こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
化学品や、化学品を含む製品を扱っていると、取引先から「SDSをください」と言われる場面が必ず出てきます。輸出をするとなると、今度は「その化学品は規制に該当しないか、SDSで確認してください」と求められることもあります。ところが、いざSDSを開いてみると、見慣れない番号や専門用語が並んでいて、どこをどう読めばいいのか戸惑う方が多いのではないでしょうか。
この記事では、SDS(安全データシート)とは何かを、輸出管理やサプライチェーンの実務に初めて触れる方にも分かるように、ひとつずつかみ砕いて解説します。旧称であるMSDSとの違い、記載されている16の項目、そしてこの一枚が輸出管理の該非判定でどう使われるのかまで、順を追って見ていきます。読み終える頃には、SDSが「化学品の履歴書」として、サプライチェーンの透明性を支える最初の一歩になっていることが分かるはずです。
なお、化学品の輸出可否をざっくり確かめたいときは、輸出管理の該非判定を無料でチェックから始めていただくと、この記事の内容が実務のどこにつながるのかをイメージしやすくなります。
SDS(安全データシート)とは何か
SDSは、Safety Data Sheet(安全データシート)の略です。ある化学品について、危険有害性や取扱い方法、含まれている成分などの情報を一枚(実際には数ページ)にまとめた文書のことを指します。
たとえば、ある溶剤が「引火しやすいのか」「吸い込むと体にどんな影響があるのか」「こぼしたときはどう処理すればいいのか」「どんな法律の対象になっているのか」。こうした情報を、決められた様式に沿って整理したものがSDSです。化学品を使う人が安全に扱うための説明書であり、同時に、その化学品の素性を示す身元証明のような役割も果たします。
化学品は、見た目だけでは危険性も成分も分かりません。無色透明の液体が実は毒性を持っていたり、輸送時に発火の恐れがあったりします。だからこそ、化学品を渡す側(供給者)が、その中身と危険性を文書で明示して受け取る側に伝える。この情報伝達の仕組みの中心にあるのがSDSです。
MSDSとの違い
SDSについて調べると、必ずと言っていいほど「MSDS」という言葉に出会います。結論から言うと、MSDSはSDSの旧称です。
MSDSは、Material Safety Data Sheet(化学物質等安全データシート)の略で、以前はこの呼び方が一般的でした。では、なぜ名称が変わったのでしょうか。背景にあるのは、化学品の分類や表示のルールを世界で足並みをそろえようという国際的な動きです。
国連は、化学品の危険有害性を共通のルールで分類し、ラベルや文書で表示するための仕組みとして、GHS(化学品の分類および表示に関する世界調和システム)を定めました。国によって危険性の表し方がばらばらだと、同じ化学品でも取扱いの判断が食い違い、事故や誤解のもとになります。そこで、絵表示や区分の基準を国際的にそろえようというのがGHSの考え方です。
日本もこのGHSに整合させる形で国内規格を整えてきました。その中心が、JIS Z 7253という規格です。この整合の過程で、文書の呼称が国際的に用いられる「SDS」に合わせられ、日本でも2012年のJIS改正を機に名称が「SDS」へと統一されました。
つまり、MSDSとSDSは、文書としての性質は同じもので、呼び方が新しくなったと理解していただければ十分です。古い資料や海外の一部では今もMSDSという表記を見かけますが、指しているものは基本的に同じ安全データシートだと考えて差し支えありません。
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SDSは16項目でできている
SDSは、原則として16の項目(セクション)で構成されます。この項目立ても、GHSやJIS Z 7253に沿って標準化されています。どのメーカーのSDSでも、おおむね同じ順番で同じ種類の情報が並ぶので、様式に慣れれば必要な箇所にすぐたどり着けるようになります。
代表的な項目を、ざっと挙げてみます。
- 化学品および会社情報(製品名、供給者の連絡先など)
- 危険有害性の要約(GHSの分類、絵表示、注意喚起語など)
- 組成および成分に関する情報(含有成分名、CAS番号、含有率など)
- 応急措置(吸入・皮膚付着・目に入ったときの対応など)
- 火災時の措置
- 漏出時の措置
- 取扱いおよび保管上の注意
- ばく露防止および保護措置
- 物理的および化学的性質
- 安定性および反応性
- 有害性情報
- 環境影響情報
- 廃棄上の注意
- 輸送上の注意
- 適用法令
- その他の情報
この中でも、輸出管理やサプライチェーンの確認で最初に開くのが第3項の「組成および成分に関する情報」です。ここには、その化学品にどんな成分が、どのくらいの割合で含まれているのかが書かれています。そして、成分ごとにCAS番号が記載されているのが大きなポイントです。
CAS番号という「化学物質の背番号」
CAS番号は、化学物質を一意に識別するための国際的な番号です。米国化学会の一部門であるCAS(Chemical Abstracts Service)が、物質ごとに割り振っています。
なぜこんな番号が必要なのでしょうか。それは、化学物質の名前が意外とあてにならないからです。同じ物質でも、和名と英名で違ったり、俗称や商品名がついていたり、表記のゆれがあったりします。人間が名前だけで「これは同じ物質だ」「これは別物だ」と判断するのは、実は難しいのです。
その点、CAS番号は世界共通の背番号のようなもので、この番号が一致すれば同じ物質だと機械的に判断できます。SDSの第3項でCAS番号を確認し、それを規制リスト側のCAS番号と突き合わせる。この照合のしやすさこそが、CAS番号が輸出管理の実務で重宝される理由です。
SDSの交付を義務づける日本の主な3法令
SDSは、単なる親切な参考資料ではありません。日本では、一定の化学物質については事業者間で譲渡・提供する際にSDSの交付が法律で義務づけられています。主なものとして、次の3つの法令が挙げられます。
- 労働安全衛生法(安衛法)。働く人を化学物質の危険有害性から守る観点から、対象物質の情報提供を求めています。
- 化学物質排出把握管理促進法(化管法、いわゆるPRTR法)。環境中への排出などを把握・管理する観点から、対象物質のSDS交付を求めています。
- 毒物及び劇物取締法(毒劇法)。毒物・劇物に該当する物質の取扱いにあたって情報提供を求めています。
これらの法令では、対象となる化学物質を他の事業者へ譲渡・提供するときに、SDSの交付とあわせて容器などへのラベル表示も求められます。SDSが文書での詳しい情報提供、ラベルが現物への簡潔な警告表示という役割分担だと捉えると分かりやすいでしょう。
どの物質が対象になるか、また運用の細かなルールは制度改正で変わることがありますので、実務では所管省庁の公式情報で最新の内容を確認することをおすすめします。ここでは「SDSには法的な交付義務の裏付けがある」という点を押さえていただければ十分です。
サプライチェーンでのSDS確認手順
では、実際の取引でSDSをどう扱えばよいのか。基本の流れを整理します。
- 供給者からSDSを入手する。原材料や部材を仕入れる際に、その化学品のSDSを受け取ります。求めれば供給者から提供されるのが通常です。
- 第3項で成分とCAS番号・含有率を確認する。自社が扱う化学品に、どんな成分がどれだけ含まれているのかを把握します。
- 自社の製品や工程への含有を把握する。仕入れた化学品を使って何かを作る場合、その成分が最終製品や中間品にどう受け継がれるのかを追います。
- 最新版かどうかを確認する。SDSは、法令改正や新しい知見に応じて改訂されます。手元のSDSが古いままだと、実態と食い違うことがあります。改訂日や版数を管理し、最新版を保つことが大切です。
言葉にすると単純ですが、扱う化学品の種類が多い企業では、この作業は一気に重くなります。SDSは供給者ごとに様式やレイアウトが微妙に異なりますし、海外の供給者からは外国語のSDSが届きます。多言語への対応、文書の保存と版管理、成分情報の突合。これらを人手だけで回し続けるのは、地道でありながら負担の大きい仕事です。
輸出管理でのSDSの使い方
ここからが、輸出管理の視点です。化学品や、化学品を含む製品を海外へ出すとき、その中身が輸出規制に触れないかを確認しなければなりません。この確認を該非判定と呼びます。該非判定について詳しくは、輸出管理の該非判定をAIで効率化する考え方もあわせてご覧ください。
該非判定でSDSが活きるのは、まさに第3項の組成情報です。SDSに書かれたCAS番号と含有率を、規制側のリストと照合していきます。照合先の代表例を挙げます。
- 外為法・輸出令別表第1のリスト。日本の輸出規制の根幹で、規制対象となる貨物が品目ごとに定められています。化学品も対象に含まれます。
- オーストラリア・グループ(Australia Group)の関連リスト。化学兵器や生物兵器の拡散を防ぐことを目的とした、輸出管理の国際的な枠組みです。化学兵器の前駆体となりうる物質などがリスト化されています。
- 化学兵器禁止条約(CWC)附属書の物質。条約の附属書には、規制の考え方に応じて表1から表3に分類された化学物質が定められています。
SDSのCAS番号を、これらのリストに載っているCAS番号と突き合わせ、該当するものがないかを確認する。これが化学品の該非判定の基本動作です。
ただし、リストと照合するだけでは終わりません。化学品には、リスト規制に加えてキャッチオール規制という考え方があります。これは、リストに載っていない品目であっても、大量破壊兵器などに用いられるおそれがある用途や、懸念のある需要者への輸出については、確認と手続きが求められるというものです。つまり「リストに無いから大丈夫」と単純に言い切れないのが化学品の難しいところで、用途や取引相手にも目を配る必要があります。
さらに、含有率のしきい値(デミニミス、de minimis)にも注意が要ります。規制対象の成分が含まれていても、その含有率が一定の基準を下回る場合の扱いは、規制ごとに定めが異なります。SDSの含有率が、この判断の材料になります。
こうした照合や判断の具体的な進め方は、経済産業省が示す考え方も参考になります。該非判定の実務については経産省の該非判定ガイドラインの読み解き方で整理していますので、あわせてご参照ください。また、非該当であることを取引先に示す文書については非該当証明書(該非判定書)の基礎も役立ちます。化学品全般の輸出管理の勘所は化学品業界の輸出管理の要点にまとめています。
SDSは「化学品の履歴書」であり、透明性の第一歩
ここまで見てきたように、SDSは化学品の素性を語る一枚です。どんな成分が、どのくらい含まれ、どんな危険性があり、どの法令の対象なのか。いわば化学品の履歴書です。
そしてこの履歴書は、輸出管理の入り口でもあります。該非判定は、製品をまるごと「危ないか、危なくないか」で判断できるものではありません。製品を部品や材料の一つひとつに分解し、それぞれが規制に触れないかを追っていく作業です。この、製品をBOM(部品表、Bill of Materials)のレベルまで分解して各要素を追うという発想が、輸出管理の実務では欠かせません。
化学品でいえば、その各要素の素性を示すのがSDSであり、CAS番号です。金属や鉱物であれば、次の記事で扱う紛争鉱物の確認(3TGやCMRT・EMRTといった仕組み)が同じ役割を担います。素材の組成を追うSDS、鉱物の由来を追う紛争鉱物調査、そして規制リストとの照合。これらはすべて、製品をBOMレベルに分解して一つひとつの由来と性質を明らかにするという、同じ営みの別々の側面です。姉妹記事の紛争鉱物(3TG)とCMRT・EMRTの実務ガイドを読んでいただくと、この地続きの関係がよりはっきり見えてくるはずです。
TRAFEEDの視点|膨大なSDS照合をAIで支える
ここで、私たちが開発している輸出管理AIエージェントTRAFEEDの視点からお話しします。
化学品の該非判定は、原理としてはシンプルです。SDSの第3項からCAS番号を拾い、規制リストと突き合わせる。ところが実務になると、この「突き合わせ」の件数が膨大になります。ひとつの製品に数十種類の化学品が使われ、それぞれのSDSに複数の成分とCAS番号が並び、供給者ごとに様式も言語も違い、リストは各国で更新される。人手だけで、しかも漏れなく、この照合を回し続けるのは相当な負担です。
だからこそ、SDSの読み取りとリスト照合はAIが力を発揮しやすい領域だと考えています。文書からCAS番号や含有率を抽出し、規制リストと機械的に突き合わせる。この繰り返し作業を効率化するのが、TRAFEEDの発想の中心です。TRAFEEDは経済産業省の基準に準拠する設計とし、多言語のSDSにも対応、各国の法規制も反映しながら、照合の下ごしらえを担うことを目指しています。判定精度については岡山大学との共同実証や自社調べに基づく数値を公表していますが、詳細は各社公式でご確認いただければと思います。
ひとつだけ、はっきりお伝えしておきたいことがあります。AIはあくまで、膨大な照合と一次資料の読み取りを支える道具です。最終的な該非判定は、貴社の輸出管理責任者が行うものであり、その責任がAIに移るわけではありません。AIが下ごしらえを引き受けることで、責任者が本来注力すべき判断に時間を割けるようにする。それがTRAFEEDの立ち位置です。
まとめ
最後に、この記事のポイントを整理します。
- SDS(安全データシート)は、化学品の危険有害性・取扱い・組成などを一枚にまとめた文書。旧称はMSDSで、国連GHSとJIS Z 7253への整合を経て、日本では2012年のJIS改正を機に名称がSDSへ統一された。
- SDSは原則16項目で構成され、特に第3項の組成および成分情報に、含有成分名・CAS番号・含有率が記載される。CAS番号は化学物質の国際的な識別番号で、照合の鍵になる。
- 日本では労働安全衛生法・化管法・毒物及び劇物取締法が、対象物質を事業者間で譲渡・提供する際のSDS交付を義務づけている。ラベル表示とセットで運用される。
- サプライチェーンでは、供給者からSDSを入手し、第3項でCAS番号と含有率を確認、自社製品への含有を把握し、最新版かを管理するのが基本手順。
- 輸出管理では、SDSのCAS番号・含有率を外為法・輸出令別表第1、オーストラリア・グループ、化学兵器禁止条約(CWC)附属書などと照合して該非判定に用いる。リスト規制に加えてキャッチオール規制や含有率のしきい値にも注意が必要。
- 該非判定は製品をBOMレベルに分解して各要素を追う営みであり、SDSはその化学品側の基礎資料。膨大な照合をAIで効率化するのがTRAFEEDの発想だが、最終判定は貴社の輸出管理責任者が行う。
化学品の輸出管理は、SDSという地味な一枚を丁寧に読み解くところから始まります。件数の多さや多言語対応にお悩みでしたら、まずは自社の製品にどんな化学品が含まれているのかを、SDSを手がかりに棚卸ししてみてください。そのうえで、照合作業の効率化をご検討される際は、TRAFEEDの担当までご相談ください。
関連して、サプライチェーンの透明性というテーマでは紛争鉱物(3TG)とCMRT・EMRTの実務ガイドを、AIと輸出管理をめぐる制度の動きについては米国のAIキルスイッチ法案(2026年)をめぐる論点もあわせてお読みいただくと、全体像がつかみやすくなります。サプライチェーン全体を管理する枠組みはサプライチェーン・デューデリジェンスとは何かに、電池の原材料まで遡って追う新しい規制は電池パスポート(2027年義務化)にまとめています。






