こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
「経済安全保障、うちも何かやらないとまずいとは思っているんです。ただ、何から手をつければいいのか、正直わかっていません」。製造業の経営企画部長からこう打ち明けられたことがあります。言葉としては毎日ニュースで浴びている。でも自社の経営会議の議題に落とすと、途端に手が止まる。そういう状態の会社は、けっして少数派ではありません。
その感覚が個人の怠慢ではないことを、国の調査が裏づけています。経済産業省がまとめた資料によれば、製造事業者3,007社のうち、経済安全保障について「具体的なイメージまで把握している」と答えたのは22.9%にとどまり、「聞いたことはあるが、具体的なイメージがわからない」が70.7%を占めました1。7割が言葉だけ知っている状態です。
そこへ2026年1月23日、経済産業省 貿易経済安全保障局が「経済安全保障経営ガイドライン(第1版)」を公表しました2。名前のとおり、現場の担当者ではなく経営者に向けて書かれた文書です。自社が今どこに立っているのかを確かめたい方は、無料の輸出管理・経済安保セルフチェックを先に走らせてから読むと、この記事の内容が自社の話として入ってくるはずです。
義務ではない文書を、なぜ経営会議に持ち込む価値があるのか
最初に、いちばん誤解されやすい点をはっきりさせておきます。このガイドラインは企業に何かを強制するものではありません。原文にはっきり「企業に対する義務付けではない」と書かれています3。位置付けは、企業が経済安全保障対応を進めるうえで参考にし、企業価値の維持・向上も見据えた経営戦略を考えるための推奨事項です。
もうひとつ、実務者として見逃してほしくない一文があります。「特定の国・企業・人等との取引を念頭においたものではない」3。経済安全保障というテーマは、ともすれば「どこかの国や企業を締め出す話」として語られがちですが、この文書はそういう構成を取っていません。書かれているのは、自社のバリューチェーンを把握する、コア技術を見極める、リスクシナリオを描く、社内の体制を整えるといった、あくまで自社側の備えです。私はこの一文を、ガイドラインの品格として評価しています。
では義務でないものを、なぜ経営会議のテーブルに載せる必要があるのか。答えは同じページに書かれています。経済産業省は、このガイドラインに沿った取組・対応が「一般的には、経営者が善管注意義務を果たしていることの裏付けの一つとなるものと考える」との見解を示しました3。善管注意義務、つまり善良な管理者の注意をもって会社の業務を執行する義務です。国が公表した推奨事項を知りながら何も検討しなかった、という状態は、有事の際に説明が難しくなる。逆に言えば、検討した記録を残しておけば、それが盾になります。義務ではないが、備えておくと効く。この種の文書としては、かなり率直な書き方だと思います。
対象読者も明確です。「執行役員およびそれに準ずる然るべき責任者など経営者等」3。想定企業については「特定の業界や事業形態、事業規模に限定しない」とされており、大企業だけの話にしていません。加えて、取引先や株主等のステークホルダーとの対話を通じた共通認識の醸成にも活用し得るとされています。サプライヤーから「御社の経済安保対応はどうなっていますか」と聞かれる場面が、これから確実に増えていく。そのとき手ぶらで答えるか、チェックリストを埋めた紙を出せるかの差です。
該非判定の属人化を、AIで解消する。
経産省2024年度データによれば、外為法違反の52%は該非判定起因。TRAFEEDの機能・導入フローをまとめたサービスカタログを無料でダウンロードできます。
「国内法令の遵守は当然の責務」——扱われなかった領域が、いちばん重い
このガイドラインを読むうえで、私が最も重要だと考えているのは、実は書かれていない部分です。
「内容と範囲」の項に、こうあります。外国による輸出管理強化や自社の優位性技術の流出など、国内法令遵守のみでは対応できない経済安全保障リスクへの対応に焦点を当てる。そして注記で、安全保障貿易管理等の国内法令に基づく遵守事項は「日本で事業活動を行う企業の当然の責務であるため直接は取り上げない」と整理されています3。
これは、読み手にとってなかなか厳しい前提です。外為法にもとづく該非判定、取引先スクリーニング、輸出許可の取得。これらは議論の対象ですらなく、できていて当たり前のものとして脇に置かれています。そのうえで、そこから先の話をしましょう、という構成なのです。
現場を回っている感覚で言うと、この前提が成り立っている会社は、思っているほど多くありません。該非判定書と非該当証明書の違いが社内で共有されていない、パラメータシートの版が古いまま運用されている、取引先の確認が担当者の目視に依存している。そういう会社が、ガイドラインの本題である「自律性・不可欠性・ガバナンス」の議論に進んでも、足元が抜けたまま上物を建てることになります。書類の実務でつまずいている自覚がある方は、非該当証明書の書き方と該非判定書との違いを先に片付けてから戻ってきていただくのが、遠回りに見えて近道です。
逆に言えば、この整理はガイドラインの射程をはっきりさせてくれています。国内法令の遵守は最低ライン。ガイドラインが問うのは、他国の制度変更や技術流出のように、日本の法律を守っているだけでは防げない事態に、経営として備えているかどうか。守りの水準が一段上がったと理解するのが正確です。
3つの原則を、経営会議で使える言葉に置き換える
ガイドラインは、経営者等が認識すべき原則を3つ挙げています。順に、自社ビジネスを正確に把握しリスクシナリオを策定すること、経済安全保障への対応を単なるコストではなく投資と捉えること、マルチステークホルダーとの対話を欠かさないこと2。
1つめは、地味ですが最も骨が折れます。自社のバリューチェーン上で、どの事業者およびどの国・地域と、どの財やサービスで、どのくらいの量や金額の取引があるかを、可能な限り正確に把握する。あわせて、競争優位の源泉となる自社のコアとなる技術等を適切に見極める2。この2つができて初めて、外的ショックによる途絶シナリオや、コア技術の喪失・流出につながる事象を、重要度や緊急度に応じて検討できます。順番が大事で、把握が先、シナリオが後です。把握を飛ばして「うちのリスクは中国依存です」と結論から入る会議を何度も見てきましたが、たいてい二次サプライヤーの実態が誰にもわかっていません。
2つめの「コストか投資か」は、経営者の腹の決め方そのものです。ここでガイドラインが引いているデータが効いています。同じ調査で、経済安全保障の取組にかかる費用と、対応しないことで減る収益のどちらが上回るかを製造事業者に尋ねたところ、直近1〜3年という時間軸では「対応しないことによって減収する収益が上回る」が22.3%だったのに対し、直近4〜10年で見ると31.9%に増えました1。時間軸を伸ばすほど、やらない損のほうが大きいと考える企業が増える。取組の効果としては「事業の継続(安定的な調達・生産・供給等)」を挙げた企業が68.4%に達しています1。経済安全保障は攻めの投資というより、事業を止めないための保険に近い性格を持つ、というのがこの数字の読み方だと私は考えています。
3つめの対話は、相手が社外だけではない点に注意が要ります。ガイドラインは取引先、金融機関、株主、政府や地方自治体を挙げていますが、本体のガバナンスの項では、経営者等と現場で保有する情報に非対称性が生じる可能性を指摘し、コミュニケーションが一方通行にならないよう心掛け、経営者等から積極的に現場の声に耳を傾けるべきだとしています4。経済安全保障の情報は、たいてい現場のほうが先に掴んでいます。海外の顧客から届いた質問状、サプライヤーの唐突な値上げ通知、規制当局からの照会。それが経営に上がってこない構造こそが、いちばんのリスクではないでしょうか。
チェックリスト44項目は、Y/Nの列より右側が本体
付録のチェックリストが、この文書のいちばん実務的な部分です。項目数を数えると、「経営者等が念頭に置く原則」が5項目、「自律性確保の取組」「不可欠性確保の取組」「経済安全保障対応におけるガバナンス強化」がそれぞれ13項目で、合計44項目になります5。このうち8項目は「〜も有用である」という書き方で、必須度が一段下げられています。全部を一度に埋めようとせず、まず36項目の本線から手をつけるのが現実的です。
注目してほしいのは表の構造です。列は3つあり、左から「チェック項目」「チェック(Y/N)」「チェックの根拠とした体制(組織、内部規程等)、実績等」5。つまりYと書くだけでは終わらせてくれません。その右に、どの規程のどの条文か、どの組織が担っているか、どんな実績があるかを書かせる設計になっています。ここが効きます。「やっています」と口では言えても、根拠の欄が空白なら、それは社内の誰かの頭の中にしかない運用ということです。監査の考え方に近い作りだと感じました。
中身も一つ見ておきましょう。自律性確保の項には、シングルソースに調達を依存している場合、供給途絶に備えて、あらかじめ代替調達となり得る事業者との間で自社の製品・サービス等に組み入れるための原材料等の認証を行っておくなど、有事において代替調達先からの調達に速やかに移行できる体制や関係構築を行うことが重要だ、という趣旨の記載があります2。代替先をリストアップするだけでは足りず、認証まで通しておけ、という要求水準です。ここまで踏み込んだ推奨は、なかなか読み応えがあります。
不可欠性確保の側では、技術等の流出対策を研究開発や生産技術、事業部門の責任者の問題にとどめず、経営の問題として、経営企画部や人事部、法務部といった間接部門の責任者まで巻き込んだ全社の取組にすべきだとしています2。技術流出を技術部門の宿題にしている限り、退職者対応も共同研究先の選定も抜けが出る。人事と法務を最初から同じ部屋に入れろ、という指摘は的確だと思います。
ガバナンスの項では、経済安全保障対応を統括する司令塔部門・機能の設置や、経済安全保障を担当する執行役員以上の職責の者を定めることが有用だとしたうえで、経営資源に限りがあり十分な組織体制が構築できない場合は、必ずしも新しい組織の設立や要員補充等を実行する必要はなく、既存組織や要員等で対応することを念頭に置く、と添えられています2。中小企業を置き去りにしない書きぶりで、ここは素直に好感を持ちました。
なお、供給網の強靱化を複数社で進めようとすると、必ず独占禁止法の壁が意識されます。ガイドラインもこの点に触れ、複数企業での対応が必要となる場合は、公正取引委員会が整理した「経済安全保障に関連した事業者の取組における独占禁止法上の基本的な考え方」および「経済安全保障と独占禁止法に関する事例集」を参照するよう促しています3。後者は2025年11月20日に公正取引委員会・経済産業省・国土交通省が公表したもので、情報交換、共同行為、企業結合という3つの類型ごとに考え方が整理されています6。同業他社と在庫情報を共有していいのか迷った経験がある方は、目を通しておく価値があります。
把握と点検の量が増えるとき、人の数は増えない
ここまで読んで気づかれたと思いますが、ガイドラインが求めているのは、突き詰めると把握の量を増やすことです。バリューチェーン全体の取引を国・地域単位で押さえる。二次、三次のサプライヤーまで視野に入れる。コア技術を特定し、それに触れる取引先の管理体制まで確認する。取引先等の選定に際して、当該取引先等の技術等の管理体制を考慮する、という項目まであります5。
一方で、これを担当する人員が同じ比率で増えることは、まずありません。私が相談を受ける企業の多くは、輸出管理も取引先審査も、専任1〜2名か、他業務との兼任で回しています。対象が増えて人が増えないなら、どこかで必ず抜けが出ます。抜けが出た結果として問われるのが経営の責任だとすれば、ここは仕組みで受け止めるほかありません。
私たちが提供しているTRAFEEDは、この反復作業のほうを引き受けるための輸出管理AIエージェントです。経済産業省の基準に準拠し、該非判定と取引先スクリーニング、経済安全保障対応を一つの流れで支援します。岡山大学との共同実証では約3万件の過去審査データを用いてAI判定精度95%以上を確認しており、各国の法規改正も反映しながら懸念度を可視化します。もちろん最終的な該非判定は貴社の輸出管理責任者が行うものですが、そこに至るまでの調査と一次スクリーニングの負荷は大きく下げられます。チェックリストの「根拠」欄に、担当者の経験ではなく仕組みの名前を書けるようになる。これが、ガイドライン時代の現実的な着地点だと考えています。
制度側の全体像を押さえたい方は、経済安全保障推進法の完全ガイドと、2026年6月に成立した改正を扱った経済安全保障推進法 改正(2026年・法律第38号)もあわせてどうぞ。自社が支援対象になり得るかを確かめたい場合は、特定重要物資16品目と所管省庁が入口になります。
まとめ
経済安全保障経営ガイドライン(第1版)の要点を整理します。
- 経済産業省 貿易経済安全保障局が2026年1月23日に公表した、経営者向けの推奨事項です。義務付けではなく、特定の国・企業・人等との取引を念頭に置いたものでもありません
- ガイドラインに沿った取組は、経営者が善管注意義務を果たしていることの裏付けの一つになる、との考え方が示されています
- 焦点は「国内法令遵守のみでは対応できないリスク」。外為法の該非判定やスクリーニングは当然の責務として、議論の前提に置かれています
- 原則は3つ。自社ビジネスの正確な把握とリスクシナリオの策定、対応を投資と捉えること、マルチステークホルダーとの対話です
- 付録のチェックリストは44項目。「Y/N」の右にある「根拠とした体制・実績」の欄こそが本体で、口頭の運用と文書化された運用をふるいにかけます
読み終えて私が思うのは、この文書がいちばん嫌っているのは、経済安全保障を「言葉として知っている」状態のまま放置することだ、ということです。7割がその状態にあるという数字を、経済産業省は自ら資料の最後に置きました。裏を返せば、44項目のうち10項目でも根拠つきで埋められる会社は、それだけで上位3割に入れるということでもあります。
まずは第1回の点検を、完璧を目指さずに走らせてみてください。空欄の並びが、そのまま次の一年の宿題リストになります。埋め方に迷ったときや、輸出管理の足元から一緒に組み立て直したいときは、TRAFEEDの個別相談からお声がけください。チェックリストを配って終わりにせず、根拠を書ける状態まで伴走します。
参考文献
Footnotes
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経済産業省 貿易経済安全保障局「経済安全保障経営ガイドライン第1版(概要)」(2026年2月)9ページ「(参考)経済安全保障に取り組む製造事業者の実態」。原典はアクセンチュア株式会社「令和6年度製造基盤技術実態等調査(我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査)報告書」(2025年3月) https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/260123_guidelinegaiyo.pdf ↩ ↩2 ↩3
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経済産業省「「経済安全保障経営ガイドライン(第1版)」を取りまとめました」(2026年1月23日) https://www.meti.go.jp/press/2025/01/20260123004/20260123004.html ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
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経済産業省 貿易経済安全保障局「経済安全保障経営ガイドライン(第1版)」(2026年1月23日)「2. 基本方針」 https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/260123_guideline.pdf ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
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同上「4.(3) 経済安全保障対応におけるガバナンス強化」15ページ ↩
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公正取引委員会・経済産業省・国土交通省「経済安全保障と独占禁止法に関する事例集」(2025年11月20日) https://www.meti.go.jp/press/2025/11/20251120001/20251120001-2.pdf ↩






