こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
取引先から「御社の工場で、この国籍の人を外してください」と言われたら、どうしますか。労務のルールがあり、差別禁止の法律があり、それでも受注は失いたくない。この板挟みが、いま宇宙・防衛関連の部品を作る会社に現実として降りてきています。
日経アジアの独自報道によれば、SpaceXは世界の供給業者に対し、SpaceX向け製品を製造する施設に中国籍の人員を配置しないよう求めています1。設備についても、工場が中国国外にあっても、海康威視(Hikvision)やTP-Linkといった中国企業製の監視カメラやネットワーク機器の交換を要請しているとされます。監査チームを派遣した現地確認も行われ、応じない場合は今後の発注が難しくなる旨の警告があったという証言も報じられています。あわせて、NCNT(Non-China, Non-Taiwan)と呼ばれる供給網の構築も進んでいるとされます。台湾海峡情勢による途絶リスクを分散する狙いです。
最初に、この記事の立場をはっきりさせておきます。特定の国籍の人を、危険な存在として描くつもりはありません。 そういう記事にはしません。書きたいのは、この要求がどんな制度を土台に出てきているのか、そしてどこまでが法令でどこからが取引条件なのかという線引きです。ここを混同すると、日本の会社は別の法律に触れます。自社の取引と技術提供の棚卸しから始めたい方は、無料の輸出管理・経済安保セルフチェックが起点になります。
まず、これは報道であって公式発表ではない
事実関係の格を、先に確認しておきます。
この内容はSpaceXの公式発表ではありません。日経アジアが複数のサプライヤーや業界関係者への取材にもとづいて報じた独自記事であり、報道時点でSpaceX側からの公式コメントや否定は確認されていません1。台湾のサプライヤーにも影響が出はじめ、人員や設備の対応を迫られている例が複数報告されている、とも伝えられています。
社内で共有する際は、ここを曖昧にしないほうがいいと思います。「SpaceXが決めた」ではなく「そう報じられている」。この一語の差が、後で効いてきます。取引先に確認を入れるときも、報道を根拠に話を始めるのと、確定事項として詰め寄るのとでは、相手の反応がまるで変わります。
背景として繰り返し語られているのは、SpaceXの製品がNASAの有人宇宙飛行や米国の国家安全保障ミッションに深く関わっているという事情です。イーロン・マスク氏自身、2018年に「SpaceXの最優先事項は、これからもNASAの有人宇宙飛行と国家安全保障ミッションの支援であり続ける」と述べています。今回報じられている措置は、その優先順位と整合的ではあります。
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土台にあるのは「みなし輸出」という考え方
なぜ人員の国籍が管理対象になるのか。感情の話ではなく、制度の話として説明がつきます。
米国の輸出管理には「みなし輸出(deemed export)」という考え方があります。規制対象の技術情報を外国人(foreign person)に開示した時点で、その人物の本国へ輸出したものとみなす、という扱いです。ITAR(国際武器取引規則)では、技術データを外国人に開示することが輸出にあたると定義されており、それが米国内で行われた場合も同じです2。外国人の定義は22 CFR 120.63に置かれ、米国市民でも永住権保持者でもない自然人が該当します3。
つまりITARの世界では、「どの国に出荷したか」ではなく「誰が図面を見たか」が規制の単位になります。工場が米国内にあっても、日本にあっても、台湾にあっても、技術データに触れる人の資格が問われる。SpaceXが監査チームを送って現場の人員構成まで確認しているとされるのは、この構造から自然に導かれる行動ではあります。
設備の交換要請も、同じ発想の延長線上にあると読めます。製造現場の監視カメラやネットワーク機器は、図面や工程がある空間の内側に置かれた機器です。そこに外部と通信する経路があれば、技術データの流出経路になりうる。実際、出荷時のファームウェアに外部と通信する実装が入っていた事例は現実に報告されており、この点はZbtlinkルーター問題で扱ったとおりです。設備を「モノ」ではなく「情報の経路」として数える発想が、調達の側に入ってきています。
日本にも同じ考え方の制度があります。2022年5月1日に施行された外為法のみなし輸出管理の明確化です。居住者への技術提供であっても、外国政府等の強い影響下にあると認められる特定類型に該当する場合は、非居住者への提供と同様に経済産業大臣の許可が必要になります4。ここで大事なのは、経済産業省自身が「特定類型に該当することが、直ちにその人物に安全保障上の懸念があることを意味するものではない」という趣旨を明示している点です。制度は影響関係の実態を見るものであって、人に烙印を押すものではありません。制度の中身と実務の回し方は、技術流出を防ぐ「人」の防波堤で詳しく整理しています。
国籍で一律に切ることは、米国法でも咎められてきた
ここが、この記事でいちばん伝えたい部分です。
「輸出管理が理由なら、国籍で採用や配属を絞っても仕方ない」。そう考えたくなりますが、米国ではその判断自体が制裁を受けてきました。移民国籍法(8 U.S.C. 1324b)は、市民権や国籍を理由とする雇用差別を禁じています。そして米司法省は、ITARを過度に広く解釈して業務を米国市民に限定した企業を、実際に取り締まってきました。
2018年8月、大手法律事務所のクリフォードチャンス米国法人は、ITAR対象データを扱う大規模な文書レビュー業務を米国市民のみに限定したとして、13万2,000ドルの民事制裁金を支払うことに同意しています。同社は「ITAR案件には米国市民しか従事できない」と善意で信じていたとされますが、司法省は1324bの差別禁止に善意の例外はないという立場を取りました5。ホンダエアクラフトも、25件以上の求人で正当な根拠なく市民権や永住権を条件としたとして、同様に金銭的な制裁を受けています5。
構図がわかると思います。輸出管理を守ろうとして雑に国籍で線を引くと、別の法律に触れる。逆に差別を恐れて何も確認しないと、輸出管理に触れる。正解は「国籍で切る」でも「何もしない」でもなく、技術情報の範囲を特定したうえで、職務との関連の中で必要な確認と許可の手続きを踏むことです。手間はかかりますが、これ以外に安全な道はありません。
付け加えると、この一件で最も割を食うのは、現場で働く個々の技術者や作業者です。制度の変化に巻き込まれて配置転換を求められる側に、落ち度があるわけではありません。企業として要求に対応する場合でも、その前提は共有しておくべきだと私は思います。
要求が来たとき、日本のサプライヤーは何を確認するか
実務に落とします。取引先からこの種の要求が来たときに、最初にやるべきことは4つです。
第一に、法令にもとづく義務なのか、取引条件なのかを切り分けること。ITARやEARが日本企業に直接適用される場面は限られており、多くは契約上の要求として降りてきます。両者はまったく性質が違います。法令なら守る以外の選択肢はありませんが、契約条件なら交渉の余地があり、代替案の提示もできます。ここを混ぜたまま社内に下ろすと、現場が過剰反応します。
第二に、対象となる技術情報の範囲を特定すること。工場全体なのか、特定のラインなのか、特定の図面なのか。ITARの発想は情報単位ですから、範囲を絞れれば、人員配置の制約もそのぶん小さくできます。「うちの工場は全部ダメらしい」と丸ごと受け取る前に、どのデータがどの規制区分に当たるのかを確認してください。
第三に、誰がどの情報に触れるかを台帳にすること。人と情報のひも付けが記録として残っていなければ、取引先の監査にも答えられませんし、外為法のみなし輸出管理にも対応できません。逆に台帳が整っていれば、「この工程には対象データが流れていない」と根拠つきで説明でき、要求の範囲を現実的な線に戻せる可能性が出てきます。
第四に、設備の棚卸しを同じ台帳に載せること。人の話と設備の話は、担当部署が分かれていることが多いのですが、要求してくる側から見れば同じ「技術情報に触れうる存在」です。型番、製造元、外部通信先まで含めて一つの表にしておくと、監査対応が一段楽になります。
この一連の作業は、突き詰めると取引先と技術と人の関係を継続的に把握し続けることです。品目が増え、各国の規制が頻繁に更新されるなかで、これを手作業で回し続けるのはかなり厳しい。私たちが提供しているTRAFEEDは、該非判定と取引先スクリーニングを一つの流れで支援する輸出管理AIエージェントで、経済産業省の基準に準拠しています。岡山大学との共同実証では約3万件の過去審査データを用いてAI判定精度95%以上を確認しました。最終的な判断は貴社の輸出管理責任者が行うものですが、そこに至るまでの調査と一次スクリーニングの負荷は大きく下げられます。
「取引条件」が事実上の規制になる時代
最後に、この件の意味を一段上から見ておきます。
輸出管理は本来、政府が法令で定め、企業が従うものでした。しかし今回報じられている構図は違います。民間企業が、自社の供給網に対して、法令より広い範囲の条件を課している。 しかも従わなければ発注しないという実効性を伴っている。政府が規制していない領域でも、発注元が要求すれば、サプライヤーにとっては規制と同じ重みを持ちます。
日本企業にとって難しいのは、この要求が国内法の枠組みと必ずしも一致しないことです。国籍を理由とする一律の取り扱いは、日本でも労働法制上そのまま通るものではありません。取引先の要求と国内法の間で、どこまで飲んでどこを交渉するのか。これは輸出管理の担当者だけで決められる話ではなく、法務と人事と経営が同じテーブルに着く必要があります。2026年1月に経済産業省が公表した経済安全保障経営ガイドラインが、技術流出対策を技術部門の宿題にせず、人事部や法務部を巻き込んだ全社の取組にすべきだと書いているのは、まさにこういう場面を想定しているのだと思います。
まとめ
要点を整理します。
- 日経アジアの独自報道によれば、SpaceXは供給業者に対し、SpaceX向け製造施設への中国籍人員の配置回避と、中国企業製の監視カメラ・ネットワーク機器の交換を求めており、NCNT(非中国・非台湾)供給網の構築も進めているとされます
- これは公式発表ではなく報道です。SpaceX側の公式コメントや否定は、報道時点で確認されていません
- 土台にあるのはITARのみなし輸出という考え方で、「どこへ出荷したか」ではなく「誰が技術データに触れたか」が規制の単位になります。日本にも2022年5月施行のみなし輸出管理があります
- ただし米国では、輸出管理を理由とした過剰な国籍・市民権による選別が移民国籍法違反として制裁されてきました。善意の誤解は免責されません
- 要求を受けたら、法令か取引条件かの切り分け、対象技術情報の範囲特定、人と情報の台帳化、設備の棚卸しの4点から入るのが実務的です
正直に言うと、この記事はいちばん書き方に気を使いました。国籍の話は、少しでも筆が滑ると特定の人々を危険視する文章になってしまうからです。制度が見ているのは影響関係の実態であって、人の属性ではない。この一線を、実務でも守れるかどうかが問われているのだと思います。
自社の技術情報と人の関係を台帳として組み直したい、あるいは取引先からの要求にどこまで応じるべきか整理したい。そういう段階にある方は、TRAFEEDの個別相談からお声がけください。
参考文献
本稿は2026年8月7日時点の公開情報にもとづきます。SpaceXの供給網方針に関する記述は報道によるものであり、同社の公式発表ではありません。
Footnotes
-
Nikkei Asia「Exclusive: SpaceX moves to keep Chinese nationals, parts out of supply chain」 https://asia.nikkei.com/business/technology/exclusive-spacex-moves-to-keep-chinese-nationals-parts-out-of-supply-chain ↩ ↩2
-
eCFR「22 CFR Part 120 — Purpose and Definitions(ITAR、輸出および技術データの開示の定義)」 https://www.ecfr.gov/current/title-22/chapter-I/subchapter-M/part-120 ↩
-
Legal Information Institute「22 CFR § 120.63 - Foreign person」 https://www.law.cornell.edu/cfr/text/22/120.63 ↩
-
経済産業省 貿易管理部 安全保障貿易管理課「みなし輸出管理の運用明確化について」(2022年5月1日施行) https://www.meti.go.jp/policy/anpo/law_document/minashi/meikakukanitsuite2.pdf ↩
-
米司法省 公民権局によるクリフォードチャンス米国法人との和解(2018年8月29日公表、民事制裁金13万2,000ドル)ほか、輸出管理の過剰適用が移民国籍法(8 U.S.C. 1324b)違反とされた事例 https://www.justice.gov/opa/press-release/file/1126521/dl ↩ ↩2






