こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
2026年7月16日、東京のホテルで開かれた政府主催のイベントで、高市総理はビデオメッセージの中で、国産のフィジカルAI基盤を作るプロジェクトを「日本再起」の旗印にすると述べました1。同じ壇上に立ったNVIDIAのジェンスン・フアン氏は「次の産業革命は、ここ日本から始まります」と言い切りました。生成AIでは米国と中国に大きく離されたと誰もが認めている国で、なぜここまで強い言葉が並ぶのか。単なる景気づけなのか、それとも本当に勝ち筋があるのか。この記事は、その問いに一次情報だけで答えようとする1万字です。
先に立場を書いておきます。私は、条件つきで逆転できると考えています。ただし、その条件は「ロボットを作るのがうまい」という昔からの自画像とは別のところにあります。負けている数字を正面から見たうえで、政府の主要政策の中身、この夏から秋にかけての直近ニュース、そして数字の裏にある定性のトレンドを読み、最後に当社TIMEWELLもフィジカルAIに進むことを宣言します。自社の現場データがAIに使える状態にあるかを先に確かめたい方は、AI導入診断で5分ほどの棚卸しができます。
「日本再起」と呼ばれた日に、何が起きたのか
7月16日のイベントは、経済産業省が「我が国のフィジカルAI政策に関する対外発信イベント」と名づけたものでした1。主役は、AIロボットやフィジカルAIの開発基盤となる国産マルチモーダル基盤モデルを作る「FRONTia(フロンティア)」というプロジェクトです。実施するのはNoetra株式会社と産業技術総合研究所のコンソーシアムで、期間は2026年度から2030年度まで。開発したモデルは、条件を満たす事業者に学習済みの重みを提供する「ウェイト・アベイラブル」の方針で、無制限には公開しないと明記されています2。
高市総理のメッセージで私が重要だと思ったのは、勝ち筋の置き場所です。総理は「製造、物流、インフラなど日本の強みのある『産業現場』に蓄積された重要データが競争力の源泉となる、日本の勝ち筋となる技術分野」と述べ、2040年度までに半導体を含めて80兆円の官民投資を想定すると言いました1。勝ち筋を「ロボットのハード」ではなく「現場に蓄積されたデータ」に置いている点は、あとで見る政府文書すべてに一貫しています。
赤澤経済産業大臣の言葉はもっと生々しいものでした。「我が国の勝ち筋は超高齢社会かつ災害大国であるところにある」と述べ、福島第一原発の廃炉の現場を挙げて、極端に過酷な状況で動くフィジカルAIのデータを蓄積できるのは日本だけだと語っています1。弱みを勝ち筋に読み替える論法です。この読み替えが本当に成り立つかどうかが、記事全体の争点になります。
フアン氏の講演は、日本の産業知見を「国家的な知性であり、国の財産」と呼び、「『匠』、『改善』、『かんばん』、『現場』と日本は何世代にもわたり産業知識を生活の一部として築いてきました。その知見を失ってはなりません」と続けました。そのうえで「日本は国家的な知性を外部に委ねるべきではなく、日本自身が『Japan AI』を構築し、発展させ、守り、展開していく必要があります」と述べています1。前日15日のNVIDIAの発表では、フアン氏は「日本は近代的な製造業を発明した。いまそれを、知能産業の時代に向けて再発明する機会がある」と語り、これを日本にとって「一世代に一度の機会」と表現しました3。
正直に言えば、半導体を売る会社のトップが顧客国を褒めるのは自然なことです。だから私は、言葉ではなく数字と文書で確かめることにしました。
まず、負けている数字から始める
逆転の話をする前に、いま負けている数字を並べます。ここを飛ばすと、記事は景気づけになってしまいます。
国際ロボット連盟(IFR)の『World Robotics 2025』によると、2024年に世界で設置された産業用ロボットは542,000台で、10年前の2倍を超えました。そのうち中国が295,000台で、世界の54%を占めます。中国の稼働台数は200万台を超え、世界最大です。日本は44,500台で前年比4%減、稼働台数は450,500台でした4。中国の稼働台数は日本の約4.5倍にあたります5。
もうひとつ見逃せないのが、中国国内でのシェアの逆転です。2024年、中国メーカーが自国市場で外国メーカーより多く売り、国内シェアは57%になりました。10年前は約28%でした4。長く中国市場を支えてきたのは日本と欧州のロボットメーカーでしたが、その構図はすでに変わっています。IFRは2026年5月、中国が第15次五カ年計画でロボティクスを産業システムの中核に据えたと報じ、「AI研究の重心を物理的な応用へ移す」意図だと分析しています5。
ロボット密度(製造業従業員1万人あたりの稼働台数)で見ると、韓国が1,220台、ドイツが449台、日本が446台、米国が307台、中国が166台です6。日本は上位ですが、韓国には大差をつけられ、ドイツとほぼ並んでいます。「ロボット大国」という自画像は、生産の側では正しく、導入の側では過去のものになりつつあります。
ここに、生成AIでの周回遅れが重なります。人工知能戦略専門調査会の座長を務める松尾豊氏は7月16日の登壇で、GPUの拡充や人材育成が進んだ一方、「世界の最先端モデルとの競争という観点では依然として厳しい状況にある」との認識を示したうえで、フィジカルAIは「まさに負けられない戦い」だと述べました1。負けられない、という言葉は、すでに一度負けた人にしか出てきません。
そしてヒューマノイドです。2026年に入って、中国の人型ロボットが旧正月の番組で踊り、北京でハーフマラソンを走る映像が世界に流れました。IFRはこの現象について、「印象的な公開の場での披露にもかかわらず、実際の生産現場での能力は現在、実証機やパイロットプロジェクトにとどまる」と冷静に書いています5。ここは、日本にとって救いであると同時に、時間の猶予が長くないことも意味します。
ロボットを買う前に、現場知をAIが読める形に
図面や見積もりの根拠、作業手順といった現場の暗黙知を、AIと自動化設備が使えるデータに整えるところから、ZEROCKが伴走します。
それでも逆転できる、3つの理由
負けている数字を見たうえで、それでも逆転できると私が考える理由は三つです。
一つ目は、現場データです。政府文書が繰り返し使う言葉ですが、私はこれを「日本の製造現場は、AIが学ぶべき正解データを、世界で最も長く、最も細かく残してきた」と読み替えています。日本成長戦略は「我が国には、産業や医療、物流といった官民の『現場データ』が豊富である」と述べ、「質の高いデータを集積し、学習させることで、『フィジカルAI』の競争優位を確立し、世界に打って出る」と書いています7。人工知能基本計画(第Ⅱ期)はさらに踏み込み、「先行して導入が進むバーティカルAIは、暗黙知を含めた各現場の経験や知識をデータとして集積し、続くフィジカルAIは、そのデータやAIによる判断を、機械や装置を通じて現実世界で実行する」と、順番まで指定しています8。生成AIの競争は、ウェブ上のテキストという誰でも取れるデータの勝負でした。フィジカルAIの競争は、工場の中でしか取れないデータの勝負になります。ここで初めて、日本の蓄積が資産に変わります。
二つ目は、製造と部品の基盤です。IFRによれば、日本は世界のロボット生産の38%を占める「世界随一のロボット製造国」です9。官民投資ロードマップは、産業用ロボット市場(約0.8兆円)で日本のシェアが約7割、モーターや減速機といった主要コンポーネントでも高い競争力を持つと書いています10。フィジカルAIが「頭脳」の競争であっても、その頭脳は「身体」を通じてしか現実に作用できません。身体の側を握っていることは、頭脳の側で追いつくための時間を買うことになります。ただし、同じロードマップは、サービスロボット市場(約2.8兆円)での日本のシェアは1割強にとどまるとも書いています10。強みは産業用に偏っていて、市場が広がる先には届いていません。
三つ目は、需要そのものです。リクルートワークス研究所の「未来予測2040」は、日本の労働供給不足が2030年に341.5万人、2040年に1,100.4万人に達すると試算しています11。松尾氏が「労働力不足という課題を抱える日本にとって極めて重要なテーマ」と言ったのはこの数字が背景です1。AIロボティクス戦略は、日本を「課題先進国」と位置づけ、人手不足という「潜在需要」を顕在化させて、世界に先駆けて社会実装するとしています12。ロボットを買う理由が、コスト削減ではなく事業の継続になる国は、導入の速度が違います。赤澤大臣の「ピンチのように見えてそこが勝ち筋」という言葉は、この三つ目の理由をひと言で表したものです。
三つの理由を並べると、逆転のシナリオが見えてきます。現場データを核に、国内の部品と製造の基盤の上で、人手不足という切実な需要に向けて先に実装し、そこで取れたデータでモデルを改善し、他分野と海外に横展開する、という筋道です。政府文書はこれを「循環」と呼びます。次に、その循環を政府がどう設計しているかを見ます。
政府の主要政策を一枚で読む
2026年に入ってから、フィジカルAIに関わる政府文書が立て続けに出ました。読む順番を間違えると全体像がつかめないので、一枚の表にします。
| 政策文書と事業 | 決定日 | 何を決めたか |
|---|---|---|
| AIロボティクス戦略12 | 2026年3月26日(5月27日一部変更) | 2040年に約60兆円へ拡大する多用途ロボット市場のうち20兆円、世界シェア3割超を獲得。18分野の実装ロードマップで2040年までに1,000万台のAIロボットを国内導入 |
| 人工知能基本計画(第Ⅱ期)8 | 2026年7月14日 閣議決定 | 日本の勝ち筋を「バーティカルAI」と「フィジカルAI」の実装によるAXと明記。2040年度までの官民投資をバーティカルAI 23.1兆円、フィジカルAI 10.5兆円、半導体 68.0兆円と想定 |
| FRONTia2 | 2026年7月16日 始動 | Noetraと産総研によるフィジカルAI向け国産マルチモーダル基盤モデルの開発(2026〜2030年度)。ウェイト・アベイラブル方式で提供 |
| 日本成長戦略と官民投資ロードマップ710 | 2026年7月21日 閣議決定 | 17の戦略分野と62の製品技術で2040年度まで累計370兆円超の国内投資を想定。フィジカルAIの経済波及効果は144.4兆円 |
| GENIACとAIRoA1314 | 2026年7月31日公開、9月9日採択発表 | ロボット動作データ約5,000時間と基盤モデルを一般公開。多用途ロボット基盤モデルの研究開発に13者を採択 |
AIロボティクス戦略で私が最も重要だと思うのは、目標の数字ではなく、アプローチの転換を明文化した部分です。戦略は「技術開発・実証を先行させ、その後に導入を促す」という従来のやり方からの転換を宣言し、供給側と需要側を一体で支援して「現場データを核とした循環を通じて、需要と供給を同時に拡大」するとしています12。これは、過去30年の日本のロボット政策への反省文でもあります。技術はあるのに現場に入らない、という失敗を、今度は「先に入れる」ことで避けようとしています。
短期の対象タスクも具体的です。「見廻る」「モノを動かす」といった比較的単純な認知と判断でできる動作として、屋外と屋内の点検、屋外と屋内の搬送、清掃、入出荷とパレタイズ、ハンドリング、溶接と塗装と加工の8つを先行対象に選び、2030年頃以降に複雑な判断や器用さを要する領域へ進むとしています12。ヒューマノイドが踊る映像の裏で、政府が最初に狙うのは倉庫の搬送と工場の点検です。地味ですが、正しい順番だと思います。
18分野は、製造業(多品種少量生産)、造船、物流、建設と土木、建築、インフラ保守、小売、宿泊業、飲食と食品製造、医療、介護、警備業、農業、林業、廃棄物処理業、災害対応、警察活動、防衛です12。災害対応や建設土木、防衛といった官需を「アンカーテナンシー」として継続的な需要の確保に使うとも書かれています。国が最初の顧客になる、という設計です。
人工知能基本計画(第Ⅱ期)は、この戦略を国のAI政策全体の中に位置づけました。「日本の勝ち筋は『バーティカルAI』と『フィジカルAI』の実装による『AX』」という見出しがそのまま置かれ、フィジカルAIについては「ロボット基盤モデルの開発能力を強化するため、フィジカルAI基盤モデルを国内で開発する。ロボットOEMの育成、モーター、減速機、センサ、蓄電池等の重要部品の設計を強化し、サプライチェーンも強化する」と具体的に書いています8。同じ文書は、「特定の国や企業への過度な依存を避けなければならない」とも述べ、「開かれたAI主権」という言葉を使っています。フアン氏の「国家的な知性を外部に委ねるべきではない」という言葉と、方向は同じです。
そして、お金です。人工知能基本計画は、経済財政諮問会議と日本成長戦略会議の試算として、AI導入の加速で日本の全要素生産性(TFP)の上昇率が0.2ポイント上がると見込んでいます8。官民投資ロードマップは、フィジカルAIの投資による経済波及効果を2040年度までで144.4兆円と置きました10。2027年度の概算要求でも経済産業省はAIと半導体とロボットに重点を置いたと各紙が報じています。数字の大きさより、私が注目しているのは、投資の想定が「2040年度まで」という長い時間軸で書かれていることです。単年度の補正予算で終わらない設計になっているかどうかは、数年後に検証できます。
政府文書の全体像を17分野すべてで読みたい方は、日本成長戦略2026を全文で読むにまとめています。
直近のニュースと、そこに見える定性のトレンド
政策は器です。中身が入っているかどうかは、企業の動きで確かめます。2026年7月から9月にかけてのニュースを、時系列で見ていきます。
7月15日、NVIDIAは日本のフィジカルAIに関する発表を出しました。AIRoA、ファナック、富士通、日立、川崎重工、クボタ、NEC、ソフトバンク、ソニー、安川電機など20社以上が、オープンな世界モデルを共同で作る「NVIDIA Cosmos Coalition」に参加する意向を示し、富士通が主導してファナック、安川電機、川崎重工と協調制御プラットフォームの事業検討を始めると発表されました3。産業用ロボットの日本勢がそろって同じ基盤に乗った、という点で象徴的です。同時に、頭脳の基盤が米国企業の提供するものである、という点も見逃せません。
7月31日、AIロボット協会(AIRoA)は、GENIACの支援を受けて収集したロボット動作データ約5,000時間(68種類のタスク)と、オープンソースのVLAモデル(π0.5)を継続事前学習したモデルを一般公開しました13。AIロボティクス戦略は、AIRoAが開発する国産ロボット基盤モデルを2027年6月頃にベータ版としてオープンソースで公開する予定だと書いています12。データを公開して開発者を集める、という手法は、生成AIで日本が出遅れた原因のひとつを正面から潰しにいくものです。
9月3日、日立製作所は社会インフラ向けのフィジカルAIソリューション群「HMAX」を拡充し、「Physical AI FDE Team」が顧客の現場に伴走して、現場知の抽出からオントロジーの構築、データ基盤への蓄積、AIの活用、運用までを一気通貫でつなぐと発表しました15。FDE(Forward Deployed Engineer)という言葉を日本の大手が自社のフィジカルAI戦略の中心に置いたことは、当社にとっても大きな出来事でした。FDEとは何かは別の記事に書きましたが、要するに「現場の隣に座って、暗黙知をAIが読める形にする人」です。フィジカルAIの入口が、ロボットの購入ではなく、現場知の整理にあることを、日立の発表は示しています。
9月8日、英Armは「Arm Total Design for Physical AI」を発表し、AWS、Hugging Face、NXP、Siemens、Unitree Roboticsなど80社超が参加すると明らかにしました。Armは、フィジカルAIが2030年代に年間2,000億ドルのコンピューティング機会になると推計し、自動運転のSAEレベルのように、ロボットの能力を共通の言葉で定義する「Robotics Capability Framework」を提案しています16。半導体の設計基盤を持つ会社が、ロボットの「言語」を決めにきた、と読むべきニュースです。
9月9日、GENIACは多用途ロボット基盤モデルの研究開発に、Telexistence、Preferred Networks、KDDI、メルカリ、Highlanders、日立建機など13者を採択したと発表しました。データエコシステム事業では、川崎重工とファナックと安川電機と大阪大学の連合、DMG森精機と産総研の連合、小松製作所と産総研の連合などが並びます14。
地方も動いています。北九州市は2026年5月25日に「フィジカルAI共生都市」を宣言し、8月21日には戦略を策定しました17。製鉄と自動車の街が、フィジカルAIを次の産業に据えた形です。
ニュースを並べると、数字には出てこない定性のトレンドが三つ見えます。
一つ目は、密結合から疎結合への転換です。官民投資ロードマップは、フィジカルAIの登場でAI開発競争が「ウェブ上のデータと計算資源をレバレッジとした『規模』中心の競争から、現場データを取り込みつつ、AIとロボティクスを最適統合し、信頼性と安全性を担保しながら現場実装と改善を継続する『統合力・運用力』の競争に重心が移りつつある」と書き、産業構造がソフトとハードを一体で作り込む「密結合型」から、用途に応じて最適なモジュールを組み合わせる「疎結合型」へ転換すると見込んでいます10。日本のロボット産業の強みは密結合の作り込みにありました。その強みが、そのままでは弱みになるという警告です。
二つ目は、規模の競争から運用の競争への転換です。生成AIの競争は、パラメータ数と計算資源とデータ量という「規模」で決まりました。フィジカルAIの競争は、現場に置いて、壊れずに動き続け、失敗から学んで改善する「運用」で決まります。AIロボティクス戦略が「一連のプロセスを高速で回し、大規模にスケールさせる」と書いているのは、この運用力のことです12。日本の製造業が「改善」と呼んできた営みそのものであり、フアン氏が「失ってはならない」と言った知見です。
三つ目は、暗黙知のAI-Ready化という入口です。日立がFDEを中心に置き、GENIACが「製造業データ等のAI-Ready化」を事業として立て、人工知能基本計画がバーティカルAIからフィジカルAIへの順番を指定しています。三者が別々に、同じ入口を指しています。ロボットを買う前に、現場の知をデータにすること。それが、この秋に見えている共通の答えです。
逆転シナリオが崩れる、3つの落とし穴
ここまでは希望の側を書きました。同じ一次情報から、崩れる側も読めます。
一つ目の落とし穴は、ヒューマノイド偏重です。2026年の夏は、国産ヒューマノイドのニュースが毎週のように流れました。しかしIFRの分析は、ヒューマノイドの「形は機能に従う」という原則を引き、人間の身体は特定のタスクには向かず、関節の少ない従来の産業用ロボットのほうが速く信頼性が高いため、高速で精密な製造環境では産業用ロボットが背骨であり続ける、と述べています5。政府の短期8タスクも搬送と点検です。ヒューマノイドの見た目に投資が集まり、倉庫の搬送ロボットのデータ収集が後回しになれば、循環は回りません。日本は1990年代から2000年代にかけて二足歩行で世界を驚かせながら、市場を作れなかった経験を持っています。同じ轍を踏まないための答えは、政府文書の中にすでに書いてあります。
二つ目の落とし穴は、データの行き先です。現場データが勝ち筋なら、そのデータがどこに蓄積され、誰のモデルを賢くするかが、勝ち負けそのものになります。NVIDIAのCosmos Coalitionに日本の主要企業が参加するのは、開発を速める意味で合理的です。同時に、世界モデルの基盤が海外企業のものである以上、そこに流れたデータの扱いは契約で決まります。FRONTiaが学習済みの重みを無制限に公開しない「ウェイト・アベイラブル」方式を選んだのは、「日本固有のデータを含む」からだと明記されています2。人工知能基本計画の「開かれたAI主権」という言葉は、閉じるのではなく、選べる状態を保つという意味です。工場のセンサーから出るデータがどのクラウドのどのリージョンに置かれ、誰の学習に使われるのか。この確認を怠ると、現場データという唯一の優位を、自分の手で他人に渡すことになります。この論点はフィジカルAI時代の情報流出リスクで詳しく書いています。
三つ目の落とし穴は、人です。AIロボティクス戦略は、AIとロボティクスの双方にまたがる人材の不足を認め、システムインテグレーター(SIer)の裾野拡大と高度化を施策に挙げています12。1,000万台のロボットを2040年までに入れるには、単純に割って年間70万台以上を現場に据え付け、教え、直し続ける人が要ります。ロボットを作る人材より、現場に入れて運用する人材のほうが、はるかに足りません。私は、ここが最大のボトルネックだと考えています。そして、ここにこそ、当社のような会社の出番があると思っています。
当社TIMEWELLも、フィジカルAIに進みます
ここからは宣言です。株式会社TIMEWELLは、今後、フィジカルAIの領域に進みます。
理由は、この記事で読んできた一次情報の中にあります。政府は、フィジカルAIの入口を「現場の暗黙知をデータとして集積するバーティカルAI」に置きました。日立は、その入口を担う役割にFDEという名前をつけました。当社は、製造業向けのAIエージェント「ZEROCK」で、図面を読み、見積もりの根拠を整理し、現場の知識をAIが使える形にする仕事をしてきました。そして、顧客の隣に座って動くものを置くFDEスタイルを、すでに公言しています。つまり当社は、フィジカルAIの循環の「最初の一周」にあたる場所に、もう立っています。次の一周、つまり整理した現場知を機械が実行する側へ渡すところまで進むのは、自然な延長です。
進み方は三つ決めています。一つ目は、入口を変えないことです。当社はロボットのハードを作りません。製造業の図面、見積もり、作業手順、例外時の判断といった現場知を、ロボット基盤モデルや自動化設備が読める形に整える、AI-Ready化の側から入ります。政府が「先行して導入が進むバーティカルAI」と呼ぶ場所です。ここで整えたデータは、どのロボットにも、どのモデルにも渡せる状態にしておきます。
二つ目は、疎結合で作ることです。官民投資ロードマップが見込む「密結合型から疎結合型へ」の転換に、当社の設計を最初から合わせます。モデルは差し替えられ、データは持ち出せ、機器は選び直せる。特定のロボットメーカーやAIベンダーに顧客を縛らない設計を、当社の側の約束にします。それは、当社自身が特定のモデルに依存しない体制で製品を作ってきたことの延長でもあります。
三つ目は、データの行き先を国内で管理することです。当社のZEROCKは国内のサーバーで動いています。フィジカルAIに進んでも、現場データがどこに置かれ、誰の学習に使われるかを、顧客が自分で決められる状態を守ります。「開かれたAI主権」を、一社の製品の中で実装する、と言い換えてもいいと思います。
正直に書けば、当社はロボティクスの会社ではありませんし、今日の時点で動くロボットを納品できるわけではありません。具体的なサービスの形は、準備ができたものから順に公開します。それでも先に宣言するのは、この記事を読んで「ロボットを買う前に、まず現場知を整理する」と決めた企業と、その最初の一周を一緒に回りたいからです。ZEROCKが製造業の現場で何をしているかは製品ページにまとめています。
まとめ
日本がフィジカルAIで逆転できるかどうかを、一次情報だけで読んできました。負けている数字は明確です。産業用ロボットの年間設置台数で中国が世界の54%、稼働台数は日本の約4.5倍、ロボット密度では韓国に大差、生成AIでは最先端モデルとの競争で「依然として厳しい」。そのうえで、逆転の根拠も明確でした。
- 現場データ。日本の産業現場に蓄積された質の高いデータは、ウェブ上のテキストと違い、その場所でしか取れない
- 製造と部品の基盤。世界のロボット生産の38%、産業用ロボット市場でシェア約7割、モーターと減速機の競争力
- 需要。2040年に1,100万人の労働供給不足という、事業継続のための導入圧力
政府は、AIロボティクス戦略で2040年に20兆円と1,000万台、人工知能基本計画(第Ⅱ期)で2040年度までにフィジカルAI 10.5兆円と半導体 68.0兆円の官民投資を置き、FRONTiaで国産の基盤モデルを作り始め、AIRoAで5,000時間のデータを公開しました。企業側では、NVIDIAとArmが日本の産業界を自らの基盤に集め、日立がFDEを中心にフィジカルAIを組み立て、GENIACに13者が採択されました。トレンドの定性は、密結合から疎結合へ、規模から統合力と運用力へ、そして入口は暗黙知のAI-Ready化へ、の三つです。
落とし穴も三つ。ヒューマノイドの見た目に投資が偏ること、現場データの行き先を契約で確かめないこと、そして現場に入れて運用する人が足りないことです。逆転できるかどうかは、この三つを避けられるかで決まると私は考えています。
当社TIMEWELLは、フィジカルAIに進みます。入口は現場知のAI-Ready化、作り方は疎結合、データの行き先は国内で管理。この三つを約束したうえで、最初の一周を一緒に回る企業を探しています。自社の現場データが、いまどの程度AIに読める状態にあるのか。図面と見積もりと作業手順の棚卸しから始めたい方は、個別相談でお話ししましょう。ロボットを買うのは、その後で十分です。
Footnotes
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「我が国のフィジカルAI政策に関する対外発信イベント」を開催(経済産業省 GENIAC通信、2026年7月16日開催、8月6日掲載)。高市総理、赤澤経済産業大臣、ジェンスン・フアン氏、松尾豊氏の発言はいずれも同ページの記録による ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7
-
FRONTia プロジェクトサイト(経済産業省・NEDO事業、Noetra株式会社と産業技術総合研究所のコンソーシアム)。ウェイト・アベイラブルモデルの方針と「日本固有のデータを含む」という理由は同サイトの事業概要による ↩ ↩2 ↩3
-
Japan's Robotics and Manufacturing Leaders Build on NVIDIA Cosmos to Advance Physical AI Frontier(NVIDIA、2026年7月15日)。フアン氏の英語の発言は筆者訳 ↩ ↩2
-
China Makes AI-Powered Robots Core of National Strategy(IFR、2026年5月5日) ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
US Robot Industry Returns to Double Digit Growth(IFR、2026年6月18日)。ロボット密度の各国比較は同リリースによる ↩
-
日本成長戦略(内閣官房、2026年7月21日 閣議決定)。「現場データ」の記述と、62項目全体で2040年度までに累計370兆円超という想定は同文書による ↩ ↩2
-
人工知能基本計画(第Ⅱ期)(内閣府、2026年7月14日 閣議決定)。官民投資額(バーティカルAI 23.1兆円、フィジカルAI 10.5兆円、半導体 68.0兆円)とTFP 0.2ポイントの試算は同文書の脚注による ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
Japan's Automotive Industry Installs 13,000 Robots(IFR、2025年7月15日)。「世界のロボット生産の38%」はIFR会長 伊藤孝幸氏の発言 ↩
-
戦略17分野における「主要な製品・技術等」の官民投資ロードマップ(内閣官房、2026年7月21日)。AI・半導体分野「①フィジカルAI(特にAIロボット)」の項による。官民投資ロードマップ本体(PDF)で読めます ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる(リクルートワークス研究所、2023年3月28日)。労働供給不足の推計は2030年341.5万人、2040年1,100.4万人 ↩
-
AIロボティクス戦略(AIロボティクスに関する関係府省連絡会議、2026年3月26日決定、5月27日一部変更)。概要版も同サイトにあります ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8
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2025年度GENIAC採択事業において収集・開発したロボット動作データセットおよびロボット基盤モデルを一般公開(AIロボット協会、2026年8月3日) ↩ ↩2
-
GENIAC採択事業者による事業計画発表会(キックオフ)・中間報告会・成果報告会を開催しました(GENIAC、2026年9月9日) ↩ ↩2
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Arm brings the ecosystem together to build and define the next phase of physical AI(Arm、2026年9月8日)。年間2,000億ドルはArm自身の推計 ↩
-
フィジカルAI関連(北九州市)。宣言は2026年5月25日、戦略策定は2026年8月21日 ↩






