株式会社TIMEWELLの濱本 隆太です。
文部科学省が8月28日に公表した令和9年度(2027年度)概算要求で、科研費(科学研究費助成事業)の要求額は4,552億円になりました。前年度予算額は2,479億円ですから、ほぼ倍です。8月23日に「倍増要求へ」と報じられた段階でこの記事の初版を書きましたが、その後に公式資料が出そろい、財務省の集計や内閣改造もありました。10月4日時点の情報で書き直しています。
いちばん大事なことは初版から変わりません。これは要求の段階で、決まった話ではありません。 いまは財務省の査定の途中で、要求額がそのまま通ることは通常ありません。「倍増が決まった」と読むのは早すぎます。
そのうえで、中身は見る価値があります。公式資料を読むと、増額分のほとんどは要求上限のない「強く豊かな日本」投資枠に載っていて、金額と並んで「全面基金化」が柱に据えられていました。研究現場にとっては、こちらのほうが効くかもしれません。
あわせて、この話題でよく出てくる「科研費は過去に大きく削られた」という理解が、公表データと合っているのかも検証します。ここは私自身、調べてみて認識を改めた部分でした。
この記事の要点
- 令和9年度の科研費の要求・要望額は4,552億円(前年度予算額2,479億円の約1.84倍)。うち2,042億円が「強く豊かな日本」投資枠
- 前年度予算額とは別に令和7年度補正予算で300億円が付いており、これを足した2,779億円と比べると約1.64倍
- 柱は新領域、国際、若手、基盤研究の拡充と、全面基金化の5つ。基金化の対象は基盤研究(A)、学術変革領域研究(A)、特別推進研究へ広げる方針
- 金額が決まるのは12月下旬ごろの政府予算案、確定は翌年の通常国会での予算成立。財務省は投資枠の査定で「額ではなく効果」を重視する考え方
- 一次データでは、科研費の名目の総額は長期で増加(平成10年度1,179億円、令和8年度2,479億円)。大学財政を痛めたのは運営費交付金の逓減
- 運営費交付金も1兆2,512億円(前年度予算額1兆971億円)を要求。基盤的経費の側も増額要求
初版(8月23日)から何が変わったか
初版を書いた8月23日の時点で手元にあったのは、「文部科学省が科研費の倍増を要求する方針を固めた」という報道と、7月30日の閣議了解(概算要求の基本方針)だけでした。4,552億円という金額も、全科研費の基金化という方針も、報道で知った情報です。その後の6週間で、主な数字は一次資料で確かめられるようになりました。
| 項目 | 初版(8月23日) | 現在(10月4日) |
|---|---|---|
| 要求額 | 4,552億円と報道 | 文部科学省の公式資料で4,552億円を確認。うち投資枠2,042億円1 |
| 中身 | 全科研費の基金化、国際共同研究、若手支援と報道 | 5つの柱と、基金化を進める3種目(基盤研究(A)、学術変革領域研究(A)、特別推進研究)が公表1 |
| 政府全体 | 要求上限のない投資枠の創設(7月30日閣議了解) | 概算要求の総額は143兆656億円、うち投資枠12兆1,730億円(9月4日、財務省)2 |
| 財務省の姿勢 | 不明 | 投資枠は「財政支出の額ではなく、その経済成長に与える効果」が重要との考え方を公表(9月4日)3 |
| 文部科学大臣 | 松本洋平氏 | 9月17日の内閣改造で関芳弘氏が就任。就任会見で科研費の大幅拡充を進める考えを表明4 |
| 査定 | これから | 財政制度等審議会が9月30日に秋の審議を開始。文教・科学技術を扱う回は10月4日時点で未開催3 |
公式資料で私がいちばん意外だったのは、内訳です。4,552億円のうち2,042億円が投資枠で、残りの2,510億円が通常の経費にあたります。前年度の2,479億円と比べると、通常の経費はほぼ横ばいで、増額分のほとんどが投資枠に載っている計算になります(文部科学省の資料の数字から私が計算しました)。投資枠は要求上限がない代わりに、計画に「誰が、いつまでに、なにを、どのように行うのか」の明確化が求められ、財務省がその観点で精査するとしている枠です。倍増が通るかどうかは、この投資枠の部分がどこまで認められるかにかかっている、と読むのが実態に近いと思います。
内閣改造の影響も気になるところでしょう。9月17日に発足した第2次高市改造内閣で文部科学大臣は交代しましたが、新任の関芳弘大臣は9月18日の就任会見で「科研費の大幅拡充などによります新たな研究の領域の創造」を挙げ、9月29日の会見でも科研費と国立大学法人運営費交付金の大幅な拡充を続ける考えを示しました4。少なくとも担当大臣の発言のうえでは、方針は引き継がれています。改造全体の顔ぶれは第2次高市改造内閣の記事にまとめています。
もうひとつ、お詫びがあります。初版に載せた日本学術振興会の予算額推移の表で、令和6年度から令和8年度の行の金額と補正予算の注記が、別の年度のものと入れ替わっていました。たとえば令和7年度の欄には、本来は令和5年度の数字である3,031億円が入っていました。下の「削られた」の節で、原資料のグラフを確かめ直した数字に直しています。
前提:科研費とは何か
まず用語からです。ここが分かれていないと、議論がかみ合いません。
科研費(科学研究費助成事業)
研究者個人やグループが申請し、審査を経て配分される競争的な研究費です。テーマは研究者側から出します。国が「この分野をやれ」と指定するのではなく、下から積み上がるのが特徴です。
基礎研究から応用まで、分野を問わず幅広く対象になります。文部科学省の資料によると、応募はおよそ10万件、採択率は約27%です1。日本の学術研究を支える中核的な制度で、ピア・レビュー(その分野に通じた研究者による審査)で採否が決まります。
応募の入口にも触れておきます。科研費の公募要領は、研究代表者と研究分担者が、所属機関への研究インテグリティ(他の研究資金、兼業、外国の人材登用プログラムへの参加などを適切に申告すること)に係る誓約状況をe-Radに登録していなければ応募できない、と定めています。令和9年度の公募要領でも同じ扱いで、事実と異なる記載が判明した場合は不採択や採択取消、減額配分もありうると書かれています5。予算が増えて応募の機会が広がっても、誓約の登録が漏れていれば応募そのものができません。申告の範囲や線引きは研究費に応募する側の経済安保要件の整理で詳しく書きました。学内の申告体制を点検したい大学や研究機関の方は、研究インテグリティ・研究セキュリティ 自己点検シートも使えます。
運営費交付金
国立大学法人に対して国が渡す基盤的な経費です。人件費、施設の維持、光熱費など、大学が組織として動くための土台に使われます。
この2つはまったく性格が違います。科研費は特定の研究テーマに紐づくお金で、運営費交付金は組織の運営費です。科研費をいくら増やしても、大学の人件費は賄えません。逆に、運営費交付金があっても、個別の研究プロジェクトは走りません。
両方が必要で、片方では代替できません。 この記事の後半の議論は、すべてここを前提にしています。
「科研費が削られた」は、データと合っているか
ここは丁寧に書きます。
「15年ほど前に科研費が大幅に削減され、日本の大学研究が遅れた」という語り方をよく見かけます。研究環境が悪化したという実感自体は、数多くの指摘があり、根拠のあるものだと思います。ただ、その原因が科研費の総額の削減だったかというと、公表データはそう示していません。
日本学術振興会の公表データ
科研費の予算額の推移は、日本学術振興会が公表しています6。主な年度を抜き出し、令和9年度の要求額を最後に足しました。
| 年度 | 予算額 | 備考 |
|---|---|---|
| 平成10年度(1998) | 1,179億円 | |
| 平成13年度(2001) | 1,580億円 | 間接経費の導入 |
| 平成21年度(2009) | 1,970億円 | |
| 平成22年度(2010) | 2,000億円 | |
| 平成23年度(2011) | 2,633億円 | 基金化の導入 |
| 平成24年度(2012) | 2,566億円 | |
| 平成26年度(2014) | 2,276億円 | |
| 平成28年度(2016) | 2,273億円 | |
| 令和2年度(2020) | 2,374億円 | |
| 令和5年度(2023) | 3,031億円 | 補正654億円を含む |
| 令和6年度(2024) | 2,429億円 | 基盤(B)の基金化。補正52億円を含む |
| 令和7年度(2025) | 2,679億円 | 補正300億円を含む |
| 令和8年度(2026) | 2,479億円 | 学変(B)・基盤(S)の基金化 |
| 令和9年度(2027)要求 | 4,552億円 | 要求段階。うち投資枠2,042億円 |
※日本学術振興会の資料は、補正予算をその年度の額に含めて表示しています。令和9年度は文部科学省の概算要求資料による要求額で、確定額ではありません1。
長期で見れば、増えています。平成10年度の1,179億円から令和8年度の2,479億円へ、およそ2.1倍です。
注目すべきは平成22年度から23年度です。2,000億円から2,633億円へ、一気に600億円以上増えています。これは基金化の導入によるものです。
もうひとつ、表を作り直していて気づいたことがあります。補正予算を差し引いた当初予算だけで見ると、令和元年度から令和7年度までは2,372億円から2,379億円の間で、ほとんど動いていません。年によって総額が上下して見えるのは、補正予算が上乗せされた年があるからです。令和8年度に当初予算が100億円増えて2,479億円になり、そこへ今回の4,552億円の要求が来ました。7年間ほぼ横ばいだった当初予算を、一度に倍近くまで引き上げようとしているわけです。 「倍増要求」の重みは、この文脈で見るとよく分かります。
時期も確認しておきます。民主党政権は2009年9月から2012年12月で、平成21年度から平成24年度にあたります。この間、科研費は1,970億円、2,000億円、2,633億円、2,566億円と推移しており、削減されていません。むしろ平成23年度に大きく増えています。
名目では増えた。では実質はどうか
公平のために、反対側の指摘も書いておきます。生物科学学会連合などの学協会連合が2024年に呼びかけた署名は、研究者あたりの科研費の配分額が減り続けていること、2000年以降の研究費の伸び率が主要7か国で最下位であることを挙げ、配分額の実質的な低下が研究環境の劣化につながっていると主張しています7。
総額の名目値が増えたことと、物価の上昇や応募件数の増加を考えた1件あたりの実質額が目減りしたことは、両立します。上の表は名目の総額で、研究者一人ひとりの手元にどれだけ届いたかを示すものではありません。「科研費は削られていない」という言い方は名目の総額については正しいのですが、現場の実感をすべて否定する根拠にはならない、というのが私の整理です。
では何が減ったのか
運営費交付金です。
国立大学は平成16年度(2004年)に法人化されました。それ以降、「効率化係数」により毎年約1%ずつ運営費交付金が削減される仕組みが続きました。
- 平成16年度から平成27年度までの11年間で、約1,470億円(約11.8%)の減少
- 平成16年度から平成22年度までの7年間だけでも、約830億円の減少
この削減の起点は平成16年度(2004年)の法人化で、民主党政権の発足より5年前です。
大学の収入構造そのものが変わった
もう少し踏み込むと、金額の減少以上に構造の変化が効いています。文部科学省が国立大学法人評価委員会に出した資料から、国立大学法人全体の経常収益の内訳を引きます8。
| 経常収益の内訳 | 平成16年度 | 令和6年度 |
|---|---|---|
| 運営費交付金収益 | 11,654億円(47%) | 10,828億円(29%) |
| 学生納付金収益 | 3,560億円(15%) | 3,624億円(10%) |
| 外部資金等 | 1,718億円(7%) | 7,521億円(20%) |
| 附属病院収益 | 6,245億円(26%) | 14,148億円(39%) |
| 合計 | 24,454億円 | 37,005億円 |
※外部資金等は補助金収益、受託研究収益等、寄附金収益、研究関連収益。資産見返戻入は会計基準の改訂により令和4年度から0のため省略
経常収益の全体は約1.5倍に増えています。一見すると大学は豊かになったように見えます。
ところが運営費交付金収益は金額でも減り、構成比では47%から29%へ落ちています。増えたのは附属病院収益(約2.2倍)と外部資金等(約4.3倍)です。
大学の収入は増えたものの、その中身は病院の診療収入と、取ってこなければならない外部資金に置き換わりました。使途を自分で決められる基盤的な部分が、相対的にも絶対的にも痩せています。
人件費を含む基盤的経費が細るということは、任期なしのポストを維持できないということです。若手研究者が安定した職に就けない、腰を据えた研究がしにくい、という構造は主にここから来ています。競争的資金をいくら積んでも、この部分は埋まりません。
事業仕分けはどう位置づけられるか
2009年11月の事業仕分けが、科学技術予算に強い衝撃を与えたのは事実です。分子科学研究所が「日本の学術研究が崩壊する」という声明を出し、Natureも日本の科学予算削減を特集で取り上げました。研究者コミュニティが強い危機感を持ったことは、記録に明確に残っています。
事業仕分けでは、国立大学法人運営費交付金についても「見直し」「縮減」の判定が出ています。すでに毎年1%削られていたものに、さらに縮減の判定が出たという文脈です。一方で、科研費そのものが削減された形跡は、公表データからは確認できません。
整理すると
正確に書くと、こうなります。
- 大学の研究環境が悪化したという認識は妥当です。多方面から指摘があり、データの裏付けもあります
- ただし主因は運営費交付金の逓減で、その開始は2004年の法人化以降です。特定の政権に帰せられる話ではありません
- 事業仕分けは研究者コミュニティに大きな衝撃を与えましたが、科研費の総額の削減にはつながっていません
- 科研費の名目の総額は長期で増えており、特に平成23年度の基金化で大きく伸びました。1件あたりの実質額の目減りを指摘する声はあります
私はどの政権を支持する立場でも批判する立場でもありません。ただ、対策を考えるなら原因を正確に押さえる必要があると思っています。「科研費を増やせば大学は元気になる」という理解だと、運営費交付金の問題が視野から抜けてしまいます。
その運営費交付金も動いています。文部科学省は令和9年度概算要求で1兆2,512億円(前年度予算額1兆971億円、1,541億円増)を求めました1。松本洋平文部科学大臣(当時)は8月28日の会見で、実現すれば法人化当初の予算額を上回る水準になると説明しています9。令和8年度の1兆971億円は、9年ぶりの増額と報じられた額でした。
今回の要求は何を増やそうとしているのか
ここからは文部科学省の公式資料(研究振興局の主要事項)に沿って整理します1。いずれも要求段階の内容で、確定ではありません。
金額と内訳
要求・要望額は4,552億円、そのうち2,042億円が投資枠です。前年度予算額2,479億円に対して約1.84倍になります。資料には令和7年度補正予算の300億円も並べて書かれています。この補正は、学術変革領域研究(B)と基盤研究(S)の継続課題を基金化するために使われたものです10。補正予算と翌年度の当初予算を一体で見る、いわゆる15か月予算の考え方で、前年度予算額にこの300億円を足した2,779億円と比べると約1.64倍です。当初予算どうしで比べるか、補正も含めて比べるかで、倍率の印象はかなり変わります。どちらで見ても、補正込みでこれまで最大だった令和5年度の3,031億円を大きく上回る規模です。
5つの柱
資料は拡充の中身を5つに分けています。表にまとめます。
| 柱 | 主な中身 |
|---|---|
| 新領域種目の支援強化 | 挑戦的研究(開拓)を拡充し、若手支援強化枠を設定。学術変革領域研究(B)の期間延伸と拡充、(A)の拡充 |
| 国際的な研究の支援強化 | 国際共同研究強化を拡充し、若手研究の採択者や特別研究員向けの新たな応募区分を設定。基盤研究(A)で国際性評価による重点配分を拡充 |
| 若手研究者への支援強化 | 研究活動スタート支援、若手研究、特別研究員奨励費の拡充 |
| 多様な研究の深化・発展 | 基盤研究(S)(A)(B)(C)の拡充 |
| 全面基金化による研究時間確保 | 基盤研究(A)、学術変革領域研究(A)、特別推進研究の基金化を推進 |
このほか、文部科学省の概算要求のポイントには、科研費で若手研究者の海外渡航を支える新規メニューとして73億円が載っています1。初版で「国際共同研究と若手支援」とだけ書いていた部分は、実際には若手を海外の研究コミュニティに送り出す仕組みと、若手が新領域の大型種目に挑める枠の両方を指していました。
全面基金化
実務的には、ここがいちばん大きいと思います。
通常の国の予算は単年度主義で、その年度内に使い切る必要があります。年度末に慌てて物品を買うという光景は、研究現場でよく知られたものです。
基金化すると、複数年度にわたって柔軟に使えます。研究は計画どおりに進むとは限りません。装置の納品が遅れる、実験がうまくいかず方針を変える、といったことは日常的に起きます。単年度縛りは、研究の実態と噛み合っていません。
科研費の基金化は平成23年度に一部で導入され、令和6年度に基盤(B)、令和8年度に学術変革領域研究(B)・基盤(S)と、対象種目が段階的に広がってきました。今回の資料は、基盤研究(A)、学術変革領域研究(A)、特別推進研究の基金化を進めるとしています。いずれも1課題あたりの配分額が大きい種目です。骨太方針2026にも「科研費の全面基金化に向けた取組を速やかに推進し、研究者の煩雑な事務負担を軽減し、研究時間を確保する」と書かれています1。
お金の額そのものより、使い方の自由度が上がることのほうが、研究者にとっては効くかもしれません。 仮に査定で総額が圧縮されても、基金化の方針が残るかどうかは別に見ておく価値があります。
国際共同研究の強化と若手研究者支援
若手支援については、令和8年度予算案で若手研究者向けの枠を1,000件新設すると報じられるなど、これまでも手当てが進められてきました。運営費交付金の減少で若手の安定ポストが減った分を、競争的資金側で補おうとしている構図です。
ただし前述のとおり、競争的資金は基盤的経費の代わりにはなりません。3年や5年のプロジェクト資金では、任期なしのポストは作れないからです。運営費交付金の増額要求が同時に出ていることは、この点では意味があると思います。
なぜ「倍増要求」ができるのか
制度的な背景があります。ここは一次資料で確認できます。
令和8年7月30日、閣議了解「令和9年度予算の概算要求に当たっての基本的な方針について」が出ています11。冒頭にこう書かれています。
令和9年度予算は、「経済財政運営と改革の基本方針2026」(令和8年7月21日閣議決定)等に基づき、危機管理投資・成長投資をはじめ、国内投資を通じた潜在成長率の引上げにつながる施策を予見可能性を持って実施できるよう、通常歳出とは別に、『「強く豊かな日本」投資枠』を創設。
そして要求のルールが、この投資枠だけ違います。
『「強く豊かな日本」投資枠』については、国内投資を通じた潜在成長率の引上げに向けて、日本成長戦略や地域未来戦略などを踏まえた効果の高い政策を推進。(中略)要求上限を設けず、事項要求も含め、所要額を適切に要求。
通常の経費は「前年度当初予算に相当する額の範囲内」で要求し、そこに20%を乗じた額の範囲内で要望できるというルールです。つまり普通なら、倍増の要求はできません。上限のない投資枠があるから、倍増という数字が出せる構造になっています。上で見たとおり、科研費の通常の経費は前年度並みにとどまり、増額分は投資枠側に積まれていました。
さらに、同じ方針にこう書かれています。
予見可能性を高め、継続的な取組を後押しするため、複数年度の計画に基づくものを基本とする。
基金化の方針と、投資枠の設計思想が噛み合っています。単年度で使い切る前提を外すという点で、方向が一致しています。
規模も押さえておきます。9月4日に財務省が公表した集計では、各省の概算要求・要望の総額は143兆656億円で、そのうち投資枠は12兆1,730億円でした2。文部科学省の一般会計の要求は8兆7,750億円(前年度予算額5兆8,809億円)で、うち投資枠が2兆1,830億円です1。科研費の2,042億円はその一部にあたります。府省をまたいだ科学技術関係予算の要求は、内閣府の集計で令和8年度当初予算から73.7%増の10兆9,983億円でした12。
この投資枠が踏まえるとされている日本成長戦略や地域未来戦略は、産業競争力強化法の改正による投資促進税制などと同じ枠組みの中にあります。研究予算だけの話ではなく、国内投資全体を押し上げる政策パッケージの一部として設計されている、と読むのが実態に近いと思います。成長戦略の全体像は日本成長戦略とスタートアップ総力創出パッケージの解説に、地方側の動きは地域未来戦略の解説に書きました。
誰が何を主張しているか
倍増要求をめぐっては、立場によって言っていることが違います。ここでは評価を加えず、誰がどこで何を言ったかを並べます。
政府の側では、高市首相が7月10日の総合科学技術・イノベーション会議で「令和9年度概算要求におきましても、『研究費の実質倍増』を目指して、『「強く豊かな日本」投資枠』も活用し、科研費や大学の運営費交付金の大幅拡充など、知の基盤に必要な予算の確保に取り組む」と述べています13。7月14日に閣議決定された統合イノベーション戦略2026も、科研費の大幅な拡充と全面基金化に取り組むとしています1。戦略の中身は統合イノベーション戦略2026を企業視点で読んだ記事で扱いました。
文部科学省の側では、松本洋平大臣(当時)が8月28日の会見で、若手・新領域、国際的な研究、多様な学術研究への支援の強化と全面基金化の推進のために「前年度予算からおおむね倍となります4,552億円」を計上したと説明しました。同じ会見で、予算は「決して目標ではなくて手段」であり、認められた暁には結果を出すことが大切だとも述べ、研究費の不正使用を防ぐ取り組みを徹底する考えも示しています9。後任の関芳弘大臣も、先に書いたとおり大幅拡充の方針を引き継いでいます4。
財務省の側は、私が確認した範囲では、科研費を名指しした見解をまだ示していません。示されているのは投資枠全体に対する考え方で、9月4日付の文書では「重要なことは、財政支出の額ではなく、その経済成長に与える効果である」としたうえで、計画には「誰が、いつまでに、なにを、どのように行うのか」という5W1Hの明確化が求められること、支援の根拠が検証可能な形で示されているか、各年度の執行可能性はどうかといった観点で精査すると書かれています3。
研究者の側では、先に紹介した2024年の学協会連合の署名が、配分額の実質的な低下を指摘して科研費の増額を求めています7。要求の内容は、この声とも重なる部分があります。
並べてみると、論点は「倍増の是非」より、投資枠の2,042億円の効果をどんな指標で示すのか、に移りつつあるように見えます。基礎研究は成果が出るまでに時間がかかる分野です。文部科学省がどんな計画と指標で説明し、財務省がそれをどう査定するのかが、年末に向けた焦点になりそうです。
確定までの流れ
「まだ決まっていない」の中身を、具体的な日付で書いておきます。10月4日時点で、表の上から5行目までは済んでいます。
| 時期 | 何が起きるか |
|---|---|
| 7月14日〜9月17日 | 2027年度に始まる科研費(基盤研究、挑戦的研究、若手研究)の公募。予算成立前に実施14 |
| 7月30日 | 概算要求の基本方針を閣議了解。投資枠を創設11 |
| 8月28日 | 文部科学省が概算要求を公表。科研費4,552億円1 |
| 9月4日 | 財務省が要求の総額を公表。143兆656億円2 |
| 9月30日 | 財政制度等審議会の財政制度分科会が秋の審議を開始(議題は財政総論と地方財政)3 |
| 10月〜11月 | 財政審で分野別の審議。昨年は文教・科学技術が11月11日 |
| 12月上旬 | 財政審の建議。昨年は12月2日 |
| 12月下旬ごろ | 政府予算案の閣議決定 |
| 2027年1月〜3月 | 通常国会で審議。年度内に成立すれば確定 |
研究者にとって見落としやすいのが、2027年度に始まる研究課題の公募がすでに締め切られている点です。日本学術振興会は基盤研究(A・B・C)、挑戦的研究、若手研究の公募を7月14日から9月17日まで受け付けました。公募の通知には、審査の準備を早く進めるために予算成立前に始めるもので、予算の状況によっては措置する財源や内容が変わりうると明記されています14。増額が認められた場合に、どの種目の採択件数や配分へどう反映されるかは、予算案が固まってからでないと分かりません。要求に盛り込まれた新しい応募区分がいつ、どんな形で公募されるかも、私が確認した範囲ではまだ示されていません。
要求額と最終的な予算額は、ふつう一致しません。過去の例を見ても、要求から減額されるのが通例です。「4,552億円」という数字を前提に計画を立てるのは危険です。
一方で、上限のない投資枠を使っているという点は、通常の要求とは事情が違います。政府として国内投資を押し上げる方針を掲げている以上、単純に前例どおり削られるとも限りません。財政審の文教・科学技術の回で財務省がどんな論点を出すかを見て、12月の政府案を待つ、というのが正しい姿勢だと思います。
大学とスタートアップの距離は縮まるのか
ここについても触れておきます。期待したいところですが、正確に切り分けておく必要があります。
科研費は基礎研究のための競争的資金であり、事業化のための資金ではありません。科研費が増えたからといって、直ちに大学発スタートアップが増えるわけではありません。事業化を支える制度は、科研費とは別に用意されています。
ただ、間接的な効果は考えられます。
1つめは、基金化による時間の自由度です。複数年度で柔軟に使えるということは、研究者が腰を据えて長い取り組みができるということです。事業化に耐える技術は、短期のプロジェクトからは出にくいものです。
2つめは若手支援です。大学発スタートアップの担い手は、多くの場合、博士課程学生やポスドク、若手教員です。この層が研究を続けられるかどうかが、母数を決めます。
3つめは国際共同研究です。海外の研究機関とのつながりは、そのまま海外市場への回路にもなりえます。今回の要求で若手の海外派遣に新しいメニューが立てられているのは、この点では追い風です。
逆に、これだけでは足りないものもはっきりしています。事業化には、研究費とは別に、経営人材、初期の資金、そして知財の扱いの整理が要ります。科研費の増額が「産学連携が進む」に直結すると考えるのは、飛躍です。
そのうえで、方向としては悪くないと思っています。基盤が細い状態で連携だけ促しても、出てくるものが増えないからです。
いま見ておくとよいこと
研究者・大学の方へ。種目ごとの拡充の方向は、文部科学省の「研究振興局主要事項」で確認できるようになりました1。ただし金額が種目別に固まるのは12月の政府予算案以降です。それまでは、報道の「倍増」という見出しだけで研究計画を組み替えないほうが安全です。並行して、研究代表者と分担者全員の研究インテグリティの誓約登録が済んでいるかは、今のうちに確かめておく価値があります。
企業の方へ。大学との共同研究を検討している場合、基金化が進むと相手方の予算の使い勝手が変わります。年度末に急いで契約を締結する、という慣行が緩む可能性があります。制度が固まってから、共同研究の期間設定を見直す価値はあると思います。
スタートアップの方へ。科研費そのものは事業化資金ではありませんが、大学の研究者と組む際の相手方の事情は変わりえます。複数年度での計画が立てやすくなるということは、共同研究のスパンも取りやすくなるということです。
日程の面では、財政審の文教・科学技術の回(昨年は11月中旬)と、12月下旬の政府予算案の2つが次の節目です。政府案が出たら、科研費の種目別の扱いと基金化の範囲がどうなったかを、あらためて一次資料で確かめたいと思います。
最後に
この記事を書くにあたって、私自身が認識を改めた点があります。「科研費が削られて研究が停滞した」という説明を、疑わずに受け入れていました。
実際に日本学術振興会の公表データを見ると、科研費の名目の総額は長期的には増えていました。減っていたのは運営費交付金で、しかもその開始は2004年の法人化以降でした。今回あらためて表を作り直して、当初予算が7年間ほぼ横ばいだったことにも気づきました。
更新作業でもうひとつ学んだのは、報道の見出しと公式資料の間には「内訳」という情報が挟まっている、ということです。4,552億円という数字だけを追っていたら、通常の経費が前年並みで、増額分が投資枠に集中していることには気づけませんでした。予算の話は、見出しの金額より、どの枠に何が積まれているかを見たほうが先が読めると感じています。
研究環境が厳しくなったという実感は本物です。ただ、原因の特定を誤ると、対策も的を外します。基盤的経費と競争的資金は別の問題で、両方を見る必要があります。それが、データを見て得た結論です。
倍増要求そのものは歓迎すべき動きだと思います。ただ、それが基盤的経費の問題を解決するわけではないという点は、あわせて見ておきたいところです。
まとめ
- 文部科学省は令和9年度概算要求で科研費4,552億円(前年度予算額2,479億円の約1.84倍)を求めました。うち2,042億円が投資枠で、通常の経費はほぼ前年並みです。まだ確定ではありません
- 前年度予算額に令和7年度補正の300億円を足した2,779億円と比べると約1.64倍です。それでも補正込みで過去最大だった令和5年度の3,031億円を大きく上回ります
- 中身は新領域、国際、若手、基盤研究の拡充と全面基金化です。基金化は基盤研究(A)、学術変革領域研究(A)、特別推進研究へ広げる方針です
- 背景にあるのは、令和8年7月30日閣議了解で創設された要求上限のない投資枠です。財務省は投資枠について「額ではなく効果」を重視し、5W1Hまで精査するとしています
- 一次データでは、科研費の名目の総額は削減されていません。当初予算は令和元年度から7年度まで2,370億円台で横ばいでした。研究者団体は1件あたりの実質的な目減りを指摘しています
- 大学財政を痛めたのは運営費交付金の逓減です。法人化以降、毎年約1%削減され、11年で約1,470億円(11.8%)減りました。今回は1兆2,512億円が要求されています
- 2027年度の科研費の公募は予算成立前に締め切られており、増額がどこに反映されるかは政府予算案を待つ必要があります
金額の見出しは目を引きますが、この件でいちばん効きそうなのは、やはり基金化のほうだと思っています。年末の査定で総額がどこに落ち着くかと同じくらい、全面基金化の方針が予算案に残るかどうかを見ておきたいところです。
Footnotes
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文部科学省「研究振興局主要事項-令和9年度科学技術関係概算要求-」(令和8年8月). https://www.mext.go.jp/content/20260825-ope_dev02-000051779-8.pdf ほか「令和9年度文部科学関係概算要求のポイント」(令和8年9月17日更新). https://www.mext.go.jp/content/20260917-ope_dev03-000051779_1.pdf ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9 ↩10 ↩11 ↩12
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財務省「令和9年度一般会計概算要求・要望額・『「強く豊かな日本」投資枠』等」(令和8年9月4日). https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2027/sy20260904.pdf ↩ ↩2 ↩3
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財務省 財政制度等審議会 財政制度分科会(令和8年9月30日)資料1「財政総論」(『「強く豊かな日本」投資枠』の予算編成についての考え方(令和8年9月4日 財務省)を収録). https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20260930/01.pdf 開催実績(令和7年11月11日 文教・科学技術、12月2日 建議)は同分科会の議事要旨・提出資料等の一覧で確認. https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/index.html ↩ ↩2 ↩3 ↩4
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文部科学省「関芳弘文部科学大臣記者会見録(令和8年9月18日)」. https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00731.html 同(令和8年9月29日). https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00733.html ↩ ↩2 ↩3
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日本学術振興会「令和9(2027)年度科学研究費助成事業 公募要領(基盤研究(A・B・C)、挑戦的研究、若手研究)」. https://www.jsps.go.jp/file/storage/kaken_kiban_2026_g_4978/r9_7_kobo.pdf ↩
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日本学術振興会「科研費データ」予算額の推移(令和8年5月15日更新). https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/27_kdata/index.html 資料本体. https://www.jsps.go.jp/file/storage/kaken_27_kdata_g_4795/1-1_r8.pdf ↩
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生物科学学会連合ほか「日本の未来のために、科学研究費助成事業(科研費)の増額を求めましょう!」(2024年). https://seikaren.org/wp-content/uploads/2024/10/signature_site_20241024.pdf ↩ ↩2
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文部科学省「運営費交付金を取り巻く現状について」(国立大学法人評価委員会 総会(第80回)資料Ⅳ、令和8年3月3日). https://www.mext.go.jp/content/20260302-mxt_hojinka000047760_4.pdf ↩
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文部科学省「松本洋平文部科学大臣記者会見録(令和8年8月28日)」. https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00724.html ↩ ↩2
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日本学術振興会「令和8(2026)年度科学研究費助成事業(科研費)における学術変革領域研究(B)及び基盤研究(S)の基金化について」(2025年12月26日). https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/06_jsps_info/2025/g_4223.html ↩
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財務省「令和9年度予算の概算要求に当たっての基本的な方針について」(令和8年7月30日 閣議了解). https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2027/sy260730a.pdf ↩ ↩2
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内閣府「小野田内閣府特命担当大臣記者会見要旨(令和8年9月4日)」. https://www.cao.go.jp/minister/2602_k_onoda/kaiken/20260904.html ↩
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首相官邸「総合科学技術・イノベーション会議」(令和8年7月10日). https://www.kantei.go.jp/jp/105/actions/202607/10kagaku.html ↩
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日本学術振興会「令和9(2027)年度科学研究費助成事業-科研費-(基盤研究(A・B・C)、挑戦的研究、若手研究)の公募について(通知)」(令和8年7月14日). https://www.jsps.go.jp/file/storage/kaken_kiban_2026_g_4978/r9_7_kobotsuchi.pdf ↩ ↩2






