株式会社TIMEWELLの濱本 隆太です。
文部科学省が令和9年度(2027年度)の概算要求で、科研費を今年度から倍増させる方針を固めたと報じられました。金額は4,552億円とされ、実現すれば過去最大規模になります。
まず最初に、いちばん大事なことを書いておきます。これは「要求」の段階であり、決まった話ではありません。 概算要求の期限は8月末日で、そこから財務省との折衝が始まります。要求額がそのまま通ることは、通常ありません。「倍増が決まった」と読むのは早すぎます。
そのうえで、この動きは中身を見る価値があります。金額よりも、**「全科研費の基金化」**という方針のほうが、研究現場にとっては効くかもしれないからです。
あわせて、この話を語るときによく出てくる**「科研費は過去に大きく削られた」という理解が、公表データと合っているのか**も検証します。ここは私自身、調べてみて認識を改めた部分がありました。
この記事の要点
- 報じられている要求額は4,552億円。今年度の約1.8倍で、実現すれば過去最大規模
- ただし要求段階。 8月末に要求、12月末ごろ政府案、翌年の通常国会で成立して初めて確定する
- 中身として報じられているのは、全科研費の基金化、国際共同研究の強化、若手研究者支援の拡充
- これを可能にしているのが、令和8年7月30日閣議了解で創設された**『「強く豊かな日本」投資枠』**。要求上限を設けない別枠
- 同方針は「複数年度の計画に基づくものを基本とする」としており、基金化の方針と噛み合っている
- 一次データを見る限り、科研費そのものは大きく削られていない。 平成10年度1,179億円 → 令和8年度2,479億円
- 大学財政を痛めたのは運営費交付金の逓減。平成16年度の法人化以降、毎年約1%の削減が続いた
前提:科研費とは何か
まず用語からです。ここが分かれていないと、議論がかみ合いません。
科研費(科学研究費助成事業)
研究者個人やグループが申請し、審査を経て配分される競争的な研究費です。テーマは研究者側から出します。国が「この分野をやれ」と指定するのではなく、下から積み上がるのが特徴です。
基礎研究から応用まで、分野を問わず幅広く対象になります。日本の学術研究を支える中核的な制度です。
運営費交付金
国立大学法人に対して国が渡す基盤的な経費です。人件費、施設の維持、光熱費など、大学が組織として動くための土台に使われます。
この2つはまったく性格が違います。 科研費は特定の研究テーマに紐づくお金で、運営費交付金は組織の運営費です。科研費をいくら増やしても、大学の人件費は賄えません。 逆に、運営費交付金があっても、個別の研究プロジェクトは走りません。
両方が必要で、片方では代替できない。 ここを押さえておいてください。
「科研費が削られた」は、データと合っているか
ここは丁寧に書きます。
「15年ほど前に科研費が大幅に削減され、日本の大学研究が遅れた」という語り方をよく見かけます。研究環境が悪化したという実感自体は、数多くの指摘があり、根拠のあるものだと思います。 ただ、その原因が科研費の削減だったかというと、公表データはそう示していません。
日本学術振興会の公表データ
科研費の予算額の推移は、日本学術振興会が公表しています1。主な年度を抜き出します。
| 年度 | 予算額 | 備考 |
|---|---|---|
| 平成10年度(1998) | 1,179億円 | |
| 平成13年度(2001) | 1,580億円 | 間接経費の導入 |
| 平成21年度(2009) | 1,970億円 | |
| 平成22年度(2010) | 2,000億円 | |
| 平成23年度(2011) | 2,633億円 | 基金化の導入 |
| 平成24年度(2012) | 2,566億円 | |
| 平成26年度(2014) | 2,276億円 | |
| 平成28年度(2016) | 2,273億円 | |
| 令和2年度(2020) | 2,374億円 | |
| 令和6年度(2024) | 2,679億円 | 基盤(B)の基金化。補正156億円を含む |
| 令和7年度(2025) | 3,031億円 | 補正654億円を含む |
| 令和8年度(2026) | 2,479億円 | 学変(B)・基盤(S)の基金化。補正52億円を含む |
長期で見れば、増えています。 平成10年度の1,179億円から令和8年度の2,479億円へ、およそ2.1倍です。
そして注目すべきは平成22年度から23年度です。2,000億円から2,633億円へ、一気に600億円以上増えています。これは基金化の導入によるものです。
時期を確認します。 民主党政権は2009年9月から2012年12月です。この期間は平成21年度から平成24年度にあたります。この間、科研費は1,970億円 → 2,000億円 → 2,633億円 → 2,566億円と推移しており、削減されていません。 むしろ平成23年度に大きく増えています。
では何が減ったのか
運営費交付金です。
国立大学は平成16年度(2004年)に法人化されました。それ以降、「効率化係数」により毎年約1%ずつ運営費交付金が削減される仕組みが続きました。
- 平成16年度から平成27年度までの11年間で、約1,470億円(約11.8%)の減少
- 平成16年度から平成22年度までの7年間だけでも、約830億円の減少
そしてこの削減の起点は平成16年度(2004年)の法人化であり、民主党政権の発足より5年前です。
大学の収入構造そのものが変わった
もう少し踏み込むと、金額の減少以上に構造の変化が効いています。文部科学省が国立大学法人評価委員会に出した資料から、国立大学法人全体の経常収益の内訳を引きます2。
| 経常収益の内訳 | 平成16年度 | 令和6年度 |
|---|---|---|
| 運営費交付金収益 | 11,654億円(47%) | 10,828億円(29%) |
| 学生納付金収益 | 3,560億円(15%) | 3,624億円(10%) |
| 外部資金等 | 1,718億円(7%) | 7,521億円(20%) |
| 附属病院収益 | 6,245億円(26%) | 14,148億円(39%) |
| 合計 | 24,454億円 | 37,005億円 |
※外部資金等は補助金収益、受託研究収益等、寄附金収益、研究関連収益。資産見返戻入は会計基準の改訂により令和4年度から0のため省略
経常収益の全体は約1.5倍に増えています。 一見すると大学は豊かになったように見えます。
ところが運営費交付金収益は金額でも減り、構成比では47%から29%へ落ちています。 増えたのは附属病院収益(約2.2倍)と外部資金等(約4.3倍)です。
これが構造の変化です。 大学の収入は増えたが、その中身は病院の診療収入と取ってこなければならない外部資金に置き換わった。使途を自分で決められる基盤的な部分が、相対的にも絶対的にも痩せています。
人件費を含む基盤的経費が細るということは、任期なしのポストを維持できないということです。 若手研究者が安定した職に就けない、腰を据えた研究がしにくい、という構造は主にここから来ています。競争的資金をいくら積んでも、この部分は埋まりません。
事業仕分けはどう位置づけられるか
2009年11月の事業仕分けが、科学技術予算に強い衝撃を与えたのは事実です。分子科学研究所が「日本の学術研究が崩壊する」という声明を出し、Natureも日本の科学予算削減を特集で取り上げました。研究者コミュニティが強い危機感を持ったことは、記録に明確に残っています。
事業仕分けでは、国立大学法人運営費交付金についても「見直し」「縮減」の判定が出ています。すでに毎年1%削られていたものに、さらに縮減の判定が出たという文脈です。
一方で、科研費そのものが削減された形跡は、公表データからは確認できません。
整理すると
正確に書くと、こうなります。
- 大学の研究環境が悪化したという認識は妥当。 多方面から指摘があり、データの裏付けもある
- ただし主因は運営費交付金の逓減で、その開始は2004年の法人化以降。特定の政権に帰せられる話ではない
- 事業仕分けは研究者コミュニティに大きな衝撃を与えたが、科研費そのものの削減にはつながっていない
- 科研費は長期では増加しており、特に平成23年度の基金化で大きく伸びた
私はどの政権を支持する立場でも批判する立場でもありません。ただ、対策を考えるなら原因を正確に押さえる必要があると思っています。「科研費を増やせば大学は元気になる」という理解だと、運営費交付金の問題が視野から抜けてしまいます。
なお運営費交付金については、令和8年度予算で9年ぶりの増額となる1兆971億円で合意したと報じられており、令和9年度概算要求では1.2兆円を要求するとも報じられています。こちらも動いています。
今回の要求は何を増やそうとしているのか
報道されている内容を整理します。いずれも要求段階の話であり、確定ではありません。
金額
4,552億円。 令和8年度の2,479億円に対して約1.8倍です。実現すれば過去最大規模とされています。
全科研費の基金化
これが実務的にはいちばん大きいと思います。
通常の国の予算は単年度主義で、その年度内に使い切る必要があります。年度末に慌てて物品を買うという光景は、研究現場でよく知られたものです。
基金化すると、複数年度にわたって柔軟に使えます。 研究は計画どおりに進むとは限りません。装置の納品が遅れる、実験がうまくいかず方針を変える、といったことは日常的に起きます。単年度縛りは、研究の実態と噛み合っていません。
科研費の基金化は平成23年度に一部で導入され、その後も対象種目が段階的に広がってきました。上の表にあるとおり、令和6年度に基盤(B)、令和8年度に学術変革領域研究(B)・基盤(S)が基金化されています。今回はこれを全体に広げるという方針と報じられています。
お金の額そのものより、使い方の自由度が上がることのほうが、研究者にとっては効くかもしれません。
国際共同研究の強化と若手研究者支援
具体的な内訳は正式公表を待つ必要がありますが、報道では国際共同研究と若手研究者支援の拡充が挙げられています。
若手支援については、これまでも重点配分枠の設定などが進められてきました。運営費交付金の減少で若手の安定ポストが減った分を、競争的資金側で補おうとしているという構図です。
ただし前述のとおり、競争的資金は基盤的経費の代わりにはなりません。 3年や5年のプロジェクト資金では、任期なしのポストは作れないからです。ここは今後も残る課題だと思います。
なぜ「倍増要求」ができるのか
制度的な背景があります。ここは一次資料で確認できます。
**令和8年7月30日、閣議了解「令和9年度予算の概算要求に当たっての基本的な方針について」**が出ています3。冒頭にこう書かれています。
令和9年度予算は、「経済財政運営と改革の基本方針2026」(令和8年7月21日閣議決定)等に基づき、危機管理投資・成長投資をはじめ、国内投資を通じた潜在成長率の引上げにつながる施策を予見可能性を持って実施できるよう、通常歳出とは別に、『「強く豊かな日本」投資枠』を創設。
そして要求のルールが、この投資枠だけ違います。
『「強く豊かな日本」投資枠』については、国内投資を通じた潜在成長率の引上げに向けて、日本成長戦略や地域未来戦略などを踏まえた効果の高い政策を推進。(中略)要求上限を設けず、事項要求も含め、所要額を適切に要求。
通常の経費は「前年度当初予算に相当する額の範囲内」で要求し、そこに20%を乗じた額の範囲内で要望できるというルールです。つまり普通なら、倍増の要求はできません。
上限のない投資枠があるから、倍増という数字が出せるという構造です。
さらに、同じ方針にこう書かれています。
予見可能性を高め、継続的な取組を後押しするため、複数年度の計画に基づくものを基本とする。
基金化の方針と、投資枠の設計思想が噛み合っています。 単年度で使い切る前提を外すという点で、方向が一致しています。
なお、この投資枠が踏まえるとされている「日本成長戦略」「地域未来戦略」は、産業競争力強化法の改正による大胆な投資促進税制などと同じ枠組みの中にあります。研究予算だけの話ではなく、国内投資全体を押し上げるという政策パッケージの一部として設計されている、と読むのが実態に近いと思います。
確定までの流れ
「まだ決まっていない」の中身を、具体的に書いておきます。
| 時期 | 何が起きるか |
|---|---|
| 8月末日 | 各省庁が概算要求を提出(期限は方針で明記) |
| 9月〜12月 | 財務省による査定、各省庁との折衝 |
| 12月下旬ごろ | 政府予算案の閣議決定 |
| 翌年1月〜3月 | 通常国会で審議 |
| 年度内 | 予算成立。ここで確定 |
要求額と最終的な予算額は、ふつう一致しません。 過去の例を見ても、要求から減額されるのが通例です。「4,552億円」という数字を前提に計画を立てるのは危険です。
一方で、上限のない投資枠を使っているという点は、通常の要求とは事情が違います。政府として国内投資を押し上げる方針を掲げている以上、単純に前例どおり削られるとも限りません。12月の政府案を待つ、というのが正しい姿勢だと思います。
大学とスタートアップの距離は縮まるのか
ここについても触れておきます。期待したいところですが、正確に切り分けておく必要があります。
科研費は基礎研究のための競争的資金であり、事業化のための資金ではありません。 科研費が増えたからといって、直ちに大学発スタートアップが増えるわけではありません。事業化を支える制度は、科研費とは別に用意されています。
ただ、間接的な効果は考えられます。
1. 基金化による時間の自由度。 複数年度で柔軟に使えるということは、研究者が腰を据えて長い取り組みができるということです。事業化に耐える技術は、短期のプロジェクトからは出にくい。
2. 若手支援。 大学発スタートアップの担い手は、多くの場合、博士課程学生やポスドク、若手教員です。この層が研究を続けられるかどうかが、母数を決めます。
3. 国際共同研究。 海外の研究機関とのつながりは、そのまま海外市場への回路にもなりえます。
逆に、これだけでは足りないものもはっきりしています。 事業化には、研究費とは別に、経営人材、初期の資金、そして知財の扱いの整理が要ります。科研費の増額が「産学連携が進む」に直結すると考えるのは、飛躍です。
そのうえで、方向としては悪くないと思っています。基盤が細い状態で連携だけ促しても、出てくるものが増えないからです。
いま見ておくとよいこと
研究者・大学の方へ。 正式な概算要求の公表を待ってください。文部科学省は例年8月末に概算要求を公表し、あわせて「概算要求のポイント」という資料を出しています。研究種目ごとの扱いは、そこで初めて具体的に分かります。 報道の数字だけで判断しないほうが安全です。
企業の方へ。 大学との共同研究を検討している場合、基金化が進むと相手方の予算の使い勝手が変わります。 年度末に急いで契約を締結する、という慣行が緩む可能性があります。制度が固まってから、共同研究の期間設定を見直す価値はあると思います。
スタートアップの方へ。 科研費そのものは事業化資金ではありませんが、大学の研究者と組む際の相手方の事情は変わりえます。 複数年度での計画が立てやすくなるということは、共同研究のスパンも取りやすくなるということです。
最後に
今回この記事を書くにあたって、私自身が認識を改めた点があります。「科研費が削られて研究が停滞した」という説明を、疑わずに受け入れていました。
実際に日本学術振興会の公表データを見ると、科研費は長期的には増えていました。減っていたのは運営費交付金で、しかもその開始は2004年の法人化以降でした。
研究環境が厳しくなったという実感は本物です。 ただ、原因の特定を誤ると、対策も的を外します。基盤的経費と競争的資金は別の問題であり、両方を見る必要がある。 それが、データを見て得た結論です。
倍増要求そのものは歓迎すべき動きだと思います。ただ、それが基盤的経費の問題を解決するわけではないという点は、あわせて見ておきたいところです。
まとめ
- 文部科学省が令和9年度概算要求で科研費4,552億円(約1.8倍)を盛り込む方針と報じられた。確定ではない
- 中身は全科研費の基金化、国際共同研究の強化、若手研究者支援の拡充
- 背景に、令和8年7月30日閣議了解で創設された**『「強く豊かな日本」投資枠』**。要求上限がない別枠で、「複数年度の計画に基づくものを基本とする」
- 一次データでは、科研費そのものは削減されていない。 平成10年度1,179億円 → 令和8年度2,479億円。平成23年度には基金化で2,633億円へ大きく増加
- 大学財政を痛めたのは運営費交付金の逓減。平成16年度の法人化以降、毎年約1%削減され、11年で約1,470億円(11.8%)減
- 収入構造そのものが変わった。 経常収益は1.5倍に増えたが、運営費交付金収益は11,654億円(47%)から10,828億円(29%)へ低下し、増えた分は附属病院収益と外部資金等
- 事業仕分けは研究者コミュニティに大きな衝撃を与えたが、科研費の削減にはつながっていない
- 競争的資金は基盤的経費の代わりにならない。 3〜5年のプロジェクト資金では任期なしポストは作れない
- 確定は12月下旬の政府案、そして年度内の予算成立を待つ必要がある
金額の見出しは目を引きますが、この件でいちばん効きそうなのは基金化のほうだと思っています。使い切りの縛りが外れることは、研究の進め方そのものを変える可能性があります。正式公表を待って、種目ごとの扱いを確認したいところです。
Footnotes
-
日本学術振興会「科研費データ」(予算額の推移、令和8年5月15日更新). https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/27_kdata/index.html ↩
-
文部科学省「運営費交付金を取り巻く現状について」(国立大学法人評価委員会 総会(第80回)資料Ⅳ、令和8年3月3日). https://www.mext.go.jp/content/20260302-mxt_hojinka000047760_4.pdf ↩
-
財務省「令和9年度予算の概算要求に当たっての基本的な方針について」(令和8年7月30日 閣議了解). https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2027/sy260730a.pdf ↩






