こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
経済安全保障とAIの話をすると、多くの場合は「規制でどう守るか」という文脈で語られます。どのチップの輸出が止まったか、どの品目が新たにリストに載ったか、自社の製品が該当するのかどうか。もちろんそれは大事な守りの仕事です。ただ、私がこの一年ほど各国の動きを追いながら強く感じているのは、守りだけを固めても、この領域では優位を保てないということです。
この記事は、輸出管理の解説記事ではなく、私自身の提言として書きます。結論を先に言うと、セキュリティ・輸出規制・フィジカルAIが重なるこの領域では、個社が個別に規制対応するだけでは限界があり、産学官がプロジェクト単位で束になる「クラスター型のエコシステム」を日本にも作るべきだと考えています。ここでいうクラスターとは、同じ目的を持つ企業・大学・研究機関・行政が、案件ごとに集まって役割を分担する集合体のことです。なぜそう考えるのか、危機感の根拠から順に述べていきます。
囲い込みだけでは守れないと分かった二つの出来事
まず、なぜ今このタイミングで危機感を語るのかを、事実に基づいて説明します。AIの能力は、突き詰めると計算資源の量に左右されます。そしてその計算資源は先端半導体という、国家が管理対象とする物資に直結しています。だからこそ米国は、AIを国家安全保障の案件として扱い、先端半導体を輸出管理で囲い込んできました。2022年にはNVIDIAの高性能GPUが対中輸出できなくなり、中国向けの廉価版が作られると、2023年10月には性能の密度を測る新しい基準を加えてその廉価版まで規制対象に広げています1。「AIの力は計算資源であり、計算資源は先端半導体である」という発想を、規制の形で徹底しようとしたわけです。
ところが、この囲い込みの前提を揺るがす出来事が二つ続きました。ひとつは2025年5月の「AI拡散規則(AI Diffusion Rule)」の撤回です。これは先端AI向けの半導体を国別に三つの層へ区分して管理しようとした暫定的な規則で、連邦官報に2025年1月15日付で掲載され、順守開始が同年5月15日に予定されていました。しかし多くの友好国が中位の層へ格下げされて外交上の摩擦を生み、自国企業への負担も重すぎるとして、商務省の産業安全保障局が施行直前に撤回しています2。精緻に線を引こうとするほど、同盟国との関係や自国の競争力を損なうという、規制設計の根本的な難しさが露呈しました。
もうひとつが、同じ2025年1月に起きたいわゆるDeepSeekショックです。中国の新興企業DeepSeekが高性能な推論モデルを公開したところ、米国の半導体関連株が急落し、報道では代表的な半導体企業の株価が一日で約17%下がり、米国の株式市場で一日に失われた時価総額としては過去最大級と伝えられました。開発費が非常に低かったという主張は同社によるもので第三者の検証はまだありませんが、少なくとも「輸出規制が続く中でも、低コストで最先端に迫るモデルが出てくる」ことは目に見える形で示されました。この二つを並べると、規制で入り口を塞ぐだけでは技術の優位を守り切れない、という現実が浮かび上がります。守りは必要ですが、守りだけでは足りないのです。
自社の製品や技術がこうした規制とどう関わるのか、まだ距離感がつかめていない方は、輸出管理の無料セルフ診断から始めてみてください。数分で、確認すべき論点の当たりがつきます。
米国が示した「攻めの型」はコンソーシアムだった
守りの限界を最も早く行動に移したのは、皮肉にも規制を主導してきた米国自身でした。2025年7月、米政権は90を超える施策を盛り込んだ「アメリカのAI行動計画(America's AI Action Plan)」を公表し、同時に大統領令14320「Promoting the Export of the American AI Technology Stack」に署名しています3。名称のとおり、これはAIの技術一式を輸出で押し出していくための大統領令です。
ここで注目したいのは、その仕組みです。この大統領令に基づいて商務省が新設した「American AI Exports Program」は、チップやサーバーといったハードウェアから、データセンターやクラウド、データの整備、AIモデル、セキュリティ、用途別のアプリまでを一括りのパッケージとして同盟国へ届けようとしています。そして中核に据えられたのが、産業界が主導するコンソーシアム、つまり企業連合からの提案を公募する方式でした。個社ではなく、複数の企業が束になって一つのパッケージを提案し、選ばれれば政府が輸出許可の審査や資金調達の紹介、外交的な後押しをつける。連邦官報には2025年10月と2026年4月に、この提案公募に関する文書が続けて掲載されています。
私がこの動きを重く見るのは、まさにここで言いたい「クラスター型エコシステム」の考え方が、国家戦略として実装されているからです。守りの規制で他国の技術流出を止めるだけでなく、自国の技術を束にして攻めの輸出に転じる。しかもその主体を政府ではなく産業界の連合に置き、政府は後方から支援する。守りと攻めを両輪で回すこの設計は、日本が学ぶべき先行事例だと考えています。米中の半導体とAIをめぐる規制の応酬がどのような時系列で動いてきたのかは、米中AI・半導体規制カレンダー(2024〜2028)で整理していますので、全体像を押さえたい方はあわせてご覧ください。
該非判定の属人化を、AIで解消する。
経産省2024年度データによれば、外為法違反の52%は該非判定起因。TRAFEEDの機能・導入フローをまとめたサービスカタログを無料でダウンロードできます。
中国の規制が示す、もう一つの前線
一方の中国は、モデルそのものへの規制で独自の道を進んでいます。生成AIについては「生成AIサービス管理暫定弁法」が2023年8月15日に施行され、学習データの適法性の確保、生成物の内容審査、利用者の実名による確認、アルゴリズムや安全性に関する届出などが義務づけられました4。世界でも早い段階での包括的な生成AI規制で、国外から中国向けに提供するサービスにも適用されるのが特徴です。さらに2025年3月には「AI生成・合成コンテンツ標識弁法」が公布され、同年9月から施行されています。これはAIが作った文章や画像に、利用者が見て分かる明示的な表示と、ファイルの情報に埋め込む見えない表示の二重で印をつけることを求める制度です。
日本や米国が主にハードウェアの流れと輸出の側から規制を組み立てているのに対し、中国はモデルの提供と生成物の表示という、いわばソフトウェアの側から国家の管理を敷いている。ここに、AIをめぐる規制の前線が一つではないことがよく表れています。入り口の半導体だけを見ていると、モデルやサービス、生成物の出所表示といった別の前線を見落とします。経済安全保障とAIの交わる領域は、それだけ多層的になっているということです。中国のAIモデルと半導体をめぐる規制の詳細は中国のAIモデル・半導体輸出規制(2026年版)にまとめていますので、そちらもご参照ください。
ここで一点、はっきりさせておきたいことがあります。ある国が規制を敷くこと、あるいはある企業や技術が規制の対象区分に入ることは、その国や企業が悪いという価値判断とは別の話です。規制はあくまで制度上の区分であって、当事者の是非を決めるものではありません。私がこの記事で問題にしているのは、各国が別々の設計思想で網を広げていく中で、日本がどう構えを作るかであって、特定の国や企業を断罪することではない、という点は最初に置いておきます。こうした規制が実務にどう効いてくるのかはAI輸出規制の全体像(2026年)で扱っています。
日本には土台がある。あとは束ね方の問題
では日本に手立てがないかというと、そんなことはありません。むしろ制度の土台はこの数年でかなり整いました。2022年に成立した経済安全保障推進法は、四つの柱を持っています。重要物資の安定供給の確保、基幹インフラ役務の安定提供の確保、先端的な重要技術の開発支援、そして特許出願の非公開です5。供給網を強くし、重要技術を育て、機微な発明を守る。守りと育成の両面を制度として持っている点が、この法律の要点です。
技術を育てる側では「経済安全保障重要技術育成プログラム」、通称K Programが動いています。これは経済安保推進法などを根拠に、内閣府や文部科学省、経済産業省が府省の枠を越えて主導し、研究を支える公的な法人であるJSTとNEDOが基金として資金を管理する仕組みです。2022年9月の第一次と2023年8月の第二次を合わせて5,000億円規模を目指し、これまでに計およそ50の重要技術が特定されました。AIや量子といった最先端の分野もその対象に含まれています。加えて、安全保障上重要な非公開情報に触れる人の信頼性を政府が確認するセキュリティ・クリアランスの制度が2025年5月に施行され、産学官が国際的な共同研究に踏み込むための前提も整いました。AIそのものについても、罰則を設けず研究開発と利活用を後押しする「AI推進法」が2025年に全面施行され、内閣にAI戦略本部が置かれています。
つまり、資金の枠組みも、情報を守る仕組みも、AIを推進する法律も、部品としては揃っているのです。私が足りないと感じているのは、これらを案件ごとに束ねる横串です。K Programでテーマは走り、輸出管理の制度は制度で回り、AI推進法はまた別に動く。それぞれが縦に伸びていても、セキュリティと輸出規制とAIの実装を一つのプロジェクトとして横につなぐ場が、まだ弱い。米国が産業界主導のコンソーシアムでやってのけたのは、まさにこの横串を国家戦略の中心に据えることでした。土台がある日本にこそ、束ね方を設計する余地が大きいと考えています。
その束ねる技術ピースの一つとして、私たちはTRAFEEDという輸出管理のAIエージェントを開発しています。輸出管理は、品目のデータと各国の規制条文と取引先の情報を突き合わせ続ける仕事で、しかも規制は国ごとに別々のタイミングで更新されます。この突き合わせを人手だけで維持するのが現実的でなくなったからこそ、AIで支える必要があると考えています。過去の審査データ約3万件を使った岡山大学との共同実証では、AI判定精度95%以上を確認しています(自社調べ)。ただし最終的な該非判定、つまり自社の製品が規制に該当するかどうかの最終判断は、各社の輸出管理責任者が行うものです。AIが担うのは、条文とスペックの突き合わせを漏れなく速く行い、判断の根拠を残すところまでです。
フィジカルAIが露わにする、供給網という弱点
もう一つ、これから避けて通れないのがフィジカルAIです。これはNVIDIAが2025年初めに提唱した業界用語で、物理世界を知覚し、推論し、実際に動作するAIを指します。ロボットや自動運転、製造現場での活用が想定されており、法令上の正式なカテゴリーではない点は押さえておいてください。あくまでベンダー発の概念です。それでも、AIが画面の中の情報処理にとどまらず、物理的な機械を動かす段階に入りつつあるという方向性は、多くの人が共有し始めています。
フィジカルAIが経済安全保障にとって重要なのは、実体を伴うぶん、ハードウェアと素材への依存が一気に強まるからです。ロボットのモーターやセンサー、駆動系には、レアアースや重要鉱物が欠かせません。そしてこの供給網は、地政学的な揺れに弱いことがすでに何度も示されています。中国は2023年以降、ガリウムやゲルマニウムといった素材の輸出管理を段階的に強め、2025年4月にはジスプロシウムやテルビウムなどの中重希土類7品目や関連する磁石にまで管理を広げました。報道では2026年に入って日本向けの両用品目の管理を強化する動きも伝えられています。つまり、AIが物理世界へ出ていくほど、素材の供給という足元の弱点がそのままAIの弱点になるという構図です。
ここに、私がクラスター型エコシステムを提言する理由が集約されます。フィジカルAIの時代には、モデルを作る力だけでは足りません。素材を確保し、供給網を強靱にし、機械を安全に動かし、なおかつその輸出入が各国の規制に触れないかを常に見張る。これらは一社で完結できる仕事ではなく、素材メーカー、部品メーカー、AIの開発者、大学の研究者、そして輸出管理の専門家が、プロジェクト単位で束にならないと回りません。デュアルユース、つまり民生にも軍事にも使い得る技術という考え方についてはデュアルユース品目とはで基礎から解説していますが、フィジカルAIはまさにこのデュアルユース性が濃い領域です。だからこそ、束ねる場が要るのです。
提言|プロジェクト型コミュニティで、攻めと守りを一つにする
ここまでの事実を踏まえて、私の提言を明確に述べます。日本は、セキュリティ・輸出規制・フィジカルAIが重なる領域で、案件ごとに産学官が集まる「プロジェクト型のクラスター」を意図的に増やすべきだと考えています。米国の産業界主導コンソーシアムを、そのまま真似る必要はありません。日本には日本の制度基盤があり、K Programという育成の枠も、セキュリティ・クリアランスという信頼の担保も、AI推進法という推進の後ろ盾もあります。足りないのは、これらを一つの案件の上で横につなぐ運営の型です。
具体的な像を描くなら、たとえばフィジカルAIの一分野を選び、素材の確保からモデルの開発、実機の安全性、そして輸出管理の適合までを一つのクラスターとして設計します。素材メーカーは供給網の強靱化を担い、大学は基盤技術を、AI企業は実装を、そして輸出管理の担い手は、その成果を海外へ展開する際の該非判定と取引先の確認を担う。行政は資金と制度の後押しをし、機微な情報はセキュリティ・クリアランスで守る。守りの規制対応と、攻めの技術輸出を、同じプロジェクトの中で回すわけです。守りを担当者の孤独な作業に閉じ込めるのではなく、攻めの一部として設計し直す。これが、私がクラスターという言葉に込めている中身です。
なぜ国家の安全にとってもこれが重要なピースなのか。DeepSeekショックが示したのは、囲い込みだけでは優位が守れないという現実でした。米国のコンソーシアムが示したのは、束になって攻めるという答えでした。日本がこの二つの教訓を受け取るなら、規制対応を淡々とこなすだけの受け身から抜け出し、技術を守りながら束ねて外へ出していく主体へと立ち位置を変える必要があります。そしてそのクラスターが機能するためには、輸出管理という守りの実務が、プロジェクトの速度を落とさずに回っていることが前提になります。TRAFEEDのようなAIによる輸出管理の基盤は、その前提を支える技術ピースだと位置づけています。私たちが目指しているのは、規制対応を止める理由ではなく、攻めを続けるための土台にすることです。
なお念のため申し添えると、TRAFEEDが日本の安全保障輸出管理の分野で世界初のAIエージェントであるという点は2026年3月時点の当社調査に基づくもので、特許は第7862062号として登録されています。導入は20組織以上に広がり、論文9,000万件・特許1億件・研究者30万人を含む2億件を超えるナレッジグラフ、つまり情報同士のつながりを地図のように結んだデータベースを基盤にしています。数字の意味するところは、それだけ多くの条文と技術情報を突き合わせられるということですが、繰り返すとおり、最終判断は人が行う設計です。
まとめ
経済安全保障とAIが重なる領域で、私が申し上げたいことは次の数点に集約されます。
- AIの力は計算資源に、計算資源は先端半導体に直結するため、AIは経済安全保障の中心的なテーマになりました。しかしAI拡散規則の撤回とDeepSeekショックは、囲い込みだけでは優位を守れないことを示しました
- 米国は大統領令14320とAmerican AI Exports Programで、産業界主導のコンソーシアムを軸に「攻めの輸出」へ転じました。守りと攻めを両輪で回す設計は、日本が学ぶべき先行事例です
- 中国はモデルの提供と生成物の表示という別の前線で規制を敷いています。前線は一つではなく、経済安全保障とAIの領域は多層化しています
- 日本には経済安保推進法の4本柱、K Program、セキュリティ・クリアランス、AI推進法という土台が揃っています。足りないのは、これらを案件ごとに横へつなぐ束ね方です
- フィジカルAIの時代は素材と供給網への依存を強めます。だからこそ、素材から実装、輸出管理までをプロジェクト単位で束ねるクラスター型のエコシステムが要ります
規制リストへの掲載は制度上の区分であって、当事者の是非を決めるものではありません。この記事も、どこかの国や企業を批判するために書いたものではなく、日本がどう構えを作るかという一点に向けて書きました。守りの規制対応を、攻めのエコシステムの一部として設計し直す。その最初の一歩を、輸出管理という足元の実務から始めたい方は、TRAFEEDの担当までご相談ください。クラスターの技術ピースとして、私たちにできることをお話しします。
Footnotes
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米国の対中先端半導体輸出規制の強化(2022年〜2023年)については、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)等の中立的な解説を参照。一次情報は米商務省産業安全保障局(BIS)および連邦官報。 ↩
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AI拡散規則(AI Diffusion Rule)の撤回。JETRO ビジネス短信(2025年5月)https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/05/9f653beb6ac301ac.html / 一次情報はBIS・連邦官報(2025年1月15日付暫定最終規則、撤回発表2025年5月13日)。 ↩
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大統領令14320「Promoting the Export of the American AI Technology Stack」ホワイトハウス(2025年7月)https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/07/promoting-the-export-of-the-american-ai-technology-stack/ / American AI Exports Program の提案公募は連邦官報 https://www.federalregister.gov/documents/2025/10/28/2025-19674/american-ai-exports-program ↩
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中国「生成AIサービス管理暫定弁法」(2023年8月15日施行)。科学技術振興機構(JST)Science Portal China 等の中立的な解説を参照 https://spc.jst.go.jp/news/230703/topic_2_04.html / 一次情報は中国国家インターネット情報弁公室(CAC)公表原文。「AI生成・合成コンテンツ標識弁法」は2025年3月公布・同年9月施行。 ↩
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日本の経済安全保障推進法(2022年成立)および経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)。内閣府 https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/suishinhou.html / https://www8.cao.go.jp/cstp/anzen_anshin/kprogram.html / AI推進法は内閣府 https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_act/ai_act.html を参照。予算規模・重要技術件数・施行日は各一次資料の最新値を確認のこと。 ↩
