2026年6月、改正法はすでに公布されている
こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。経済安全保障の話題になると、いまでも「経済安全保障推進法の改正案が衆議院で可決された」という言い方を耳にします。半分は当たっていますが、社内で説明するなら正確さが命なので、最初に時系列をはっきりさせておきたいと思います。この改正は審議の途中ではありません。衆議院での可決を経て、参議院でも可決されて成立し、すでに公布まで進んでいます。
土台になっている法律から確認します。経済安全保障推進法は、正式には「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」といい、令和4年法律第43号として2022年5月18日に公布されました[^7]。重要物資の安定供給、基幹インフラの安全確保、先端技術の開発支援、特許の非公開という、性格の違う4つの制度を1本に束ねた法律です。附則には施行から3年での見直しが書き込まれていて、その節目に合わせて出てきたのが今回の改正だと整理できます[^8]。
政府は2026年3月19日、推進法と国際協力銀行法(JBIC法)をあわせて手直しする改正案を閣議決定し、同じ日のうちに国会へ提出しました[^1]。第221回国会の閣法第30号という整理番号がついた、2つの法律をまとめて直す束ね法案です。その後の動きを日付で押さえると、衆議院が2026年5月19日に可決し[^1]、参議院が2026年6月10日に可決して成立[^4]、2026年6月17日に法律第38号として公布されました[^1]。施行は内容ごとに時期がずれる段階施行で、公布後1か月から1年6か月以内の範囲で順次動き出します。供給確保にかかわる部分は公布後6か月以内とされています[^2]。「衆院で可決された」というところで話を止めると半年遅れの理解になってしまうので、ここはぜひ更新しておいてください。
この改正は大きく5つの柱に分かれます。重要物資の供給確保、基幹インフラへの医療分野の追加、先端技術開発の支援拡大、重要な海外事業の促進、そして経済安全保障シンクタンクと官民協議会の新設です[^2]。このうち役務への支援拡大と医療インフラの追加は、別記事の「経済安全保障推進法の改正(役務・医療インフラの拡大)」で扱いました。ここでは重複を避け、同志国との連携にいちばん深くかかわる「重要な海外事業の促進」と、供給を切らさないための「相互連携と協力要請」の2つにしぼって読み解きます。私の立場をあらかじめ言っておくと、この改正は輸出管理の現場にとって「対象が外へ広がる」改正であり、流出防止だけを見ていた目を、海外の取引相手のほうへも向け直す必要がある、というのが率直な見立てです。
該非判定の属人化を、AIで解消する。
経産省2024年度データによれば、外為法違反の52%は該非判定起因。TRAFEEDなら、判定時間を約7割削減し、判定根拠を構造化データで保存できます。
「重要な海外事業の促進」という新しい柱
今回の改正でまったく新しく加わったのが、第4の柱にあたる「重要な海外事業の促進」です。推進法の目的を定めた条文に「特定海外事業の促進」という言葉が書き加えられ、政府がその進め方を示す基本指針を作ることになりました[^3]。これまでの推進法は、国内の供給網や国内のインフラを守ることに重心が置かれていました。新しい柱は、その重心を国の外側にまで広げる試みだと考えると分かりやすいと思います。
法律は支援の対象になる「特定海外事業」を、3つの類型で定義しています[^3]。1つめは、国際的な物資の輸送に必要な施設や設備を整え、動かす事業です。想定されている具体例として、外航船に燃料を補給する拠点、いわゆるバンカリングの拠点が挙げられています。2つめは、日本の社会基盤を支える役務に使う施設や設備のうち、海外に置かれるものを整え、動かす事業です。例として衛星通信システムの地上側の整備が示されています。3つめは、社会基盤の役務に重要な技術を使う施設や設備を整え、動かす事業で、通信網を特定企業に縛られずに組めるオープンRANの導入が例に挙がっています。海運の給油所、宇宙の地上局、次世代通信の基盤。並べてみると、いずれも一企業の損得では割り切れない、国の動脈にあたるインフラだと分かります。
仕組みとしては、民間企業が特定海外事業の計画を作り、主務大臣の認定を受けるという流れになります[^3]。認定を受けた事業者は毎年度、実施の状況を報告します。主務大臣は内閣総理大臣と財務大臣だと法律に書かれていて、海外への金融が絡むため財務当局も関わる建て付けになっています。なぜここまでして海外事業を国が後押しするのか。その根拠は、内閣官房の有識者会議が2026年1月30日にまとめた提言にあります。提言は、これまでの支援実績のほとんどが国内向けの措置にとどまっていた一方で、諸外国が多様な手段で海外の重要地域への投資を進めるなか、同盟国や同志国、グローバルサウスの国々と協働して、官民一体で重要な海外事業を実施する必要性が高まっている、と述べています[^6]。信頼できる相手国と手を組んで供給網や投資先を分散させる。この考え方が、新しい柱の背骨になっています。
劣後出資という「呼び水」、国がリスクを先に背負う
新しい柱を実際に動かすお金の出し手が、JBIC(国際協力銀行)です。今回、推進法だけでなくJBIC法もあわせて改正されたのはこのためです。JBICは認定された特定海外事業者へ貸付けなどを行えるようになり、JBIC法の目的にも、こうした金融を通じて安全保障の確保に寄与する、という一文が加わりました[^3]。ここで鍵になるのが劣後出資という言葉です。聞き慣れない方のために、できるだけかみくだいて説明します。
会社にお金を出す人が複数いるとき、利益が出れば分配を受け、損が出れば負担を分け合います。劣後出資は、この順番をわざと不利にした出資です。利益を受け取る列の最後尾に並び、損失が出たときには先に引き受ける。つまり国が損のリスクを先取りで背負う形になります。なぜそんな不利な役回りをJBICが買って出るのか。回収できるか読みにくい戦略的な海外事業には、民間の銀行や投資家がなかなか踏み込めません。そこで国が先頭に立って損を被る覚悟を見せることで、「あの事業なら国が後ろ盾にいる」と民間の資金を呼び込む。呼び水を差すという表現がまさにこれです。
身近な例で言い換えてみます。仲間と新しい店を出すとき、いちばんお金を持っている人が「もし赤字になったら最初の損は全部おれが被る。利益の分け前は最後でいい」と宣言したらどうでしょう。ほかの出資者は「それなら自分も少し出してみよう」と腰が上がりやすくなります。国が劣後出資で果たそうとしているのは、まさにこの最初に手を挙げる役回りです。採算が読みにくく、放っておけば誰も投資しない戦略的な海外インフラに、国が損のクッションを敷くことで民間のお金を引き寄せる。逆に言えば、国が損を肩代わりする前提の制度ですから、税金を原資にする以上、どんな事業に出すのかを後から検証できることが欠かせません。仕組みそのものは合理的でも、運用を誤れば「国がいくらでも損を被ってくれる」という甘えを生みかねない、という緊張感はつねに残ります。
この劣後出資を可能にするために、JBIC法ではいくつかの原則を一部外しています。回収の確実さを求める償還確実性の原則と、収入で支出をまかなう収支相償の原則の適用を、認定事業について除外しました[^3]。そのうえで既存の勘定とは別に新しい勘定を設け、ここから劣後出資などを供与します。新しい勘定の元手は一般会計から支出される見込みで、つまり国民の税金が原資に含まれます。だからこそ国会では、慎重な意見も出ました。既存の政策金融や官民ファンドとどう役割を分けるのか、海外事業に偏って国内産業が空洞化しては本末転倒ではないか、リスクを取る範囲を広げる以上は投資の適切さや透明性、財政規律をどう確保するのか。中小企業が認定事業者になるための後押しはあるのか、といった問いです[^3]。私はこの慎重論を、制度に水を差すものとは受け取っていません。国が損を先取りするからこそ、その使い道に目を光らせる仕組みが要る。アクセルとブレーキはセットで設計されるべきで、現場の私たちも「国が出すのだから安全」と思考を止めない姿勢が大切だと考えています。
「半導体・造船」はどこまで法律に書いてあるのか
この改正を報じるニュースの多くは「半導体や造船を政府が海外事業支援」という見出しを掲げました。3月の閣議決定を伝えた報道では半導体や造船が前面に出され、6月の成立を伝えた記事では対象になりうる分野として半導体、造船、ドローン、レアアース、港湾などが例に挙げられています[^5]。読んだ方の多くは「半導体や造船の海外工場に国がお金を出すらしい」という印象を持ったはずです。ここで少し立ち止まりたいと思います。報道の特徴づけと、法律が実際に定めている中身は、粒度が違うからです。
前の章で見たとおり、法律が定める特定海外事業の3類型の具体例は、外航船の燃料補給拠点、衛星通信の地上設備、オープンRANでした[^3]。半導体そのもの、造船そのものを名指しで支援対象に列挙しているわけではありません。造船については、外航船のバンカリング拠点という形で、国際的な物資輸送の動脈を支えるインフラの文脈にはつながります。一方で半導体は、別の流れで語られている面が強いというのが正確な理解です。2025年9月、日本は半導体などの分野で対米投資を進める大型の投資イニシアティブをめぐって日米で覚書を交わし、これを受けて2025年10月、JBICに「日本戦略投資ファシリティ」が設けられて日本企業の海外展開を後押しする枠組みが先行して動き始めました[^3]。今回の改正は、この流れの上にさらに新しい業務を積み増す位置づけにあります。だから「半導体は支援される」という話は嘘ではないのですが、それは今回の特定海外事業の名指しの対象という意味ではなく、隣り合う別の枠組みを含めた全体像の話だ、と切り分けて理解するのが安全です[^10]。社内資料に書くなら、政府や報道が半導体・造船などを念頭に置いているのは事実だが、法律が定める特定海外事業は港湾などの国際輸送網、海外に置く社会基盤インフラ、重要技術の施設である、と並べて書くのが正確です。
同志国へ供給網を組み替えるという話は、裏を返せば、これまで取引のなかった国や企業と新しく関係を結ぶという話でもあります。相手が信頼できる同志国の企業であっても、エンドユーザーが本当は誰なのか、最終的にどこへ流れていくのかを確かめる手間は減りません。むしろ取引先の数が増えるぶん、該非判定と取引審査の負荷は確実に上がります。私たちが提供している輸出管理AIエージェント「TRAFEED」は、取引先リストを取り込むだけで、世界中の制裁リストや需要者リスト、各国の規制リストを横断して照合し、リスクの有無とその根拠を短い時間で示します。経済産業省の基準に沿った該非判定の補助や、多言語の取引先名の名寄せにも対応しているので、供給網を海外へ広げていく局面でこそ効いてきます。
供給確保の「協力要請」と、同志国連携時代の実務
海外事業の促進と並んで、輸出管理の現場に効いてくるのが、重要物資の供給確保をめぐる「相互連携と協力要請」の規定です。今回の改正では、国と供給事業者、需要事業者などが互いに連携を図りながら協力するという努力義務が定められ、供給に支障が生じるおそれがある場合に、国が事業者へ協力を求められる仕組みが整えられました[^2]。具体的には、必要な資料や情報の提供を求めたり、供給を確保するための計画づくりを促したりする、といった内容です。強制というより、平時から官民が情報をやり取りして、いざというときに供給を止めない関係をつくっておく、という性格の規定だと受け止めています。
なぜこれが必要になったのか。背景には、特定の国に重要な物資や役務を過度に依存することへの警戒があります。重要な鉱物やレアアース、蓄電池、船舶の部品といった物資の供給を一国に頼り切ると、輸出規制のような形で経済的な圧力の手段に使われかねません[^9]。この不安を和らげる発想が、信頼できる同盟国や同志国に供給網や投資先を分散させるフレンドショアリングです。供給確保の連携規定と海外事業の促進は、国内で備えを固める動きと、海外へ網を張り直す動きの両輪として読むと、改正の狙いが立体的に見えてきます。政策の土台には、経済安全保障や食料、エネルギー、医療などへ先手を打って投資するという、いわゆる危機管理投資の路線もあります[^3]。
ここに、輸出管理担当者の出番があります。供給網を同志国へ組み替えるということは、取引する相手国も相手企業も新しく増えるということです。新興国の調達先、はじめて取引する海外のパートナー、海外に置く設備や役務。見るべき対象が外へ広がっていく構図は、別記事で扱った役務や医療の追加とまったく同じで、担当者の数は増えないのに点検すべき範囲だけが伸びていきます。手作業で照合を続ければ、見落としが起きるのは時間の問題だと私は見ています。供給網を海外へ広げる計画があるなら、その相手国と相手企業の審査体制を早めに点検しておくことをおすすめします。自社の取引にどんなリスクが潜んでいるのか、どこから手をつければよいのかを具体的に詰めたい方は、個別相談からお声がけください。制度の動きと自社の事情を突き合わせながら、機械に任せる照合と人が担う判断の線引きを含めて、現実的な備えを一緒に考えます。
参考
[^1]: 議案審議経過情報(閣法 第221回国会30号 経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律及び株式会社国際協力銀行法の一部を改正する法律案)— 衆議院 — 2026-06-29取得 — https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1DE20F6.htm [^2]: 経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律及び株式会社国際協力銀行法の一部を改正する法律案(概要)— 内閣府 — 2026-03 — https://www.cao.go.jp/houan/pdf/221/221_1gaiyou.pdf [^3]: 立法と調査 No.483「経済安全保障の更なる推進に向けた法改正 ― 経済安全保障推進法及びJBIC法の一部改正案 ―」— 参議院常任委員会調査室・特別調査室 — 2026-04 — https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2026pdf/20260430003.pdf [^4]: 経済安保で重要な海外事業、国がリスクを肩代わり 改正法が成立 — 日本経済新聞 — 2026-06-10 — https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA092GU0Z00C26A6000000/ [^5]: 半導体や造船、政府が海外事業支援 経済安保法改正案を閣議決定 — 日本経済新聞 — 2026-03-19 — https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA1610H0W6A310C2000000/ [^6]: 経済安全保障の更なる推進に向けた提言 — 経済安全保障法制に関する有識者会議(内閣官房)— 2026-01-30 — https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyohousei/r8_dai15/teigen.pdf [^7]: 経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(令和4年法律第43号)— e-Gov法令検索(デジタル庁)— 2022-05-18公布 — https://laws.e-gov.go.jp/law/504AC0000000043 [^8]: 経済安全保障推進法 — 内閣府 経済安全保障推進室 — 随時更新 — https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/suishinhou.html [^9]: 調査と情報―ISSUE BRIEF― No.1356「経済安全保障の基本概念と推進法の動向」— 国立国会図書館 — 2026-03-31 — https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F14696213 [^10]: 経済安全保障政策 — 経済産業省 — 随時更新 — https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/index.html
