライヤーだけでなく、その先の再委託先まで視野に入るため、調達と委託の管理がこれまで以上に問われます。所管は、電気・ガス・石油・クレジットカードが経済産業省、水道・鉄道・運送・外航貨物・航空・空港・港湾運送が国土交通省、電気通信・放送・郵便が総務省、金融は金融庁と農林水産省が担っています。
自社がインフラ事業者に当たる場合、いちばん悩ましいのは委託先の属性審査です。どこまで遡って、何を確認すればよいのか。この審査の流れと、委託先スクリーニングの実務は、基幹インフラ事前審査制度の詳細ガイドで具体的に整理しています。データセンターやクラウド、IoT機器を扱う事業者が押さえるべき論点はデータセンター・クラウド・IoTと経済安保、医療分野の追加を受けた対応は医療分野の経済安全保障ガイドを参照してください。
第3の柱:先端的な重要技術の開発支援
3つ目の柱は、これまでの3つと毛色が違います。規制でも審査でもなく、支援だからです。AIや量子、宇宙、海洋、バイオといった、将来の安全保障と産業競争力を左右する先端技術を、国が官民一体で育てる仕組みです。中核となるのが「経済安全保障重要技術育成プログラム」、通称K Programです。初会合は令和4年6月21日に開かれました。
この制度の特徴は、研究者を放り出さない伴走型の設計にあります。国は「特定重要技術研究開発指定基金協議会」という場を設け、研究の方向性や社会実装、機微情報の扱いまでを官と民が対話しながら進めます。協議会は次々と設置され、少なくとも第42号まで確認できます。実際の公募や研究開発を担う推進法人は、科学技術振興機構(JST)と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)です。両機関がそれぞれ十数件規模の研究開発構想を推進しており、テーマは海中無線通信や次世代船舶といった海洋分野、高高度無人機や衛星の燃料補給などの宇宙・航空分野、サイバー防御や暗号、半導体、蓄電池、材料といった領域横断・サイバー空間分野、止血製剤やブレインテック、肥料などのバイオ分野に広がっています。所管は内閣府に加え、経済産業省と文部科学省です。
なお、K Programの基金規模については、公表資料により言及の仕方が異なり、本記事の一次確認では総額を確定できませんでした。金額を断定せず、まずは自社の研究テーマが公募領域に重なるかを見極めることをおすすめします。制度の使い方、公募の探し方、応募にあたっての技術管理の注意点は、K Programと先端技術開発支援の詳細ガイドにまとめました。大学発の研究がこの支援と研究セキュリティの両面でどう関わるかは、大学の研究インテグリティと経済安全保障もあわせてご覧ください。
第4の柱:特許出願の非公開
最後の柱は、企業の知財担当者がもっとも見落としやすく、しかも影響が大きい制度です。特許は本来、出願から一定期間で公開されます。ところが核兵器や高度な武器につながりかねない機微技術まで世界中に公開してしまえば、安全保障上の穴になります。そこで、そうした発明の特許出願を非公開にできるようにしたのが、この特許出願の非公開制度です。運用は令和6年5月1日に始まりました。
流れはこうです。特許庁長官が、対象になりうる出願書類を内閣総理大臣に送付します。内閣総理大臣は「保全審査」を行い、必要と判断すれば「保全指定」をします。保全指定を受けると、出願公開や特許査定、拒絶査定といった手続きが留保され、発明内容の開示は原則として禁止されます。しかも、出願を取り下げて制度から抜けることもできません。対象となるのは、施行令(令第12条第1項各号)が国際特許分類で定める「特定技術分野」25分野です。航空機の偽装・隠蔽、武器に関係する無人航空機の自律制御、誘導武器、電磁パルス弾、潜水船、量子ドットや超格子構造を持つ半導体受光装置、耐タンパ性ハウジングによる計算機部品の保護、ウランやプルトニウムの同位体分離、核爆発装置など、名前だけでも機微さが伝わる分野が並びます。
実務で厄介なのは、25分野のうち(10)から(19)の技術は、産業への影響が大きいため「付加要件」(令第12条第2項・第3項)に当たる場合に限って保全審査に付される、という条件付きの扱いになっている点です。自社の発明が単に分類に触れるだけなのか、付加要件まで満たすのか。この線引きを、外国出願の前に見極める必要があります。制度上は罰則も設けられており、該当し得る技術を扱う企業ほど、出願前チェックの運用が欠かせません。25分野の一覧と付加要件、外国出願との関係、そして具体的な出願前チェックの手順は、特許出願の非公開制度 詳細ガイドで条番号を追いながら解説しています。
自社はどの柱に当たるか、実務の棚卸し
ここまで4本柱を見てきて、「うちはどれだろう」と考え始めた方が正解です。経済安保推進法への対応は、条文の暗記ではなく、自社の事業を4本柱に照らして棚卸しすることから始まります。私がお客様に必ずお願いしているのは、次の4点の洗い出しです。
第1に、調達している物資のなかに特定重要物資が含まれていないか。半導体、蓄電池、重要鉱物、永久磁石、肥料など、指定品目への依存度を可視化します。第2に、自社が基幹インフラ事業に当たる場合、特定重要設備の導入や維持管理の委託先が誰で、その先の再委託先まで把握できているか。第3に、研究開発しているテーマが特許非公開の特定技術分野に触れないか。とくに外国出願を検討しているものは要注意です。第4に、K Programのような支援制度の公募領域と、自社のR&Dテーマが重なっていないか。攻めの視点も棚卸しに含めます。
この棚卸しをやってみると、多くの企業が「1つの柱だけ」では済まないことに気づきます。たとえば半導体製造装置メーカーなら、部材調達で第1、機微技術のR&Dで第4、国の支援で第3と、複数の柱にまたがります。だからこそ、最初に全体像を持っておくことが効いてくるのです。棚卸しの過程で見えてくるのが、次に述べる輸出管理との地続きの関係です。
経済安保推進法と外為法・輸出管理は表裏一体
経済安保推進法と、外為法にもとづく輸出管理。この2つを別物として管理している企業は少なくありません。ですが実務で向き合うと、両者は同じ根っこから伸びた枝だと気づきます。外為法・輸出管理が「自社のモノや技術を外に出す」場面の規制であるのに対し、経済安保推進法は「重要物資を確保し、インフラを守り、技術を育て、特許を非公開にする」という国内の産業基盤側の制度です。向きは逆でも、扱っているのは同じ機微技術であり、同じ取引先だからです。
具体的に重なる場面を挙げます。特許非公開の特定技術分野に自社の発明が当たるかを判定する作業は、輸出管理の該非判定(自社の貨物や技術が規制リストに当たるかを判定すること)とまったく同じ思考様式です。基幹インフラの委託先が信頼できるかを審査する作業は、輸出管理の取引先スクリーニング(取引相手が制裁対象や懸念先でないかを確認すること)と地続きです。重要物資の調達先を把握して依存度を可視化する作業も、サプライチェーンのデューデリジェンスとして共通します。該非判定の全体像は該非判定の進め方、取引先確認はみなし輸出リスクの解説や制裁リストの完全ガイドで詳しく扱っています。
この横断的な判定とスクリーニングを、担当者の手作業で回し続けるのは現実的ではありません。分類の判定も、取引先の照合も、根拠を残しながら最新の法令に追随する必要があるからです。私たちが開発した輸出管理AIエージェントのTRAFEEDは、まさにこの領域のために作りました。経産省の基準に準拠した該非判定と取引先スクリーニングを一元化し、各国の法規制の更新を反映しながら、懸念度を短時間で可視化します。判定の精度は岡山大学との共同実証などで95%以上を確認しています(2026年3月時点・自社調べ)。ただし最終的な該非判定や輸出の可否は、あくまで貴社の輸出管理責任者が行うものであり、TRAFEEDはその判断を速く、抜け漏れなく支える道具だとお考えください。経済安保対応と輸出管理を別々に抱えて疲弊する前に、一度、判定とスクリーニングを地続きで設計し直してみることをおすすめします。
よくある質問(FAQ)
経済安全保障推進法とは何ですか。わかりやすく言うと。 正式名称は「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」(令和4年法律第43号)で、令和4年5月11日成立・5月18日公布です。国の安全保障を経済の面から守る包括的な法律で、内閣府が所管します。重要物資の確保、基幹インフラの防護、先端技術の育成、特許の非公開という4本柱からなり、令和4年9月から令和6年5月にかけて段階的に施行されました。
経済安全保障の4本柱とは具体的に何ですか。 第1が重要物資の安定的な供給の確保、第2が基幹インフラ役務の安定的な提供の確保、第3が先端的な重要技術の開発支援、第4が特許出願の非公開です。助成、事前審査、支援、非公開化と、企業に求める対応がそれぞれ異なります。
自社は経済安全保障推進法の対象になりますか。 柱ごとに対象が違います。特定重要物資を製造・調達する企業は第1、基幹インフラ事業者で特定重要設備を導入・委託する企業は第2、機微技術のR&Dを行い外国出願を検討する企業は第4が関係します。調達依存物資、インフラ設備の委託先、研究開発が特定技術分野に当たるか、この3点の棚卸しが出発点です。
特許出願の非公開制度で、うっかり海外出願すると罰則がありますか。 施行令で定める特定技術分野25分野に該当する発明は、保全審査や保全指定の対象となり、発明内容の開示や外国出願が制限されます。制度上は罰則も設けられています。該当し得る技術を扱う企業は、外国出願の前に自社発明が特定技術分野に当たらないかを確認する運用が欠かせません。
経済安全保障推進法と輸出管理(外為法)は何が違うのですか。 外為法・輸出管理はモノや技術を外に出す場面の規制、経済安保推進法は重要物資の確保やインフラ防護など国内の産業基盤側の制度です。ただし機微技術や取引先審査という点で地続きで、該非判定や取引先スクリーニングの実務は共通します。両者を分けて管理せず、一元的に設計する発想が実務では効きます。
まとめ
経済安全保障推進法は、一度に理解しようとすると必ず迷子になります。最後に、迷ったときに立ち返るための要点を整理しておきます。
- 正式名称は「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」(令和4年法律第43号)。所管は内閣府で、令和4年9月から令和6年5月にかけて段階施行されました。
- 4本柱は、第1が重要物資のサプライチェーン強靱化、第2が基幹インフラの安定提供、第3が先端技術の開発支援(K Program)、第4が特許出願の非公開です。狙いも所管も企業対応も別物です。
- 企業対応の出発点は、調達依存物資、インフラ設備の委託先、R&Dの特定技術分野該当、支援制度の公募領域という4点の棚卸しです。
- 経済安保対応と外為法・輸出管理は表裏一体で、該非判定と取引先スクリーニングの実務は共通します。
この記事はあくまで地図です。自社が関わる柱が見えたら、それぞれの詳細ガイドへ進み、具体的な手続きに落とし込んでください。そのうえで、経済安保対応と輸出管理を別々に抱えて手が回らないと感じたら、判定とスクリーニングの一元化から着手するのが近道です。TRAFEEDの個別相談では、自社のどの業務から自動化すると効くのかを、体制の現状に合わせてご提案しています。制度の全体像をつかんだ今が、動き出すのにちょうどよいタイミングだと思います。
