こんにちは、株式会社TIMEWELLの濱本です。
価格交渉が行われた割合は、90.7%まで上がりました。 中小企業庁が30万社に配って69,625社から回答を得た調査の数字です。ほぼ全員が交渉のテーブルに着いている。
それなのに、**通ったのは54.2%**でした。費目別に見ると原材料費55.7%、労務費50.0%、エネルギーコスト48.9%1。
この2つの数字が並んでいるのを見たとき、問題の所在が変わったのだとわかりました。もう「話す機会がない」ではありません。話す中身のほうです。
この記事では、公正取引委員会の指針と中小企業庁のハンドブックを原文で読んで、交渉の準備をどう組み立てるかを整理します。実際に埋めて使えるExcelも用意しました。
4つの費目に分ける。とくに労務費を独立させる
まず、コストを4つに分けます。
- 原材料価格(素材費、部品購入費など)
- エネルギーコスト(電気代、ガス代、ガソリン代など)
- 労務費(定期昇給、ベースアップ、法定福利費など)
- その他(設備償却費、保管料、輸送費、外注費など)
これは私が考えた分類ではありません。公正取引委員会と内閣官房が出した「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の別添が、この4区分で様式を示しています2。つまり、この形で出すのが国が示した標準です。
なぜ分けるのか。中小企業庁のハンドブックにはこう書かれています。「特に労務費については、原材料費、エネルギー費と分けて交渉することが重要です」3。
理由は実務を知っていれば想像がつくと思います。まとめて「コストが2割上がりました」と言うと、相手は総額を見て値切りにきます。そして落としやすいのは労務費です。原材料の値上げ通知は仕入先の紙が残りますが、人件費は「がんばってください」で流されやすい。だから切り離して、労務費には労務費の根拠を付ける。
実際、費目別の転嫁率で労務費が50.0%と最下位に近いのは、この構造を裏づけていると思います。0割しか転嫁できなかった企業の割合も、原材料費16.6%に対して労務費は20.6%です1。
原価がわからないと、そもそも交渉が始まらない
分けて示すには、自社の原価を費目別に把握している必要があります。ここで多くの会社が止まります。
中小企業庁のハンドブックが、この状況を正面から書いています。
自社や事業単位での経費や労務費は算出できても、製品あたり・サービスあたりの原価計算は非常に複雑なため、多くの事業者が把握できていません。そしてこのことが、価格交渉を困難とする要因の1つになっています。3
同じページには、現場の声が業種つきで載っています。「20年近く単価を変えずに受注している切削加工業務がある。部品や加工種別ごとの原価計算を行ったことがない」(部品加工)。「運行ルートごとに、所要時間や走行距離の実測に基づく原価を計算したことがない」(運送)3。
ここまでは、よくある指摘だと思います。私が引っかかったのは、その次のページです。
原価計算をどうやるかについて、ハンドブックが載せているのは《図表 原価計算のための検索例》というものでした。「原価計算」に難易度・ツール名・業種を足して検索してみましょう、という案内です。たとえば「原価計算 簡単 おすすめアプリ 運送業」と入れてみてください、と4。
国が「これができていないから交渉が進まない」と指摘した当の項目について、公式のツールは用意されていません。運送業だけは全日本トラック協会の計算シートが紹介されていますが、それ以外の業種は各自で探す形です。
一方の公正取引委員会には申込み様式があります。ただしこれはWordの空欄フォームで、費目の枠はあってもその費目をどう積むかの計算は入っていません2。
つまり、「費目に分けて出せ」という様式だけがあって、「その費目をどう積むか」が抜けている。ここが空いています。
加工原価そのものの積み上げ方は製造業の原価計算をAIでに、工程ごとの時間とチャージレートの話は加工時間の見積もり計算に書きました。この記事はその先、出した原価をどう交渉の形にするかを扱います。
自社の原価表を、そのまま相手に出さない
ここが、原文を読んでいていちばん驚いたところです。
指針の「受注者としての行動②」に、こう書かれています。
受注者の自主的な判断で自社の労務費の状況を発注者に示すことを否定するものではないが、労務費を含めた自社のコスト構造を発注者に開示することにより、逆に発注者からコストを査定され原価低減を求められる可能性もある2
そのうえで、根拠資料には公表資料を用いるべきだとしています。関係者が決定プロセスに関与していて、経済の実態が反映されていると考えられるもの。具体的には、都道府県別の最低賃金とその上昇率、春季労使交渉の妥結額とその上昇率、国土交通省の公共工事設計労務単価、一般貨物自動車運送事業に係る標準的な運賃です2。
同じ箇所に、こうも書かれています。根拠資料を用いずに交渉して転嫁が認められる場合も、自社の労務費の情報を開示せずに認められる場合もある、と2。
誠実にやろうとするほど、原価の内訳を全部見せたくなります。「ここまで開示しているのだから信じてほしい」という気持ちはよくわかります。でもそれをやると、相手の土俵に上がります。査定される側に立つわけです。
だから、原価の把握は自社のために行い、相手に出すのは公表指標に基づく要請額にする。 出す紙と出さない紙を分ける。これが実務上いちばん大事な線引きだと思っています。
VA/VEの要請が値引き要請にすり替わる構造についてはVA/VEはなぜ値引き要請にすり替わるのかに別途書きました。あちらは「原価の定義」の話で、こちらは「定義したあと、どう交渉するか」の話です。
要請額の組み立て方は4つある
では、いくらと言えばいいのか。指針は、実際の事例を業種名つきで挙げています。整理すると4つのやり方になります。
1つめは、公表指標に連動させるやり方です。 最低賃金の上昇率や公共工事設計労務単価の改訂率に、要請額を連動させる。指針には、製品を「30年価格改定がされていないもの」「20年価格改定がされていないもの」と分類して、区分ごとの最低賃金上昇率を参考に単価引上げを求めた事例(非鉄金属製造業)が載っています。毎年4月の契約更新時に、自社が所在する都道府県の最低賃金の上昇率と同率の引上げを求めているという事例(ビルメンテナンス業)もあります2。
いちばん通りやすいのはこの型だと思います。相手も同じ数字を見られるので、議論が「上がったかどうか」ではなく「どの指標を使うか」に移ります。
2つめは、コストを積み上げるやり方です。 実際に増えたコスト、または増えると見込まれるコストを積算する。受注案件ごとに労務費・原材料価格・エネルギーコストの上昇分を積算して要請額を設定した事例(はん用機械器具製造業)が載っています。おもしろかったのは、労務費について以前は作業時間分のみを見積計上していたが、移動時間分も計上して転嫁を要請したという事例(技術サービス業)です2。今まで見積もっていなかったものを見積もりに入れる、というのも立派な交渉です。
3つめは、先に必要額を決めてから根拠を集めるやり方です。 赤字の解消や必要な昇給から逆算して額を先に決め、そのあとで根拠を探す。順番が逆に見えますが、指針に載っている実在の型です。赤字部門の赤字を解消するために必要な単価を計算して要請額を設定し、その根拠の一つとして同一労働同一賃金への対応と最低賃金の上昇を示した事例(窯業・土石製品製造業)があります2。
4つめは、発注先の労務費も含めるやり方です。 自社の労務費だけでなく、外注先や仕入先の上昇分も含めて要請額を作る。これは指針が明示的に求めている考え方で、別添の様式にも「労務費においては、自社だけでなく、自社の発注先やその先の取引先における労務費も考慮すること」と書かれています2。外注先から求められた引上げ額と同額を、そのまま発注者に対して求めた事例(運輸に附帯するサービス業)もありました。
個人的には、1つめと4つめを組み合わせるのが現実的だと思っています。公表指標で全体の水準を示し、外注先からの値上げ要請を実額で足す。前者は反論しにくく、後者は自社の都合ではないので、どちらも査定の対象になりにくい。
待たずに、こちらから先に出す
もう一つ、指針がはっきり書いていることがあります。
発注者から価格を提示されるのを待たない。 受注者側から先に希望する価格を提示する。理由もそのまま書かれています。多くの場合は発注者のほうが取引上の立場が強く、先に提示されてしまえば、その価格以上を要請することも、交渉で実現することも非常に困難になるから2。
タイミングについても例が並んでいます。発注者の会計年度に合わせて、それも翌年度の予算を策定する前。定期の価格改定や契約更新に合わせて。最低賃金の引上げ幅の方向性が判明した後。公共工事設計労務単価の改訂後。年1回の生産性向上の会議を利用。発注者の業務の繁忙期2。
並べてみると、共通しているのは相手の意思決定の前か、こちらの交渉力が比較的優位なときを選ぶという考え方です。予算が固まってから言っても、「今年はもう枠がない」で終わります。
交渉の機会が90.7%まで広がったというのは、裏を返せば年に一度は必ず話す場があるということでもあります。その場に、準備した紙を持っていけるかどうかだと思います。
様式を用意しました
ここまでの流れを1つのExcelにまとめました。価格交渉パッケージです。
シートは4つに分かれていて、意図的に社内用と社外用を分けています。
① 原価の棚卸し【社内用】 は、指針と同じ4費目で入力すると製品1個あたりの原価が出るシートです。② 必要な単価【社内用】 は、今の受注単価と原価を並べて、赤字かどうかと、目標の利益を出すのに必要な単価・値上げ率・年間の影響額を出します。
③ 要請額の組み立て は、さきほどの4つのやり方を並べて、自社が使えるものを選べるようにしました。公表指標に連動させる場合の計算も入れてあります。労務費が原価に占める割合を掛けるようにしているのがポイントで、ここを掛けずに全体へ指標を乗せると過大な要請になります。
④ 交渉の申込み様式【社外用】 が、実際に取引先へ出す紙です。公正取引委員会の別添に沿った体裁にしました。
①②を社外用と分けているのは、さきほどの「コスト構造を開示すると逆に査定される」という指針の注意によるものです。①と②は自分が必要額を知るための道具で、相手に渡す紙ではありません。
ほかに、交渉で使える公表資料をURL付きで並べたシートも入れています。最低賃金は毎年10月に改定されるので、交渉の前に取り直してください。
ダウンロードは、この記事の下の案内からどうぞ。
数字を揃えるところは、仕組みで持てる
最後に、当社の製品の話を少しだけ。
この作業でいちばん手間がかかるのは、実は交渉そのものではなくその前段です。品目ごとの単価がいつから変わっていないのか。過去にいくらで受けたのか。似た形状の部品をどの条件で出したのか。外注先からいつ値上げ要請が来ていたのか。これを毎回、紙とExcelと記憶から集め直している会社が多いと思います。
当社のエンタープライズAI「ZEROCK」は、過去の図面と見積もり、原価の実績を関係性ごと構造化して社内に持つところを担う設計にしています。国内のAWSサーバーで暗号化して保管し、お客様の図面がAIの再学習に使われることはありません。
ただ、順番は正直に言っておきます。原価の費目が定義されていない状態でデータをつないでも、読めない数字が並ぶだけです。 まず様式を決めて、費目を揃える。仕組みはそのあとです。
まとめ
- 交渉が行われた割合は90.7%、通ったのは54.2%。詰まっているのは機会ではなく根拠
- コストは4費目に分ける。とくに労務費は独立させる。まとめると労務費から落とされる
- 中小企業庁は「製品あたりの原価計算ができていないことが交渉を困難にしている」と書きながら、原価計算については**「検索してみましょう」**としか案内していない
- 自社の原価表は相手に出さない。 指針が「逆に査定され原価低減を求められる可能性」を明記している
- 相手に示すのは公表資料に基づく要請額。最低賃金、春季労使交渉の妥結額、公共工事設計労務単価、標準的な運賃
- 要請額の組み立て方は4つ。公表指標連動/コスト積上げ/先に必要額/発注先の労務費も含める
- 待たずに先に出す。 予算が固まる前、契約更新時、最低賃金の方向性が出た後
まずは、自社の見積書のどの行が去年から更新されていないかを数えてみてください。そこが最初の宿題になると思います。
価格交渉の準備や、原価と図面をつないで社内に残す設計のご相談は、お問い合わせからどうぞ。
参考文献
Footnotes
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価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査の結果(中小企業庁、2026年6月26日公表)。価格交渉が行われた割合90.7%、価格転嫁率54.2%、コスト要素別の転嫁率(原材料費55.7%・労務費50.0%・エネルギーコスト48.9%)、官公需における価格転嫁率48.4%、配布先30万社・回答企業数69,625社・調査期間2026年4月20日から6月3日は同資料による ↩ ↩2
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労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針(内閣官房・公正取引委員会、令和5年11月29日)。別添「価格交渉の申込み様式(例)」の4費目区分、受注者としての行動①〜④、コスト構造の開示に関する注意、公表資料の例、要請額の設定方法の事例、交渉のタイミングの例は同指針による ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9 ↩10 ↩11
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【改訂版】中小企業・小規模事業者の価格交渉ハンドブック(中小企業庁、初版 令和4年3月/最終改定 令和8年1月) Check 3「“原価計算”できていますか?」および Check 5「自社の事業特性をふまえた“見積書”のひな型(フォーマット)はありますか?」 ↩ ↩2 ↩3
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同ハンドブック p.14《図表 原価計算のための検索例》。「原価計算」に難易度・ツール名・業種のキーワードを追加して検索することを案内し、運送業については国土交通省「原価計算の活用に向けて」と全日本トラック協会の計算シートを紹介している ↩






