こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
2026年8月13日、米ホワイトハウスの通商製造政策局が25ページの報告書『The Great Transshipment Scam』を公表しました1。翌朝、日本語の見出しに並んだのは「日本など40カ国超」「年750億ドル、約12兆円」「雇用45万人減」です。数字は歩きやすい。一次情報を開くと、報告書が本当に置いている重心はそこではありません。
報告書は、関税を逃れるための違法な迂回輸出の規模を推計したうえで、米国がこれから何を執行するかを書いています。私が気になったのは、日本がTier 1に名を連ねていることと、その一方で具体的な手口の表には日本が出てこないことです。この二つはセットで読まないと、誤読します。
自社の貨物が、書類上の原産地と実態のどちらで見られているか。気になった方は、先に3分の輸出管理診断でいまの点検漏れを洗い出しておくと、この先の話が自分事になります。
数字が先に歩いてしまった朝
ロイター日本語版は、関税収入の逸失を年190億から260億ドルと伝え、750億ドルの迂回と45万人の雇用減を並べました2。中日新聞などは「関税逃れの迂回先40カ国、日本含む」と国名を先に出しています3。どの見出しも、報告書の中にある数字ではあります。ただし、報告書が「これが確定値だ」と置いている数字ではありません。
報告書自身が、こう書いています。使える推計は政府2件、民間3件の計5つ。額は年400億ドルから3,030億ドルまで開き、加算も直接比較もできない、と1。データセットも手法も、「違法な迂回輸出」の定義すら揃っていないからです。報道が採った750億ドルは、5つの中央値ですらありません。報告書が中心ケースとして採用した、民間の中間シナリオです。約12兆円という円換算は、報告書の本文にはありません。日本の報道がドルを円に直した数字です。
私は、750億ドルという桁そのものを否定したいわけではありません。隠れた取引を測る以上、幅が出るのは当たり前です。問題は、幅のある推計のひとつが、単独で歩き始めることです。数字の作り方を知っている人だけが、その数字と交渉できます。
迂回輸出は、第三国を通すことではない
報告書が問題にしている違法な迂回輸出は、貨物が第三国を経由したという事実そのものではありません。ラベルの張り替え、再梱包、インボイスの差し替え、わずかな加工、虚偽の原産地申告で、本来かかる関税を逃れる行為です1。報告書の言葉を借りれば、書類のうえで別の国の産品に見せかけることです。
ここを混同すると、正規のサプライチェーン設計まで疑うことになります。完成品で送るか、部品に分けて現地で組むか。第三国で本当に加工して原産地を変えるか。製造業では、関税率を見ながら構成を組むことは珍しくありません。制度が原産地規則を定めている以上、規則を満たす設計は違法ではありません。線は「実態が規則を満たしているか」と「申告が実態どおりか」の2点です。この線の引き方は、別記事の完成品で送るか部品で送るかで整理しました。
米国の通関実務で鍵になるのが、実質的変更です。加工によって、新しい名称、特性、用途を持つ別の物品が生まれたか。単純な組立、梱包、ラベル貼りは、原則としてこれに当たりません。報告書が繰り返し書いているのも同じです。執行側が見たいのは、第三国の工場に、その加工を本当にこなせる能力があるかどうかです。書類のスタンプではありません。
日本企業の現場では、この区別がまだ言葉として定着していないことが多い。通関は「関税をいくら払うか」、輸出管理は「出してよいか」。部署が違うので、同じ貨物でも会話が分かれます。報告書が描いている執行は、その分かれ目をあまり尊重しません。
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日本はTier 1に入っている。手口の表には出てこない
報告書は40を超える国と地域を3層に分けています。Tier 1は「多角化した規模のリーダー」で、カナダ、EU、インド、イスラエル、日本、メキシコ、韓国、台湾です。Tier 2は対中経済統合の深い規模のリーダー。Tier 3は小規模で機会主義的な経由地です1。本文には、「中国の最大の協力者は、陸続きのメキシコとカナダから、EU、インド、日本、韓国にまで及ぶ」という一文もあります。enablers、協力者という言葉が使われています。
ここで、報告書の分類をそのまま「日本が関税逃れに加担している」と読むのは、正確ではありません。掲載は規制上、あるいは分析上の区分であって、個々の日本企業の是非を決めたものではありません。報告書自身が、Tier 1の理由をこう書いています。対中リンク貿易の規模が大きく、対米輸出の基盤も大きいため、正規の貿易フローの中に迂回リスクが埋め込まれている、と。
実際、機能別のアーキテクチャ表にも、都市単位の対応表にも、日本は出てきません。前者はカンボジアのマイクロハブ、ポーランドやチェコの加工ベルト、UAEのジェベル・アリ、マレーシアのポート・クランといった拠点を列挙します。後者は、メキシコのグアナファトとケレタロの回廊が電動機や変圧器でデトロイトを圧迫する、韓国の京畿道が集積回路でフェニックスやオースティンを圧迫する、といった対応です。日本の都市名はどちらにもありません。
これは日本にとって、悪い知らせでもあり、まだ使える余地でもあります。規模がある限り、このリストから外れる論理はありません。同時に、現時点では特定の手口を摘発された段階ではなく、反証と説明のチャンスが残っている段階です。韓国が都市単位で表に載っていることと、日本が載っていないことは、同じ報告書の中の別の事実です。どちらも、その国の企業全体を断罪する材料にはなりません。
750億ドルと45万人は、中心ケースの出力である
報告書が並べた5つの推計は、次のとおりです。
| 推計主体 | 推計額 | 何を測っているか |
|---|---|---|
| Goldman Sachs | 400億ドル | 品目別貿易フローの計量モデル(2023年) |
| CEA(大統領経済諮問委員会) | 600億ドル | 342億から896億ドルのレンジの中位 |
| 民間の供給網分析 | 750億ドル | 直接検知511億ドルと上限約1,000億ドルの中間 |
| 商務省OTEA | 1,090億ドル | HS6、459品目の貿易転換ベンチマーク |
| 民間の施設レベル分析 | 3,030億ドル | 広義の上限 |
報告書は、これらを足してはいけないと明記しています1。報道が採った750億ドルは、直接検知した511億ドルと、もっと広い上限のあいだを取った中間です。私が実務家としていちばん反証しやすいと感じるのは、商務省OTEAのもう一つの推計です。同一四半期、同一地域で、中国から入ったHS8桁の品目とまったく同じ品目が米国向けに再輸出された取引だけを、通関の取引データから拾う。この厳しい基準で、メキシコ、インド、ベトナムの3ハブに絞っても、2025年に670億ドル、関税収入の逸失280億ドルと出ています。広義の1,090億ドルの6割強です。
45万人は、もっと単純です。報告書は、貿易赤字が10億ドル増えると雇用が6,000人減る、という経験則を使っています。元になったのは、経済政策研究所のNAFTA研究(10億ドルあたり約5,300人)と対中貿易研究(同約11,000人)です。中間ではなく、保守的に6,000を採用した、と書いてあります。750億ドルに6,000を掛けると45万人。これが内訳の全部です。最小の400億ドルなら24万人、最大の3,030億ドルなら182万人。報告書は3つとも併記しています。
報告書ははっきり書いています。これは実測された雇用数ではなく、モデルの推計である、と。同じ計算を関税収入に当てはめたのが、報道の190億から260億ドルです。中心ケースに25パーセントと35パーセントの税率差を掛けた幅です。引用する側が負うべき責任は、この区別です。45万人は「中国の迂回で失われた米国の雇用」ではなく、「750億ドルという仮定を置いたときにモデルが出す値」です。
報告書の本体は、推計ではなく執行である
数字の後段で、報告書は執行の話に変わります。実務として読むなら、ここが本体です。
2026年6月3日の大統領令14411号は、通関執行の強化です4。輸入者の適格を厳しくし、担保と国内資産の下限を上げ、所有構造と取引関係の開示を求め、good standing(適格な状態)を輸入の条件にします。狙いとして報告書が挙げるのは、ペーパーカンパニーの輸入者、米国の執行が届きにくい外国輸入者、担保不足の申告、不透明な所有、常習の違反です。日本企業にとって痛いのは、責任の重心が輸出者ではなく、米国の輸入者に寄ることです。米国子会社や販売代理店が輸入者になっている場合、担保の増額も、所有の開示も、罰則も、そのまま自社グループに降ります。
もうひとつが見落とされやすい原産地規則です。報告書は、いまの原産地判定が制定法ではなく通関の判例に依っているため、適用が一貫せず、「法の文言は満たすが精神は満たさない」輸入を許している、と述べます。議会に基準の改正と法典化を求めています。実現すれば、実質的変更の枠組みそのものが書き換わります。第三国に加工拠点を持つ企業は、いま通っている主張が、来年も通るとは限りません。
執行の現場では、すでに数字が出ています。CBPは、政権発足前後の各526日間を比べ、事後審査で不整合を指摘された貨物が93,744件から323,677件へ245パーセント増、関連する追徴評価額が96億ドルから258億ドルへ169パーセント増だった、と報告しています1。これは推計ではなく、当局の実績です。
報告書が描く次の装置は、AIの「ディテクティブ・ボーダー」です。申告原産地、経由の履歴、部品構成を期待パターンと突き合わせ、コンテナのマーキングや梱包、X線画像をコンピュータビジョンで見る。目的は、製品のデジタル上の身元と物理的な実体を一致させることです。民間の手法として報告書が紹介している90日という滞留の閾値も、同じ発想です。90日以内に通り抜ける取引を、真正な製造ではなく通過と見る。正規の在庫回転が速い貨物ほど、誤検知の材料になります。反証の資料は、事後ではなく事前に持っておく設計が要ります。
いちばん誠実な段落は、結論にあります。トランプ政権の関税と迂回対策の正味の効果は、まだ判定できない。貿易と通関のデータは遅れて出てくる。大統領令の複数の条項はまだ動いていない、と報告書は認めています。関税差が迂回の誘因を高める効果と、対策が誘因を抑える効果のどちらが勝つかは、いまは厳密に評価できない。この文書はその継続評価の枠組みにすぎない、という自己限定です1。政策文書としては、かなり率直です。それでも世界に残るのは「12兆円」「45万人」「日本など40カ国」の3つだけでしょう。一次情報を読む価値は、その落差にあります。
関税の迂回と技術の迂回は、同じ配管の上にある
ここからは報告書の記述ではなく、私の見立てです。
報告書が描いた影のネットワーク、自由貿易地域、保税倉庫、再輸出センター、書類の差し替え、名義の付け替えは、関税回避のインフラであると同時に、輸出管理や制裁回避のインフラと物理的に重なります。第三国を経由して原産地、最終需要者、実質的な支配者を曖昧にする構造は、関税の裁定取引にも、規制品の横流しにも使えます。米国が対中関税逃れの検知にデータを投じるということは、同じ基盤の上で、軍民両用品の流出検知の解像度も上がるということです。
日本の実務に引き直すと、これまで別々の紙で回してきた3つの作業が、同じ質問になります。通関と原産地管理。該非判定。取引先の実質支配者と50パーセントルール。米国側はすでに、その三つを一つの執行の話として設計しています。2026年11月10日には、米BISのAffiliates Rule(50パーセントルール)の再適用も控えています5。関税の迂回と技術の迂回は、いずれ同じ一文で届きます。「この貨物の実体は、書類のとおりか」。
私たちが提供しているTRAFEEDは、該非判定と取引先の確認を、同じ画面で回すための輸出管理AIです。岡山大学との共同実証で、過去審査データ約3万件、自社調べでAI判定精度95パーセント以上を確認し、特許第7862062号を取得しています。最終的な該非判定は、あくまで貴社の輸出管理責任者が行う前提です。報告書が求めるのは、完璧なAIではありません。書類と実体のずれを、人が説明できる状態です。
月曜の朝に見るなら、優先順位ははっきりしています。第三国拠点の加工能力を、自社の主張と突き合わせる。米国の輸入者が誰か、担保と所有の開示に耐えられるかを確認する。原産地、該非、実質支配者を、別々のExcelのままにしない。この3点です。説明の材料を先に持っている会社だけが、750億ドルという数字と距離を取れます。
個別の貨物や拠点の点検を一緒に整理したい方は、TRAFEEDの相談から声をかけてください。数字の見出しではなく、自社の書類が実体と合うかどうかを先に見る。それが、この報告書へのいちばん実務的な返事だと思っています。
参考文献
Footnotes
-
The White House, Office of Trade and Manufacturing Policy, The Great Transshipment Scam, August 2026. https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2026/08/The-Great-Transshipment-Scam.pdf ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7
-
ロイター, 「米関税収入、第三国経由の『迂回輸出』で最大260億ドル喪失=政権試算」, 2026年8月13日. https://jp.reuters.com/economy/NWR4FC7T3JNSXBSMUW6NEJYGTE-2026-08-14/ ↩
-
中日新聞, 「関税逃れの迂回先40カ国 米報告書、日本含む」, 2026年8月13日. https://www.chunichi.co.jp/article/1296079 ↩
-
The White House, Executive Order 14411, Strengthening Customs Enforcement, June 3, 2026. https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2026/06/strengthening-customs-enforcement/ ↩
-
Bureau of Industry and Security, "One-Year Suspension of Expansion of End-User Controls for Affiliates of Certain Listed Entities", Federal Register, November 12, 2025. https://www.federalregister.gov/documents/2025/11/12/2025-19846/one-year-suspension-of-expansion-of-end-user-controls-for-affiliates-of-certain-listed-entities ↩






